ノー白いご飯 ノーライフ
鍋の蓋を開けると、途端に甘く香ばしい香りがぶわっと顔に襲い掛かってきた。
くつくつと優しく沸き立つ表面には、金色の脂が輪を作って浮いている。マッドオッターから出た脂だ。
ちょっと煮汁の味見をしてみたんだけど、これがまたいい味だったんだよ!
コクがあって、しつこくなくて……良い出汁が出てる、って感じ!
「よし、ご飯にしましょうか!」
「わかった。皿や飲み物の準備はできてるぞ!」
「さすが用意周到ですね! 例によって、とりわけは各自でどうぞ!」
煮上がった肉じゃがを大皿にどどんと盛り付けて、テーブルの中心にでんと据える。本当は一回冷ました後にもう一回煮返すともっと味も染みるんだろうけど、もうお腹の虫が限界を訴えてきてるんだもん!!
きょうは、もう、食べます!!
ミルクトラウトの黄金イクラもあるから、丼とは言わないもののスープ椀的な深さのある器にご飯を盛って、冷蔵庫からそのイクラを取り出してきて……準備完了!
「本日も糧を得られたことに感謝します」
「我等の食せんとするこの賜物を祝し給え」
「数々の御恵みに、感謝を」
「慈しみを忝み今日の糧を賜ります」
「いただきます!」
ほかほかと湯気を立てる出来立ての料理が並ぶ食卓を囲み、それぞれが祈りをささげた後に、みんな一斉にカトラリーと箸を取る。
まず箸が伸びたのはマッドオッターの肉じゃがだった。お肉系は、あったかいうちの方が美味しいからね! わかる!!
もちろん、私も負けじととりわけ戦争に加わりますよ!
ほっくほくのジャガイモと、くったりと煮えてる玉ねぎと、ちょっぴり角が取れたようなニンジンと、煮汁を吸い込んでふっくらとした干しキノコと……そして、脂身の部分はトロトロ、お肉の部分はみっちりと締まった、マッドオッターのお肉も頂きましたとも!
「凄いな、この肉! 肉はしっかりしてるんだが、脂が口の中で蕩けるぞ!!」
「故郷で食べたマッドオッターはひどく脂臭かったのですが、これは程よく脂が抜けていて……いくらでも食べられそうです!」
ヴィルさんとセノンさんがさっそくマッドオッターのお肉を頬張ったかと思うと、その動きが一瞬止まり、瞳がカッと見開かれる。
私の方を向いて親指を立てた二人が、取り分けた肉じゃがの残りを猛然と食べ始めた。
うん。だいぶお口に合ったようで何よりですよ!
「お肉の味が濃いんだねー。煮汁も美味しいんだけど、お肉にも旨味が残ってるよ」
「おにく、美味しい…………幸せ……!」
「確かにこのお肉、めちゃくちゃ美味しいですね! その旨味を吸った野菜が……ジャガイモが……!!」
みっちりと繊維が詰まったお肉は、結構煮込んだもののしっかりと形を保っていた。でも、決して硬いわけじゃない。歯を立てると、ざっくりと噛み切れる。
筋繊維の密度と保有水分量が多いんだろうか? 噛みしめるとむちむちシコシコとした感触で、お肉の奥から肉汁と旨味がじゅわっと溢れ出てくる。
その上を覆ってる脂肪層は、ふるふるとろとろと舌の上で蕩ける食感なので、その対比も面白かった。
でも、私個人としては、肉じゃがの真骨頂はジャガイモだと思っている。
肉の旨味も、他の野菜の旨味も、すべてを吸い込んだホクホクのジャガイモこそ、肉じゃがのメイン。
何となれば、肉ですら出汁を出すためだけの具材といってもいいくらいだ。
ちなみに、小鳥遊家では肉じゃがに油麩を入れるのが定番だった。コクが出て美味しいんだよー。
「……たしかに……これなら野菜も食えるな…………美味い、といっても、いい……」
「全部の具材の味を吸いまくってますからね! あ、イクラもかけよう……!」
あえて大ぶりに切っていたジャガイモを箸で割り、断面に煮汁を染み込ませて……ぱくりと一口。
顎と舌だけで圧し潰せるほどに柔らかいジャガイモは、旨味を余すところなく吸っていて、それがねっとりと舌に纏わりついてくる。
そこにチェイサーがてらご飯を頬張るとだね……お行儀は悪いけど、本当に美味しいんだよー!
飴色の玉ねぎを口にしたヴィルさんが、ちょっと悔し気に肉じゃがのお代わりを盛っている。ちゃんと野菜も一緒に取り分けてる所を見るに、相当気に入ってくれたんだろう。
さて。皆さんが肉じゃがに夢中になっている間に、私はイクラをですね……堪能しようと思うのですよ!
「……魚の、卵……なんですよね……? 食べられるのですか?」
「私の故郷ではよく食べてましたよー。高級食材扱いでした!」
「なるほど……食文化の違い、ですねぇ」
大きめのタッパー一杯にイクラができたのをいいことに、白いご飯の上にたっぷりと黄金イクラをかけていく。
そんな私の姿を、恐る恐る見ているのはセノンさんだ。
まぁ、欧米の方じゃ魚卵とかはあんまり食べないって聞くもんな、うん……こっちの世界でも魚卵はあんまり食べられてないんだろうな……。
こんなに美味しいのに……。
艶めくまっしろなご飯の上に乗った、黄金色に輝くイクラの粒……漬け汁の色味にこだわったのが幸いしたのか、ちゃんと金色のままだ!
ご飯の熱で温まらないうちに、いざ……!
「~~~~~~っっっ!! これは……やばいですよ!」
「ど、どうした、リン!? マズかったのか!?」
「いや、違います! 逆です!! これ、ご飯がいくらあっても足りないくらいだ……美味しいぃぃぃ……!!」
思わず口から漏れた呻き声に、ヴィルさんが慌てた様子で背中をさすってくれる。
ああ、その心遣い、嬉しいけど申し訳ないです! 思った以上に美味しかっただけなんです!!
いつも見るイクラよりやや小ぶりな粒をプツンと潰すと、トロリとした中身が溢れて濃厚な旨味が口いっぱいに広がった。漬け汁の出汁が良く染みている上に、臭みなんか微塵もない。
舌が痺れそうなほどの旨味を、一緒に頬張ったご飯がしっかりと受け止めて、優しく包み込んでくれる。
イクラのしょっぱさをご飯の甘さが引き立たせ、ごはんの滋味をイクラが引き出して…………。
こんなの……こんなの……手が止まらないじゃないか……!!!
「セノン、食べないの……? じゃ、わたしが、もらう!」
「またまたご冗談を。誰も食べないとは言ってはいませんよ。むしろ、リンのあの様子を見る限り、これは食べておくべき食材でしょうに……!」
「だよね……あのリンちゃんが夢中になって食べてるんだもん…絶対美味しいヤツじゃん!!」
「とりあえず、今ある分を取り分けるか。このままだとリンとアリアにほとんどを喰われそうだ」
無我夢中で黄金イクラご飯を貪る私のすぐそばで、イクラを巡る表面上はにこやかな戦争が幕を開けていたようだ。
……尤も、イクラご飯に目がくらんでいた私は、全く気が付かなかったけれど……。
………………なお、イクラ戦争は、ヴィルさんがそれぞれに取り分けてくれて、無事に収めてくれたみたいだ。
そして、大鍋一杯の肉じゃがも、タッパーに一杯の黄金イクラも、きれいさっぱり食べきってしまったことをここに記しておくことにする。
閲覧ありがとうございます。
誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
最近ちょっと気になるものがあって、通販を頼んでしまいました……!
これが文章に生かせるといいのですが……。
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