キレイなお兄さんの無茶ブリは好きですか?
にこにこと有無を言わさぬ微笑みを崩さないお兄さんの手から紙を奪うようにひったくったヴィルさんの視線が、じっとその書面に注がれている。
文字を追ってるんだろう深紅の眼球が幾度か紙の上を往復していくのと並行して、だんだん表情が険しくなってるよう、な……?
「おい、まて……まさか、王都でも魔物騒ぎが起きてるのか……!?」
「うん。それもおそらく、お前の言う『聖女召喚』が行われたのであろう辺りからね」
紙面から顔を上げたヴィルさんが呟く声に、お兄さんがにこやかに笑ったままサラリと答える。
【聖女召喚】。
……やっぱり……やっぱり、ターニングポイントは、聖女召喚か……!
聞きなれたはずの……なんだったら身に染み渡ってさえいるその単語に、ゾクリと肌が粟立った。
予想はしていたけど、こうして第三者から改めて話を聞かされると、途端に現実味を帯びてきてしまうことが恐ろしい、というか……。
やっぱりそうだったんだ……という気持ち半分、何で聖女召喚がきっかけになってるんだろうという疑問半分、ってところではあるんだけどもさ。
……それにしても、魔物騒ぎがこっちでも起きてるって……いったいどれだけの規模なんだろうか?
けが人とか……死んだ人とか出てないと良いんだけど……。
「つい先ほど報告が上がってきた案件でねぇ。まだ被害は何も出てはいないのだけど、早急に対応できるならそれに越したことはないだろう?」
「…………そもそも俺たちに対応させようとしてた、とかじゃないだろうな?」
「まさか! コレは本当にたまたま、だよ。王都のギルドに持っていこうと思っていたら、ヴィルたちが来るというから、ちょうどいいかな、と思ってね」
ヴィルさんの疑わし気な鋭い視線を物ともせずに、微笑みを崩さないお兄さんがゆるりと手を振った。
その途端、中空にディスプレイのようなものが現れる。
そこに浮かぶ大きな青い点が現在地だとすると、すぐ近くにある小さな赤い点がその目的地、とかだろうか?
こうしてみる限り、確かに然程離れていない、ような気はするけど……時間的に、そろそろ暗くなってくるんじゃないかなーって思うんだよね、うん。
まぁ、野営車両があれば、たいした問題じゃないか。
ヴィルさんが、色々な情報が書かれた例の紙を懐に押し込んだのを確認したんだろう。
笑みを深めたお兄さんが、手袋を嵌めた手をゆるりと振った。
それを皮切りに、みんなもう一度深く礼をすると、静かに部屋を後にしていく。
私もごまみそを抱いたまま後に続いて………………。
廊下に出て扉を閉めると、ふ、と肩が軽くなったような感覚があった。
相当緊張してたんだなぁ。
「……め、めっちゃ緊張した……!! あの雰囲気怖い怖い怖い怖い……!!!」
「あー……なんというか、ウチの兄貴がすまなかった……」
「決して恐ろしい人ではないのですが、纏う空気が空気ですからね」
思わず漏れた言葉に、眉尻を下げたヴィルさんがポンポンと背中を叩いてくれた。
さすがのセノンさんも緊張をしていたらしく、安堵に肩を落としている。
いや、でも、うん……お兄さんが何者かはよくわかんないけど、あの絶対王者の貫禄は凄いなーと思いますよ、ええ。
一朝一夕では身につかないだろうなぁ、あの空気……。
先ほど案内してくれた男の人が、また先導して廊下を歩いてくれている。
少し離れているのをいいことに、傍に居るセノンさんにそっと話しかけてみた。
「それにしても、これから何しに行くんですか?」
「あの報告書を読む限り、近くの村で奇妙な影が目撃されるらしいですから、それの調査、でしょうね」
「奇妙な影……ですか……」
「なんでも、夕方から夜にかけて、大きな影が村の上空を飛び交うらしいですよ。依頼としては、それの調査……もし危険があるなら駆除してほしい……という所かと」
廊下を歩きつつセノンさんが教えてくれた事件の概要を聞く限り、村の人はそりゃ怖いだろうなぁ、って感じだなぁ。
照明の少ないだろう場所で正体不明な何かが空を飛び交うって、そりゃあ怖かろうよ。依頼が来るのもわかる気がするわ、うん……。
まぁそれについての報告が上がってきた時期が、何かを見計らってたような感じもするけど……「作為はない」っていうお兄さんのお言葉を信じましょうかね。
来た時よりは若干短く感じる廊下を歩き、先ほどと同じ……だと思われる小部屋へと案内された。
今まで先導してくれた男の人が、無言で優雅に一礼をして廊下の奥に消えていく。
果たして、扉を開ければ先ほど出てきたと思われる内装が広がっていた。
例の地下通路に繋がるドアの前で、ヴィルさんがそっと頭を下げる。
「……妙なことに巻き込んでしまって、すまない」
「それはこっちのセリフですよ、ヴィルさん。話を聞く限り、トリガーはやっぱり『聖女召喚』らしいですし……こちらこそごめんなさいです……」
思い切りしょげた様子のヴィルさんを前に、私は慌てて手を振った。
だって! むしろ私の方が面倒に巻き込んでる感じじゃないです? 私がパーティに加入してなかったら、ヴィルさんたちは何もしなくて済んだだろうに……!
ああああ……むしろ本当に私の存在が皆さんに迷惑をかけているのでは……!?
「まーまー。リンちゃんはその『聖女召喚』に巻き込まれた側じゃん! 気にすることないって!!」
「ん! リンは、悪く……ない!」
頭を下げる私の背中にそっと手を添えてくれたのは、エドさんとアリアさんだった。宥めるように撫でてくれる手の温もりが伝わってくる。
「『聖女召喚』がトリガーだったとすれば、恐らく今後も魔物騒ぎが起きることが予想できますからね」
「それを思えば、リンには俺たちの傍に居てもらった方がいい。何か手掛かりがつかめるかもしれないだろう?」
ああああ……みんな……みんな優しいよぉぉぉ!!
にっこり微笑みながら頭を撫でてくれるセノンさんとヴィルさんに……ひいては暴食の卓のメンバーの心遣いに、浮かんできた涙をこっそりと拭うので精一杯だった。





