第98話。オリジナル・オートマタ。
火魔法(応用編)
中位…灼熱
高位…白熱
超位…爆熱
……などなど。
千年要塞、主塔上階の、居室。
私とソフィア、剣聖、フランシスクスさん、クサンドラさんで、一緒に昼食を摂りました。
「午前中だけで、130頭の【超位】の魔物と、ダンジョンボス3体……。頭では理解していたつもりだったが、実際に目の前にすると、凄まじいものだな」
剣聖が顔を引きつらせます。
「それに、【高位】の魔物が、500以上……」
クサンドラさんが嘆息しました。
【高位】の魔物に関しては、私とソフィアの報告でしかなく、死体は残っていませんが、剣聖達は、それを、過大な戦果報告とは見なしません。
私とソフィアには、それだけの力がありますし、今更、剣聖達に力を過大に誇示する理由がないのですから。
「間引きとしては、そこそこの成果でしょうかね。まあ、南東と南西の遺跡を直接叩いて、管理下に置かなければ、魔物の供給は止まりませんので、時間稼ぎ、という意味合いしかありませんが。まあ、しばらく要塞の防衛には、余裕が出来るのではないですか?」
「ああ、助かる」
剣聖は、苦笑い。
因みに、私とソフィアは、狩を終えて千年要塞に帰還する際に、周辺に人種の魔力反応がない事を確認した上で、広域殲滅魔法で【高位】の魔物を、数百頭消滅させていました。
勿体ない、とも思えますが、【高位】の魔物を全て素材売却が可能なように倒し、かつ、死体を回収しようとすると、時間がかかり過ぎます。
今回、私達の目的は、魔物の殲滅。
素材回収は、おまけ程度なのですから。
・・・
昼食後、私達は、会議室に移ります。
剣聖は、あの3体のダンジョンボスが、かつて自分が率いたレイド・パーティを全滅させた魔物だと断定しました。
【ラドーン】に突き刺さっていた【神の遺物】の剣【ネァイリング】は、剣聖の弟弟子の愛用の剣だったそうです。
あの日、【大密林】に侵攻した、剣聖率いる10万のレイド・パーティは、彼らの前に現れた【ラドーン】と【ピュトン】と【オピオン】によって、攻撃されました。
今回のソフィアと同様に、待ち伏せにあい、包囲されてやられたそうです。
その時、剣聖は、深傷を負い、意識を失いました。
弟弟子が生き残ったパーティを率いて、【ラドーン】に挑み、血路を開き、クサンドラさんが剣聖を背負って戦場から脱出したそうです。
因みに、フランシスクスさんは、後方で兵站管理を担い、レイド・パーティには帯同していなかったのだ、とか。
その弟弟子が生命と引き換えに【ラドーン】に突き立てた剣が、【ネァイリング】。
それが、今、遺品として戻って来た訳です。
「クイン伯、この【ネァイリング】は、お返しします」
私は、【ネァイリング】を差し出しました。
「良いのか?」
魔物の討伐で得た戦利品は、討伐者に所有権が発生します。
しかし、これは、剣聖の手元にあるべきでしょう。
「どうぞ」
「ならば、遠慮なく頂く。クサンドラ、お前が使え」
剣聖は、私から受け取った、【ネァイリング】をクサンドラさんに譲渡しました。
「はい」
クサンドラさんは、跪いて【ネァイリング】を受け取ります。
「この剣の元の持ち主は、アレクサンダーと云う。クサンドラの兄だ。剣の才は、俺を凌いでいた。やがては、奴に剣聖の名跡を継がせるつもりだった……」
剣聖は、静かに言いました。
なるほど。
【ネァイリング】は、あるべき者の所に戻って来た訳ですね。
・・・
「剣聖が率いたという10万人のレイド・パーティを全滅させた3体の【古代竜】の正体は、ダンジョン・ボスでした。ダンジョン・ボスは、万物の霊長たる【竜】族にあって、特に強力な【古代竜】の【名持ちの魔物】です。当然、あらゆる能力が、人種のそれを圧倒的に上回ります。つまり、知力もです。人種が組んだ罠や作戦などは、全て、お見通し、だと考えて差し支えありません」
「ああ、完全に出し抜かれた。俺達の進路を読まれていたのだろう。知らず知らずの内に、不利な地形に追い込まれていた。俺達は【高位】の魔物の群に追われた。その魔物の群を相手にする為に陣形を組んだが、3体の巨大な魔物……ダンジョンボスに背後を突かれた。それでパーティは、瓦解。それは、つまり、全てダンジョンボスの策略で、その【高位】の魔物も、ダンジョンボスが操っていたという事なのか?」
剣聖は、苦渋に満ちた顔で訊ねました。
「そうです。クイン伯を追い立てた、という【高位】の魔物の群は、おそらくダンジョンボスの眷属。ダンジョンボスと眷属とはパスが繋がっています。ダンジョンボスは、眷属を意のままに操りますよ」
「魔物が人種を罠にはめるなんて……」
クサンドラさんは驚愕します。
「我々も認識を改めないといけませんね……」
フランシスクスさんが、呟きました。
「ところで、クイン伯は、何故、【大密林】に挑んだのですか?クイン伯の実力なら、それが困難だと理解出来るはず。あ、いや、話したくなければ、話さなくても結構ですよ」
「王命だ」
「ゴトフリード王が、そんな無謀を命ずるとは思えませんが?」
「いや、【大密林】侵攻を命じたのは先王。ゴトフリードの祖母パトリシア女王だよ」
【アトランティーデ海洋国】では、性別に関わらず、長子相続が原則。
女王も珍しくありません。
パトリシア女王は、女性ながら文武両道に優れ、その40年に渡る在位期間での功績は大きく、【大密林】への侵攻失敗を除けば、名君と誉れ高い人物だったそうです。
しかし、計算が合いません。
ゴトフリード王の親は、どうしたのでしょうか?
「気になっていたのですが、ゴトフリード王の先代なのに、祖母なのですか?ゴトフリード王の親の世代は、どうしたのでしょう?」
【アトランティーデ海洋国】が、後継争いで揉めた、などという話は聞いていません。
「ああ、それはだな……ゴトフリードの父親、ボールドウィン王太子は、俺達が【大密林】に侵攻した時に、本隊を率いて空路【パラディーゾ】に侵攻したんだ。つまり、俺が率いた10万のレイド・パーティは、別動隊だ」
パトリシア女王の命令で、空路から50万の【アトランティーデ海洋国正規軍が【パラディーゾ】に向けて侵攻し、剣聖の10万のレイド・パーティが陸路進撃し陽動。
作戦目標は、【ファヴニール】を復活させる事だったようです。
「では、王太子の率いた本隊も?」
「ああ、無惨に全滅だ。遺体すら回収出来ていない」
剣聖は、悲痛な表情で言いました。
つまり、王位継承権第一位のボールドウィン王太子が戦死した為に、息子のゴトフリード王子が、死亡した父親を飛び越して、王に即位する事となった、と。
「何故、そのような無謀を?」
「パトリシアの奴が命じたから、としか言えないな。反対したんだが、そうしたら、パトリシアは、俺が行かないなら、自分が軍を率いて攻めると言いやがった。俺も、惚れた女には、弱い。ふふ、当時のパトリシアは、もう、婆さんだったがな……」
剣聖は、自嘲気味に言いました。
「惚れた女?」
「あ、いや、忘れてくれ……」
剣聖は言います。
剣聖は、若い頃のパトリシア王太王女と、相思相愛の間柄だったのだ、とか。
しかし、パトリシア王太王女は、彼女の父親である当時の【アトランティーデ海洋国】王の決めた相手……つまり他の男性と結婚してしまったそうです。
政略結婚。
王室や貴族なら珍しくもありません。
恋が叶わなかった剣聖は、それでも一臣下として、パトリシア女王の治世を40年あまり支えたそうです。
何だか切ない話ですね。
「もしかして、ゴトフリード王は、クイン伯の?」
「ははは、ゴトフリードが俺の孫かって?いや、俺とパトリシアは、そういうアレはない。プラトニックな関係だった」
なるほど。
剣聖の話によると、パトリシア女王の夫となったコンスタンティン王配とは、剣聖とも友人であり、2人の結婚後も、3人の友情は生涯変わらなかったそうです。
「しかし、名君と云われるパトリシア女王は、何故、そんな無謀を命じたのでしょうか?それが、どうしても理解出来ないのですが?」
「俺もだ。あの作戦が行われる1年ほど前から、パトリシアは、少し、物忘れをするようになったり、怒りっぽくなったり、猜疑心が強くなったりしていた。歳をとったのだから、多少は仕方がない、と軽く考えていたんだが、急に【パラディーゾ】の奪還を強硬に主張し始めた。コンスタンティンに先立たれ、パトリシアを止められる者は、いなかった。今にして思えば、俺が体を張ってでも止めるべきだったと後悔している。だが、あの時は、死期が迫った昔の想い人の最後の願いを叶えてやりたい気持ちもあった」
剣聖は、瞑目して言いました。
直接診断した訳ではないので断言は出来ませんが、パトリシア女王は、おそらく認知症を患っていたのでは、ないでしょうか……。
「あれは、クインシーのせいではありません。国民も軍も、私達でさえ、女王の【パラディーゾ】奪還作戦を熱烈に支持したのですから……」
クサンドラさんは、言います。
「確かに総勢60万の最精鋭に、我が国の飛空艦隊を全て投入する一大作戦でしたからね。当時は、誰しもが、もしかしたら、やれるのでは、という期待を持っていました」
フランシスクスさんが言いました。
「言い訳をするつもりはない。俺は、率いていた10万人を死なせた。それだけの話だ」
剣聖がきっぱりと言い放ちます。
そうだったのですね。
エイブラハム大公は、昨日の戦略会議で、姉の過ち、と言っていました。
つまり、この事を言っていた訳です。
病に冒され、正常な判断力を失った女王と、それを熱烈に支持した民意……集団心理の狂気ですね。
しかし、その狂気によって、軍の精鋭と、剣聖のレイド・パーティの合わせて60万、そして、虎の子の飛空艦隊を全滅させてしまったのは、本当に痛い。
現在、【アトランティーデ海洋国】が持つ航空戦力は、国境上空に展開する【砲艦】と、【ドラゴニーア】からレンタルしている【翼竜】部隊のみ、空母などの攻撃艦隊はありません。
これでは、【ティオピーア】や【オフィール】の首都が孤立してしまう訳です。
今更、悔やんでも、全ては後の祭りですが……。
剣聖達は、要塞の様子を確認する為に、塔を降りて行きました。
私達は、今日の夕方に、王都【アトランティーデ】に一度戻る予定なので、また後で合流します。
・・・
私は、ダンジョンボス【ラドーン】のコアに【積層型魔法陣】を刻みました。
純正のプログラムの他にも色々と付け加えます。
シグニチャー・エディションの修理メンテナンス機能も忘れずにプログラムしないと……。
「いよいよじゃな?ノヒト、楽しみなのじゃ」
ソフィアは、ソワソワ落ち着きません。
ソフィアは、女の子なのですが、ロボットとか、戦艦とか、大砲とか、そういう物が好きなようです。
私は、続けて【ピュトン】と【オピニオン】のコアにも【積層型魔法陣】を刻みます。
こちらも【自動人形】のコア。
万が一の時用のバックアップでした。
【神の遺物】の【自動人形】は、相当強力な戦闘力がありますので、そう簡単には、壊れませんが、念の為です。
「ソフィア、この2つのバックアップ・コアは、あなたの内部【収納】の方に保管しておいて下さい。もしも、壊れてしまった際には、このバックアップを装填するのですよ」
「うむ、わかったのじゃ」
ソフィアは、真剣な表情で頷きました。
私は、【収納】から、【神の遺物】の【自動人形】を取り出します。
眼球と指が欠損したガラクタに見えますが……。
私は、【自動人形】の背中のハッチを開け、【積層型魔法陣】を刻んだ【ラドーン】のコアを装填しました。
明らかに、コアが収まる空間より、コアの方が2回りは、大きいのですが……。
私が、メイン・コアを装填しようと近付けると、まるで、吸い込まれるように収まりました。
私はハッチを閉めます。
「さあ、ソフィア、少しだけ魔力を流して下さい」
「うむ……」
ブインッ……。
【自動人形】から起動音が聞こえ、やがて、欠損していた眼球と指が、オート【修復】によって、みるみる修復されて行きます。
同時に薄汚れていた外装もピカピカになって行きました。
さらに、純正の衣服であるメイド服も修復して行きます。
うん、メイン・コアは、完璧に機能していますね。
「マイ・ミストレスの、お名前を、教えて下さいませ」
起動した【自動人形】は、全く淀みのない口調で告げました。
機械臭さが微塵もありません。
完全に生命体に見えます。
やはり、私が造った【自動人形】・シグニチャー・エディションより、はるかに優れていますね。
少し悔しいですが、さすがは、オリジナル・オートマタ、というところでしょう。
「おーっ、我はソフィアじゃ」
「ソフィア様ですね。私の名前を付けて下さいませ」
「其方は、オラクルじゃ」
「私は、オラクル。神託、という意味ですね?素敵な名前を付けて下さってありがとうございます」
【自動人形】のオラクルは、ニコリと微笑みました。
「うむ、そうじゃろう?」
「はい。これから、よろしくお願い致します」
「うむ、よろしく頼むのじゃ」
「ソフィア様。私に使命を与えて下さいますか?もし、特になければ、ベーシック・プログラムに基づいて行動致します」
「ノヒトよ、使命じゃと。どうする?」
「ソフィア、私をマスター権限代行者に指名して下さい」
「うむ、わかったのじゃ。オラクル、これなるノヒト・ナカを我のマスター権限の代行者とする」
「畏まりました。ノヒト様、よろしくお願い致します」
「よろしく。オラクル、私から、あなたの使命を伝えます。良いですか?」
「はい。後ほど、ソフィア様の承認を頂ければ結構です」
「オラクル。あなたの使命は、自らを守り、ソフィアの傍で、永遠の時を生き続ける事です」
「ソフィア様を、お守りするのではないのですか?」
「ソフィアは、世界最強の存在です。あなたのスペックでは、ソフィアを守る使命は遂行不可能です」
「……わかりました。私は、ソフィア様の、傍で、永遠の時を生き続けます。ソフィア様、使命に間違いがなければ承認をして下さいませ」
オラクルは、一瞬、思考した後、納得したよう言います。
おそらく、ソフィアの魔力反応を確認し、その強大さを認識して、自分ではソフィアを守る為の役には立たない、と理解したのでしょう。
うん、知性が高いですね。
「うむ、オラクル。我は、承認するのじゃ」
「畏まりました」
私は、オラクルに、2つの【宝物庫】を渡し、両腕に装着させました。
オラクルに渡した【宝物庫】の1つには、【神の遺物】を含む、多様な武装やアイテム類を移します。
もう1つは、空。
ソフィアの面倒を看るなら、色々と荷物が多くなるでしょうからね。
ソフィアの執事役であるディエチにも1つ【宝物庫】を与えていました。
「オラクル。この【宝物庫】内の武装やアイテムは、所有権をソフィアに譲渡しました。これらを、適宜適切に使用する権限を、あなたに与えます」
「畏まりました」
「ソフィアは、あなたのメイン・コアのバックアップを2つ持っています。毎晩、ソフィアが眠る前に、そのバックアップ・コアに、あなたの記憶をトレースして下さい。その事をソフィアが忘れていたら、あなたから声をかけて、毎日必ずバックアップ・コアに記憶を上書きするように」
「畏まりました」
これで、よし。
何だか、一つ肩の荷が降りた気がしますね……。
ソフィアは、不老不死で不死身。
私は、もしかしたら、いつか存在が消えてしまうかもしれません。
そして、アルフォンシーナさんや、エズメラルダさん……ソフィアが愛する全ての者達も、いつか必ず死ぬのです。
オラクルは、非生物。
寿命はありません。
強力な戦闘力と耐久力があり、また、自己修復機能もある為、よほどの事がない限り、故障して動かなくなる事もないでしょう。
まして、バックアップが2つもありますしね。
ソフィアが寂しくならないように、私は、オラクルを、ソフィアの家族であり親友にしてあげたいと考えたのです。
お読み頂き、ありがとうございます。
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