森の中で腹ペコ熊さんに遭うとか、死亡する未来しか見えない
魔物との戦闘シーン、敵の流血シーンがあります。
苦手な方はご注意ください。
巨大な熊の爪が、辛うじて体勢を保っていた年かさの男性に振り下ろされた。周囲に飛び散るであろう赤いモノを想像し、咄嗟に目を瞑ってしまう。
が。
「【幸運の四葉】だな? そちらのメンバーの救援要請により、俺たち【暴食の卓】が助太刀する!」
「そうですか……ケントが、間に合いました、か……!」
いつの間に追いついていたのか……恐る恐る開けた視界の向こうでは、ヴィルさんがおいちゃんを背に庇い、熊の腕を剣1本で受け止めていた。
そのまま熊の腕を払い除ければ、熊の巨大な体躯が弾かれるように後ずさる。
「鮮やか! すごい!! カッコイイ!!!」と荒ぶる心と「さっきの猫兄さんはケントさんなのか」とどうでもいいことを拾い上げる冷静な心とがせめぎ合い、何とか均衡を保っている。
満身創痍のドワーフさんが、ヴィルさんに庇われたままガクリと膝をつく。
「拘束せよ!」
「神よ 憐れみ給え!」
音もなくキャビンから飛び出したアリアさんの高く硬く澄んだ声と共に、白銀に輝く網のようなものが現れた。それは、倒れていた獣人さんと、膝をついてた女性――彼女もエルフさんっぽいかな??――はもちろん、肩で息をするおいちゃんをも瞬く間に包み込み、次の瞬間にはアリアさんの足元へと運び込んでいた。
投網……みたいな感じだなぁ……。
呻き声が聞こえるし、身じろぎしている所を見ると生きてはいるんだろう。
そして、既に準備を終えていたセノンさんが杖を翳せば、先ほどの猫兄さんと同じように青白い光が降り注ぎ、静かに傷を癒していく。
「傷は癒えましたが、失われた血や体力までは戻りません。しばらく休んでいてください」
「…あ…あんたたちは……?」
「……ん……【暴食の卓】。猫の人に『助けて』って頼まれた」
「ああ、ケントが!! ありがとうございます、ありがとうございます!!」
アリアさんの投網が消えると、お互いにもたれ合うように3人は地面に頽れていた。
特に傷が酷かったらしい獣人さんに言い聞かせるように声をかけるセノンさんに、まだ状況を把握できていない獣人さんがゆるゆると顔を上げる。
まったく見知らぬパーティがいることに驚いたのか、目を丸くするエルフさんにもアリアさんがごく簡単に事情を告げれば、大きく開いた瞳が安堵のあまりくしゃりと眇む。
緊張の糸が切れたのか、くたりと凭れかかってくる獣人さんの背を、ぽろぽろ涙を零すエルフさんが優し気に撫で、そんな二人の身体をおいちゃんがまとめて抱きしめている。
こちらの方は、もう大丈夫そうかな……。
手遅れになる前に、何とか間に合った実感がじんわりと胸の奥から湧き上がり、心を満たしていく。いつの間にか噛みしめていた唇が緩み、ふ、と安堵のため息が漏れた。
微かな鉄の味を舌先に感じる程度には、力が入っていたみたいだ……口の中に巻き込んだ唇を噛む癖、なかなか治んないなぁ……。
『GuuaaaAAauaaauuuuu!!!!』
緩みかけた脳髄が、野太い獣声に打ち据えられた。
鈍い金色の瞳を不気味に光らせながら、赤毛の熊がガラスを震わすほどの咆哮を上げる。それは狩りの邪魔をされた苛立ちによるものか、はたまた餌が増えた喜びか……。
腹の底に響く獣の雄叫びに、全身の毛が逆立った。
この間の鳥なんか比べ物にならない程の恐怖が全身を駆け巡る。
それでもなんとか叫び出さずに済んでいるのは、生存戦略さんの思考統制のお陰なのか、強固な野営車両の中にいるというアドバンテージがなせる業か……。
そうだ! まだ……まだヴィルさんとエドさんが戦ってた!!
視線を巡らせれば、獲物を奪われた怒りに瞳を燃え上がらせる大熊が暴れまわっている。人なんかは一振りで斃せそうに太い腕が振り回されるたびに、パッと赤い火の粉が舞い上がる。
地面に落ちてはチリチリと足元の草を焼くソレは、幻なんかじゃない。まぎれもなく熱量と実体を持った炎だ……!
でもなんで熊が火なんか……?
握りしめた掌が、じっとりと汗をかいていた。だがそれを不快に思う余裕もない私の視界の中で、熊が腕を振り回して暴れるたびに飛び散る火の粉が増え、次第に大きな火球をいくつも形作っていく。
……まさか……あの熊も魔法が使えるの!? そういえば、猫兄さん……ケントさんはあの熊を何ていってた?
……確か、そう……『火熊』って……。
視界の端で、トサカのような赤毛を逆立てた灰色熊が、鬱金の目をいやらしく歪ませて嗤った気がした。
その瞬間、バスケットボールをゆうに超えるほどの大きさになった無数の火の玉が、熊が腕を振るうのに合わせて弾丸のような勢いとスピードで飛んでくる。
「させるかよォ!!」
射殺さんばかりの殺気を孕んだ笑顔を張り付けて、エドさんの腕が振るわれた。
刹那、氷の壁がアリアさんたちを中心に野営車両を囲うかのように張り巡らされる。
ガラスのように透明で繊細な壁は、数多の炎を受け止めてなお、表面すら溶ける様子がない。
『GAAaaAAAaauUUUaaaAAAaaaA!!!!!』
「え、何? アレで魔法のつもりなの? バカなの? 死ぬの? 火打石の方がよっぽど役に立つよね??」
『GYAaaaaaAAAAAAaAAAgyyAAAAAAAAAA!!!!!!!』
氷の壁に阻まれ呆気なく消えていく炎に、大熊が地団駄を踏み狂ったように叫び続ける。大熊が周囲に撒き散らす火の粉すらをも、エドさんが放つ星屑にも似た煌めく氷の結晶が撃ち落とす。
侮蔑を隠すこともせずに嘲笑って挑発するエドさんに向けて、怒り狂う大熊がその爪を何度も振り下ろすが、大人の指程の長さと太さがある鋭い爪がエドさんを傷つけることはない。
エドさんと大熊との間で立ち回るヴィルさんの剣が、そのすべてを弾き、跳ね除けているからだ。
「お前に特に恨みはないが、このままじゃ他の冒険者たちに障りがあるからな」
『Gya!!! GRuuuaAaaaaaAAAA!!』
「せいぜい苦しまずに逝かせてやる――剣破断刃!!!」
唇の端を吊り上げるように笑ったヴィルさんは、剣を構えてすらいない。
そのまま強く踏み込むと、一足で大熊の懐に潜り込み、裂帛の気合と共に地面を蹴って跳躍した。
銀色の閃光が、網膜を灼く。
暴れていた熊が一瞬身体を強張らせ、1歩、2歩……よろめく様に動いたかと思うと、首の周囲を首輪のような赤い線がぐるりと囲む。
……何だろ、アレ……?
私が首を傾げるのに合わせ、熊の頭もまた傾いでいく。
えっ、と思う間もなく、ズルリ……と熊の頭が、落ちた。
「…………………………ハイ?」
私が目を瞬かせる間に、頭を失い赤黒い切断面から噴水のように鮮血を噴き上げる大熊の身体が、ドウっと地響きを立てて斃れ伏した。
その小山のような身体は、この間の鳥と同じように真っ黒な灰のような粒子になって消えていく。
赤毛に覆われた頭部も、胴体と同じように塵と化して風に吹き散らかされていた。
「……………………妙だな……思ったよりも手応えがない」
熊の身体を飛び越して着地していたヴィルさんが、血糊を払うように剣を振るった後、鍔鳴りと共に腰に収める。
散らされる灰を見ながら呟くヴィルさんの声までも、風にさらわれて消えていった……。
閲覧ありがとうございます。
誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
戦闘シーンを書くのは骨が折れます……(´・ω・`)
もっとスタイリッシュに表現したいのに……orz
なお、作中のヴィルさんの技名は
【厨二技名ジェネレーター(http://tookcg.elgraiv.com/tools/chu2v2.html)】
をお借りしました。ありがとうございます。
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