冒険者のギルドに登録に行こう
『料理番がきたー!』と、いっそう愉快にお酒を聞こし召す皆さんに混じって、私も届いた料理と果実水を頂いておりますよ。お酒は飲めるし割とザルな方なんだけど、そんなに好きじゃないというかなんというか……。
お酒飲んでもお腹ちゃぽちゃぽになるだけだし、それなら美味しいものを詰め込みたい派なんですよ。
ちなみに、店員さんに渡したファントムファウルの丸鳥は、野菜なんかがたっぷりと入ったシチューとスープの中間のような汁物になって出てきた。カサを増すのに汁物は便利だからなぁ。
味はシンプルな塩味。ただ、たくさん入った野菜の甘みが出ていて、わりあいに美味しい。茹でた小麦粉団子――ダンプリングとかいうやつだ――が入っているので、お腹にもたまる一品ですな。
セットで出てきた果実水も、仄かにオレンジの香りと味がして口の中をさっぱりさせてくれる。ミントらしきハーブが浮かべてあるのが、ちょっと嬉しい心遣いだ。
さっきからひっきりなしにお客が来る理由がよくわかるわ……。食べ物も飲み物も美味しいんだな、この店。
「そうだ。大門の外に出るなら、リンの身分証が必要だな」
「………………そういえば、そうですね。パーティには入れてもらいましたけど、公的なアレコレはまだ何も……」
何杯めかのワインに口をつけたヴィルさんが、思い出したように顔を上げた。ムチムチの歯ごたえを楽しんでいた小麦粉団子を飲み込んで考えてみる、と。
……言われてみれば、私、まだ身分証とか何にもないわ!! そんな状態で依頼の為に外に出たら、また入るのが大変になるじゃんねぇ。
「今のうちにギルドで身分証を発行してもらった方が良いな。まだ開いてるはずだ」
「わかりました! 急いだほうがよさそうですね」
「……もう、行っちゃうの? 明日の出発前に登録しても、間に合うんじゃない……?」
「いえ。早い方が良いでしょう。ヴィルの場合、明日になったら先を急ぐあまり忘れる可能性がありますからね」
「むしろ、酒飲んでるのに今思い出せたのが奇跡だよな!」
グラスに残ったワインを空にするヴィルさんに続いて、私もスープと果実水を急いで飲み干した。
借りているマントを軽く引っ張るアリアさんを、セノンさんが宥めてくれた。チラリとヴィルさんを見る目に冷たいものが宿っている気がするのは気のせいかな……?
エドさんはエドさんで、聞きようによっては割と辛辣なのですがそれは……というか、ヴィルさんは忘れっぽい所があるのか。
当然と言えば当然なんだけど、初めて知ったよそんなこと!
男性陣に盛大にけなされたヴィルさんの様子を窺ってみるが、どうやらまったく堪えていないようだ。
ハッと鼻で笑いながら、服の隠しに入れていた財布から幾許かのお金を出すとセノンさんに渡している。
「俺の分はソレで足りるはずだ。明日の予定は?」
「6時に大門前で。近くの森での採取依頼です。それほど強い敵が出るわけではないので、装備はさほどでなくても大丈夫かと」
「わかった。それじゃ、また明日な!」
申し送り、大事ですよね。
集合時間と目的地、任務の内容と注意事項まで、何も言わなくてもきちんと伝えているセノンさんはかなりデキる方なのでは……。イケメンで有能って、なにそれズルい! 天は二物も三物も与えすぎじゃない!?
ある程度の情報を得たヴィルさんは、再び私と手を繋いで酒場を後にした。
……何だろう……何か、こう……パーティの皆さんの生ぬるい視線を感じるんだけど……。私の迷子防止ですから! 他意はないですから!!
人いきれで少し暑いくらいだった室内と比べて、すっかり日が落ちた屋外はいっそ涼しいくらいだ。ぽつんぽつんとだが外灯があり、周囲を煌々と照らしている。
明るい時と比べるとぐっと人通りは減っているものの、やはり街の中は賑わっている。
でも、残念なことに周囲を見る余裕はない。足早に歩くヴィルさんに後れを取らないようにするだけで、けっこう大変なのだ。これだから足が長い人は……!!
歩くというより、もはや小走りである。
日ごろの運動不足も祟り、へふへふ言い始めた私にようやく気付いたのだろう。ばつが悪そうな顔のヴィルさんが、歩調を緩めてくれた。
「すまなかったな。つい急ぎすぎたようだ」
「…………い、いえ…………いそぎ、なら…………しかたない……です……」
「いや、リンのペースを考えていなかったこちらのミスだ。悪かったな」
息を切らせて会話もままならない私の背中を、ヴィルさんが撫でてくれた。
あー……でも、ちょっとこれは良くないな。
食事当番はともかく、荷物運びってことはけっこうな距離をみんなと一緒に歩かなくちゃいけないよね……?
うん。本格的に体力づくりをしないとダメだなぁ……。ちょっと真面目に運動しよう。
「とりあえずだな、リン。リンのことは、遠いところから来た一般人……という体で話を進めたいんだが、それでいいか?」
「お任せします。私じゃこちらの世界のことはわからないし、上手く話せないので……」
「わかった。そうだな……一人になってしまったので、生活のために荷物運び向きのスキルを活かそうと思い旅に出た処で俺と会った……という話にするか」
「けっこうヘビーめですけど、異世界から聖女召喚で呼ばれました、と正直に言うより遥かに良いです!」
私の息が整った頃と人影がなくなった時を見計らい、声を潜めたヴィルさんが筋書きをどうするかを尋ねてきた。とはいえ、私には上手い言い訳を思いつくはずもなく……。
ヴィルさんが作ってくれた【『大きな箱を自在に出し入れできる程度の能力』を持つ一般人で、そのスキルを活かして荷物運びになった……】という設定でいくことになったわけですよ。
「その能力なら商人になった方がよくね?」とか言われる可能性が高いけど、田舎から出てきたばっかりだし、もう若くないし、知り合いのいる所で働きたくて……とか、何とかごまかそうと思いますよ。方便方便。
あ、そうだ。方便と言えば……。
「そういえば、今日はどうやって大門を通ったんですか?」
「俺の身分証を見せて『冒険者になりたいって言ってるヤツがいる』ってことで入れてもらった。だから早い処冒険者証を作らないとマズいんだ」
ああ。私が何か問題を起こしたらヴィルさんにも何らかのペナルティがつく連帯保証人というか身元引受人的な感じになってくださったわけですね。ちょっと謎が解けました。
確かにそれなら早い所身分証を作らないと、「冒険者になりたいって言ってたのにまだ登録してないの?」となるわけか。
そりゃ急がないとダメですわ。
会話をしながら歩ける程度にはペースが落ちたので、ギルドのことやら登録に関わることを色々と聞いてみた。
漫画や何かでよくありがちな『ステータスチェック』的なモノはないかわり、真偽判定というものが使われるのだそうな。
これは、冒険者証を作るための書類とその申請者とにかけるもので、書かれたことが嘘か本当かを判定する魔法なのだそうだ。書類を代筆してもらった場合でも、ちゃんと判定できる高性能なモノらしい。
……あー。なるほどね。だからそんな『設定』になったのか。
『遠い所から来た』っていうのも、『一人になってしまった』っていうのも、『荷物運び向きのスキルを活かそうと思い』っていうのも、嘘じゃないもんね。
遠い所……異世界から来たわけだし、家族とも友達とも離れて一人になっちゃったわけだし、モーちゃんは荷物も運べるからね!!
対策ばっちりじゃないですかヤダー!
そんな話をしているうちに、どうやら目的地に着いたようだ。
周囲が暗いせいで細かいディティールはよくわからないが、けっこうな高さにも明かりが漏れている窓がある所を見る限り、かなり大きな建物のようだ。
分厚い木の板でできた重い扉を開けると、見たことがあるようで見たことのない世界が広がっていた。
内装自体は、銀行のようなものを思い浮かべてもらうのが一番近いだろうか。
奥に受付があり、その前に書きものをする用の簡易テーブルと筆記用具が。壁には宣伝・告知ポスターの代わりに依頼書が張られ、待合用のソファーではなく簡素なイスとテーブルが並んでいる。
それだけであれば『ちょっと変わった銀行』くらいで済むだろうが、目の前にいるのは武器や防具を身にまとった様々な種族の冒険者たちだ。
流石にこんな輩が銀行にいたら、すわ銀行強盗かと大きな騒ぎになるだろう。
「こんばんはですよ、ヴィルさん! 冒険者ギルドにご用なのですか?」
「ああ、シーラか。新規の登録を頼みたい」
「わかりましたですよ! そちらのテーブルで、申請書に記入してくださいです!!」
きょろきょろと周りを見渡していると、受付の一角から声がかかった。子どもが一生懸命しゃべっているような、ちょっと舌っ足らずな可愛らしい声だ。
声の方を振り向けば………………え……犬?
なんか……青いエプロンドレスを着てヘッドドレスを被った白いワンコが立ってるんだけど……え?
も、もしかして……犬が、しゃべった!?
「コボルトだ。見るのは初めてか?」
「フィクション……物語とかでは見たことはありますが、実物は……流石に……」
訳が分からないまま記入台に連れていかれ……私はこちらの世界の文字が書けないことが判明し、ヴィルさんに代筆してもらっていますよ。
……いやぁ……しかし、そうか……コボルトとかもいるのか……。
横目でワンコな受付嬢を見てみるが、これがまた可愛らしいのだ。
真っ白でふわふわの体毛と、ピンと立った三角の耳、くるりと巻いた尻尾と、クリクリした真っ黒な目と鼻がね、もう可愛くて可愛くて……!!!
麻呂眉みたいに目の上に黒い毛がちょっと生えてる所も、また可愛い。
「記入終わりですか? それじゃあ、真偽判定しますですよ!」
「よ、よろしくお願いします!」
「わかりましたです! えい!!」
書き終わった書類をコボルトさん――シーラさんと言うらしい――に提出すると、シーラさんが私を手招きする。
それに従って受付の前に立つと、書類の上に手を置くように指示された。『書類とその申請者とに魔法をかける』のに必要なことなのだろう。
私が指示に従うと、愛らしい顔をキリっと引き締めたシーラさんが可愛い掛け声とともに両手を前に振り下ろした。
すると、ピンクの肉球がついた手からいくつもの光の粒がふわりと舞い、私と書類とに次々に吸い込まれて…………次の瞬間、書類が青い光を放った。
「真偽判定終わりなのですよ! ウソはなかったですので、リンさんを荷物運びとして登録しますです!」
「あ、はい! ありがとうございます!」
「久しぶりに新規の人のお相手ができて嬉しかったのですよ! ヴィルさんたちのパーティは良い人たちなので、ぜひぜひ頑張ってほしいのですよ!」
どうやら私は、無事に冒険者の一員として認められたらしい。てきぱきと動くシーラさんの手によって、私の冒険者証が瞬く間に出来上がる。
薄い金属製の板に、私の名前と簡単な身分――荷物運びとか剣士とかそういうもの――と登録したギルドの名前が書かれているらしい。私にはさっぱり読めないんだけどね!
……改めて読み書きも勉強しなくちゃな……最悪数字だけでも早く読めるようになろう……買い物の時にごまかされたんじゃ話にならない……。
そんな複雑な思いが詰まった冒険者証を私に手渡しながら、黒あめみたいな那智黒の瞳を嬉しそうに細めたシーラさんが笑う。ブンブンと振られている巻尾がまた愛らしい……。
「何かあったらギルドに相談してね」と手を振りながら声をかけてくれたシーラさんは、新人に対するフォローもバッチリな優秀な受付嬢でした。
「シーラはな、あれで勤続20年のベテランだからな」
「20年んん!?!?」
「コボルトはあまり外見が変わらないし、種族的にちょっと子供っぽい奴が多いからな」
子犬か成犬ちょっと手前くらいだと思ってましたけど!?
本当にこの世界は驚きで満ち満ちていますね!!!
「そういえば、リンは今夜はどこに泊まるつもりだ?」
「ああ。お金もないので、モーちゃんで野宿しようと思ってますけど」
「夜に街の外に出るのはやめておいた方が良い。それに、もう大門は閉まってるぞ」
「…………へ?」
「魔物以外にも夜盗なんかが入りこんだら大変だからな。夜になると大扉を落とすんだ」
マジか!! マジかー!!
時代劇で木戸が閉まるからうんぬんかんぬん言ってるシーンがあったけど、それに類するような感じか!
規模はでかいけどな!!!
…………え……でも、そうすると、私今夜どうすれば……??
宿とかに泊まるお金ないんですが……ま、街中で夜を明かそうにも、お金がないからお店にも入れないだろうし、軒下で寝る??
空き地でモーちゃん展開させる?? え、どうしよう!?
「リン。金は貸すから、山猫亭で部屋を借りた方が良い。その方が俺も安心できる」
「…………………………………………………………すみません……お借りします……」
あーでもないこーでもないと頭を捻る私を見かねたヴィルさんに手を引かれ、結局元居たメニエ・オルダ……山猫亭に戻ることになった。
ヴィルさんは気にしなくてもいいと言ってくれたけど、借りたお金は出世払いということにしてもらった。金銭の貸し借りは人間関係の破綻への第一歩ですからね。
少しずつでも返していこう……!
…………なおこの後、メニエ・オルダのオーナーさんが山猫の獣人さんだということを知るのだが、「宮沢賢治か!!」という叫びは誰にも通じなかったことをここに記しておくことにする。
閲覧ありがとうございます。
誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
酒場の店名については、なんかこう有名な料理店とかないかな?→ズバリ『注文の多い料理店』とか?→注文の多い→沢山の注文→『Meny Order』→メニエ・オルダ……的なノリで付けました。
コボルトさんも、前に作者がGMをしたときにRPした元気なコボルトコックを下敷きにしています。
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