第975話。身内の身内は身内。
【フェンサリル】の【ニーズヘッグ聖域】。
私達は【転移】で【フェンサリル】の【ニーズヘッグ聖域】にやって来ました。
カリュプソ……そちらの状況はどうですか?
私は【スカアハ訓練所】で【ファミリアーレ】の見学と体験入所に同行しているカリュプソに【念話】で連絡します。
マイ・マスター……たった今【経験値迷宮】から出たところです……【スカアハ訓練所】でシャワー室を借りられるとの事ですので、全員で着替えてから、そちらに向かいたいと思いますが宜しいですか?
カリュプソは【念話】で訊ねました。
シャワーですか。
たぶん便利な生活魔法の【洗浄】ならシャワーより簡単に早く目的を果たせるとは思いますが、【スカアハ訓練所】の側が便宜を図ってシャワー室を貸してくれたのでしょうから、あえて厚意を無碍に断る必要もないでしょう。
また、シャワーを浴びて平服に着替える時間を区切りとして、戦闘訓練時のアドレナリンが出た興奮状態をリセットして、平常心に気持ちを切り替えるという意味にもなるでしょうしね。
「ソフィア。【レジョーネ】と【ファミリアーレ】は、少しだけ時間が掛かるようです」
「うむ。ならば我らは一足先に【竜都】に戻ろうではないか。地引き網の魚をベアトリーチェに目利きしてもらって寿司ネタ用に調理してもらう時間も必要なのじゃ」
ソフィアは言いました。
「わかりました」
カリュプソ……私達は先に【竜都】に向かいます……あなた達は慌てる必要はありません……食事会の開始時間に間に合うように来てくれさえすれば構いませんので。
私は【念話】で伝えます。
畏まりました。
カリュプソは【念話】で言いました。
私達は【竜都】に【転移】します。
・・・
セントラル大陸中央国家【ドラゴニーア】。
竜都【ドラゴニーア】中央神殿【竜城】の礼拝堂。
【竜城】に到着するとアルフォンシーナさんとティア・フェルメール、それから【女神官】達が迎えてくれました。
「お帰りなさいませ」
アルフォンシーナさんが恭しく礼を執ります。
「ただいまなのじゃ」
「戻りました」
「ソフィア様。ガートルード・セイレニア女王とグリード・グリーヴァス首相による合意事項は、全て正式な【契約】として調印が完了致しました。つきましては取り急ぎソフィア様とノヒト様に調印文書の調停役として御署名を頂戴したく存じます」
ティア・フェルメールが合意文書を差し出して報告しました。
クーデターによって【セイレニア】を追われた女王ガートルード・セイレニアと、クーデターによって【セイレニア】の政権を奪取した大統領グリード・グリーヴァスによる紛争は今日の昼にソフィアの調停によって停戦と事後処理について大枠で合意がなされています。
その後ティア・フェルメールは、合意事項の細部を詰めて全ての決定を【契約】として正式に文書化する作業をしていました。
「うむ」
「わかりました」
ソフィアと私は、その場で合意文書に魔法署名します。
何もこんな所で立ったまま外交文書に署名しなくても……とも思いますが、善は急げという言葉もありますからね。
ソフィアやティア・フェルメール、それから国際社会にとって好ましい合意は早く処理しておいて損はありません。
ソフィアと私の署名の瞬間を以って、この外交文書は神前にて確実に約定された最上位の権威と拘束力を有する【契約】となり、正式に効力が発揮されました。
【シャムロック】で亡命政府を樹立していたガートルード・セイレニア女王は……君臨すれども統治せず……の立憲君主として【セイレニア】女王の座に復帰し、【セイレニア】暫定政府大統領であったグリード・グリーヴァスは新たに【セイレニア】首相の職権を得て統治実務に当ります。
それからガートルード・セイレニアは自らの臣下の内、私利私欲で政治的な立場を悪用して汚職を働いていた者達を全員グリード・グリーヴァスに引き渡さなければいけません。
彼らは罪の重さに応じて極刑を含む厳しい罰が科されます。
対するグリード・グリーヴァスはガートルード・セイレニアに今後【セイレニア】議会で採択される法案と条約批准への拒否権を与えました。
これにて【セイレニア】のクーデターに端を発した問題は、とりあえず一件落着。
後は権威のガートルード・セイレニアと、権力のグリード・グリーヴァスが双方協力し合って【セイレニア】の国民の為に職責を果たしてもらえば良いでしょう。
「うむ。重畳じゃ。ティアよ、良くやったのじゃ」
「お疲れ様です」
ソフィアと私はティア・フェルメールを労いました。
「勿体ないお言葉。経験豊富なアルフォンシーナ大神官猊下が側にいてお力添え下さったので、とても心強かったです。私と致しましても無事お役目を果たせて安堵致しました」
ティア・フェルメールは謙遜します。
「うむ。アルフォンシーナも、ご苦労であったの」
「アルフォンシーナさん。お疲れ様です」
ソフィアと私はアルフォンシーナさんも労いました。
「私は同席していただけで何もしておりません。全てはティア大海宗猊下のお働きです。見事な手腕でございました」
アルフォンシーナさんはティア・フェルメールを讃えて微笑みます。
これで1つ政治絡みの面倒事が片付きました。
やれやれです。
「ノヒト様、ソフィア様。今宵はお招きに預かり身に余る光栄でございます」
【ドラゴニュート】ばかりの【竜城】には珍しい【蛇人】の女性が頭を下げて礼を言いました。
彼女は【ドラゴニーア】の首席国家魔導師で、大神官付きの相談役で、【ドラゴニーア】教育長官で、【ドラゴニーア大学】国立総合先端研究所の所長で、【研聖】の称号を持つ【聖格者】のロザリア・ロンバルディアです。
今夜の【乙姫寿司】でのディナーには冒険者パーティ【月虹】のメンバーも招待されていました。
彼女達はゲームマスター本部が言わば公認する冒険者パーティとして来年初頭から世界中で活動してもらう事になっています。
つまり【月虹】は、もはや私の陣営の者達。
なのでミネルヴァが今夜の身内の食事会に彼女達を呼んでいたのです。
で、【研聖】ロザリア・ロンバルディアも【月虹】の身内として食事会に招かれました。
ロザリア・ロンバルディアの旦那さんは、【月虹】のリーダーであるペネロペさんの実兄なのです。
つまり私の身内の身内は身内という事。
ややこしいですね。
そういう経緯でロザリア・ロンバルディアと彼女の旦那さんと夫妻の娘さんも今夜の食事会に私の身内という枠で招待されたのです。
以前から私は、経済、軍事、産業、科学技術で惑星【ストーリア】をリードする超大国【ドラゴニーア】の統治実務責任者であるアルフォンシーナさんの政策をブレーンとして支え……【ドラゴニーア】の国家的頭脳……と称される【研聖】ロザリア・ロンバルディアと一度ゆっくり時間を取って話してみたいと考えていたので、今夜は丁度良い機会でした。
ロザリア・ロンバルディアと一緒にいた男性と女の子も跪いて拝礼します。
男性はロザリア・ロンバルディアの夫パオロさんで、女の子は2人の娘で次女のルカシーちゃんです。
パオロさんとロザリア・ロンバルディア夫妻には、もう1人長女のブルネラさんという娘さんがいるようですが、彼女は現在学業の都合で【ラウレンティア】にいるらしく今夜の食事会には不参加。
ブルネラさんもロザリア・ロンバルディアと同じような天才で、今年名門の魔法専門学校【ラウレンティア魔法学院】を総代……つまり学年首席で卒業して、来年からは、天下に名を轟かせる最高学府【ドラゴニーア大学】に進学するのだとか。
やはり遺伝なのか、ブルネラさんは優秀です。
ブルネラさんとも機会があれば会って話してみたいですね。
「ロザリア。今日【フェンサリル】でリオネッロ・ザンボッティなる農学研究者をスカウトしたのじゃ。其方の下で農学研究室の研究員として使ってくれ」
ソフィアが言いました。
「オラクル様よりご報告を頂き先端研の事務局に諸々の準備を指示致しました。【ドラゴニーア大学】で博士号を取り、【ザ・ライフ・バンク】に在籍していた育種学の専門家だとか?遺伝子工学に頼らない農作物の品種改良には時間も労力も掛かるので、経験と実績のある即戦力の研究者は大歓迎でございます。ソフィア様が自ら足を運ばれてお探しになった逸材ならば実力も間違いないでしょう。リオネッロ・ザンボッティを研究所の一員に迎える日を今から楽しみにしております」
ロザリア・ロンバルディアは言います。
「うむ。では、ノヒトよ。【乙姫寿司】に向かうのじゃ」
ソフィアは言いました。
「わかりました。トリニティ、あなたは【レジョーネ】と【ファミリアーレ】、それからグレモリー・グリモワール一行をここで待ち、【転移】で【乙姫寿司】に連れて来なさい。カルネディアは私達と先に向かいましょう」
「仰せのままに致します」
「わかりました、お父様」
トリニティとカルネディアは頷きます。
トリニティを待機させる理由は【転移】要員でした。
【遺跡】の【徘徊者】であるカリュプソは元来【転移能力者】ですし、彼女は私とパスで繋がっているので、【共有アクセス権】で私のいる場所に【転移】出来ますが、運ぶ人数が多いのでカリュプソ1人ではスペック的に大変かもしれません。
【乙姫寿司】に向かうメンバーの中には他にも沢山の【転移能力者】がいますが、彼らには【共有アクセス権】がないので、転移座標が設置されていない【乙姫寿司】には【転移】して来られませんからね。
準【神位級】のスペックがあるトリニティなら、100人単位の人員を【転移】で惑星の裏側までだって一気に運べるので安心です。
「ロザリアさん。ご家族の皆さんは【転移】適性がありますか?」
私はロザリア・ロンバルディアに訊ねました。
極稀に【転移】適性がない生命体がいて、そういう者が保護措置なく亜空間に入ると存在が霧散してしまう危険性がありますので。
「はい。問題ありません」
ロザリア・ロンバルディアは頷きます。
「では、行きます」
私は、カルネディアと、ティア・フェルメールが加わってフル・メンバーに戻った【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】と、ロザリア・ロンバルディア一家と共に【転移】しました。
・・・
【竜都】市街【乙姫寿司】。
「ベアトリーチェさん、こんばんは。今日は宜しくお願いします」
「ベアトリーチェ。来たのじゃ」
私達は挨拶をします。
「いらっしゃいませ、皆様」
ベアトリーチェさんが板場の中で頭を下げました。
一同が挨拶を交わします。
「ベアトリーチェよ。実は今日我らは【フェンサリル】の海岸で地引き網をしての。沢山魚を捕まえて来たのじゃ。それで差し支えなければ、その魚を今宵の寿司ネタとして其方に握って欲しいのじゃ。しかし、我は【乙姫寿司】のような格式ある店では、客の持ち込みは迷惑だという事を理解しておる故、もしもベアトリーチェが目利きして【乙姫寿司】の看板を汚すと判断するなら無理にとは言わぬ。その時は黙って魚を持ち帰るのじゃ。じゃから、目利きをして、使えそうなら寿司にしてもらえぬか?」
ソフィアは乙姫寿司の立場に配慮して下手に出て依頼しました。
「偉大なるソフィア様のような御方が、ウチのような一介の寿司屋如きの看板などに御配慮下さり誠に恐縮でございます。確かにウチは普段、お客様からのネタのお持ち込みは一律でお断りしておりますが、他ならぬソフィア様のご要望でございますので、僭越ながら御品物を拝見させて頂いて、ウチの寿司に合いそうなら精一杯握らさせて頂きます」
ベアトリーチェさんは笑顔で言いました。
「うむ、頼むのじゃ。きっと美味しいと思うのじゃ。魚は【収納】に入っておるのじゃが、どうすれば良いかの?」
ソフィアは訊ねます。
「では、付け場の方で拝見致します。こちらへ、どうぞ……」
ベアトリーチェさんはソフィアを促しました。
私とソフィアは【乙姫寿司】の付け場に向かいます。
・・・
「これは……」
ベアトリーチェさんは言いました。
「どうじゃ?」
ソフィアは心配そうに訊ねます。
「問題ありません。と、申しますか、全て一級品の魚です。多少肌に網擦れの傷などはございますが、身の方は抜群の状態です。ねえ、兄さん?」
ベアトリーチェさんは付け場にいた男性に声を掛けました。
「観光地引き網の魚だって言うから……てやんでぇ!べらぼうめ!……と、こう、喉まで出かかったんだが、こいつぁ、驚いたね〜。ずらずら〜っと、隅から隅まで、飛びっきりだ。これなら俺んトコで仕入れてぇくらいだ」
男性は言います。
何故、江戸弁?
【タカマガハラ皇国】の【エド】出身なのでしょうか?
そういえば彼は私と同じ、平たい顔……東洋系ですね。
「あ、【竜宮寿司】で一緒に修業した私の兄弟子です。今日は助っ人で来てもらっています。ほら、兄さん……」
ベアトリーチェさんが兄弟子さんを紹介しました。
「おっと、こいつぁ、イケねぇ。偉大なる神々の皆様方、俺……あたしは【タカマガハラ皇国】は【エド】で【政寿司】って猫の額みたいな店をやっております、政と申します。どうぞお見知りおき下さいまし。数年来久方っぷりに師匠んトコに挨拶にお邪魔しましたら、何でもベアトリーチェの店にやんごとないお歴々がいらっしゃるってんで、不調法ながら手伝いに馳せ参じた次第でございやす。あたしは、どうも生まれつき口が良くねぇ〜性分でして、失礼があったらご寛恕下さいまし」
マサさんは挨拶します。
「どうも、ノヒト・ナカです。宜しくお願いします」
「ソフィアじゃ。宜しくなのじゃ」
私達は挨拶を交わしました。
マサさんはキャラが濃いですね。
べらんめえ口調もそうですが……生まれつき口が良くない……とは、一体どういう意味でしょうか?
生まれた時から言葉を喋れたと?
それも良くない言葉使いで?
意味がわかりませんね。
お読み頂き、ありがとうございます。
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・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
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何卒よろしくお願い申し上げます。




