第990話。死に逝く弟子。
本日2話目の投稿です。
【乙姫寿司】の二階座敷。
リントの長い愚痴は続きました。
【ウトピーア】の新王を選ぶ作業は、余程大変だったのでしょう。
リントが次に王候補に挙げたのは軍人。
グレモリー・グリモワールが言う通り、有能な職業軍人は、組織を指揮・統制・運営する上で必要となる広範な知識と経験を積んだ万能職でした。
世界の為政者を見てみれば、軍人上がりの政治家は存外に多いのです。
権力者にとって実力行使組織である軍隊をグリップする事は必須条件。
軍隊に支持されない為政者の権力は脆弱です。
軍人から政治家に転職すれば、軍隊からの支持は得られ易い筈。
実際に王族は、大概軍での肩書や階級を持ち、戦争などが起これば半ば王族の義務として従軍していました。
軍歴がない生粋の政治家でも大臣・長官クラス(国防や軍事関係以外)までなら、あまり問題ないでしょう。
しかし、国民の生命と財産を実際に守らなければならない国のトップに軍歴がなく軍事に疎ければ国民は信用しません。
それは別に将帥レベルでなくても良いのです。
士官……場合によっては一兵卒であっても確かな軍歴があり戦場を自分で経験していれば、国民からの政治家に対する信用はグッと上がりました。
しかし【ウトピーア】の場合、現役の軍人からは王を選び難い事情がありました。
何故なら、旧【ウトピーア法皇国】は【ブリリア王国】に攻め込んで、グレモリー・グリモワールと彼女の陣営に完膚なきまでに叩きのめされたからです。
戦争に負けた弱い軍人は、むしろ国民から軽蔑されかねません。
戦争に負けた軍そのもの、及び成す術なく完敗するような無謀な戦争を立案した参謀本部、指揮した将官に対する【ウトピーア】国民からの不信感は相当に強いでしょう。
ましてや旧【ウトピーア法皇国】が行った今回の戦争は祖国を守る戦いではなく、単なる侵略戦争でした。
無残な敗戦。
無数の死傷者。
今回の対【ブリリア王国】戦争で戦死した兵卒達の遺族も、現役の軍隊から新王が選ばれたら感情的に納得出来ないでしょう。
そういう意味でも、元軍人のマインラート・クリッペンドルフが、しかし無様にも一敗地に塗れた今回の対【ブリリア王国】戦争に全く関与していない事は、【ウトピーア】国民が王に望む資格として十分な訳ですね。
閑話休題。
現役軍人からも王を選べなかったリントは、次の候補を探しました。
政治家や財界人は?
彼らは、結局のところ旧【ウトピーア法皇国】の体制派であればリントから信頼されず、反体制派であれば【ウトピーア】の国民から疑いの目で見られるという問題を解決出来ず、候補から外されます。
全ての候補に共通する前提として、旧【唯一神信仰教会】の影響が強い者を王位に据えると【ウトピーア】国民が……守護竜の【リントヴルム】が【唯一神信仰教会】を許した……という誤解を与えかねないません。
【ウトピーア】国内の有力な財界人も、候補者達は程度の差こそあれ全て【唯一神信仰教会】の影響下にあったので却下。
外国人なら?
しかし、【ドラゴニーア】や【ユグドラシル連邦】などの【ウトピーア】にとっての旧来の敵国や非友好国から王を迎えるとなると【ウトピーア】国民の反発があります。
だからといって、【ザナドゥ】や【イスプリカ】など【世界の理】に反していて守護竜信仰を否定している旧【ウトピーア法皇国】の同盟国や友好国からは、リントや私が絶対に認めないので選定不可能。
追い込まれたリントは、半ば自棄になって……ならば【ウトピーア】と直接的な利害がなく、比較的穏当な統治を続けている【アースガルズ】から王を迎えようかしら?……などとも考えましたが、そもそも【ウトピーア】に全く縁もゆかりもない落下傘候補を、いきなり【ウトピーア】の王にするのは幾ら何でも無理があります。
また【シエーロ】の【天使】達は【世界の理】違反の罪で種族丸ごと刑罰を受けている状況でした。
リントは再び【ウトピーア】国内に目を戻して、王候補を探したものの……政治活動家や市民運動家などは、もっての他。
最悪の選択というか……この手の連中に国家統治を任せたら国は滅ぶ……というのはリントのみならず、守護竜達全員と、私やグレモリー・グリモワールやディーテ・エクセルシオール……などなどが全会一致で認める結論です。
消去法で残ったのは学者。
リントは国内の学閥から王候補を選ぶ事にしました。
そして見付けたのが、最高の人材マインラート・クリッペンドルフという訳です。
「リントよ。紆余曲折はあったようじゃが、何はともあれ良い人材が見付かって良かったのう」
ソフィアが言いました。
「ええ。とても満足しています」
リントは頷きます。
「うん。地球の格言に……残り物には福がある……ってのがあるからね」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「そうね。ただし1つだけ問題が……」
リントが表情を曇らせます。
「問題とは?」
「マインラート・クリッペンドルフには後継がいないのよ。【ハイ・ヒューマン】で長命なのでマインラート自身の王位は当面安泰だとしても、マインラートの子や孫や曾孫や玄孫達は、とっくに亡くなっていて、その下の子孫達は、もはやマインラートとは縁遠く、あまり面識もないそうなの。つまり王権の安定において大切な世襲が難しいわ」
リントが説明しました。
「マインラートの血脈から王を継ぐ資質がある若者や幼い子達に帝王学を叩き込んだりすれば何とかなるのでは?」
「まあ、それはそうね」
「うむ。次期王候補のマインラートの血脈の者を【ドラゴニーア】に遊学させたければ、喜んで迎えるのじゃ」
ソフィアが言います。
「ありがとうございます。そのご提案は前向きに検討致したいですわ」
リントは頷きました。
「てか、有能な臣下に王位を禅譲しちゃえば?私は【イスタール帝国】の皇帝位を当時の秘書官に丸投げ……あ、いや、継承させたよ」
グレモリー・グリモワールは言います。
「禅譲は最終手段ね。王の血脈から次の王を選ぶ世襲制度は、王の血脈の者達が全員凡庸だったり暴君だったりする可能性があり得るから、それに比べれば確実に有能な他人に王位や帝位を渡せる禅譲って良さそうな気がするけれど、存外そうじゃないのよ。制度として禅譲を認めると、つまりは力があれば誰でも王に成り替われるっていう事よね?永い歴史の経験からわかっているのだけれど、それって継承システムとしては最悪の部類なのよ。【イスタール帝国】でグレモリーからアベスターグ家への禅譲が上手くいったのは、グレモリーが……アベスターグ家の宗家にしか【イスタール帝国】の帝位を認めない……という勅令を発したからであって、歴史的に言って王権の他家への禅譲を認めるシステムを採用すると、その国の王の権威は相対的に低下してクーデターや王位簒奪を狙う野心的な連中が入れ替わり立ち替わり現れて国は乱れるのよ。禅譲という制度が認められた国では、禅譲という名目で王を脅して王位を奪ったり、反乱や内戦や暗殺などによって王の一族を皆殺しにして自分が王になったりね。それに比べたら、例え馬鹿や無能でも、一族に自動的に王位が継承されるシステムの方が、ずっと穏当でマシなのよ。仮に王が馬鹿や無能でも国が災禍なく回る政治システムさえ作ってしまえば良いのだもの」
リントが言いました。
「うむ。現在、王位の禅譲を認める国は5大大陸には1つもない。禅譲制度を採用していた最後の国である【ザナドゥ】は豊かな穀倉地帯を持ちながら、禅譲という……能力と武力さえ有れば誰でも王権を奪取出来る国体……を採っておった所為で延々と王権を奪い合う血生臭い争いに明け暮れて、最終的には革命で全体主義の権威独裁国家になったのじゃ。太古の昔から現在に至るまで、あの国の国民の大半は貧者か奴隷じゃ。まったく悲惨な事じゃの」
ソフィアが言います。
「5大大陸の国家は君主を世襲するか、直接又は間接の選挙で為政者を選ぶかの2種類しかありません」
ファヴが言いました。
「【スヴェティア】は?私は【スヴェティア】の寡頭制君主の【九賢者】第一席に選ばれた時……なりたい……と言ったらなれたんだけれど?」
グレモリー・グリモワールが訊ねます。
「【スヴェティア】の【九賢者】は空席となると、【九賢者】による間接選挙で空位を埋めるじゃ。つまりグレモリーも、グレモリー自身が知らない所で【九賢者】達による信任投票が行われた全会一致の決定が有った筈じゃ」
ソフィアが説明しました。
「へえ〜、知らなかったよ」
「それに【スヴェティア】の君主である【九賢者】は、あくまでも立憲君主です。法案可決や予算承認などは普通選挙で選ばれた議会が決めています。【九賢者】は、それに拒否権を持つだけ。つまり【スヴェティア】は議会制民主主義の国で、主権者は国民です。【九賢者】が実権君主だったなら、グレモリーが魔法都市【エピカント】を離れて、ずっと【スヴェティア】の政治に携わらずにいられる訳がないでしょう?」
「あ、なるほど。じゃあ、【ザナドゥ】や【オフィール】や旧【ウトピーア法皇国】はどうなの?あれらの国の政治体制は全体主義の権威独裁でしょう?世襲でも民主主義でもないんじゃない?」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「【ザナドゥ】と【オフィール】と【ウトピーア法皇国】も一応選挙で指導者を選んでいます。もちろん候補者は全員独裁政権が用意した者達なので、民主主義ではありませんが、少なくとも世襲や禅譲ではありません」
「あ、そう。【シエーロ】は?」
「【シエーロ】は関係ありませんね。今の話は……5大大陸では……という前提ですから」
「でも【シエーロ】の政体って、つまりノヒトが治める国なんだから、ノヒトが絶対君主だよね?」
グレモリー・グリモワールが訊ねます。
「私が実質的に【シエーロ】を支配している第一人者であり最終意思決定者である事は否定しませんが、私は【シエーロ】の人々を代表する国家元首ではありませんし、基本的に【シエーロ】の政治には全く口出ししていません。国政に関する事は【熾天使】達が全てを決めて、ミネルヴァがその内容を監査・承認しています。現在の【シエーロ】には国家としての体裁は存在せず、どちらかと言えば企業政体でしょうか……」
「ふ〜ん。あ、そう言えば【ショゴス】の話とか、マインラート・クリッペンドルフの話でユリの名前が出て来たから思い出したんだけれど。私達は今度【ヘルベチア】に行くんだけれど、ノヒトも一緒に行かない?」
グレモリー・グリモワールが言いました。
「ユリウスに会いに行くのですか?」
「うん、そう。てか、ユリは、もう、寿命的にいつ死んでもおかしくない状態らしいよ。だから、一度会ってやろうと思って……」
【権聖】ユリウス・ターペンタインは、ゲーム時代グレモリー・グリモワール(私)と関係が深かったNPCです。
初めは、とある【秘跡】の【導き手】として当時はまだターペンタインの家名を名乗る前の、単なるユリウスに会いました。
その後、何やかんやあってグレモリー・グリモワール(私)は当時の【権聖】ケルネールス・ターペンタインに頼まれて後継者ユリウスの後見人になる事になったのです。
後見人は名前貸しだけで良い……という話でしたが、グレモリー・グリモワール(私)は、その後もユリウスがいる【ヘルベチア】に通い様々な指導や助言や支援をしました。
ユリウスが先代【権聖】ケルネールス・ターペンタインが逝去した後【権聖】を継いでからも、900年前に……何か……が起きてグレモリー・グリモワール(私)が異世界に飛ばされるまで、その交流は続いたのです。
そういう意味で【権聖】ユリウス・ターペンタインは、グレモリー・グリモワール(私)の弟子のような存在かもしれません。
現在、私の耳に聞こえて来る【権聖】ユリウス・ターペンタインの評判や噂は全て良いモノばかりでした。
アルフォンシーナさんやディーテ・エクセルシオールなどもユリウス・ターペンタインに心からの敬意を払っている事がわかります。
ユリウス・ターペンタインの高い評価と周囲からの信奉は、もちろん彼自身の不断の努力によるモノである事は間違いありません。
そして、もしかしたら【権聖】ユリウス・ターペンタイン……いや、あの少年ユリのその後の人生において、グレモリー・グリモワール(私)の言葉や教えが僅かでも役に立っていたなら、とても嬉しい事です。
余命幾ばくもないという弟子の今際の際に一目会っておくのも悪くはありません。
そして……永年良く頑張りましたね……と一言褒めてあげたいです。
「なるほど。わかりました。私も会っておきましょう。【ヘルベチア】に行くのはいつですか?」
「11月5日」
11月の上旬は【魔界】平定戦の直前準備で忙しいのですが、グレモリー・グリモワールもその事を知っていました。
つまり……【魔界】平定戦が終わってから……などと悠長な事を言っていると生きているユリウスに会う為には間に合わない可能性が高いという意味なのでしょう。
「11月5日ですね?何とか都合を付けます」
「うん」
グレモリー・グリモワールは頷きました。
ミネルヴァ……スケジュールを切っておいて下さい。
私は【念話】でミネルヴァに伝えます。
了解しました。
ミネルヴァは【念話】で答えました。
これでスケジュールはミネルヴァが何とかやり繰りしてくれるでしょう。
その後も大人達は様々な情報共有や意見交換や近況報告をし合いました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
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