夜の不気味な謎を追おう
休憩を兼ねて村の中へ……と誘ってくれたのを丁寧にお断りして、このまま野外で話を聞くことにしたらしい。どうせこのまま調査に向かうんだし、暴食の卓としてはその方が効率が良いからね。
謎の生物の襲来に少し憔悴したような様子の見受けられる村長さんが話してくれたことによれば、あの巨大生物は少し前……具体的に言うなら、聖女召喚が行われて私とJKがこちらの世界に来たくらいから現れているそうなのだ。村人や家畜を襲うことはなく、ただ夜空を飛んで回るだけ……という話ではあったけれど、夜通し聞こえる不気味な声と、いつか襲われるのではないか、という不安で村の人達のストレスがどんどん蓄積していっているらしい。
まー、そりゃあそうなるよねぇ。日中の疲れもあるだろうに、夜にぐっすり眠れないわ、あるかどうかも分からない襲撃に四六時中警戒してなきゃいけないわ……なんてなったら、正気度がゴリゴリ削られて一時的狂気と不定の狂気まっしぐらですわぁ……。
でも、村長さんが一番気にしてるのは……。
「我々大人は、まだ耐えられるのです。ですが、子ども達がもう限界で……」
「あー……子どもって、結構鋭いもんねー」
「大人達の不安と不穏な気配を察知してしまったのでしょうね……」
痛ましそうに眉尻を下げる村長さんが下ろした手の先には、いつの間に来ていたのか小さい女の子が立っていた。年齢は5歳くらいかなー? 顔立ちやパーツがどことなく村長さんに似てるし、お孫さんか何かなんだろう。
村長さんの服を掴む小さくてぷにぷにした手も、ふくふくしたほっぺも、零れ落ちそうなくらい大きな丸い瞳も……大きくなったらさぞかし美人になりそうな可愛い子なんだけど、顔色の悪さがその可愛らしさを台無しにしていた。
あぁ……こりゃ可哀想なくらいに影響受けまくってますわぁ……。
男性陣が村長さんと話している間、私とアリアさんはカワイコちゃんのお相手をしましょうかねぇ! え? カワイコちゃんて死語じゃないかって?? 細かいことはいいんだよぉ!
「初めまして! 暴食の卓のご飯係のリンです!」
「ん。おなじ、く。暴食の卓、の、アリア……だよ」
「! さわしのむらの、メイアです! おねーちゃんたちも、ぼうけんしゃしゃん?」
女の子の前に二人でしゃがんで自己紹介をすると、はにかんだように笑ってくれた女の子は元気な声でお返事してくれた。
……ってか、この村、サワシの村っていうんだ……初めて知ったよ!
それにしても、若干舌っ足らずなところがあるけど、こんな小さい子から「冒険者」なんて単語を聞くとは思わなかったなぁ。まー、そもそも、「冒険者さん」って大人でも言いにくくない? 子どもが噛んじゃっても仕方ないよね。
冒険者なんて単語、大人達が話しているのを聞いて覚えたんだろうけど、お耳が良いことで。覚えた言葉を使ってみたいお年頃なのか、村に来てくれる知らない人は冒険者……みたいな感じで考えてるか……もしくはその両方って感じかな?
「冒険者、だよ。わたしは、敵をばっさばさしたり、罠とか調べたり、お肉とかお魚とか狩ってきたり、する」
「冒険者ですよー。私は、みんなが獲ってきた獲物で、ご飯作ったりする人です」
「そうなんだ! メイアのパパとママもかりにいったり、ごはんつくったりしてくれるよ!」
正直な気持ちとしては、未だにご飯番を冒険者と言って良いのかどうかは分からないけど、これでも一応ダンジョン踏破してみたり採取納品クエストこなしたりしてますし?
でもなぁ、ご飯作る人って子ども的にはどうなん……と思ってはいたけれど、メイアちゃん的にはオールオーケーだったっぽいね! メイアちゃんの返答を聞くかぎり、ご夫婦揃って狩人してたり獲物でご飯作ってるっぽいし、イメージしやすかったのかな?
キラキラした目でこちらを見つめてくるメイアちゃんに手を差し出してみれば、小さな手できゅっと握手を返してくれた上に、手を繋いだままぶんぶんと揺らされた。
これ、特定の性癖の方には神対応的な感じなのでは? ファンサになるのでは??
『朕もなー、いるよー! 朕はなー、かわいいのが、おしもと!』
「わ! ねこちゃん!! おっきいねぇ!」
背景に宇宙を背負いかけた頃合いで、足元からひょっこりとごまみそが顔を出した。自信満々にドヤァと胸を張るごまみそを見て、おっきいねこちゃん、と繰り返しながらメイアちゃんが笑っている。
ごまみそもまだ仔猫らしいけど、子どもからしたらバスケットボール大の猫は大きく感じちゃうか。
気がつけば、顔を綻ばせてごまみそを撫でているメイアちゃんの青白かった顔に、ほんのりと赤みが差していた。少しは元気を取り戻してくれたのかな?
ごまみそ、最近まれに見る大手柄であるな。
暫しの間、もふもふとごまみその頭や顎の下を撫でていたメイアちゃんの手が、ふと止まった。
あれ? と思う間もなくメイアちゃんの顔が上がり、幼い瞳が何かを値踏みするかのように私達をじぃっと見据えている。飴玉みたいな大きな瞳の表面には、分厚い水の幕が張っていた。
あれだけキィキィと煩かった不気味な鳴き声が、この瞬間だけは途絶えて静寂が訪れる。木々の間を渡ってきた風が、どうっと私達の間をも駆け抜けていった。
「…………おねーちゃんたちは、こわいの、やっつけてくれるの?」
風に流されたのか、それとも、表面張力が限界を迎えたのか……メイアちゃんの瞳から水の幕が雫となって零れ落ちた。
あああああ……! そうだよね! そうだよねぇぇぇ!! 村長さん、小さい子達がもう限界って言ってたもんね!
メイアちゃんも、色々と溜まってたんだろうなぁ!
「……メイア、こわいの……もう、いや……」
「ん! それを、なんとか……するために、来た!」
「おうとも! 怖いことするのはみんな取っ捕まえて、唐揚げにしてやんよ!」
泣き声をあげずにほろほろと涙を落とすメイアちゃんの瞳を拭ったアリアさんが、目元をキリッと引き締めてグッと拳を握る。
私も、それに続くべく力瘤を作るように肘を曲げてみせた。
ビシッと親指を立てる私達を見て、泣いてたメイアちゃんがふにゃりと表情を緩ませる。
ごまみそがぐりぐりと頭を擦り付けて甘えた様子を見せたことも、緊張を解く一因になったようだ。アニマルセラピーって、すげー!
私とアリアさん、ごまみその二人と一匹とでメイアちゃんを構っていれば、ヴィルさんが足ばやにこちらに向かってくるのが見えた。どうやら、村長さんとの話し合いが終わったらしい。
「リン、アリア。 奴等のねぐらだろう場所を教えてもらった。今から調査に出掛けるが、大丈夫か?」
「大丈夫です、いつでも行けます!!」
「ん! やる気、あるよ!」
『朕も! 朕もいくー!!』
小さい子がいるからだろうか。ヤる気に満ちたオーラとは裏腹に、こちらにかけられる声は比較的優しげな声色が保たれてた。
調査に行く、という単語に反応したんだろう。ヴィルさんの声に応えて立ち上がった私達を、もうすっかり涙も乾いたメイアちゃんが見上げている。
「あの影の正体は、必ず突き止めてみせるさ。もう、夜に怯えなくてすむようにな」
「そうそう! ちょちょいのちょいと行って、戻ってくるから!」
「ゆっくり、寝て……待ってて、ね?」
『朕がなー、いればなー、しんぱいなんてなー、いらないからなー!』
大小様々な大きさの手が、メイアちゃんの頭を代わる代わるにくしゃくしゃと撫でていく。
ふと気がつけば、静かになっていたはずの謎の鳴き声が再び賑やかに夜空を震わせていた。
さぁ、夜の冒険に出発するとしましょうかね!