第99話。論より証拠。
風魔法(応用編)
中位…衝撃波
高位…鎌鼬
超位…真空斬
……などなど。
夕刻。
私とソフィア、【自動人形】のオラクルとディエチ、剣聖、フランシスクスさん、クサンドラさん、は、王都【アトランティーデ】の王城に【転移】して帰還しました。
剣聖一行は、冒険者ギルド本部に向かい、情報収集に当たるのだ、とか。
消息不明の冒険者パーティの帰還状況がどうなっているのかは、私も知りたいところです。
ジュリエット王女が、私とソフィアを呼びに来ました。
夕食の時間です。
・・・
王家の面々が朗らかに迎えてくれました。
ゴトフリード王の表情は、昨日より晴れ晴れとしているようです。
「ソフィア様、ノヒト様、戦果の報告は、受けております。素晴らしいご活躍だったとか」
「うむ、我とノヒトにかかれば、あのくらい、造作もないのじゃ」
ソフィアが、フンスッと胸を張りました。
ソフィア、あなた【ラドーン】相手に不覚をとって、危うく食べられかけましたよね?
「まだ、口火を切ったに過ぎません。本番は10月1日からですよ」
「お二人が武威をお示し下さったおかげで、軍属派は、私達に転びました。私達が多数派になっております。これで、戦場無人化は、滞りなく推し進められます」
ゴトフリード王は、言いました。
私とソフィアが、わずか6時間ほどで、ダンジョンボスを3体、【超位】の魔物を130頭、【高位】の魔物を数百……という圧倒的な戦果を叩き出した報告が王城を駆け巡り、完全に流れが変わったそうです。
論より証拠。
どんなに言葉を尽くして丁寧に説明しても説得出来なかった相手が、実際にやって見せる事で簡単に納得する、という事は結構あるのです。
今回の場合は、やや力技でしたが……。
「それは良かったですね。私も、無為に犠牲を増やすのは本意ではありません。エイブラハム大公は?」
「大叔父は、家督を息子に譲り引退する、と申しております。後の事は、私に全て任せる、と」
「そうですか」
エイブラハム大公は、政争に敗れた訳ですね。
実質、引責辞任でしょうか?
まあ、私には関係のない事ですが……。
「大叔父には、今後、私の相談役として、王城に詰めてもらいます。今回の件では意見を異にしましたが、経済政策については、これからも大叔父の知恵を借りなければなりませんので」
なるほど。
王に真正面から意見を言える人物を、側に置いておくのは、良い考えでしょう。
もしかしたら、身近に置いて、裏切らないように監視する為、かもしれませんが……。
「お話の続きは、お食事をしながらに致しませんか?」
クリスティン王妃が言いました。
「うむ、腹ペコなのじゃ」
ソフィアが言います。
・・・
ディナーの用意がされた広間には、エイブラハム大公と、中年の男性が起立して待っていました。
「ソフィア様、ノヒト様、ご無礼の段、平にご容赦下さいませ」
エイブラハム大公は、開口一番、私とソフィアに頭を下げます。
ソフィアの正体を知らされたのでしょう。
「気にしておらんのじゃ」
「大公殿下より、無礼を働かれた記憶はありませんよ」
「お慈悲に感謝致します。これなるは、愚息のディートマールでございます。この度、王陛下の、お許しあって、家督を譲る事となりました。何卒、お引き立てのほどを、お願い致したく……」
エイブラハム大公……いや元大公は、深々と頭を下げました。
「ディートマールで、ございます。ソフィア様、ノヒト様、何卒よろしくお願い致します」
ディートマール現大公は、頭を下げます。
「うむ、民の為に働くのじゃぞ」
「よろしく、お願いします」
私達は、着席して食事を始めました。
・・・
「その時に、我は、必殺技を放ち、ダンジョンボス2体を撃ち払ったのじゃ」
ソフィアは、饒舌に語ります。
一同は、喝采しました。
私は空気が読めるので、その後、ソフィアがブレスをパンクさせて、【ラドーン】に食べられかけたのは、内緒にしておきますよ。
ソフィアの武勇伝が一段落して、話の流れは、サウス大陸解放後の国の在り方について、に変わりました。
ソフィアも、【ドラゴニーア】の国家元首として、話に加わります。
ソフィアは、アルフォンシーナさんとパスを繋ぎ、意見を聞きながらの応答ですが……。
「【アトランティーデ海洋国】がセントラル大陸の友邦である限り、【ドラゴニーア】は、【アトランティーデ海洋国】の危機には駆けつけるのじゃ。今までは、明文化した規定はなかったが、これを機に、安全保障協定を結んでも良いのじゃ。内容は、担当者同士で詰める事になるが、大枠は、【アトランティーデ海洋国】が攻撃された時には、【ドラゴニーア】は、【アトランティーデ海洋国】と共に戦う。その代わりに、【アトランティーデ海洋国】には、サウス大陸中央に近い場所に基地を提供して欲しいのじゃ」
「そうですか。これで安全保障上の憂慮は一つ消えますね」
ゴトフリード王は、言いました。
「王陛下、ならば、サウス大陸解放の後には、千年要塞を【ドラゴニーア】軍に使ってもらえば良いのでは?元々、あの要塞は、【ドラゴニーア】によって、もたらされた物ですので」
エイブラハム相談役は、言います。
「うむ、そうしよう」
こうして、トントン拍子で重大な外交案件が決定されて行きました。
「問題は、経済です。サウス大陸の解放は、サウス大陸全体にとっては、もちろん喜ばしい事ですが、我が国にとっては、色々と問題が起きるでしょう。まずは、人口の流出による内需の縮小と労働力の減少。それに、今までは、ほぼ独占的に行えた魔物素材の輸出が減少。この対応を誤れば、国が傾きます」
エイブラハム相談役は、言います。
確かに、サウス大陸が解放されれば、【アトランティーデ海洋国】にいるサウス大陸諸国の避難民は、祖国に帰るのでしょう。
900年が経ち、【アトランティーデ海洋国】に定住する事を選択する人も相当数いるはずですが、それでも、大量の人口の流出が起きると予測出来ます。
「うむ、難しい問題だな。海洋交易を拡大出来れば……」
政治の話に私は口を出しません。
それは、ゲームマスターの業務ではないのです。
「大型船じゃ。20万t級の外洋型大型船を、たくさん新造するのじゃ。航路ギルドが管轄する定期飛空船は、早さと利便性はあるが、大量輸送には向かん。鉱物などのかさばる物は、やはり相応のコストがかかる。需要はあるのじゃ。【アトランティーデ海洋国】は、海上輸送で国を富ませれば良いのじゃ。同時に造船業そのものでも稼ぐのじゃ」
ソフィアが言いました。
「そのような巨大商船を造船するだけの技術が我が国には、ございません」
エイブラハム相談役は、言います。
「【ドラゴニーア】が、提供しても良いのじゃ」
「誠ですか?」
ゴトフリード王が言いました。
「うむ、将来に渡って【アトランティーデ海洋国】が【ドラゴニーア】の友邦であるならば、海洋船舶の造船技術を提供する事は、吝さかではないのじゃ」
「それは、大変ありがたい事です」
ゴトフリード王は言います。
造船技術の無償提供ですか?
アルフォンシーナさんは、大きなカードを切りましたね。
それだけ、【ドラゴニーア】にとって【アトランティーデ海洋国】は、重要な国だという事なのでしょう。
こうして、【ドラゴニーア】と【アトランティーデ海洋国】のトップ会談は成功裏に終了しました。
後は、実務者同士が詳細を詰めれば良いそうです。
・・・
夕食後。
ソフィアは、オラクルとディエチに色々と話をしていました。
何だか、【自動人形】達との会話が、嬉しくて仕方がない様子。
微笑ましいですね。
私は、ファミリアーレからのメールを確認して、返信をしています。
問題児のハリエットも、今日は、グロリア、アイリス、ジェシカに手伝ってもらいながら、今日の訓練の様子を書いて来ました。
話し言葉で書かれてあって、報告書、とは程遠いですが、ハリエットも日々成長しています。
率直に嬉しいですね。
何でも、今日は【神の遺物】の【鬼切】ではない、軍の統一規格の武器を持って訓練をしたのだ、とか。
やはり、【鬼切】でないと、苦戦するようです。
それは当然でしょう。
【鬼切】は、斬れ味、という意味では、最高峰にある太刀ですからね。
おそらく、軍仕様の鎧は、【鬼切】の前では、ほとんど意味をなさないでしょう。
ファミリアーレからのメールに全て返信をして、オラクルとディエチに、ソフィアを入浴させてもらいます。
・・・
さてと、内職。
私は、今日手に入れた【超級コア】に【積層型魔法陣】を刻みます。
ノヒト様。
【念話】で呼びかけられました。
アルフォンシーナさんです。
はい、何でしょうか?
私は、【念話】で応えます。
本日、マリオネッタ工房より、資材が届いております。
アルフォンシーナさんが【念話】で伝えて来ました。
わかりました……後ほど取りに行きます。
私は、【念話】で応えます。
今朝、イアンから、オリハルコン、アダマンタイト、ミスリル鉱、純銀……などを買い付けた、との連絡がありました。
それが届いたのでしょう。
ミスリル鉱と純銀を混ぜるとミスリル合金となります。
純銀は、通貨使用金属である為に、無許可での売買が出来ません。
私は、申請を出し、許可をもらって、マリオネッタ工房の工場責任者であるイアンに、大量買い付けを依頼しておいたのです。
手持ちの現金が足りなかったので、私は、マリオネッタ工房に借金をしてしまいました。
現在、私の保有現金は、3万金貨(30億円相当)。
マリオネッタ工房への債務は、なんと、100万金貨(1千億円相当)。
日本でも、借金はもちろん、ローンすら組んだ事がなかった私は、相当、ドキドキしました。
マリオネッタ工房が立て替えてくれている買い付けの資金は、スマホの予約販売の売り上げです。
特別背任なのではないか?
いえいえ、とんでもない。
マリオネッタ工房は、100%私の個人資産で運営されている会社ですし、株式会社ではありません。
マリオネッタ工房の社長のハロルドは法務の専門家です。
彼に、法的に問題がない事を確認してもらっていました。
それに、資金繰りに窮していた私に、自社から借金する事を提案したのは、金融法規のエキスパート、世界銀行ギルド頭取のビルテさんなのです。
きちんと返済出来れば、何も問題はありません。
今日、私が狩った獲物の買取査定は、おそらく250万金貨(2500億円相当)にはなるはずです。
返済の目処が立ちました。
良かったです。
私は小心者なので、今回の1千億円の債務は、ドキドキが止まりませんでした。
もう、二度と借金はしたくありませんね。
マリオネッタ工房の資産を現金化すれば、その、お金は、全て私の物となりますが、あの会社は、孤児院出身者の支援事業。
私の懐具合で、売り払うような事は絶対にしません。
まあ、【高位】や【超位】の魔物で溢れかえったサウス大陸は、私にとっては、お金がウロウロ歩いているような場所ですから、しばらく、お金に困るような事はないでしょう。
これでオリハルコンと、ミスリル合金が補給出来るので、資材の問題で中断していた【自動人形】・シグニチャー・エディションの製造を再開出来ますね。
3ヶ月すれば、ニュートン・エンジニアリングに発注した飛空巡航艦が完成します。
私は、その艦のクルーに100体の【自動人形】・シグニチャー・エディションを造るつもりでした。
さあ、頑張りましょう。
・・・
ソフィアが、お風呂から上がりました。
いつものように、腰に手を当てて、牛乳を一気飲み。
「ぷは〜っ、この一杯の為に働いておるのじゃ」
ソフィアは、卵型抱き枕を抱えてベッドに潜り込みました。
うん、まるでデジャブですね。
「ソフィア様、記憶の上書き作業が必要でございます」
オラクルが言いました。
「おー、そうじゃった。忘れておったのじゃ」
ソフィアは、【収納】から、バックアップ・コアを二つ取り出します。
私の予想した通り、忘れていましたね。
オラクルは、二つのバックアップ・コアへ、順番に最新の記憶を上書きして行きました。
「はい、結構です」
オラクルは、言います。
「うむ、おやすみなのじゃ」
ソフィアは、バックアップ・コアをしまって言いました。
「おやすみなさいませ、ソフィア様」
ソフィアは、すぐに眠ってしまいます。
「ノヒト様。ソフィア様が、お休みの間、私は、何をしていたら良いのでしょうか?」
オラクルに訊ねられました。
なるほど。
ディエチは、普段、ソフィアの眠るベッドの横に控え、朝まで微動だにしないのですが、オラクルは自我と知性があるので、静止していろ、と指示するのも可哀想です。
「では、読書などしてみては?」
「必要な知識は、備わっておりますが?」
「私の蔵書なら知らない知識が得られるかもしれませんよ」
「そうですか?ならば、拝見させて頂きます」
「とりあえず、グレモリー・グリモワールの著作を全巻読んでみて下さい」
私は、ミネルヴァの写本機で複製したグレモリー・グリモワールの魔導書全巻を、オラクルに譲渡しました。
「畏まりました」
オラクルは、猛烈な勢いで、ページを捲って行きます。
ものの数十秒で1冊を読破してしまいました。
「その本はオラクルに譲渡します。オラクルが保管しておいて下さい。読み終えて、やる事がなければ、ソフィアが目覚める時間までは自由にして下さい」
「畏まりました」
オラクルは、高速でページを捲りながら、返事をします。
私は、作業に戻りました。
・・・
しばらくして。
ふと、オラクルのページを捲る音が聞こえなくなったので、見上げると……。
オラクルは、ソフィアの眠るベッドサイドに腰掛けて、ソフィアの髪を撫でていました。
不思議な気分です。
何だか、涙がこみ上げて来ました。
私が、オラクルに求めている役割は、こういう事なのです。
・・・
未明過ぎ。
私は、【超級コア】に【積層型魔法陣】を刻む作業を完了させました。
とりあえず、85個です。
「オラクル。私は、一旦、【ドラゴニーア】の竜城に行って来ます。何かあれば連絡を下さい。ディエチも頼みます」
「畏まりました。行ってらっしゃいませ」
オラクルは言いました。
「畏まりました」
ディエチが言います。
【ドラゴニーア】竜城に【転移】。
夜番の【女神官】に案内されて、竜城の資材保管施設に向かいました。
「こちらの、一角が全て、ノヒト様宛の、お荷物でございます」
【女神官】は、言います。
大量ですね。
これで、当面資材には困りません。
イアンは、私の注文通り、鋼材を全て統一規格のインゴットに揃えてくれていますね。
こうでなければ私は気に入らないのですよ。
「ありがとうございました」
私は、資材の山を、次々に【収納】へ回収して行きます。
大量の資材を回収し終え、私は、【アトランティーデ】王城に戻りました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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