第994話。ポイズナー(毒使い)。
冒険者ギルド本部・貴賓室。
私とトリニティとカルネディアとウィローとカリュプソが貴賓室のソファに腰を落ち着けると、ソフィア達もやって来ました。
冒険者パーティ登録の申請は、後は冒険者ギルドがやってくれるのだそうです。
冒険者ギルド本部の副ギルド・マスターであるイレーニアさんが、改めて私達に恭しく挨拶と自己紹介をしました。
冒険者ギルドのスタッフが入室して、私達に飲み物と高級なお茶菓子が給仕されます。
ソフィアとウルスラは、早速お茶菓子に手を伸ばしました。
あっという間に用意されたお菓子を食べ尽くしたソフィアはお代わりを要求します。
ウルスラ……サービスとして提供されているお茶菓子を大量に【収納】に回収するのは、マナー違反ですよ。
まったく仕方がない子達です。
「イレーニアさん。【竜都】支部の前任ギルマスのエミリアーノさんが、【パラディーゾ】支部のギルマスに人事異動なさったのは知っていますが、副ギルマスだったヴィルジニアさんは、どちらに異動されたのですか?」
エミリアーノさんとヴィルジニアさんは、私も大変お世話になった2人でした。
今回【竜都】に冒険者ギルド世界本部が戻って来るので、旧海都【アトランティーデ】本部ギルマスだったフランクさんが【竜都】新本部のギルマスになり、押し出される形でエミリアーノさんは旧【竜都】支部から【パラディーゾ】支部に異動しています。
エミリアーノさんは支部から支部の横滑り人事での異動でしたし、世界の中心【竜都】から【パラディーゾ】への異動だったので……もしかしたら左遷か?……と私は心配しました。
エミリアーノさんはグロリア達獣人娘4人を、冒険者ギルドの内規に反して助けてくれたのです。
エミリアーノさんが助けてくれなければ獣人娘達は今頃悪質な風俗店で意思に反して働かされていたかもしれないので、獣人娘達の保護者代わりの私にとってもエミリアーノさんは恩人でした。
人道上エミリアーノさんの行動は正しかったとは思いますが、しかし冒険者ギルドの内規に違反した事には間違いないので、エミリアーノさんは冒険者ギルドの内部的に処分をされています。
しかし、それはあくまでも建前で、実際にはエミリアーノさんは、世界冒険者ギルドのトップ……グランド・ギルド・マスター……である【剣聖】クインシー・クインから個人的に……良くやった……と褒められたのだとか。
そしてエミリアーノさんは……理事株……という冒険者ギルドの議決権を与えられ、今後は冒険者ギルドの意思決定に加わる幹部職員になったので、今回のエミリアーノさんの人事異動は事実上の栄転だったそうです。
エミリアーノさんには恩義があるので、私にとっても喜ばしい事でした。
そして旧【竜都】支部にはヴィルジニアさんという副ギルマスもいたのです。
彼女は外見上とても若く見える綺麗な女性でしたが、実年齢は……ゲフン、ゲフン。
女性の年齢の話は地雷なので、止めておきましょう。
新しい【竜都】本部の副ギルマスにイレーニアさんが就任したという事は、当然ヴィルジニアさんもエミリアーノさん同様異動した筈ですので、私はお世話になったヴィルジニアさんの人事にも興味がありました。
「ヴィルジニアは、【サンタ・グレモリア】のギルド・マスターに転属致しました。副ギルマスから正ギルマスへの昇格人事で、彼女には新たに理事株も与えられたので幹部昇進ですね」
イレーニアさんが説明します。
「【サンタ・グレモリア】ですか?」
【サンタ・グレモリア】は、もちろんグレモリー・グリモワールの庇護都市でした。
「【サンタ・グレモリア】は【英雄】グレモリー・グリモワール様のお力で今後も発展が約束された将来性がある都市なので、冒険者ギルドと致しましても経験豊富で実力があるヴィルジニアを派遣した次第でございます」
なるほど。
「そうですか。ヴィルジニアさんにもお世話になったので、栄転なら良かったです」
「はい。私事ですが、【竜都】の副ギルド・マスターを拝命させて頂けたのも、ノヒト様やソフィア様のおかげでございます。お礼を申し上げます」
イレーニアさんは深く頭を下げます。
「モシャモシャ……我がイレーニアに何かしたか?モシャモシャ……」
ソフィアが口いっぱいにクッキーを頬張ったまま訊ねました。
「何て?ソフィア、飲み物を飲みなさい」
ソフィアは、あり得ない量のクッキーを一度に頬張ったので、口の中の水分をみんな持って行かれています。
まったく仕方のない娘ですね。
「グビグビ……モチャモチャ……ゴクン。我がイレーニアに何かしたかの?身に覚えがないのじゃが?」
ソフィアは改めて訊ねます。
「はい。ノヒト様やソフィア様によるサウス大陸奪還作戦の成功により、サウス大陸の広大な領域が人種生存圏として回復されました。なので新天地には当然新しい入植地なども開拓されます。既に幾つかの土地では入植が進んで新しい町が出来ております。それらの新たなコミュニティには、もちろん冒険者ギルドも進出致します。つまり冒険者ギルドではポストが増えました。その影響で、私は今回【竜都】本部の副ギルマスに昇進出来たようなものなので、お礼を申し上げました」
イレーニアさんは説明しました。
「なるほどのう。そのように我らの行いが間接的に誰かの役に立ち感謝をされるとサウス大陸で暴れた甲斐があるというモノじゃ。のう?ノヒトよ」
「ええ。そうですね」
まあ、幾らポストが増えても冒険者ギルドのような大手主要ギルドが能力と実績がない者を本部の副ギルマスなどという重要ポストに昇進させる筈もないので、イレーニアさんは相応に優秀なのだと思います。
つまりイレーニアさんは謙遜をしているのでしょうね。
ただしソフィアが言ったように、私達のやった事が誰かの人生を良い意味で変えるキッカケとなっているのであれば、それは素直に嬉しい事です。
「ところで1つお伺いしたいのですが、スノー・ボールという冒険者は何者ですか?」
「おや?スノー・ボールについて、既にノヒト様のお耳にも噂が伝わっておりましたか?」
イレーニアさんは少し驚いたように訊ねました。
「いいえ。噂は知りません。先程ラウンジにいた冒険者達が私を見て、そのスノー・ボール某と人違いをしたようで、何だか穏やかではない視線を感じました」
「なるほど。確かにノヒト様のお召しになられているローブと、スノー・ボールのローブが少し似ているようですね?失礼致しました。冒険者達にも悪気があった訳ではないと思いますので、ご無礼をどうかお許し下さいませ」
イレーニアさんは冒険者達に成り代り深く頭を下げて謝罪します。
「もちろん人違いなのですから、問題にする気は全くありません。ただ、少しスノー・ボールという冒険者について気になっただけです」
「スノー・ボールというのはノエル・ノートリアスという【アダマンタイト級】の冒険者の二つ名でございます。ノエル・ノートリアスは、いつも白いローブを着ているので、そう呼ばれるようになりました。彼は単独で活動し、【竜】を倒した事もある【ドラゴン・スレイヤー】です。この度、冒険者ギルド本部が【海都アトランティーデ】から【竜都ドラゴニーア】に移転した経緯で彼も【竜都】に活動拠点を移し移籍して来ました。優秀な冒険者なので冒険者ギルドと致しましても実力は評価しているのですが……その、立ち居振る舞いや他の冒険者達に対する言動や態度が、あまり友好的ではなく、また戦い方も毒物を駆使する【大毒術師】という特殊な【職種】である為、周囲からのイメージがあまり良くありません。もちろん冒険者ギルドが、しっかり素行を調査しておりますので、ノエル・ノートリアスは【世界の理】や法に反するような事はしておりません」
イレーニアさんが説明しました。
「あ〜、なるほど。【毒使い】系は確かに嫌われますからね……。ノエル・ノートリアスがいつも白いローブを着ているのも、毒が付着したら、すぐ目視でわかるようにする為ですね?理解しました」
つまり、薬品を取り扱う者が白衣を着る理由と同じです。
「ノヒト。その【大毒術師】や【毒使い】とは何じゃ?」
ソフィアが訊ねました。
「【毒使い】とは、ありとあらゆる毒を武器に戦う毒戦闘のエキスパートです。毒耐性が低い魔物ならば、対象の位階に拘らず強大な殺傷力を発揮し、毒を拡散すれば広範囲に影響を及ぼせるので、恐るべき【広域殲滅職】ですよ。【毒使い】は【錬金術】系に属しますので様々な毒を自己生成可能で、また自身はレベルに応じて相応に高い【毒耐性】を持ちます。基本的に【毒使い】が自分の毒でダメージを受ける事はありません。最上位職の【大毒術師】になると【超位級】までの毒に完全な耐性を持ちます。一部【ヒュドラー】などが持つ……確率により発動する即死ギミック……は効いてしまいますが、それ以外の毒ダメージに関しては攻守両面で最強です。ただし、もちろん私やソフィアは【神格者】なので、【大毒術師】の生成する最強の毒も効きませんけれどね」
「ふむ。毒をのう……」
ソフィアは頷きます。
ゲーム時代にも【毒使い】はいましたが、彼らも周囲から好かれる職種ではありませんでした。
毒を使って戦うという特性上、戦闘の最中は敵だけでなく味方にも毒の影響による【同士討ち】が起こり得るので基本的には単独で活動する事が多く、また……【毒使い】は無差別大量殺戮を行う……といった類の誤ったイメージが広まり忌避されていたのです。
毒の中には目には見えず無味無臭で、尚且つすぐには効果が現れない遅効性の種類などもあるので、【毒使い】の特性を良く理解していない他人からすると……【毒使い】が近くにいると、それだけで毒による悪影響があるかもしれない……などという漠然とした不安にも繋がるのでしょうね。
しかし適切に管理された【毒使い】の毒は、他の【範囲魔法】と比べても安全でした。
何故なら【毒使い】は、自分が使う全ての毒物の効果を完全に消滅・無毒化出来る能力を持つからです。
もちろん戦闘中は毒がバラ撒かれるので周辺に味方や中立のプレイヤーがいない事を確認した上で毒を使用しなければいけない事は当然ですが、それは毒に限った話ではなく他の魔法でも同じ事でした。
例えば【火魔法】などの場合、魔法による直接的なギミックは【中断】出来ますが、その魔法の発動に起因する焼夷効果や熱などの影響は魔法自体を【中断】しても周辺に延焼すれば山火事などを誘発して長時間継続的に被害を起こす事もあるので、完全に無毒化が可能な【毒使い】の毒は他の魔法よりも、ある意味では安全なのです。
なので基本的に……【毒使い】が戦った跡地が毒によって継続的に汚染されて立ち入り不可能になる……というようなイメージも誤りで、【毒使い】の毒は適切に管理すれば環境を汚染しません。
「つまりノエル・ノートリアスは、程度が悪い冒険者ではないのですね?」
「仰る通りです。むしろサウス大陸の対魔物防衛戦においてノエル・ノートリアスは大きな武功を上げた冒険者として名高く、地元住民や冒険者仲間から感謝と尊敬を受けていました。ただ毒を使うという一点で心配されているだけです。サウス大陸の【ノーマンズ・ランド】は基本的に人種がいませんでしたが、【竜都】は人口密集地ですので、万が一毒の漏洩などが起きたら重大な事故になるのではないか?と懸念や危機感を持たれているのです」
イレーニアさんは説明しました。
「【毒使い】は使用した毒を無害化する能力があるので、それは問題ないと思いますよ。都市などの人口密集地で広範囲に影響を及ぼす魔法を使用する際にリスクがあるのは、何も【毒使い】の毒だけに限った話ではありません」
「はい。しかし、それを知らない者達は色々と疑念や偏見を持ち根も葉もない噂を流布します。ノエル自身も、そういった謂れない誹謗中傷に対しては強く反論・抗議して、時にはトラブルになってしまう事もあるようです。そういう経緯もあり【竜都】の冒険者は、彼を疎ましく思う傾向があるようです」
「なるほど。しかし、それは無知に基づく誤解です。その話だけを聞く限り、ノエル・ノートリアスなる冒険者には全く非がありませんね」
「冒険者ギルドとしても、ノエル・ノートリアス……というか【毒使い】の性質について、正しい情報を広報しているのですが、一度流布されてしまった誤った噂を打ち消すのは難しく、中々苦労しております」
「うむ。人の口に戸は立てられぬからのう」
ソフィアは言います。
「う〜む……」
「ノヒト。冒険者ギルドが対応しておるのじゃ、其方が悩む事ではあるまい。人種が根拠のない噂を広めるのは、今に始まった悪癖ではないのじゃ。実際に【毒使い】への無理解と偏見が原因でノエル・ノートリアスの身に重大な実害が及ぶようなら、【竜都】の衛士隊や司法機関が対応するのじゃから、心配する事はないのじゃ。我が君臨する【ドラゴニーア】では何人にも無体な真似は許さぬのじゃから安心しておれ」
「あ、いや。その点に関しては心配していません。そうでなくて、私はノエル・ノートリアスの名前が気になります。家名が悪名高いだなんて……と思いました」
「ふむ。まあ、【悪霊】などの災難を寄せ付けないように、あえて悪い名前を生まれたばかりの子供に命名したり、悪い家名を称する例はあるのじゃ。【セイレニア】の首相……強欲・無残な……などの場合と同じじゃろう?」
「まあ、そうなのでしょうね」
やがて、ソフィア達のパーティ登録の手続きが完了し、私達はイレーニアさんに挨拶をして冒険者ギルドから【転移】しました。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。




