ご注文は料理ですか?
お酒らしきものが入ったジョッキやツマミが並ぶテーブルに着いているのは3人。
壁際の席に座っているのが赤毛の元気可愛い系イケメンさんと、金髪のエルフ耳の正統派イケメンさん。赤毛のお兄さんの隣には、ボインボインでばいんばいんな大変けしからんお胸の美人さんが腰かけている。
うわあ! うわあああ!! 目が!! 目がああああ!!!
こんなの暴力だ! 視覚への暴力だよぅ!! こんなイケメン美女ばっかりの空間に、平々凡々より下であろう外見の自分がいるのがいたたまれない! 「空気読めずにごめんなさい!!」っていう気になっちゃう!!
それなのに、先客の皆様の好奇心たっぷりな視線がビシバシと突き刺さってくるとかね……もうね……!
見ないでよぅ! 緊張するから見ないでよぅ!!
「何だよ、帰還予定日よりもずっと早いじゃんか! もうちょっとアリアとイチャイチャするつもりだったのに!!!」
「悪かったな。ちょっと川流れや野営車両で疾走な事ばっかり起きたもんでな」
まず口火を切ったのは、夕日色の髪のお兄さん。全体を見れば整った顔立ちだが、コロコロとその表情を変えるせいかちょっと幼い感じにも見える。燃えるような赤毛と相まって、何とも溌剌とした雰囲気だ。
隣にいた美人さんに抱きつきながら、ヴィルさんに向かって唇を尖らせてぶーぶー文句を言っている。
お兄さんの何とも子供っぽい抗議を歯牙にもかけてない様子のヴィルさんは、手近な席から椅子を引き寄せて『お誕生日席』を設けてくれると、自身は4人掛けのうち残っていた席に着いた。
視線で「まあ座っとけ」と言われた気がしたので、ここはおとなしく座っておくことにしましょうか。
おねいさんのお隣だぜうへへへへ……!
美男美女ばかりで肩身は狭いが、イケメンに抱き締められる美人さんを間近で眺められるチャンスは純粋に嬉しいからねぇ。
目の保養、目の保養……。
「…………おみやげは……?」
「スマン、落とした! だが、代わりのモノはある」
抱き着かれた美人さんは、赤毛のお兄さんを振りほどくでもなくその腕の中に収まっている。
……何ていうかね、「抜けるように白い」とか「雪のように白い」とか、そんな言葉は知ってたけど、目の前の美人さんはまさにそんな感じ! 白にも見えるプラチナブロンドと、白磁の肌と、氷のように薄い水色の瞳……という色味の薄いパーツから成る割りに、顔立ちに愛らしさの残るせいか冷たい雰囲気があまりない美人さんだ。
美人さんに軽く手を合わせ、ヴィルさんがモーちゃんから持ってきていたファントムファウルの肉を通りすがりの店員さんに手渡していた。
ココの店ではある程度の量の材料を持ち込むと、それで作った料理の一皿と、エールか果実水のどちらかをセットにしたものを無料で提供してもらえるシステムらしい。余った材料は、お店で出す料理に使われるようだ。
お金がない私の分を、コレで賄ってしまおうという話だろう。お金のあるヴィルさんはワインを頼むようですけどね。
「貴方がいない間に受けた依頼の報酬金は我々で等分しています。明日の分として依頼を1件受けたのですが、帰ったばかりですが参加されますか?」
「ちょうどいいな。参加させてもらおう」
最後に口を開いたのはエルフのお兄さん。切れ長の瞳にすーっと通った鼻筋に薄い唇という正統派に整った造作に、蜂蜜色の長い髪と青い瞳という物語から抜け出てきたような作り物めいた美貌をお持ちである。
え……まさかこの超絶美形が両手に炙り肉持ってかぶりつく外見詐欺なエルフさん!? 外見詐欺も良いとこでしょ!? えー!!!???
……それにしても、自分に向けたものではないとはいえ、恐ろしいほどの美形がニッコリ微笑みながら話す姿を眺めてみ? 心臓に悪いから!!
…………まぁ、エルフさんの笑みを真っ向から受けて平気な様子のヴィルさんも、イカツめとはいえ美形さんなわけで…………。
なんかなー……ここにいてごめんなさい、って気になるわぁ……。
ヴィルさんの口調もずいぶんと砕けてるし、素が出せるお仲間……ってことなんだろうし……。そこに私が入っちゃっていいのかなぁ……って思うよ、うん。
いや、認めてもらえるように頑張るけれども!!!
………………で、よ。
一通り挨拶代わりのやり取りが終わった面々の視線が私に遠慮なく突き刺さる。
「それで、装備品を貸す程に厚遇しているお嬢さんは、どういった関係の方ですか?」
会話が途切れた……と思った瞬間に、エルフのお兄さんの微笑みがこっちに向けられた。
ぎゃあ!! 何これコワイ!! ヴィルさんと話してた時の流れ弾ですら心臓に悪かったのに、実際にこっちに向けられたらなおさらコワイ!! 美形すぎてコワイ!!
……えーと……現実逃避がてら白状すると、私はまだヴィルさんのマントをお借りしておりますよ。
ヴィルさん曰く、「リンの恰好は目立つだろうなぁ」ということでして……。
……目立つかなぁ?
上下ともに、ロールアップできる長袖シャツと厚手の短パン。あとは接触冷感タイプの長袖インナーとレギンスという、アウトドアではよくあるっぽい恰好なんだけどなぁ。
カーキとブラックで纏められているカラーリングの地味さは置いといてほしい。基本的に釣りがメインでキャンプは付属……くらいの気持ちだから、あんまり派手なカラーリングは避けたいわけですよ、ええ。
どうせソロだから見せる人もいないし……。
……まぁ確かに周りの人を見る限り、女性は足首丈のワンピース的なモノが一般的な感じなので、悪目立ちすると言えばするかもなぁ……。
お借りしたマントが長いおかげで、ハイカットスニーカーはともかく、服装はすっかり隠れておりますよ。
思考がぐーるぐーるし始めた私をよそに、ぐっとワインを飲み干したヴィルさんが3人を見る。
「お前らが欲しがってた、料理のできる、荷物運びだ」
瞬間。
ガタン! と音がしたかと思うと、私とヴィルさん以外の人が椅子から腰を上げていた。
「……ほ、本当なのか、ヴィル……」
「実際に食わせてもらったが、美味かった。だから必死で勧誘して連れてきた」
「………………まさか、本当に来てくれるなんて……」
中腰でこちらを窺う赤毛のお兄さんの震え声にヴィルさんが応えれば、呻くようにエルフさんが声を絞り出す。
ふと手が冷たくなったと思ったら、いつの間にか身体ごとこちらに向き直った美人さんが私の手をぎゅうっと握っていた。
ふひょう!!! 美人さんの手、やわらかーい!! でも、冷たーい!!!
……ひ、冷え性ですかね……?
「……料理、できるの……?」
「え、ええ、まぁ、ある程度は……」
「お肉は、焼ける? お魚は?」
「両方大丈夫です。焼く以外の調理法もイケます」
こてんと首を傾げる美人さんの声は、鈴を振るように涼やかで甘い。
バサバサと音がしそうなほどに豊かな睫毛に縁どられた瞳を瞬かせる美人さんに見つめられると、同性とはいえ照れるのは何でだろう……。
私を見る瞳に真剣さと悲壮感が漂っているのは気のせいじゃないんだろうなぁ……。
「リンは菓子も作れるぞ」
「………………………大好き……」
給仕にお代わりのワインを頼んだヴィルさんが付け足すやいなや、美人さんにひしっと抱き締められた。
ふ…ふおおおおおおおお……!!!! お胸が!! 非常にけしからんお胸が当たっていますよ!!
良い匂いもするし、やーらかいし……た……た…………たまらーん!!!!
「……明日、楽しみにしてるから……!」
「あ、はい……がんばります……」
花が綻ぶような笑みを向けられた私に、頷く以外の返事はあるだろうか。いや、ない。
感極まったのかぐすぐすと鼻を鳴らす美人さんの肩を、赤毛のお兄さんがそっと抱き寄せる。おねいさんも私から離れると、お兄さんの肩口に顔を埋めた。そして、その頭を優しく撫でる赤毛のお兄さん……。
……美男美女のあれこれは、実に絵になりますなぁ……! たまらん!
「……そういえば、まだ紹介してなかったな。あそこで抱き合ってるのがアリアとエド、そこでシレっとエールを飲んでるのがセノンだ」
「お、お噂はかねがね伺っております……料理番として勧誘されてきたリンと言います。精いっぱいやらせていただきますので、よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いしますね、リン。突然ですが、私は肉は焼くより焙ったものの方が好みですので……」
「…………アリアだよ……。お肉はレアなのが好き……甘い物も、好き……」
「リンちゃんね、よろしく!! オレはべつに肉でも魚でも野菜でも何でも大丈夫だから!」
届いたワインを飲みながら、ヴィルさんが身も蓋もない紹介をしてくれた。それを聞いた皆さん方に気を悪くした様子も見られないところを見ると、こんなやりとりが日常なんだろう。
『自己紹介は人間関係の基本!』ということで挨拶をしてみたけど、返ってきたのが食の好みというのもそれはそれで期待度が高いってことなんだろうなぁ……。
微笑みが絶えない……しかしその碧眼に只ならぬ迫力があるセノンさんと、うっすらと頬を染めてはにかむアリアさんと、バチコーンと音が付きそうなウィンクをして親指を立てるエドさん……。
彼らの期待を裏切るわけにはいかないし、スカウトしてくれたヴィルさんの顔に泥を塗るわけにもいくまいて……。
明日の依頼に同行する時は頑張ろう……。
再びアリアさんに抱きつかれながら、うすぼんやりした頭でそればかり考えていた……。
閲覧ありがとうございます。
誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
美人の描写にはつい力が入ってしまいます……。
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