第96話。ソフィア航空による空の旅。
地魔法(応用編)
中位…削岩
高位…石化
超位…流星雨
……などなど。
昼食後。
私は、サウス大陸奪還作戦の会議に参加しました。
こちらの会議は、最高実務者会議という名称。
一切の政治色を排した、実務のみを主眼に据えた会議でした。
こういう意味のある会議なら、私とソフィアは、喜んで参加しますよ。
対して、政治家の連中がやっている無意味な時間の浪費は、戦略会議という名称です。
最高実務者会議の参加者は、私とソフィア、ゴトフリード王、剣聖、フランシスクスさん、クサンドラさん。
私が、個人的に信用する人達だけで行います。
「最新の情報では、連絡がつかない冒険者パーティ31組の内、2組の帰還が確認され、3組の全滅が確認されました。当該地域に入って連絡がつかない冒険者パーティは、残り26組160人です」
クサンドラさんが報告しました。
彼女は、世界冒険者ギルドのNo.2なのだ、とか。
残り、26組も、全滅して還らぬ人になっている可能性は、あり得ました。
それから、そもそも、現地の冒険者ギルドに無断で狩場に入っている冒険者がいる可能性もあり得ます。
現在、サウス大陸では、魔物が支配する領域、通称ノーマンズ・ランドに入る際には、必ず、現地の冒険者ギルドに行動計画を伝えなければならない、という規定があるのだ、とか。
これに違反しても罰則はありませんが、違反した場合、遭難などをしても、冒険者ギルドは捜索も救援もしない、という規定でした。
つまり、見殺しにされても、文句は言えない訳です。
なので、冒険者ギルドに保護責任があるのは、26組160人だけ、という事。
とはいえ、無断で狩場に入っている冒険者から、救援を求められたら、救援せざるを得ない、と剣聖は、言いますが……。
とにかく、あと2週間、冒険者ギルドは、行方不明状態の冒険者パーティを、全力で捜索をするそうです。
・・・
「ノーマンズ・ランドの状況を教えて下さい。特に、【ティオピーア】の現状は、どうですか?」
サウス大陸の東の国【ティオピーア】は、現在、首都を奪還し、その首都に立て篭って、魔物の攻撃から防衛している状況でした。
しかし、人種の側も、内紛のような状態になっていて、魔物に対してバラバラに抵抗している為に、かなり危ない状況にある、と聞いています。
サウス大陸の西の【オフィール】は、王家が【アトランティーデ海洋国】に避難し、その命脈を保っていた為、その王家の求心力の下、国軍を組織し、また、冒険者に相応の報酬を支払って雇い、国軍と冒険者が協力して、魔物に対抗していました。
一方、【ティオピーア】は、旧王家が絶えてしまっています。
そのせいで、国が纏まらず、国軍さえ編成出来ない状態にあり、現在、首都防衛は、傭兵ギルドに頼っていました。
傭兵って、何となくイメージが悪いのですが、傭兵ギルドは、別に悪い組織ではありません。
契約に基づき戦う民間軍事会社という訳です。
「【ティオピーア】は、我々冒険者ギルドと、傭兵ギルドの対立が深刻です」
クサンドラさんが言いました。
【ティオピーア】の傭兵ギルドは、都市城壁に戦力を貼り付けて、水際の防衛戦を展開しているそうです。
傭兵ギルドは、その防衛戦に、冒険者の参加を依頼しているのだ、とか。
「冒険者も、冒険者ギルドも、正規のクエストとして、依頼があれば、それに参加するのは、冒険者個人の自由だが、それを強制される筋合いはないし、まして不当に安い報酬でやれ、と言われても応じらる訳がない」
剣聖は、言いました。
冒険者は、ノーマンズ・ランドに出掛け、魔物を狩り、それが終われば【アトランティーデ海洋国】に戻ります。
それを、無責任だ、と傭兵ギルドは、批判しているそうですね。
しかし、冒険者の行動は、当然です。
冒険者が傭兵ギルドの募兵に応じて戦えば、傭兵ギルドから、他の傭兵達と同額の給料は支払われます。
しかし、傭兵ギルドから支払われる給料は、冒険者が納得する。適正な報酬額ではありません。
冒険者は、対魔物戦闘のエキスパート。
つまり、彼らの給料は高いのです。
「冒険者の給料を上げるか、さもなければ、都市防衛戦で討伐した魔物の素材を冒険者に優先的に与えるなどすれば良いのでは?」
私は、言いました。
「はい。西の国【オフィール】では、その方法で、冒険者を雇用しています。その事で、【オフィール】の政府や国軍と、問題は起きていません。むしろ、冒険者ギルドには、謝意を示してくれています」
クサンドラさんが言います。
「そりゃ、軍隊と傭兵の違いじゃろ。軍隊は、国家への忠誠で戦うのじゃ。傭兵は金の為に戦うのじゃ。傭兵を悪く言うつもりはないが、国を守る主力は、国軍でなければならんと思うのじゃ」
ソフィアが言いました。
【ティオピーア】でも、冒険者達に、高い報酬を支払い防衛戦力に組み入れようという動きはあったそうですが、現在、防衛戦を戦っている傭兵達から不平等だ、と批判があって出来ないそうです。
傭兵ギルドの言い分は、冒険者は利己的だ、というもの。
「ふざけるな。冒険者は、自己責任。死んだら1銅貨にもならない。そんな批判は、筋違いも甚だしい」
剣聖は、怒りを露わにします。
冒険者を都市城壁の防衛戦力に加えたければ、剣聖の言う通り、報酬を冒険者ギルドに公示して、クエスト依頼を出せば良いのです。
それを出来ない理由は、傭兵ギルドの内部事情なのですから、文句を言われる筋合いではありませんね。
今日の最高実務者会議は、終了。
うん、有意義でしたね。
明日、私とソフィアは、王都【アトランティーデ】から南に行った国境にある千年要塞から出撃する、という予定に決まりました。
剣聖は、私達と一緒に、千年要塞に向かい、現場の軍と冒険者の調整に当たってくれるそうです。
「これで、愚にもつかない政治の話から解放されるぜ」
剣聖は、清々したというような口調で言いました。
なるほど、私と同じ考えですね。
因みに、剣聖には、私に対して畏まった言葉使いをする必要はない、と伝えています。
ソフィアは、【ドラゴニーア】やセントラル大陸という国家や大陸を代表する存在なので、また、話が、ややこしくなって来るのですが、私は独立独歩の個人事業者で、国家を背負っている訳ではありません。
なので、どのような言葉使いであっても、私がそれを許可してさえいれば、何も問題はないのです。
「私も、前線に赴きたい。軍を指揮している方が、どれだけ気が楽か……」
ゴトフリード王が、ボソッと呟きました。
千年要塞へは、今夜、日付が変わる頃に、出発する事にします。
【神竜】形態に現身したソフィアに乗って行けば、ほんの1時間で到着するでしょう。
・・・
夕食後。
ソフィアは、入浴タイム。
スマホに着信がありました。
ハリエットからです。
私は、ファミリアーレのメンバーには、夜、自宅に帰ってから、スマホのメール機能で私とソフィアに、今日1日の出来事を報告するように指示していました。
このメールの文面を保存して、日記代わりにして、役立てて欲しい、という考えです。
ファミリアーレのメンバーは、今日から、午前中は、軍や竜騎士団に混ざって訓練を行っていました。
その指導内容などを記録しておく、という意味もあります。
皆、キチンと報告して来ていました。
約1名を除いて……。
ハリエットです。
ハリエットも、一応、報告は送って来ましたが、その内容は……。
今日は訓練をしました。
面白かったです。
の2行だけ……。
なので、私は、ハリエットに、通話でも構わないから、もう一度、今日の事を詳しく報告するように、伝えたのです。
その内容を、私が纏めて、後でハリエットのスマホに送ってやり、それをハリエットが、保存すれば良い、という状態にしてあげようという訳でした。
甘やかし過ぎ、とソフィアは言いますが、ハリエットは、少々、頭がアレな娘なので、過保護なくらい面倒を看てあげないと、将来が、とても心配です。
ハリエットが普通の女の子なら、こんな心配はしません。
例えば、ちょっと天然な可愛い女の子として、条件の良い結婚相手を見つけて幸せになる、などの人生設計でも良いでしょう。
しかし、ハリエットは、チュートリアルを経て、強化された【刀士】なのです。
これから、ますます強力な戦闘力を身に付けるに違いありません。
大きな力を持つ者には、大きな責任が伴うのです。
ハリエットが最低限の常識や品性や社会通念を身に付けないと、将来、どうなるか……。
私は、ハリエットが、将来、戦闘力だけの、世紀末覇王のようになってしまう事を危惧しているのです。
「ノヒト先生、そちらは、今何時ですか?」
「ハリエット、竜都【ドラゴニーア】と王都【アトランティーデ】に時差はありませんよ」
ハリエットは、何度説明しても、緯度と経度の違いが理解出来ません。
「あ、そっか。ははは……」
ハリエットは、笑って誤魔化しました。
「訓練はどうでしたか?初日だから、疲れたでしょう?」
「うん。それがね、何か、おかしいんだよ。私達、兵士さんよりも、竜騎士さんよりも、強いみたい。今日はね、第1軍のヨハネス将軍と10回立ち会って、2回勝ったよ。グロリアもアイリスもモルガーナも、そんな感じだった」
ハリエットは、言います。
ヨハネスさんは、NPCのレベル・クオリティでレベル40ほどでした。
ハリエットは、ユーザーのレベル・クオリティでレベル21。
レベル・クオリティは、単純計算で、ユーザーがNPCの2倍。
つまり、潜在能力だけなら、ハリエットは、ヨハネスさんと互角以上に戦えて不思議ではないのです。
もちろん、経験や熟練値は、ヨハネスさんの方が圧倒的に上回るからこその、立ち合いの勝率なのですが……。
おそらく、もう、何ヶ月かすると、ハリエットは、ヨハネスさんを完全に問題にしなくなるでしょう。
「将軍って、もっと手が届かないくらいに強い人達だと思ったよ。だからね、士官クラスの兵士さんでは、もう私達の相手は務まらないんだって。士官さん達は、何か【牙鼠】より弱いみたい」
ハリエットは、言いました。
「ハリエット。1対1は、あなた達より弱くても、彼らは、対人戦闘技術と集団戦の能力は高いのです。試しに、ファミリアーレと、軍の歩兵科の兵士とで、同数の集団戦をしてみればわかりますよ」
それは、レベルやステータスに現れない、経験や場数の部分です。
「うん。今日、訓練でやったよ。私達の陣形の乱れを突かれて、コテンパンに負けちゃった」
ハリエットは、言いました。
「そうでしょう。軍や竜騎士団との訓練を通して、彼らの技術や戦術を学ぶ事は、とても有意義です。軍や竜騎士団の厚意で訓練に参加させてもらえているのですから、一生懸命、学んで下さいね」
「はい、頑張ります。ノヒト先生も、お仕事、頑張って下さい」
ハリエットは、元気良く言います。
私は、通話を終え、今の会話の内容を報告書の形式に纏めて、ハリエットのスマホにメールで送りました。
この書式を雛形にして、ハリエットが自分で、まともな報告書を送って来るようになれば良いのですが……。
・・・
ソフィアが、お風呂から上がりました。
いつものように、腰に手を当てて、牛乳を一気飲み。
「ぷは〜。この一杯の為に働いておるのじゃ」
「ソフィア、少し仮眠しなさい。深夜に出撃しますからね」
「わかったのじゃ。おやすみ、なのじゃ」
ソフィアは、そそくさとベッドに潜り込みました。
すぐに、寝息が聞こえて来ます。
・・・
深夜。
「ソフィア、ソフィア……時間です。起きて下さい」
私は、ソフィアを起こしました。
「むにゃむにゃ……あと一つだけ食べたいのじゃ……」
そういう時は……もう、食べられない……と言うものでは?
ソフィアは、夢の中でも、欲しがりなのですね。
私は、思わず笑ってしまいました。
「ソフィア。寝ぼけていないで、出かけますよ。剣聖達が待っています」
「んー、わかったのじゃ。あわあ〜」
ソフィアは、顎が外れるほどの大アグビをします。
私は、その場に転移座標を設置して、部屋を後にしました。
・・・
【アトランティーデ】王城の中庭。
既に、フル装備の剣聖一行が待っていました。
見送りに、王家の面々もいます。
「ソフィア様、ノヒト様、ご武運を、お祈り致します」
ゴトフリード王が言いました。
「任せておくのじゃ」
「ありがとうございます。明日の夕方には、一度戻りますので」
ソフィアは、少し広い場所に歩いて行きます。
「クインシー、頼む」
ゴトフリード王が言いました。
「ああ、地味な調整役だがな」
「フランシスクス、しっかりな」
クセルシスクス公爵が言います。
「兄上、任務を果たしますよ」
ソフィアが、おもむろに服を脱ぎ始めたので、【自動人形】のディエチが、ソフィアの裸を隠すように、布で覆いました。
次の瞬間、ソフィアが【神竜】形態に現身します。
巨大化したソフィアは、ディエチを踏み潰さないように、優しく握っていました。
私とディエチで、ソフィアの背中に座席を据え付けます。
以前、ファミリアーレを乗せた時には、鉄骨を組んだだけのベンチでしたが、今回は、1人ずつ座席を作りました。
レーシングカーのシートのように、身体をしっかりと保持出来るような形状で、クッションが効いており、シートベルトも十字に身体を固定出来るようになっています。
「さあ、どうぞ」
私は促します。
「では、ソフィア様、失礼しますよ」
剣聖が言いました。
「うむ」
ソフィアが答えます。
剣聖は、地面と、ソフィアの身体を踏み、トントンとジャンプして、軽々とソフィアの背中に飛び乗りました。
さすが、剣聖。
大した身体能力です。
「ご無礼致します」
クサンドラさんも同じようにして、ソフィアの背中に飛び乗りました。
フランシスクスさんは、ディエチが抱えて【飛行】。
私も【飛行】で、ソフィアの背中に上がりました。
「シートベルトを締めて下さい。高高度を超音速で飛びます。もしも、怖い方は言って下さい。【睡眠】をかけますので」
「では、私は、お願いしようかな?」
フランシスクスさんが言います。
「わかりました」
私は、フランシスクスさんを眠らせました。
フランシスクスさんのシートベルトの状態を確認。
うん、問題なし。
さてと、行きますか。
ソフィアは、【飛行】と、翼の羽ばたきを併用しながら、離陸。
そのまま、ゆっくりと高度を上げて行きます。
やがて、地上に影響を及ぼさなくなった高度に達しました。
「行くぞ」
ソフィアは、言います。
ドンッ!
強烈な衝撃波の音を後方に置き去りにして、ソフィアは加速しました。
剣聖とクサンドラさんは、目を見開いて、唖然としています。
「あの、ノヒト様……私にも【睡眠】を……」
クサンドラさんは、青い顔で言いました。
「わかりました」
私は、クサンドラさんを眠らせます。
「お、俺は平気だ……このくらい……」
剣聖は、言いました。
「そうでしょうとも。天下の剣聖なのですから」
「と、当然……」
剣聖は、引きつった笑いを浮かべます。
・・・
1時間後、私達は、千年要塞の上空に到着しました。
ディエチがフランシスクスさんを抱え、私は、剣聖とクサンドラさんを抱えます。
ソフィアは、人化して服を着ました。
空中での着替えに苦戦したものの、何とか着替え、そのまま、地上に降下します。
私は、フランシスクスさんと、クサンドラさんを目覚めさせました。
「クイン伯、とりあえず、転移座標を設置したいのですが、どこか人の立ち入らない専用の部屋を用意してもらえませんか?」
「あ、ああ、なら、要塞の主塔の上が良い。あそこは、王家以外は立ち入り禁止だからな」
剣聖は、青白い顔で言います。
私達は、千年要塞に足を踏み入れました。
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