第988話。オリジン・ビリーフ(創造神話)のちょっと前の話。
【乙姫寿司】二階座敷。
私は、グレモリー・グリモワールから【闇の宰相】という謎の人物について情報を得た場合には教えて欲しいと依頼され了解しました。
この【闇の宰相】なる者が【ノヴス・オルド・セクロールム】というカルト思想集団のリーダーなのだそうです。
「う〜む。【闇の宰相】のう……」
ソフィアが呟きました。
「ソフィア。どうしました?」
「我は【闇の宰相】という名を何処かで聞いた事があるような……」
「本当ですか?」
「うむ。じゃが、何処で聞いたのかは思い出せぬ。むむ〜……」
ソフィアは腕組みして唸ります。
私は普段ソフィアに付き従い、彼女が見聞きした事を完璧に記憶している筈のオラクルとヴィクトーリアの顔を見ますが、2人も私に視線を返して首を振り……見当が付かない……と困惑している様子。
つまり、ソフィアが【闇の宰相】について聞いたのは、オラクルとヴィクトーリアがソフィアの従者となる以前の話なのでしょう。
「ソフィア。あなたが覚えている【闇の宰相】とは、古の昔に【魔神】に味方して【創造主】に対して反旗を翻した【火星人】が名乗っていた称号だよ。もちろん、あの【闇の宰相】と【ノヴス・オルド・セクロールム】のリーダーなる人物が自称する【闇の宰相】は別人だから、私は【ノヴス・オルド・セクロールム】の【闇の宰相】については知らないと答えたのだけれどね」
ユグドラが言いました。
「お〜、そうじゃった!古の、あのタコ星人共の首領が、確かそんな称号を名乗っておったのじゃ」
ソフィアは右手の拳を……ポンッ……と左手の平に打ちます。
ああ、確か公式設定に、そんなような記述がありましたね。
あれは単なる香り付け設定で、実際には文章の中にしか存在しないゲーム会社が創作した一連の歴史の1つでした。
しかし世界の中のキャラクターである【神竜】や【世界樹】達にとっては、現実の記憶と香り付け設定を区別出来ないので、史実と見做される訳です。
「つまり【ノヴス・オルド・セクロールム】という連中が、【創造主】や守護竜の権威の失墜を願う自分達の立場を、古に【創造主】に叛乱を起こした【魔神】と【闇の宰相】に仮託しているという事なのではないかな?」
ユグドラは説明しました。
「そういう事じゃろうな。どうせなら別のモノに仮託すれば良いものを。【創造主】に滅ぼされた【魔神】や【闇の宰相】などに擬えるとは……。もう既に自分達が敗北して滅びる運命である事を暗示しているようなモノではないか?所詮はカルト、救いようのない馬鹿な者共じゃ」
ソフィアは言います。
「ま、救いようがない馬鹿だからカルトなんかをやっている訳だけれどね」
グレモリー・グリモワールが身も蓋もない事実を言いました。
「まったくもって、その通りじゃ」
ソフィアが頷きます。
「ソフィアお姉様、ユグドラ。【闇の宰相】とは誰ですか?妾は【魔神】が【魔人】達を率いて【創造主】に叛乱を起こしたのは知っておりますが、【闇の宰相】なる【火星人】が【魔神】の陣営に与していた事は知りません」
リントが訊ねました。
ファヴやニーズやヨルムンも知らないと言います。
「うむ。それは当然じゃ。【魔神】の奴めが、【創造主】に対して叛乱を起こしたのは都合2回ある。其方らが知るのは惑星【ストーリア】の天地開闢以後の最終決戦で、あれは2回目の【魔人】大戦の話じゃ。【闇の宰相】の奴めが活動しておったのは天地開闢の未だ途中の頃で、【火星人】大戦の話じゃ。その時点では【世界樹】は新芽ではあったが既にあり、守護竜は我1柱しかおらず、【調停者】もノヒト1柱しかおらなんだ。その1回目の叛乱の時に【闇の宰相】を名乗る【火星人】は【魔神】側の尖兵として【火星人】や【金星人】らを率いて攻め寄せて来たのじゃ。【創造主】は、【魔神】めと太陽軌道上で殴り合っておった故、【闇の宰相】らの艦隊に対峙したのはノヒトじゃ。【闇の宰相】共は、ノヒトの凄まじき魔法の一撃によって一瞬にして素粒子レベルにまで分解され皆殺しになったのじゃ。その時のノヒトの魔法で原始の惑星【ストーリア】も影響を受けて砕け、その片割が宇宙に飛んで行って出来たのが、月じゃ」
ソフィアは説明しました。
あ、私は当時既にいた事になっているのですね……なるほど。
公式設定には……【創造主】の陣営が【魔神】の陣営と戦って勝った……と記述されていますが、つまり【創造主】と一緒に戦った陣営の中に私もいた事になっている訳です。
「当時は未だ【ストーリア】には動物も、私以外には植物すらいない時で、もちろん人種もいなかったのさ」
ユグドラは説明しました。
「うむ。あの時に我が新芽を守ってやらねば、ノヒトの魔法の余波で危く【世界樹】も滅びておったかもしれぬのじゃ」
ソフィアは言います。
「ああ、そうだね。あの時はソフィアに助けられたよ」
ユグドラは染み染みという様子で同意しました。
「ノヒト。其方は後先考えずに暴れおって、少し反省して欲しいのじゃ。今でこそ丸くなったが、あの頃のノヒトは本当に狂気染みた手の付けようがない暴力装置じゃった。味方陣営の我や【世界樹】はもちろん、敵の【魔神】ですら、本来守る筈の惑星【ストーリア】さえ躊躇なく破壊するノヒトの暴挙を見てドン引きしておったぞ」
ソフィアは……やれやれ……という様子で嘆息します。
「それは、私では……あ、いや……若気の至りとはいえ、その節はすみませんでしたね」
私は、全く身に覚えがない過去の所業について謝罪させられる羽目になりました。
まあ……あれはゲーム会社がでっち上げた嘘の歴史なので、実際の私がやった訳ではない……などと抗弁してみたところで、ソフィアには事実とゲーム会社が創作した歴史を区別出来ないので致し方ありません。
「まあ、あの時のノヒトの凶暴な破壊と殺戮と蹂躙を見て【魔神】は戦慄して、【創造主】に対して詫びを入れ一旦は手打ちになったのじゃから、あれは、あれで戦いぶりとしてはノヒトは正解だったのやもしれぬがの……。結局は【魔神】は2度目の叛乱を起こし、今度ばかりは【創造主】も【魔神】を許さなかったのじゃ」
ソフィアは言いました。
「そんな事もありましたかね〜……」
私には身に覚えがありませんけれどね。
「惑星を割って、その欠片が月になったって?ノヒト、あんたも大概無茶苦茶な事をするね?」
グレモリー・グリモワールが面白がって笑います。
もちろんグレモリー・グリモワールは、あの公式設定の記述は、ゲーム会社がゲーム【ストーリア】の世界観として創作した香り付けだという事を知っていますので、それを私が実際にやったのではなく……そういう事になっている……のだというメタ的な大人の事情を理解していました。
「月を御造りになった!さすがは私が身を捧げるマイ・マスターの神力は凄まじい……」
「お父様、凄〜いっ!」
トリニティとカルネディアが言います。
いやいや……そういう事になっているだけです。
まあ、本気でやろうと思えば、それに近い事も出来るとは思いますけれどね。
「うむ。全宇宙を創造したのは【創造主】じゃが、月を造ったのは、つまりノヒトという事になるのう。それが現代に伝わる【創造神話】の、ちょっと前の話なのじゃ」
ソフィアは言いました。
「ソフィア様。お教え頂きたいのですが、【創造神話】には記されていない【創造主】様の天地開闢以前の話を、【ノヴス・オルド・セクロールム】なる連中は何故引用出来るのでしょうか?その時点では惑星【ストーリア】には人種はもちろん、ソフィア様以外の守護竜様達ですら存在していなかったというのに」
カリュプソが訊ねます。
ああ、ユーザーが存在しなかった未実装【マップ】である【七色星】出身のカリュプソは、その辺りの大人の事情を知らないのですね。
「それは、グレモリーら【英雄】達が伝えたからじゃ。【英雄】達が生まれた神界では、こちらの世界の情報が我ら【神格者】でさえ知らぬ事すら、【英雄】達には知られておるのじゃ。のう?グレモリーよ」
ソフィアは言いました。
「そゆこと。ユーザーの誰かが、こっちの世界の神話以前の事実として知られている出来事を、こちらの世界の住人に教えて、それが現代に伝わり【ノヴス・オルド・セクロールム】の連中が引用しているんだよ。ま、そもそも【創造主】のケイン・フジサカが地球人だからね」
グレモリー・グリモワールは答えます。
「おお、なるほど」
カリュプソは頷きました。
「【創造主】に倒された種族と言えば、【古き者】もいるわね?」
リントが言います。
「うむ。まあ、アレは別に【魔神】に率いられていた訳でもない。奴らは身の程も知らず地上の支配者を僭称して無軌道な破壊と殺戮を行い暴虐邪智の限りを尽くして【創造主】の怒りを買い【遺跡】の中に封じられたブヨブヨの海鞘の親戚じゃ。恐るるに足らん」
ソフィアが言いました。
【古き者】は、海にいる海鞘に似た胴体から、何本もの触手や呼吸管などを伸ばした異形の魔物です。
かつて、この世界を支配していた存在だと位置付けられていました。
支配という意味は現在の人種のように地に満ちて生物群として繁栄していたという意味で、【古き者】達が【創造主】や守護竜達と同列にあったで訳ではありません。
当時の【古き者】達は、粘菌に似た不定形生物の【ショゴス】という強力な魔物を家畜あるいは生物兵器として使役し、更には社会や文明と呼べるモノすら築いていました。
【ショゴス】は戦闘力においては、主人である【古き者】をも上回ります。
しかし、やがて【古き者】達は傲慢になり無体で粗暴な振る舞いが過ぎたので、【創造主】の逆鱗に触れました。
怒った【創造主】は【古き者】と【ショゴス】を相互に敵対させ殺し合わせたのです。
こうして【古き者】と【ショゴス】は共に地上から絶滅させられました。
その後に繁栄したのが人種です。
なので現在では【遺跡】の【敵性個体】としてスポーンする以外には、自然界に【古き者】と【ショゴス】はスポーンしません。
【遺跡】の【古き者】は知性が高く、強力な魔法に加えて【精神攻撃】系の【能力】も持っているので、ユーザーや人種NPCにとっては恐るべき【敵性個体】です。
ただし現在の【古き者】達は【創造主】によって弱体化補正されていますので、仮にスタンピードなどで【遺跡】から【オーバー・ワールド】に溢れ出ても人種を生存競争で打ち破り再び世界を支配する力はありません。
これらの【古き者】の情報は全て公式設定にあるゲーム会社によって創作された歴史です。
因みに、ゲーム時代グレモリー・グリモワール(私)は【古き者】の名持ち個体であるニファーリアス・マンスローターと死闘を繰り広げました。
「ソフィア様。あの【古き者】は海鞘の仲間なのですか?」
ティア・フェルメールが訊ねます。
ティア・フェルメールは海生人種の【エルダー・マーメイド】なので、【古き者】が海鞘と聞いて興味を持ったのかもしれません。
「それは知らぬ。ブヨブヨで形も海鞘に似ておるから、そう呼んでおるだけじゃ」
ソフィアは答えます。
まあ、こういう時に大体ソフィアは適当な事を言いますからね。
蛇や【ワーム】のような長い生き物は全てニョロニョロと呼びますし。
「ティア。【古き者】は海鞘とは違います。形状は似ていますが、【古き者】と海鞘は別系統の生物群です」
「つまり収斂進化という事でしょうか?」
ティア・フェルメールは訊ねました。
収斂進化とは、別名収束進化とも云われ、本来は別系統に属する複数の生物が環境適応や生態系での位置付けの影響で系統に関わらず似通った形や生態に進化する事を指します。
例えば、昆虫と鳥とコウモリは、翅や羽や翼被膜という飛行器官を持ち、飛べるという進化の収斂や収束を見せますが、全く異なる進化の経緯を辿っていました。
「少し違いますね。海鞘は海中に適応した生き物ですが、【古き者】は地上に適応しています。食生や生態も異なります。まあ、単に似ているという程度の認識で差し支えないでしょう」
「わかりました」
ティア・フェルメールは何故か……ホッ……としたように頷きます。
「どうかしたのですか?」
私はティア・フェルメールの不自然な反応が気になり訊ねました。
「あ、実は私は海鞘が好物でして、もしも海鞘が、あの【古き者】の近縁種なのだとしたら気持ち悪くて、もう海鞘が食べられないと思いました」
ティア・フェルメールは答えます。
「なるほど。海鞘と【古き者】は無関係ですから安心して下さい」
「はい」
ティア・フェルメールは嬉しそうに頷きました。
「そうだ。ノヒト、グレモリー、随分と時間が掛かってしまったけれど【ウトピーア】の新王が決まったわよ」
リントが報告します。
「あ、そう。それは良かったです」
私は現在【ウトピーア】の国家元首が空位だという事すら、すっかり忘れていましたよ。
【ウトピーア法皇国】を滅亡させ【ウトピーア】に国体変更した後、私はリントに事後処理を丸投げにした時点で、この件は終了だと考えていたのです。
なので、ぶっちゃけ、もう【ウトピーア】には興味がありませんでした。
「あ〜、そっか、【ウトピーア】って王政の国に変わったんだっけか……」
グレモリー・グリモワールが言います。
きっと、グレモリー・グリモワールも……もはや終わった事……と興味がなかったのでしょうね。
「ちょっと!ノヒトとグレモリーは【ウトピーア法皇国】を滅ぼして【ウトピーア】に体制変更した当事者なんだから、もっと興味を持ってくれないかしら?」
リントは抗議しました。
「はい。すみません」
「あ、ごめんなさい」
私とグレモリー・グリモワールは謝罪します。
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