じぶじぶと煮込む肉じゃがは、治部煮なのか肉じゃがなのか
プチ林の傍に車を止めてすぐに、炊飯器がきらきら星のメロディを奏でる。予約のおかげで、無事ご飯は炊きあがったようだ。
軽く見回りをしてくる、と外へ出ていったヴィルさんとセノンさんを見送って、私は肉じゃがならぬ、マッドオッターじゃがと汁物を作り始めますかね!
皮を剥いたジャガイモは一口大に。玉ねぎはくし切りに。ついでに余っていた乾燥キノコも水で戻しておいて……戻し汁も出汁になるだろうからこれも取っておくことにしよう。
「うわ! 思った以上に赤身だ。鴨肉みたい!」
野菜の処理が終わった所で、経木に包まれていたお肉を改めて眺めてみれば……真っ赤なお肉とその上に被る真っ白な脂肪のコントラストが、何とも鮮やかだった。
軽く指で押してみると、内側から指を弾き返してくるような弾力がある。
これはどう料理しても美味しくなるお肉なんじゃなかろうか??
「とりあえず、表面は焼きつけておいた方がよさそうだなぁ……」
「あれ? 大きいままで煮込むの?」
「いや、焼いた後で切り分けます。けっこう脂の層が厚いので、まずは軽く焼いて脂を出しておこうかな、と思いまして」
「大きいままも、良い……!」
「浪漫ではありますよね、塊肉って……!」
まな板の上でもその大きさを主張する脂の乗った真っ赤な塊肉に、お醤油とお酒を揉み込んで軽くした味をつける。
私の横に立ったエドさんとアリアさんが、興味深そうに私の作業を眺めている。どうやら、調理工程に興味はあるらしい。
見取り稽古的な感じで、お二人の料理の腕の向上に繋がったりしないかなぁ? 手順や何やらを見て覚える、っていうのもありだと思うんだけど…………でも正直、そういうレベルでもない気がするのも確かなんだよね……。
「あとは、脂出しを兼ねつつ、お肉に焼き色を付けて……」
「あぶら、出るね……! いいにおい……!!」
「それだけ脂が乗ってたんだねー! 確かにこれは強壮剤扱いなのも頷けるなぁ!」
熱したフライパンにお肉を入れると、ジュワァッと景気のいい音と共に脂が弾けた。菜箸で弄りたいところをぐっと我慢していると、みるみると脂が融けだして、お肉の下に溜まっていく。
これがまたナッツみたいに香ばしくて……! あの凶悪な顔からは想像できないほど、良い匂いですよ!
獣臭さとか、血の匂いとかはまるで感じない。
フライパンの中を覗き込むエドさんとアリアさんから、感嘆の声が上がった。二人とも同じように目を丸くして、食い入るような視線をフライパンに向けてるんだけど……夫婦は似てくるって、本当なんだなぁ……って思うよ、うん。
ある程度脂が溜まったら、お肉の面もさっと焼き色を付けて、別皿に避けておいて……。
「せっかくなんで、この脂で野菜を炒めますかね!」
「おやさい、そんなに……だけど……リンのご飯のおやさいは、好きよ?」
「それはありがたいですねぇ! 今日の野菜もお肉の旨味を吸ってくれるので、美味しく頂けると思いますよ!」
「…………リンちゃん、この件に関しては負けないからね?」
「やめてください、死んでしまいます!!! 料理の話ですからー!!!」
じゅくじゅくと沸いている脂に切っておいた野菜を投入し、木べらでかき混ぜながら全体に脂を回していく。
香ばしい匂いの中に野菜の爽やかで甘い香りが混じって、この時点で美味しそうですよ!
金色の脂が、野菜の表面も黄金色に染めていく。しんなりしてきた玉ねぎや、切り口の角の部分が少し透けてきたジャガイモが焦げないよう、フライパンの中身をかき混ぜていると、ふと違和感が……。
視線で追ってみれば、花が綻ぶような微笑みを浮かべたアリアさんが、きゅっと私の服の裾を掴んで小首を傾げていた。
うわなにこの美人可愛い人妻さん!! ちょっと卑怯すぎじゃないです!?
いつもは陶器みたいに真っ白で滑らかな頬っぺたが、薄っすら薔薇色に上気して、その上でとろりと蕩けて熱を持ったような氷色の瞳で見つめられるとかですね……。
実に……実に眼福ですが、あの、その……ハンケチをキーッと噛みしめそうな勢いでこちらを見つめるエドさんの目がね、うん……瞳孔かっぴらいてるんで、ちょっとご勘弁願いたいですよ!!
このあとすぐに「冗談だよー☆」って、いつもの笑顔に戻りましたけど、半分くらいは本気だったでしょう!?
もー! マジでエドさんアリアさんのモンスターハズバンド!!
「と、とにかくですね……あとはキノコの戻し汁とお水を入れて、少し煮ますかね」
「このまま、放置?」
「や。なんだかんだで、お肉入れたり灰汁取ったり調味料入れたり、面倒は見ますけどね」
だが、私は省みない! 美人さんと話せる機会は積極的に拾っていかせてもらうぜぇ!!
……まぁ、女同士って言う事もあって、なんだかんだ言いつつもエドさんのガードが緩いから、なせる業なんだろうけどさ。
1センチ幅くらいに切ったお肉をお鍋の中に戻し入れて、お砂糖と味醂をまずは加えていく。「さしすせそ」の順に入れていかないと、味が染みないって言うもんね。
途端に重さを増した香りに、思わず鼻をひくつかせてしまった。この調味料一つで様相が変わるところも、料理の醍醐味の一つだと思うんだ。
…………え? 「さしすせそって何か」って?
料理をするときはその順番に加えていくと味付けが上手くいくって言われてる、「砂糖醤油、白醤油、酢醤油、せうゆ、ソイソース」の頭文字ですよ!
お料理の基本なので覚えておいた方が良いんじゃないかなー?
「全部醤油じゃん!」と、誰かのツッコミが入ったところで、そのお醤油も加えて、ちょいと一煮立ちさせますよ!
なお、「砂糖、塩、酢、醤油、味噌」の5つが、本来の「料理のさしすせそ」でした。
とっぴんからりん!
閲覧ありがとうございます。
誤字・脱字等ありましたら適宜編集していきます。
本場の治部煮、一度でいいので食べてみたいです!╭( ・ㅂ・)و ̑̑
すだれ麩の味と食感が、非常に気になるのです……。
お麩と言えば、生麩田楽に生麩饅頭も食べたいなぁ……。
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