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第964話。悪い名前。

【竜城】の会議室。


【セイレニア】暫定政府の大統領……グリード・グリーヴァス。


 悲惨な(グリーヴァス)強欲(・グリード)とは、また凄い名前ですね。

 これが生まれながらの本名だとするなら、名付け親の感性を疑いたいところです。


 こういう明らかに悪そうな名前を持つ名持ち(ネームド)NPCは、ゲーム時代なら大体そのまま【悪役(ヴィラン)】としてゲーム会社に設定されているので警戒が必要でした。

 仮に表面上友好的に振る舞って見せたり親切にされても、陰謀を巡らしていたり後から裏切ったりするのがパターンなのです。


 ただし、ダーク・サイドのロール・プレイをしているユーザーが【調伏(テイム)】や【盟約(コベナント)】や【眷属化】などで味方ユニットにしたNPCに、ワザと【悪役(ヴィラン)】風の【名付け(ネーミング)】をする場合もありました。

 例えば、かつてグレモリー・グリモワール(私)が【盟約(コベナント)】した【上位悪魔(アーク・デーモン)】のマリス・ミスクリアント(極悪な(ミスクリアント・)悪意(マリス))とか、【古き者(エルダー・シング)】のニファーリアス・マンスローター(邪悪な(ニファーリアス・)故殺者(マンスローター))などのように。


 グリード・グリーヴァスの場合は、上記の2パターンには該当しません。


 この世界(ゲーム)のNPC達の常識には、生まれた愛子にワザと悪い名前を付けて、【悪魔(デーモン)】など【悪霊(イーブル・スピリット)】が取り憑く事を防ぐ意味があるのだとか。

 実際にどの程度の効果があるのかはわかりませんが、都会から離れた田舎などでは少なくない習慣らしいです。


悪魔(デーモン)】などは人種NPCの負の感情が空間に遍在する魔力に溶け込む事で発生する瘴気を吸収して快楽を得る性質がありました。

 人種NPCが強い負の感情を抱く程、発生した瘴気も【悪魔(デーモン)】達に強い快楽を与えるので、【悪魔(デーモン)】は、より強く人種NPCを苦しませたり悲しませたりしようと考えます。


 その最も簡単な方法が、子供を殺して、その親を悲しませる方法。

 また生まれたばかりの子供は脆弱で【抵抗力(レジスタンス)】も皆無なので【悪魔(デーモン)】が取り憑きやすいのです。

 なので子供は【悪魔(デーモン)】に狙われました。


悪魔(デーモン)】から子供を守るには神殿で洗礼を受けたり、魔法で守ったり、【護符(タリスマン)】などのアイテムを使います。

 しかし、身近に神殿がなかったり、【魔法使い(マジック・キャスター)】がいなかったり、あるいは経済的な理由などで、それらの防衛措置が取れない事もありました。


 そこで子供にワザと悪い名前を付ける習慣が生まれたのです。


 悪い名前を付けられる子供は、親から愛情を注がれていないと予想されるので、だとすると子供が死んでも親はあまり悲しみません。

 親が悲しまないなら瘴気の濃度も低くなるので、【悪魔(デーモン)】もワザワザ親から愛されていない子供を狙う意味もない……と。

 このように【悪魔(デーモン)】を騙して、親は愛する我が子を守る訳です。


 悪い名前は子供が成長して【悪魔(デーモン)】に対して【抵抗力(レジスタンス)】が高くなってから、良い名前に改名してしまえば良いという考えでした。


 ログを調べた限り、グリード・グリーヴァスも、このような経緯で悪い名前を名付けられたようです。

 しかし成長して軍に入隊したグリード・グリーヴァスは、悪い名前をそのままにしました。

 兵士などの場合、悪い名前は、ある種の箔付きや、敵を恐れさせる二つ名としての意味合いを持つ事があり、【悪魔(デーモン)】除けで名付けられた悪い名前を、大人になってもそのままにする例もあるようです。


 なので、グリード・グリーヴァスが悪い名前を持つからと言って、彼の人格や品行も程度が悪いとは限りません。

 むしろ軍の長官になったり、クーデター後に大統領になるには、周囲からそれなりの人物だと評価されていなければ無理でしょう。


「立憲君主制?それは、つまりガートルード女王は【セイレニア】の主権を国民に還すという事ですか?」

【セイレニア】暫定政府のグリード・グリーヴァス大統領は訊ねました。


「うむ。我とティアは、その線で考えておる」

 ソフィアは答えます。


「私としては【セイレニア】の名目上の国家元首として身体不可侵と、法案及び条約批准に反対する拒否権が与えられるのであれば立憲君主制を受け入れます」

【シャムロック】亡命政府のガートルード・セイレニア女王は言いました。


 ガートルード女王が求めた拒否権は、ソフィアとティア・フェルメールとアルフォンシーナさんの決めた妥結点には含まれていませんでしたが、まあ交渉材料として許容範囲でしょう。


「認められません。私は【セイレニア】国民から選挙によって直接大統領に選出された国家元首です。首相などになって権威上ガートルード女王の下位に(はべ)るなどという事は私を信任してくれた国民への裏切りであり、民主主義への冒涜になります」

 グリード大統領は言いました。


「大統領選挙にグリードの対立候補は立候補したのか?クーデター後の軍事政権が管理する戒厳令下の選挙で、グリード1人しか出馬しない信任投票ならば、グリードが大統領に選ばれるのも当然じゃ。そんなモノは民主主義でも何でもない。じゃから選挙はやり直しじゃ。ガートルードとグリードの2人で、どちらを国家元首に選ぶか国民投票を行い白黒付けるのじゃ。ガートルードが勝てば王政復古。グリードが勝てば引き続き大統領制を継続せよ」

 ソフィアは言います。


 ソフィアは、如何(いか)にもグリード・グリーヴァス()【セイレニア】軍長官がクーデターを起こした後、【セイレニア】の国民を軍隊の暴力を背景にして脅し、不正な選挙介入をして大統領に就任したかのように言いましたが、実はそれは正しくありません。

 ログを調べた限り、【セイレニア】の大統領選挙は正当に行われています。

 グリード・グリーヴァス1人しか大統領選挙に立候補しなかったのは事実ですが、それも……大統領に相応しい人物はクーデターを率いた指導者グリード・グリーヴァスしかいない……と【セイレニア】国民の大多数が思ったからで、別に不正をした訳ではありません。


 ただしソフィアはティア・フェルメールやアルフォンシーナさんと事前に決めた……【セイレニア】を立憲君主制の国体にする……という方針をグリード大統領に飲ませる為の交渉材料として、あたかもグリード・グリーヴァスは恐怖政治を行う権威独裁者かのように言っているのです。


 私は基本的に、こういう政治的駆け引きは嫌いでした。


 しかし、ソフィアが交渉の趨勢(すうせい)を誘導しようとしている妥結点は、おそらく想定し得る選択肢の中でも最も穏当で平和的なモノだと予想されます。

 駆け引きの先にある結果が、最も良い選択肢であるなら、私は駆け引きを使う事も忌避しません。


「ソフィア様。慈悲深きご配慮を下さいまして心より感謝申し上げます」

 ガートルード女王は頭を下げて礼を言いました。


「うむ。あ、そうじゃ。ノヒトよ。ガートルードにもグリードにも利害関係がない中立の第三者として、【シエーロ】から【天使(アンゲロス)】を招聘して【セイレニア】の選挙管理を頼みたいのじゃが。構わぬか?」

 ソフィアは訊ねます。


「はい。良いですよ」


「お、お待ち下さい。何故そのような話になるのですか?」

 グリード大統領は色を()して抗議しました。


【シエーロ】から中立の第三者である選挙監視団がやって来れば、軍隊の力を背景にした脅しによって無理矢理グリード・グリーヴァスに投票させる事は出来ません。

 グリード・グリーヴァスはクーデター後の選挙で、そのような不当な介入はしていませんが、やろうとしても出来ない訳です。


 まあ、まだグリード大統領が負けると決まった訳ではありませんが……任期中の現役大統領が主祭神の【神竜(ソフィア)】様から選挙のやり直し命じられた……という事実が、既にグリード大統領に不利に働きます。

 また……【神竜(ソフィア)】様は【シエーロ】から選挙監視団を送り込むらしい。つまり前回の選挙もグリード・グリーヴァスは何か不正をしていたのかもしれない……というような事実無根の悪評をグリード・グリーヴァスは被るかもしれません。

 そして【セイレニア】の国民は……我らの主祭神である【神竜(ソフィア)】様は、きっとグリード大統領をお認めでないのだ……と考えるでしょうね。


 そして選挙がやり直されガートルード女王が勝利して復権すれば、クーデターを起こしたグリード派は全員国家反逆罪で逮捕され処刑される可能性があります。

 これは【セイレニア】の法律に則って適切でした。


 そして、そうなる可能性は高いのではないでしょうか?


 なのでグリード大統領側は、ソフィアから命じられての選挙のやり直しなどは絶対にしたくはないでしょう。


【セイレニア】の国民が怒っているのは、ガートルード女王の周囲にいる大臣や貴族達でした。

 ガートルード女王個人は、未だ【セイレニア】国民から敬愛されています。

 ガートルード女王が、悪さをしていて国民から嫌われている大臣達を処断して選挙戦に打って出れば、ガートルード女王が圧勝する可能性もあり得ますね。


「何故選挙をやり直すのか?と問われるならば、それは我が決めたからじゃ」

 ソフィアは言いました。


「ソフィア様。(かしこ)くも、このガートルード女王は大罪人でございますよ」

 グリード大統領は言います。


「大罪人とな?ならば具体的な罪状を述べてみよ。グリードも、まさか法的根拠もなく一国の国家元首に大罪人などという汚名を着せている訳ではあるまい?」


「そ、それは国政壟断(ろうだん)です」


「国政の壟断(ろうだん)とは、つまり国の政治を私物化して利益を独り占めしたという事じゃな?という事は【セイレニア】の法律上の具体的な罪状は収賄罪か?公職者汚職防止法違反か?ガートルードが賄賂や不正な利益を得たという証拠はあるのか?」

 ソフィアはグリード大統領を問い質しました。


 ソフィアは、いつの間に【セイレニア】の法律なんか覚えたのでしょうか?

 ああ、オラクルが事前に勉強してソフィアに【念話(テレパシー)】で伝えているのですね。


「証拠はございます」


「ならば出せ。ガートルード()()が賄賂や不正な利益を得ていた証拠を出してみよ」


「あ、いや……賄賂を得ていたのは、ガートルード女王ではなく、その大臣達でございます」


「ふむ。つまりガートルード個人は賄賂も不正な利益も得てはいなかったのじゃな?ならばガートルードは無実じゃ。其方らに処刑される理由がない」


「いや、しかし、ガートルード女王には大臣達を任命した責任がございます」


「ガートルードが選んだ大臣が罪を犯したら、ガートルードに任命責任が問われるのは当然じゃ。じゃが、ガートルード自身が汚職に関与しておらぬのならば、ガートルードは任命責任者として汚職をした大臣を捕まえて処断すれば事が足りる。汚職をした大臣の罪で、汚職をしていないガートルードが任命責任において処刑されるのは、(いささ)か罰が重過ぎるのじゃ。バランスがおかしいとは思わぬか?例えば【ドラゴニーア】には膨大な聖職者と公職者がおる。それら全ての聖職者と公職者は、最終的には、このアルフォンシーナに任命責任がある。膨大な人数がいる聖職者や公職者の中には遺憾ながら、僅かに罪を犯す者もおるのじゃ。その罪を犯した者の為に、アルフォンシーナが毎回処刑されておったら、【大神官】など誰も成り手がいなくなる。それはグリード、其方も同じじゃ。仮に、この先【セイレニア】の公職者が1人でも悪事を働けば、任命責任者のグリードは処刑されるのか?これで、わかったじゃろう?幾ら何でも法を侵した部下の任命責任で上席者が処刑されるのは、処罰の濫用。やり過ぎじゃ」


「そ、それは……任命権者が正当な基準に則り臣下を任命していれば問題ありませんが、しかしガートルード女王の任命基準が、そもそもおかしかったのです。つまり、そもそもガートルード女王には任命権者としての資質がありません」


「ふむ。では訊くが、グリード・グリーヴァス。其方がクーデターを起こした時、其方は【セイレニア】軍の長官じゃったな?其方を軍の長官に任命したのは一体誰じゃ?」


「それは……」


「それはガートルードじゃ。ガートルードに任命権者たる女王としての資質がなくて、任命基準がおかしいのなら、ガートルードに任命された其方も軍の長官の任には相応しくなかったという事になる。ならば、そもそも其方が起こしたクーデターの正当性それ自体が疑わしいのじゃ」


「そ、それは詭弁でございます。最高任命権者である女王の責任は、それだけ重いのです。仮にガートルード女王が賄賂を得ていなくても汚職に関与していなくても、汚職大臣を任命した責任は果たしてもらわなくてはなりません」


「うむ。もちろんガートルードには任命責任がある。これは逃れようのない事実じゃ。じゃからこそ我はガートルードに……主権を国民に返還し、王家の財を国庫に返納し、実権を持たぬ立憲君主の座に退いてはどうか?……と提案したのじゃ。ガートルードは、グリードがガートルードの身体不可侵を約束し、法律と条約の批准にガートルードの拒否権を認めるなら立憲君主制を受け入れると言っておる。後は、それをグリードが飲むか、飲まぬのか、あるいはグリードなりの第三案を新しく提示するか、というだけの問題じゃ。あくまでもグリードがガートルードとの交渉をせぬという姿勢なら、【セイレニア】の国民投票でガートルードとグリードの2人で白黒を着け、勝った方を我が承認すれば良いのじゃ。わかりやすかろう?」


「ぬぐ……」


「ノヒトよ。選挙の日程はいつにするのが良いかの?」

 ソフィアはワザとらしく私に訊ねました。


「いつでも構いませんよ」


「ふむ。ならば早い方が良いか……」


「お、お待ち下さいませ」

 グリード大統領は言います。


「何じゃ、グリード?」

 ソフィアは訊ねました。


「【セイレニア】は立憲君主制を基本的に受け入れさせて頂きます」

 グリード大統領は搾り出すように言います。


 どうやら勝負ありのようですね。

 そもそも交渉系最上位【能力(スキル)】の【天意(プロビデンス)】を持つソフィアが本気で首脳会談の調停役をやっているのですから、相当乱暴な調停方法でも粗方(あらかた)ソフィアの想定通りになるのですよ。


「ふむふむ。ではグリードは、ガートルードの【セイレニア】の名目上の国家元首たる女王への復位を認めるのじゃな?」

 ソフィアは質問しました。


「はい。実権を持たない立憲君主という立場であるならば、認めます」


「では、ガートルードの身体不可侵と、法律と条約批准への拒否権はどうじゃ?」


「法律と条約批准への拒否権は認めます。しかし法案提出権や議会への要求は認めません。身体不可侵に関しては基本的に認めます。もちろん私が関知する限りにおいて、ガートルード女王()()御身(おんみ)を害するような事は誰にもさせませんが、しかし私が窺い知れない刺客などに関しては防ぎきれない場合もあり得るかと」


「ガートルードの身体不可侵は、グリードが【セイレニア】の全国民を代表して無期限の【契約(コントラクト)】をすれば良かろう。その上で物理的にガートルードの身を守る優秀な護衛を、こちらで融通してやるのじゃ。ノヒト、【自動人形(オートマタ)】・シグニチャー・エディションをガートルードの護衛として何体か貸与してやって欲しいのじゃが?」

 ソフィアは私に話を振ります。


「わかりました。ミネルヴァに言って【自動人形(オートマタ)】・シグニチャー・エディションを【竜城】に10体送らせます」


「ガートルードよ。其方は異存ないか?」


「はい。細かな点は確認したいですが、大枠は基本的に異存ありません」


「うむ。細かな事は、この場にティアとアルフォンシーナを残して行く(ゆえ)、皆で詳細を詰めよ。我は戻るぞ」

 ソフィアは言いました。


 こうして【セイレニア】の国体を決めるという重大時はソフィアによって呆気なく道筋が定まってしまったのです。

 中々どうしてソフィアの手腕は確かでした。


 もちろんソフィアがガートルード女王からも、グリード大統領からも、水生人種の主祭神として(あが)(たてまつ)られているからなのですけれどね。

お読み頂き、ありがとうございます。

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・・・


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[一言] ソフィアがいなかったら数日単位で日数が掛かりそうな案件が多分数時間もせずにおわってしまった……
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