推し店舗がある方々との食べ歩き、楽しくない?
あの場所で一泊した後、王都近くまでは野営車両で移動できたんだけど、大街道に思った以上に人が多くてさ。人目の付かないところで車を降りて、二時間くらいは歩いたんじゃなかろうか……。
街を囲んでいる城郭というか、壁というかが見えてきたときは凄く嬉しかったよね。
「またずいぶん懐いている従魔だなぁ。アンタ、いい調教師なんだな!」
「あ、アリガトウゴザイマス……そういってもらえて嬉しいデス……」
ガッチリと鎧を着こんだ衛兵の蜥蜴人さんが、もしゃもしゃとごまみその頭を撫でる。首に着けていた従魔認識リボンと、前足に押した魔力スタンプを確認してくれた人だ。
蜥蜴人さん曰く、従魔と言えども獣タイプの魔物は抱っこされたりとか肩に乗ったりとか、なかなかしないみたい。
……まぁ、ごまみそだからねぇ……衛兵さん、めっちゃ褒めてくれるけど、なんかすごく心苦しくて……つい片言になってしまいましたよ、ええ。
ちなみに、魔力スタンプは、ライトみたいな魔道具を当てると、反応したスタンプ印がぽわーっと押したところに浮かび上がってくる仕組みになっているらしい。
……なんか……イベントとかの再入場確認スタンプに似てるかな……。一見透明なんだけど、ブラックライトを当てると紫に反応するやつ……。
万が一、認識リボンがなくなった時でも、これで従魔かどうか区別がつくらしいよ。
「ふおぉぉぉぉぉぉぉ……!!」
『なんかなー、ひと、いっぱい!!』
「大丈夫か、リン。頼むから、昨日の宣言どおり迷子にならないでくれよ?」
初めてやってきた王都・シュルブランは、それはもうきれいな街だった。
白い石畳で舗装された路面に、整然と並ぶ白い石造りの建物。その窓辺や出入り口は言うに及ばず、道の両端にも石でできたプランターのようなものが置かれており、色とりどりの花を咲かせていた。
山からの風が吹き抜けるたび、ふわりと花の甘い香りが周囲に漂う。街の明るい喧騒によく合う、華やかな雰囲気だ。
エルラージュの街とはまた違った光景に、おのぼりさん丸出しでぽかーんと口を開けて眺めてしまった。私の肩に乗ったごまみそも、尻尾と翼をわさわさと動かして興奮気味に周囲を見回している。
初めてエルラージュに着いた時と同様に、眉間を押さえて呻くヴィルさんに手を引かれながら、私はシュルブランの街の中へと足を進めていく。
ヴィルさんの話によれば、入り口は東西南北に一つずつ……全部で四カ所あって、そこから延びる大通りが王城前の大広場に繋がってるんだって。
で、その十字路を中心に表通りと裏通りに分かれていて、表通りは商店が多い通り、裏通りは住居などが多いような感じらしかった。
今から私たちが行くのは、裏と表のちょうど中間あたり……。
住居があったり、お店があったり、色々と混じり合った生活感あふれる場所……ということで……。
ヴィルさんに手を引かれるがまま、大通りから一本細い道を入っていったんだけど、整然としてるんだけど軒先に荷物が置いてあったり、お向かいさんとの間にロープが張り巡らされて洗濯物が翻ってたり……なかなか生活感にあふれた住宅街、という感じだ。
でも、路面にゴミが落ちてるようなこともないし、悪臭が漂ってるっていうわけでもない。
清潔感はあるんだけど、ちゃんと人がそこに生きてるって感じがして…………私は好きだなぁ、こういう雰囲気。
「虹尾長を出すお店でオレが好きなのはねー、『歩くトレント亭』! 串焼きがね、美味しいんだよ!」
「ん。わたしは、『翡翠の乙女』の、丸焼き……詰め物もたっぷりで、おいしい、よ……!」
「私のおすすめは『銀の星屑』の煮込みなのですが、ここから正反対なんですよね……」
商店と住宅が入り混じった、ある意味昭和の商店街的な雰囲気の通りを、みんなのおすすめを聞きながら歩いていく。
エドさんもアリアさんもセノンさんも……それぞれに「ここが!」という推し店舗があるみたいだ。
歩くついでに店先をチラチラ眺めてみる。この前のダンジョン突入前の買い物やらなにやらの時に、必要に駆られたせいで値段くらいは読めるようになりましたよ!
物価は…………あんまり変わんない気がするなぁ。ただ、珍しい香辛料関係はちょっと高い、かな。
まぁ、港直結のエルラージュと比較したら、輸送費やら人件費やら中間マージンだって上乗せされるんだろうから、高くなるのは当然、か。
でもね、別に品質が悪い、っていう感じじゃないし、ぼったくり……ってわけではなさそうかな。
この近くで獲れそうな野菜やお肉、香草関係は、エルラージュとほぼ変わってない気がするし……。
「そういえば、ヴィルさんのおすすめのお店とかってあるんですか?」
「俺か? そうだな…………この近くにある『大熊の尾』の炙り肉だな。泉塩が使われていて、一風変わった風味だぞ」
「あぁー! 『大熊の尾』! あの串焼きも美味しいよね!」
私の手を引くヴィルさんにも推し店舗があるのかなーと思って尋ねてみれば、こちらを振り返ったヴィルさんがにぃっと笑って前方を指さした。
その示す先には……小さいけれど、恐らく店名であろう文字が書かれた看板がある。
多分あそこが「大熊の尾」さんなんだろう。読めないんだけどね!
それにしても「泉塩とは何ぞや……?」と首を傾げる私に、瞳を輝かせたエドさんが説明してくれたことによれば、どうやらメルロワ火山の一帯に湧く温泉のお湯を煮詰めて作った塩のことらしい。
海水から作る塩とはまた違って、まろやかで甘みを感じるそうな。
「ヴィル……もしかして最初からここを狙っていましたか?」
「北の入り口からは、ここが一番近いだろう? 先導の特権だな」
若干恨みがましい瞳で見据えるセノンさんの視線を躱しつつ、ヴィルさんが唇の端を持ち上げてニヤリと笑う。
……ちょいとイカつい系イケメンのヴィルさんがそういう笑い方をすると、なんか、こう……いい人なのに、どことなくワルじみて見えますな、うん。
「まずはこの店から食っていくか」
「すっごくいい匂いがしますもんね……! 楽しみです!!」
そんなチョイ悪系の笑みを浮かべたまま、ヴィルさんの瞳が私を捉える。
周囲に漂う香ばしい匂いとあいまって、ぐぅと私の胃袋が空腹を訴えてきた。さすがにね、二時間歩いたらお腹も空くよ!
イチゴ色の瞳ににっかりと笑い返して、私はポケットにしまってあるお財布の紐を緩める準備をし始めた。





