ハチの巣駆除作戦作業開始!
野生が大いに刺激されているのか、尻尾を揺らしながらカカッッとクラッキングを止められないごまみそをぎゅむりと抱きしめる私の前で、アリアさんと話していたエドさんがふにゃと表情を緩ませた。
エドさん、本当にアリアさんのこと大好きだよねぇ……。アリアさんもエドさんに対しては他とちょっと対応が違うし、仲良きことは美しきかなって思うよ、うん。
「それじゃーオレは、魔法で巣ごと囲って増援が来ないようにすればいいんだねー」
「ん。周りのハチ……は、わたしのあみで、なんとか……する、流れ!」
二人で顔を見合わせてニィっと笑い合い拳を突き合わせた後で、エドさんがすっくと立ち上がった。
うちのパーティの男性陣の中では一番小柄だけど、世間一般から見ればそれなりに大きい方に入るであろうエドさんの姿は完全に茂みから飛び出してる。
厳戒態勢のハチに気付かれるのでは……!? と、思った私が止めるより、巨大バチがこちらに気付く方が早かった。
巣の周囲でホバリングしているすべてのハチの不気味な複眼がこちらに向けられて、ブブブ……と威嚇の羽音が周囲に木霊する。低く響くガチガチって言う音は、なんでも噛み切りそうなあのでかいアゴが鳴らされる音……??
もしかして、初動に失敗した!?
………………なんて、私が心配するまでもなかった。
エドさんの手が動いたことを、宣戦布告と捉えたんだろう。エドさんに向かって一斉に襲い掛かってきた巨大バチの群れに網のように編まれたアリアさんの糸がかかったかと思うと、瞬く間に地面に引きずり下ろされた。
剥き出しの土の上に縫い止められても、顎を鳴らし毒針を出しっぱなしにして攻撃の意志を見せるハチを横目にエドさんの手が上がる。それは、今まさに増援が這い出てこようとしていた無数の出入り口を含めた巨大な巣を、周りの空気ごとがっちりと凍りつかせた。
仕上げと言わんばかりのセノンさんが、足元で蠢く巨大バチに麻痺と睡眠の魔法をかけて回る。本人は「効くかどうかわかんない」的なことを言ってたけど、バッチリ効いてるみたいだ。魔法がかけられたハチが、網の中でビリビリ痙攣している。
「うわぁ……あっという間……!!」
「へへー☆ このくらいならなんてことないよー!」
「しばらくはこのままにしておくか。内部にいるハチも確実に仕留めておきたいしな」
アリアさんとよく似たドヤ顔で胸を張るエドさんをちらりと眺めたヴィルさんが、氷漬けになった巣に視線を戻した。若干「やれやれ」とでも言いたげな色が浮かんでいるのは気のせいだろうか??
でも、ちょっとこのままにしておく、って言うのは私も賛成だなー。
……あ、でも……。
「このまま氷漬けにしておいて、エドさんの魔力とかは大丈夫なんですか? 疲れたりしません??」
「ん~。あそこ空間区切ってあるから外気温とかの影響も受けにくいし。維持しておく分には、そんなに??」
「空間を、区切って……?? な、なんだかよくわかんないんですが、影響がないなら何よりです!」
……うん。ちょっとね、素人にはよくわからない話だったよね!! 魔法に関しては理解をあきらめた方が早いかなー。
理解するための前提条件というか、基礎知識というかが足りてなさすぎる気がするよ、うん。
でもまぁ、エドさんに負担がかからない、って言うのなら良かった!
頭の中でいろんなことを考えながら一人でしみじみと頷いていたら、急にごまみそが腕の中でじたばたと暴れ始める。
え……ちょ……! さっきまで、クラッキングはしてたけど大人しかったじゃん!? どうしたよ、急に?
暴れた挙句に私の腕から飛び出したごまみそは、一目散に氷漬けの巣の近くまで駆けて行って、前足でてしてしと壁状になっている部分を叩いた。
『あんなー! あんなー!! このなかからなー、いいニオイ、する!!』
「いい匂いぃ!? えー……そんなの何にも感じないけど……?」
瞳を輝かせて翼を揺らす仔猫の言葉に、私も鼻を動かして匂いを確認してみるけど……なんていうか、普通に森の匂いというか、土と木の匂いしかしないというか……。
いや、森林浴してるみたいで心地よい匂いではあるけど……うーん?
興奮するごまみそと、それがいまいちよくわからない私で齟齬が生じかけた時。ふと間に入ってきたのは、ハチの始末をしていたセノンさんだった。
「リン。確かに巣の中から奇妙な魔力の流れを感じます。もしかしたら、ごまみそくんの言う”いい匂い”というのは、そのことでは……?」
「魔力の、流れ……そういえば、アリアさんも似たようなこと言ってましたね!」
確かアリアさんは「変な感じがする」っていうくらいに留まってたけど、この巣から違和感を感じてたことは間違いなさそうだし。
そういえばごまみそも、ここの巣のハチを「美味しい味と匂いがする」とも言ってたし…………いったい、この巣に何があるって言うんだろう……。
未知への不安と好奇心と若干の恐怖心がないまぜになったような気持ちが胸中に吹き荒れる。
なんだか、また面倒なことに巻き込まれそうな予感がするんだよね……。
心の端をじりじりと炙られているような謎の焦燥感を感じながら、私はまだ氷の溶けない巨大な巣を見つめ続けた。