よろしい! ならば 戦闘だ!!
流血を伴う戦闘シーンがあります。苦手な方はご注意ください。
――――世界が、赤い。
生存戦略の赤枠が、視界を染めている。
全身の皮膚が粟立ち、髪の毛がゾワリと逆立つような感覚が脳髄を駆け抜けた。
冒険気分は、もうとっくの昔に霧散している――……死の気配が、こんなに身近にあるなんて……!!
生存戦略ではなく、本能が囁く。
――――――死にたくなければ逃げろ――と……!
「――――――っっっ!!!!!」
「落ち着け、リン! 大した敵じゃない」
「っ、はッ…! ……な……あれ……ヴィル、さ……まも、の……!!」
「俺がいる……リン。怖がらなくていい」
生存戦略の影響を、生まれて初めて感じた死への恐怖が上回ったのだろうか。
咄嗟に暴れそうになった身体が更にきつく抱きしめられた。情けないほどに喉が引き攣り言葉も出せない私の身体を、ヴィルさんの大きな掌が宥めるように、気を引くように、ぽんぽんと叩いてくれた。その軽い刺激に、ふ、と詰まっていた息が漏れる。
服越しに伝わる他人の体温が、恐怖に冷えきった身体を……脳髄を、じんわりと融かし、凝り固まった身体と思考が動き始めた。詰まっていた肺が動いたと思った途端。震えた声が途切れ途切れに口を衝いてしまう。
……ああ! もっとしっかりしたかったのに……!!
相当怯えていると判断されたのだろう。腰に回されているヴィルさんの腕に、また更に力が籠った。耳朶を打つ低く柔らかな声と更に高まった密着度に、忘れていた羞恥が顔を出す。
一瞬、カァっと頬が熱くなり、目の前の魔物の存在にまたすぐさま青くなった。我ながら忙しいことだ。
そして何より、しっかりしろ私!!! 胸キュンとか私のキャラじゃないだろう!!! また笑いものにされるぞ!!!
………………でも、ちょっと落ち着いた!! まだ怖いけど、踏ん張れる程度には落ち着いた!!!
ギャアギャアと神経をささくれ立たせる鳴き声に顔を上げれば、怯える私を嘲笑うかのように、魔物たちがひどく楽し気に鳴き喚いていた。
負けないように、舐められないようにヤツらを睨みつけながら、生存戦略さんに念じてみる。
【ファントムファウル(食用:美味)
山間部に住む鳥の魔物。低木と地面とを飛び移るように移動しながら過ごす。
甘い果実や木の実を好んで食べるため、肉にもその香りと甘みが染み込んでいる。卵も食用。
好戦的で人を襲うこともあるが、大きな群れでなければ対処は可能】
……読めた!
さっきの説明文は、だいぶ断片的にしか見えなかった……いや、目を引いたところしか見えてなかったようだ。
よく読んでも怖いけど、それでもさっきよりは少しはマシだ。『対処は可能』って書いてあるじゃないか!
いや、ズブの素人がどうこうできるわけでもないけど、それでもあんなに取り乱すのは悪手だった! ヴィルさんが庇ってくれたからいいけど、一人でいたらどうなってたことか……
落ち着かなきゃならなかったんだなぁ…。猛省します。
「……す、すみません、ヴィルさん……落ち着きました……」
「ん? もう大丈夫なのか?」
「ハイ……お手数をおかけしました……」
頭が冷えてくると、この密着した状態が非常に気恥ずかしくなってくる。何せ、ヴィルさんの胸に顔を押し付けるような恰好で抱き寄せられているのだ。
これは……これはちょっとアレですぞぉぉ!? 恋愛偏差値最底辺の喪女には厳しい状況ですぞ!?
胸板を軽く押し返しながら密着していた身体を離そうとするが、ヴィルさんの腕の力は緩まない。それどころか、ヴィルさんは魔物たちから視線を外し、私の顔を覗き込んできた。
それを好機と見たのだろう。
一際大きな鳴き声を上げて、魔物たちが勢いよく突っ込んできた。ヒュッと喉が鳴ったのが、自分でも分かった。
だが……。
ヴィルさんは、私を片手で抱えたまま……しかも、その場から一歩も動くこともなく、瞬く間に飛び掛かってきた3羽の魔物を切り倒していた。
鮮血と共に切り落とされた頭が目の前で舞ったかと思うと、霧より細かい粒子になってあっという間に風に流されて消えていく。
……脅威が、去った…………。
静まり返る森に、どさりと低い音が響く。
膝の力が抜けた私が、その場に崩れ落ちたからだ。
そんな私を見たヴィルさんが、慌てて剣を収めると視線を合わせるように膝をついてくれた。
……心配の色を滲ませた深紅の瞳が私の目をひたりと見据えて、絡め捕る。
「そういえば、リンは魔物を見るのも、襲われるのも初めてだったんだな……」
「…………っ、ヴィル…さ……ぅ……うぇ……」
「怖かっただろ? もう大丈夫だ」
「……っっ……!」
安心させるかのように微笑みかけてくれるヴィルさんに返そうとした言葉は、突如として湧き上がってきた感情の爆発で、意識の外に追いやられる。
鼻の奥がツンと痛み、喉の奥がキュッと締まる。
……泣くまい泣くまいと耐えてきた分、一度自覚をしたらもう止めようがなかったんだ……。
気が付けば、私はヴィルさんの腕の中で、年甲斐もなくわんわんと泣き声をあげていた。拭っても拭っても涙が溢れ、ヴィルさんの胸当てを湿らせる。
子どものようになく私を宥めるように、ヴィルさんの大きな掌がずっと撫でてくれていた……。
閲覧ありがとうございます。
誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
わ……私の作品でシリアス先輩が(多少とはいえ)仕事をしている、だと……!?
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