夜空に木霊する不気味な声を聞いたあなたは1/1D3のSANチェックです
月夜にエンジン音を響かせながら、野営車両は軽快に道を進んでいった。
野営車両のカーナビさんはめちゃくちゃ優秀なんだけど、安全マージンをしっかりとれる迂回ルートを優先しちゃうんだよね。
いつもはその設定で大丈夫なんだけど、今回みたいに先を急ぎたい場合は、最短距離を示すことに慣れているヴィルさんが進む方向を教える役で、私はそれに従ってハンドルを操る役として野営車両を走らせる。
しっかり舗装がされた大街道を外れてしまったせいでむき出しの土の上を走るような仕様ではあったけれど、しっかり踏み固められているせいで路面の悪さはあまり気にならない。荷車の轍のような細い線や家畜の蹄の跡も散見できるところを見るに、村の生活道路としてそれなりの往来があるんだろう。
とはいえ、雨上がりなんかはちょっとぬかるんじゃいそうではあったけどね。今回は雨に降られなかったし、結果オーライかな。
「それにしても、けっこう遅くなっちゃいましたけど、大丈夫ですかね?」
「報告書を読む限り、謎の影の活動はこの辺りの時間帯から夜半にかけて活動が活発になるらしい」
「あー……それじゃあ、ちょうどいいって言えばちょうどいいの、か……」
いつのまにか膝の上で眠っていたごまみそをモフりつつ、ヴィルさんが書類を片手でひらりと振ってみせる。実態調査としては、良い時間帯にたどり着けるってことかぁ。
月明かりとヘッドライトのお陰で、夜道のわりには進行方向がそれなりに明るく照らされている。
山あいに向かっていることもあり、横合いから飛び出してくる獣や道に張り出している枝などがないかチラチラ確認をしつつ、時々出現する深く抉れたような跡をハンドルを操って回避していけば、前方にチラチラと明かりのようなものが見えてきた。どうやら目的地周辺に到着したようだ。
ちょうど茂みのようになっている所で野営車両を降りれば、キィキィと聞きなれない音が耳に届く。甲高くて、ちょっとがさついていて、鼓膜を引っ掛かれたような不快感がある音だ。
耳を塞ぎたくなる気持ちをこらえ、眠くてぐずるごまみそを抱っこしながら村へ向かうことにした。
ふよふよと浮かんで周囲を照らしてくれる魔法の玉をエドさんが出してくれたから、それを懐中電灯がわりに夜道をみんなで歩いていく。
月の光もある上、この上なく頼りになるパーティメンバーが一緒ということもあり、謎の音を響かせる夜道を歩いていてもさほど怖いとは感じなかった。
「けっこう大きめの篝火が焚かれてますね……やっぱり、夜警の人とかいるんでしょうか?」
「ああ。村への出入り口付近にそれらしき影が見える。事前情報のとおり、かなり警戒しているようだ」
「なんか、ね……棒みたいの、持ってる」
チラチラと見えていた火は、村に近づいていくとそれなりに大きな篝火だということがわかった。
夜目の効くヴィルさんやアリアさんの目には厳戒体制で警備をする人たちの姿も見えてるっぽいけど、私にはさっぱりなんだよなぁ……。だからこそ、あの影が火を……光を恐れるのかどうかはわからないけど、少しでも明るくしておきたい気分は、何となくわかるんだ。少しでも視界を確保しておきたいもんね。
果たして、私にも夜警の人の姿が視認できる距離まで近づけば、棒のようなものを携えた男性が二人、簡単な作りの柵が切れているところに立っているのが見えてきた。
あくまでも普通の人間である私に見えている、ということは、当然村の人たちにも見えている、ということで……。
「……っっ、だ、誰だ!!」
「い、今は夜間の村への立ち入りは遠慮してもらっていて……」
若干の怯えを含んだ尖った声と、ほんの少し上ずった声で入場を断る声が聞こえてくる。棒に見えたのは簡素な作りの槍だった。その刃が、こちらに向けられている。
あー、ね。そりゃ、ただでさえ怖いことが起きてるのに、見知らぬ集団が暗闇の中から出てきたらビビるよね、うん。
それでも、今の流れややり取りはヴィルさんの中では予想できていたことだったんだろう。手慣れた様子で浮いている光の玉を近くに呼び寄せると、胸元からギルドカードを取り出して、彼らの目にも見えるように提示した。
「驚かせてしまってすまない。正体不明のあの影を何とかしてくれ、という要請を受けて王都から来た冒険者【暴食の卓】だ」
「……っ、あ……ギルド、カード……ほんもの、だ……! 俺、村長呼んできます!!」
「せ、せっかく来てくれたのに、申し訳なかった! みんな、あの影のことでピリピリしてしまって……」
ヴィルさんの名乗りと、ギルドカードの記載を見て嘘がないことが読み取れたんだろう。明らかにほっとした顔で、警備の人たちが槍を下ろした。左側に立っていたまだ若そうな人が村の奥に走っていき、左の人が頭を下げつつ入り口を塞いでいた柵をどかしてくれる。
村の中にも、王都で見かけた街灯のようなものが立ってるけど、圧倒的に数が少ない上に光量も足りないような感じがする。ここの人たちにしてみれば、魔法具よりかは篝火の方が便利なのかもなぁ。燃料になる木の枝とかはそこら辺に転がってそうだし……。
そんなことを考えつつ村の中心っぽいところまで歩いてきてみれば、さっきの男の人がもう一人、人を連れて来るのが見えた。
「お迎えが遅れて申し訳ありません。まさか、こんなに早く来ていただけるとは思わなかったもので……」
「こちらこそ、報告が来たそばから出立したもので……連絡もなしにこんな夜に突然来てしまって申し訳ない」
ペコリと頭を下げて見せるその人は、壮年……というか、老年に近い感じかな。労働で鍛えられたっぽい身体はまだまだ壮健って感じだけど、短く刈られた頭は白髪がかなり優勢になっている。
挨拶をしながらヴィルさんと握手を交わす村長さんらしき男の人の手は、少し肉が落ちてはいるものの、がっしりとした働き者の人の手だった。
私たちを見てどこか安心したように笑った顔は、垂れた目尻がさらに下がって、柔和な印象を受ける。なんかもう、絵に描いたような村の責任者、って感じ。
「それでは、あなた方が来てくださったということは、あの依頼を受けてくださる、と……?」
「ああ。俺たち『暴食の卓』が受諾した。このまま、調査に入らせてもらう」
すがるように握られた村長さんの手に、もう片方の手を重ねたヴィルさんが大きく頷いた。





