第978話。相転移装甲。
【乙姫寿司】。
私達は食事会の開始時刻までの間繋ぎとして、【研聖】ロザリア・ロンバルディアの話を聞いています。
「あとは……?」
ソフィアが言いました。
「ロザリア閣下が列挙したのは、あと【相転移装甲】でございますね」
オラクルが小声でソフィアに教えます。
「そうじゃった。それは知っておるのじゃ。【ドラゴニーア艦隊】の艦船などに使われておる防御装甲技術の名前じゃ」
「仰る通りでございます」
ロザリア・ロンバルディアは頷きました。
「うむ。我は至高の叡智を持つ天空の支配者にして、深淵なる思慮を持つ大海の支配者じゃからの」
ソフィアは……フンスッ……と胸を張ります。
「オラクル様。閣下呼びは、おやめ下さいませ。オラクル様は偉大なる【神竜】様の直仕にして御側仕え。陪仕の私などとは身分が違いますので……」
ロザリア・ロンバルディアは遜りました。
ロザリア・ロンバルディアは【ドラゴニーア】の教育長官なので、一般敬称として……長官閣下……という呼び方はおかしくありません。
他にも閣下敬称は、大統領や首相や閣僚、宰相、植民地総督、国務に携わる貴族、特命全権大使、大都市の首長、最高裁の裁判官や判事、軍の将官などにも用いられますが、原則として主権国家の元首から直接任命を受けた役職という決まりがあります。
つまり【ドラゴニーア】の場合は、【神竜】あるいは【神竜】の元首職の全権代理である大神官のアルフォンシーナさんから直接任命された役職にある者の敬称は全て閣下でした。
元老院議長など議会承認された役職も、便宜上ソフィアやアルフォンシーナさんの名前で任命状が下達される手続きを踏み、ほとんどありませんがアルフォンシーナさんが持つ……議会議決への拒否権……により議会承認された役職者が任命拒否される場合もシステム上あり得るので、一応そういう事になっています。
しかし同時にロザリア・ロンバルディアが言うように格上の職位にある者が、格下の者を敬称を用いて呼ぶのは儀礼格式上不自然な事もあり、敬称の使い方は中々難しいのです。
本当に儀礼格式というヤツは面倒臭いのですよ。
「ふむ。オラクルとヴィクトーリアは我の直仕というか、我の家族じゃ。じゃからして公の職位にある訳ではない。故に厳密に儀礼格式を適用すれば、オラクルがロザリアを敬称を用いて呼ぶのは通則に従って間違いではない。じゃが、ロザリアの言い分もわかる。しかし、まあ、今宵の集まりは身内のプライベートなモノじゃ。職位敬称などに拘る必要はない。じゃが、我は身内の食事会などプライベートの場で、あまり堅苦しいのは好かぬ」
ソフィアが言いました。
「はい。では、この場では……ロザリアさん……とお呼び致しますね」
オラクルは言います。
「では、私も、この場ではオラクルさん、と……。普段はオラクル様と呼ばせて頂きますが……。ソフィア様のご家族を公式な場で……さん……呼ばわりは出来ませんので」
ロザリア・ロンバルディアも言いました。
「ふむ。TPOと品位に鑑みて適切ならば、敬称などは基本的に何でも良いのじゃ」
ソフィアは言います。
「畏まりました」
「はい」
オラクルとロザリア・ロンバルディアは頷きました。
「で、ロザリアは、【相転移装甲】について何を研究しておるのじゃ?既に実用化された工学技術について今更論文を書くまでもあるまい?」
「それは真に実用化された技術ではないからです。【相転移装甲】とは、物質やエネルギーの状態変化を引き起こす金属複合材を用いた装甲の事です。この技術自体は確かに【ドラゴニーア艦隊】の主力級の艦船には900年前から用いられておりますが、【英雄】の技術であり永年私達には再現出来ないモノでございました。しかし、先日ノヒト様がメンテナンスが不可能になって亜空間倉庫に眠っていたり、戦時の為に温存されていた【ドラゴニーア艦隊】の予備役艦船のメンテナンスを行って下さり、同時に【相転移装甲】など基幹技術の情報を開示して下さり、【ドラゴニーア】軍は現役艦隊の第1艦隊の他、温存されていた第2、第3艦隊の就役再開が成り、今後も艦船の実戦部隊再配置が続き【神話の時代】の【ドラゴニーア】全9艦隊の空母群打撃群が完全に復活する予定となりました。私の論文は、ノヒト様から開示された技術の要旨を取り纏めたモノでございます」
ロザリア・ロンバルディアは説明しました。
「なるほど。で、ノヒトが開示した【相転移装甲】の技術要旨とは、端的に言うと、どういう事じゃ?」
ソフィアが訊ねます。
「相転移とは、わかりやすい例を取るなら……氷から水、水から水蒸気、水蒸気からプラズマ……というような状態変化の事です。この応用としてエネルギーの状態変化も相転移と呼ぶ事が可能です。【相転移装甲】は、この相転移の仕組みを用いて攻撃を防ぐ恐るべき魔法金属複合材の事でございます」
「ふむふむ。噛み砕いて説明すると、どういう事じゃ?」
「例えば、【魔導砲】による攻撃を受けた際に着撃時の魔法的な破壊反応を、状態変化させ魔力に還元して【吸収】して、自らの装甲の耐久値に変化してしまう事で、ダメージを低減あるいは無力化したり、更にはミサイルなどの実体弾による衝撃や、火薬の爆発力さえ魔力に変換して低減・無力化する事も可能です。つまり【相転移装甲】は攻撃の魔法反応や運動エネルギーや熱エネルギーや圧力などを、相転移させ、純粋な魔力に状態変化させ、ダメージを低減・無力化する事が出来ます。【ドラゴニーア艦隊】の主力艦船は、【相転移装甲】と【自動修復】、そして【防御】や【魔法障壁】との複合・ギミックにより、装甲板で被甲された部分は【超位級】までの攻撃に対する、ほぼ無敵の防御力を誇ります」
「ほほ〜う。我が艦隊の力は圧倒的ではないか?」
「はい。しかしながら、艦橋などの窓や、レーダー・レドームや、ミサイル・セルの発射蓋や、砲の経内や、ドアやハッチ、その他の機動部などは当然ながら装甲板の継ぎ目で被甲されていない部分がございます。そういう非装甲部位は既存の【防御】や【魔法障壁】のみで防御する事になり、そういう【相転移装甲】でカバーされていない部分に直撃・被弾すれば被害は免れず、完璧な防御ではありません」
「それは致し方あるまい。で、ロザリアの論文は、ノヒトから開示された【相転移装甲】技術を、【ドラゴニーア】の現有技術で造れるようにした……と考えて良いのか?」
「理屈の上では、そうお考え頂いて差し支えありません」
「何じゃ?理屈の上で……とは?煮え切らぬの」
「理論上は【相転移装甲】の製造技術を手に入れたと言えます。しかし、製造する為の施設や設備を自国の技術だけで1から開発しておりません。これも【英雄】が遺してくれた【国営兵器工廠】に頼っております。この【工廠】を自力で建設出来るようにならなければ、真に【相転移装甲】技術を実用化したと評価出来ないのです」
「ふむ。やはり未だ【英雄】の技術までには、遠いか?」
「はい。数百年単位で、私達の技術より進んでおります」
「じゃが、ロザリア達の研究により【英雄】の技術に向かって一歩ずつ前進しておるなら良しじゃ。ロザリア、今後とも頼むぞ」
「はい。全力を尽くして参ります」
マイ・マスター……冒険者パーティ【月虹】を含め、皆様が揃いました……今から、そちらに向かいます。
【竜城】のトリニティから【念話】がありました。
トリニティ……私がいる場所はスペースが限られているので、広い場所に移動します。
私は【念話】で伝えます。
仰せのままに致します。
トリニティは【念話】で了解しました。
「みんなが到着したようです。ベアトリーチェさん、ここに大人数が【転移】してくると具合が悪いので、一旦外に出ます」
「ノヒト様。二階の土間は広いので、おそらく、そちらで用が足りると存じます」
ベアトリーチェさんが言います。
「そうですか。では、二階に移動して彼らを迎え入れます」
「はい。右手奥の廊下を進んだ先の階段かエレベーターをお使い下さい。座敷の用意はしてあります」
ベアトリーチェさんは手で指し示しました。
「ありがとうございます。では……」
私は腰を上げます。
「ノヒト。我らも一旦座敷に集まって全員で乾杯をしようではないか」
ソフィアが提案しました。
「では、そうしましょう」
私達は、一旦全員で二階に上がります。
・・・
【乙姫寿司】二階。
【乙姫寿司】の座敷は普段個室として間仕切りされて使用されているようですが、今日は襖が取り払われ宴会場的な設えになっていました。
トリニティとカルネディアは種族的に脚がありません。
膨大な魔力を持ち魔力回復率も極めて高いトリニティは地上を移動する場合も【飛行】によって常に地面から僅かだけ浮いているので汚れるという事はありませんが、カルネディアの方は地上を移動する際に超低空【飛行】を常時発動し続ける程には魔力の量と回復率が無尽蔵ではないので、どうしても腹や尾を地面に着けて移動しています。
なので畳敷きの座敷に上がる前に私が生活魔法の【洗浄】でカルネディアを清潔にしました。
早速【洗浄】が役立ちましたね。
その後ソフィア達には先に座敷に上がってもらい、私は1人宴会場の入り口の土間状になった広い場所に立ちます。
座敷の上で【転移】を迎え入れると、土足で畳敷きに上がる事になってしまいますので……。
土間は広いスペースがありますが、私達は大所帯なので一度では手狭ですね。
靴を脱いだりする手間があるので、2回に分けて【転移】させた方が良さそうです。
もちろんベアトリーチェさんも、そういう事を考慮して……二階のスペースで大丈夫だ……と言ったのでしょうね。
トリニティ……半数ずつ2組に分けて【転移】しなさい。
私は【念話】で伝えました。
仰せのままに……。
トリニティが【念話】で了解します。
刹那、トリニティが【レジョーネ】とグレモリー・グリモワール一行を連れて【転移】して来ました。
彼らは挨拶もそこそこに、私の誘導に従って靴を脱ぎ、座敷に上がります。
すぐさまトリニティは引き返し、残りの【ファミリアーレ】と冒険者パーティ【月虹】とウィローとカリュプソを連れて戻って来ました。
彼らも靴を脱いで私の誘導で座敷に上がって行きます。
【蛇人】のサブリナもカルネディア同様に脚がないので腹と尾で地面を這う性質上、私は生活魔法の【洗浄】を使いました。
因みにロザリア・ロンバルディアも【蛇人】で脚がないのですが、魔法に長ける彼女はトリニティと同じように常に地面から僅かに浮いて移動しているので土足ではありません。
また、ロザリア・ロンバルディアの娘のルカシーちゃんは【蛇人】と【人】の混血ですが、脚がありました。
脚に関しては父親のパオロさんからの遺伝を受け継いでいるようです。
皆、座敷に座りました。
正座はセントラル大陸では馴染みがないので、【乙姫寿司】の座敷の畳の下は好きな場所を取り外して脚が伸ばせる堀コタツ的に改造出来るようになっています。
考えられた構造ですね。
ディーテ・エクセルシオールが【エルフヘイム】産の最高級発泡ワイン(つまりは広義におけるシャンパン)をお土産として持参したので……大人達の乾杯は、それで……という事になりました。
「皆の者。お疲れ様じゃ。今宵は寿司じゃが、幾つかのネタは我らが地引き網で獲った魚介が使われておる。旅行は明日までじゃが、旅行日程中の夕食は今宵が最後じゃ。心行くまで堪能しようぞ。乾杯っ!」
ソフィアが乾杯の音頭を執ります。
「「「「「乾杯っ!」」」」」
皆がグラスを掲げました。
「う、美味っ!何このスプマンテ……」
誰かが大きな声で言います。
【月虹】のメンバーで、パーティの代理人であるキトリーさんでした。
キトリーさんは自分の声が思いの外座敷に響いてしまった事に身を縮こませましたが、守護竜達が……気にしていない……というように笑顔でスルーしてあげたので、何も問題とはなりません。
こうして食事会が始まります。
「皆様。【乙姫寿司】店主のベアトリーチェでございます。ようこそ、いらっしゃいませ。お席にございますのは先付け三種……鮭とイクラの紅葉和え、アンコウの共肝和えと、胡瓜と蓮根の甘酢漬けでございます。アンコウは今シーズンの初モノです。今夜のお寿司は、ノヒト様のご希望で順にお任せで握らせて頂きますが、他にお飲み物やおつまみのご注文がございましたら、座敷の皆様は、お席のタッチ・パネルをご利用下さいませ。一生懸命に握らせて頂きますので、今夜は何卒宜しくお願い致します」
ベアトリーチェさんが挨拶に現れて座敷の入り口で手を着いてお辞儀をしました。
「知らぬ者がいるかもしれぬ故、紹介しておく。これなるは我やアルフォンシーナが頼りとする知者【研聖】ロザリア・ロンバルディアと、その夫のパオロと次女のルカシーじゃ。あれなるは冒険者パーティ【月虹】の面々じゃ。今宵は基本的に無礼講とする。堅苦しい儀礼格式はなしじゃ」
ソフィアが紹介します。
各自が略式儀礼の挨拶を交わしました。
「我らは一階で食事をする。寿司を食べてから、また後で、こちらにも顔を出すのじゃ。ではの……」
ソフィアは言います。
私達ゲームマスター本部組、【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】、グレモリー・グリモワール一行、ロザリア・ロンバルディア一家、【月虹】のメンバーは一階のカウンター席に戻りました。
カウンター席に座った一同はディーテ・エクセルシオール持参の発泡ワインで改めて乾杯をします。
後続合流組にも先付け三種が給仕されカウンターでも食事会……いや、もはや宴会が始まりました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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