夜のドライブにれっつらごぅ!
例の秘密地下通路的な小道を駆け抜け、隠れ家的なお店のドアを開けた頃には、街はすっかり夜の帳が下りていた。家々の窓には明かりが灯り、空には満月と三日月が浮かんでいる。
すっかり人通りの消えた街路を足早に駆け抜ける靴音が、石造りの街に響いた。勝手知ったる、と言わんばかりに、ヴィルさんが細い路地裏や建物の隙間を縫って先導してくれている。
「このまま、例の現場に向かう……っていう流れで良いんですよね?」
「ああ。渡された報告書を読んだ限り、問題になっている影は夜半に激しく飛び回るそうだ」
「今からいけば、リンの野営車両なら村の近くまで行けるはずです」
建物と建物の狭い隙間をすり抜けながら前を歩くヴィルさん達に確認をとれば、こちらを振り返ることなく返事が返ってきた。
こうして街灯がある街中ですらけっこう暗いと感じるんだから、規模の小さな村とかはもっと暗いんだろうし、そんな暗い中、得体の知れないモノが野外をうろつく……ってなったら、そりゃあ怖かろうよ……!
ヴィルさんが急ぐ理由もわかる気がするなぁ……。
さすがにこのペースでごまみそを抱っこしてるのは少々キツいので、適当なところで仔猫をリリースする。無造作にぺいっと放り出されたにも関わらず、ごまみそは見事な身のこなしで地面に着地して、全身をバネのように使って走り出した。
そのしなやかな身体の使い方はさすがは猫科というところだろうか。
えぇー……マジかぁ……ごまみそ、運動神経ってものがあったんだな……。
「なん、か……ごまみそが、そんなに身軽、だとは……おもわなか、った……!」
『朕なー、ゆうしうだからなー! やせいみあふててるでしょー??』
尻尾と翼を揺らして私と並走していたはずのごまみそが、ふふんと胸を張ったかと思うと一足飛びに先頭を走るヴィルさん達に追いついていく。
……おおおお……凄いな……元気あるわぁ……。
有り余る体力があるらしいごまみそとは裏腹に、私の方はあっという間に上がる息ともつれそうになる足を必死で動かして……競歩とランニングの中間のような有酸素運動をどれだけ続けただろうか……いつの間にか、身体は街の外れ……城壁に設けられた衛兵詰め所の前まで運ばれていた。
何がなんだかどこをどう走ってきたのかなんて全然覚えてないけど、身体を動かせば目的地に行けるんだなぁ……。無意識での行動ってスゲー!!
幸いというか、なんというか……こちらの世界ではそれなりに遅い時間だったであろうに、ヴィルさんのお兄さんが渡してくれた書類がかなりの効力を持つものであったらしく、衛兵さんはすんなりと出入り口を通してくれた。
石造りの街はキレイだったし、窮屈だと思ったこともなかったけれど、こうして遮るものもない星空の下で開けた野原に立ってみると、街中はそれなりの圧迫感があったんだなぁと実感してしまう。
未だに酸欠を訴える脳髄に酸素を送るべく深呼吸を繰り返せば、どこからかふわりと花のような甘い香りが漂ってきた。
月夜に、花の香り……か。なんとも雅というか、風流と言うべきか……。
あとはこの空気に、血の匂いが混ざらないことを祈るばっかりだなぁ。
灯火の点る詰所から離れるべく、足早に街道を移動する。
月夜と言えど、そこそこ離れれば私たちの姿はだいぶ見えにくくなるはずで……先程出てきた入り口の灯火が豆粒ほどになった頃合いを見計らって、野営車両を顕現させた。
人工的な光が網膜を焼くけれど、これもきっと余人には見えないんだろう。
キャビンにはごまみそを含めたパーティメンバーを。助手席にナビゲーター代わりのヴィルさんを乗せて、夜のドライブの始まりだ!
運転席に乗り込んでエンジンをかければ、重低音と共に小刻みの振動が座面から伝わってくる。
さっそく移動しようとバックミラーとサイドミラーを確認しようとして……視線の端を、何かが横切った。
運転席の窓から見えるのは、夜空を煌々と照らす満月と三日月の光を遮る、大きな、影……。
「ヴィルさん! アレ!! もしかして、アレが例のやつなんじゃ……!?」
「……確かに……夜に空をよぎる巨大な影、か……」
慌てて助手席のヴィルさんの腕を叩いて注意を引けば、その影はすいっとこれから向かう村の方向へと進路を変えて飛び去っていく。
十中八九、あの影が今回の依頼の目的であることは間違いないだろう。
「とりあえず、あの影の後を追っかけますね! たぶん、行先はあの村でしょうし……」
「あぁ、頼んだ! おそらく、この時間なら往来の人目を気にしなくても良いだろうからな」
シフトレバーを動かしてアクセルペダルを踏む足に力を入れれば、野営車両が軽快なエンジン音と共に街道を走りだした。
この先、鬼が出るのか蛇が出るのかはわからないけれど、未確認飛行物体は確実に登場してくれるだろう。
「まー、正体が何なのかわかんないのが怖いけど、とりあえず行くしかないよね!」
助手席に座ったヴィルさんの指示に従って、右に左にハンドルを切る。
月はまだ、高い空にかかっていた。





