第956話。ゲームマスター本部正式暗号?
【フェンサリル】の市街地。
相変わらず私とトリニティは両側からカルネディアの両手を繋いで歩いていました。
私の【超神位】に依拠する【常時発動能力】と、トリニティとカルネディアが指に嵌めている【アンダー・カバー・リング】による【認識阻害】の効果によって傍目から私達は本物の親子と見えているらしく、行き交う人達が皆微笑ましい様子で私達を見ています。
時には年配の女性などから……お嬢さんは可愛いですね?幾つですか?……などと声を掛けられる事もありました。
「イタリア、女の子、猫、豚、手……」
カルネディアは、ご機嫌で私とトリニティと繋いだ両手をブンブンと振りながら、何だか良くわからない歌のようなモノを口ずさんでいます。
子供って時々意味不明な作詞作曲をする事がありますよね。
「カルネディア。その歌(?)は何ですか?」
「ママに習ったの。大切な事だから必ず覚えるように……って」
カルネディアは答えました。
大切な事?
「トリニティ?」
私はトリニティに事情を訊ねます。
「カルネディアを寝かし付ける際に寝物語の代わりとして、ゲームマスター本部で使われている正式暗号を教えたのです」
トリニティは言いました。
「ゲームマスター本部の正式暗号?何ですか、それは?」
私は、そんなモノを知りません。
「マイ・マスターが考案され導入したという暗号だとミネルヴァ様が仰っていたのですが?Aがアルファ、Bがブラボー、Cがチャーリー、Dがデルタ、Eがエコー……というアルファベットのフォネティック・コードと、1がイタリア、2が女の子、3が猫、4が豚、5が手……というスモルフィア・ナポレターナをベースの乱数表にするという暗号システムです」
トリニティが説明しました。
あ〜、アレですか……。
今ようやく思い出しましたよ。
フォネティック・コードとは軍隊の命令や、航空・船舶の管制誘導指示など重要で誤認が許されない状況において、音声が周囲の騒音や無線ノイズで聞き取り難い時に、アルファベットの文字1つ1つを聞き間違えようがない誰でも知っている名詞に置き換えて伝える事で、命令や指示に正確を期する目的で使われる符丁や無線通信における呼出符号の事を指します。
例えば……地図上のAD99の地点を爆撃しろ……と伝達する場合……A、D、9、9……と言えば誤認なく正確に伝えられる訳ですね。
スモルフィア・ナポレターナとはナポリ数字とも呼ばれ、イタリア南部のナポリなどで昔から利用されている1から90までの数字1つ1つに固有の意味を持たせたモノです。
この数字に意味があるスモルフィア・ナポレターナは、トンボラ・ナポレターナと呼ばれるナポリ周辺地域の伝統的なビンゴ・ゲームや、夢占いなどに使われていました。
一説にはスモルフィアは眠りを司る女神の名前と云われていて、スモルフィアは夢で御告げをくれるとされているのです。
なのでナポリなど南イタリアの人達は、数字指定式の宝クジであるロトを購入する際などに夢に見た内容を数字に置き換えて験担ぎをする事が多いのだとか。
例えば、前日に夢でイエス・キリスト(33の数字が割り当てられている)と、聖アントニオ(13の数字が割り当てられている)と、女性のおっぱい(28の数字が割り当てられている)と、ギターの中のイカ(67の数字が割り当てられている)が出て来た場合……33、13、28、67……の番号のロトを買えば当たる(かもしれない)という具合に。
しかしですね……67の数字を表徴する……ギターの中のイカ……って何なのでしょうか?
こんなピンポイントの夢を見ますか?
ギターでもイカでもなく、ギターの中のイカ……。
意味がわかりません。
話を戻しましょう。
私は、その昔フォネティック・コード(NATO式)と、スモルフィア・ナポレターナ(ナポリ数字)をアルファベットと数字として組み合わせてゲームマスター本部正式暗号のベースとなる乱数表に使用する事を決定したのです。
「アレは、何というかノリと勢いで適当に決めただけなので、実際に暗号として使われた事はありません。基本的に【念話】や、この世界での【スマホ】……つまり魔法通信技術は完全な秘匿性が担保されています。良く考えてみれば平文で問題がないので、そもそも暗号化などは必要ないのです」
私は事の顛末を説明しました。
アレは私が厨二病的思い付きで導入を決めたものの、必要がないので過去1度もミネルヴァや他のゲームマスター達に使われた事はありません。
そればかりかアレを考案した張本人の私だって全く使った事がないので、トリニティに言われるまで存在自体を忘れていましたよ。
アレは言わば中年の癖に厨二病を患った私の黒歴史そのもの。
封印された暗黒面だったのです。
「そうなのですか?カルネディアは、もうフォネティック・コードとスモルフィア・ナポレターナを全て覚えてしまって、実際の暗号文作成や暗号解読法を教えている段階なのですが……」
トリニティは言いました。
「アレを覚えても使い所はないでしょうが、一応フォネティック・コードとスモルフィア・ナポレターナは私が考えたモノではなく、地球には元からあるモノなので、一般常識として覚えておいても……いや、役に立たないトリビアとして覚えてしまっても、差し当たって特に実害はありません」
「そうですか……。しかし、例えばカルネディアが何者かに拉致され魔力を封じられスマホも取り上げられ監禁された時などの万が一の事態に、犯人に悟られず秘密のメッセージを残す必要などが生じた場合には役に立つかもしれませんので、一応ゲームマスター本部正式暗号は教えておきます」
そんな特殊な状況が起こりますかね?
まあ良いでしょう。
・・・
目的もなく【フェンサリル】の街を歩いていましたが、ボチボチ時間がなくなって来ました。
帰りも行きと同じ時間を費やすと仮定するなら、ここら辺りで折り返さないといけません。
ホテルまで戻るのは【転移】で一瞬ですが、せっかく歩いて来たので帰り道も歩いてみる事にします。
とりあえず今まで歩いて来たメイン・ストリートの歩道を反対側に渡って引き返す事にしました。
とはいえ大通り沿いの店舗は両側共に【遠隔視】でチェックしていたので、興味を惹かれる面白そうな場所は特にない事がわかっています。
ならば1本脇道に逸れてみるのも一興かもしれません。
ラノベなどのテンプレートで言えば、物見遊山の観光客が裏道を歩くとチンピラに絡まれる……というフラグが立ちそうですが、【ミズガルズ】を始め大国【ユグドラシル連邦】加盟国は都市内であれば大概治安が良いので危険な事はないと思います。
まあ、仮に絡まれても私とトリニティがいれば誰に襲撃されても問題が起きよう筈もありません。
私達にとってはチンピラからの絡まれイベントでさえ、旅の思い出になる程度の些末な出来事ですよ。
それに私達には【ミズガルズ】政府の衛士隊などが私服に着替えて警護の為に付いて来ていますしね。
【真祖格】持ちの【ゴルゴーン】で、現在レベル50のカルネディアだって、人種NPCの中に入れば強者側でした。
たぶんカルネディアは【神竜】の復活を記念する世界武道大会に優勝したペネロペさんと戦っても良い勝負をするでしょう。
カルネディアがサバイバルを生き抜いて来た森の中などの有利な環境下ならば、カルネディアがペネロペさんはもちろん、当代の勇者ピルエット・ルミナスですら圧倒する可能性もあります。
いや、ペネロペさんはチュートリアルを受けていますが、ピルエット・ルミナスはチュートリアルを受けていません。
だとすると現状ペネロペさんはステータス上は、ピルエット・ルミナスより強くなっています。
もちろん、この世界での戦闘は様々な要素が複雑に相互作用し合って勝敗に影響を及ぼすので、レベル差などのカタログ・スペックでは単純に強さを比較出来ないのですけれどね。
一応ステータスだけを鑑みれば、ペネロペさんは勇者であるピルエット・ルミナスより強い訳です。
ふむふむ。
もはや勇者の称号は形骸化してしまったのではないでしょうか?
まあ、そもそも勇者の称号は、運営が窺い知れない状況で人種NPCによって勝手に創作された設定ですので、私にとってはどうでも良い事です。
閑話休題。
仮にチンピラに絡まれて私達が暇潰しに制圧しても、後始末は陰ながら警護している【ミズガルズ】政府関係者に任せて丸投げにしてしまえば良いので面倒ですらありません。
「トリニティ、カルネディア。ここから裏通りを歩いて帰りましょう」
「仰せのままに」
「うん、わかった」
トリニティとカルネディアは頷きました。
私達が裏通りに入ると……別に何も起きません。
【マップ】の光点にも敵対反応はなし。
目下何もやる事がないので、少しだけですが絡まれるなどの不穏当案件の発生を期待している自分がいます。
いかん、いかん……。
素直に平和な日常を喜ばなくてはいけません。
・・・
裏通りはメイン・ストリートと比べて、多少毛色が違う雰囲気でした。
やはりというか何というか……酒場や、お金を払ってお姉さん達とお酒を飲みながらお話をしたり、お金を払ってお姉さん達と“自主規制”するような類のお店が多いようです。
私は別に、こういう大人のお店をカルネディアのような子供の目に触れさせる事に忌避感はありません。
もちろん自分の子供が、お店の中にお客や従業員として出入りするというのなら、それは別問題ですし、そういう業態で何が行われているのかを逐一詳しく子供に説明する必要もないでしょう。
そういう事は大人が教えなくても、ある年代になれば仲間内の情報交換で知ってしまうのですから。
大人のお店の中で何が行われているかを知っていても知らなくても、理由の如何に拘らず違法ではない特定の職業を忌避する根拠がない……と言っている訳です。
酒場だろうと娼館だろうと、肉体労働だろうと兵隊だろうと、ドブさらいだろうとゴミ拾いだろうと、合法的な職業に貴賎や優劣や善悪なんかはありません。
奴隷などとして強制的に働かされているのでない限り、私は仮に猥雑で如何わしい業態であっても、それが国際法に反するモノではなく、その国や地域で違法でないなら全く問題ないと思います。
むしろ水商売や性風俗業態を大人が忌避して子供の目に触れさせないようにする事の方が不自然で不健全だと思いますよ。
そのように在りのままの社会の現実を意図的に見えないようにして情報を遮断し、結果子供達を腫れ物に触るようにして育てれば、きっと、その子供達は大人が偏見を持つ特定の業態に携わる人達に対して同じように偏見を持ち職業差別をする大人に成長してしまうと思います。
まあ、当然個人差はある筈ですので、十把一絡げで一概には言えませんが……。
子供の頃から大人に特定の職業を差別的に扱う事を教えられて大人になった人物は、謂れない偏見に基づいて差別する特定の職業に就く人の家族も差別対象にするかもしれません。
あの人の親は〇〇だから……というように。
親の職業は子供の人格には全く関係ないのにです。
そうなると、その人物は、もはや完全な差別主義者に他なりません。
こうして、ある特定の事象に対する差別や偏見というモノは、その周辺にも差別や偏見のフィルターを広げる傾向があるという学説があるのだとか。
つまり特定の差別を是認する人物は、その他の差別についても是認する偏った人格になりがちだという事なのでしょう。
そして、おぞましい差別主義の萌芽は、大人から子供に受け継がれ、もしかしたら周囲の人達にまで差別を是認する風潮を伝播させるかもしれません。
恰もゾンビに噛まれた人間が次々にゾンビ化するような状況です。
恐ろしいですね。
まあ、この世界の【ゾンビ】などの【不死者】は設定上感染的に増えたりしませんが……。
ともかく此処【フェンサリル】がある【ミズガルズ】を含めて【ユグドラシル連邦】では憲法により奴隷制が明確に禁止されていました。
その上で、水商売や性風俗業態が合法的な職業として認められています。
であるならば基本的人権と職業選択の自由に基づいて、全ての合法的な職業は差別されるべきではありません。
私はカルネディアにも、そのように教えるつもりです。
養子縁組によって私の子供になったカルネディアを、私は差別主義者にはしたくありませんので。
これは私の両親が行った教育の結果、私が身に付けた私の個人的な考えなので、他所様の家庭の教育方針に口出しするつもりは毛頭ありませんけれどね。
おや、ここは?
私は一軒のお店に興味を惹かれました。
食べ物屋です。
ジュージューという脂が焼ける音と共にモクモクと煙を上げる何らかの物体。
肉のようです。
このお店に目が止まった理由は、大人向けのお店が並ぶ裏通りには似つかわしくないと思える子供達が大勢働いていたからでした。
【グリルド・モツ】。
それが、このお店の屋号です。
グリルド・モツ……つまり、モツ焼き(ホルモン焼き)のお店ですね。
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