第954話。バルク・エキメキ。
本日2話目の投稿です。
【フェンサリル】市民公園。
私達は【フェンサリル】の公園内にあるスナック・スタンドにやって来ました。
ふむふむ、ホット・ドッグに見えたモノは、どうやらバゲット・サンドだったようです。
スナック・スタンドでは恰幅が良い優しそうな中年の店主が調理と接客を1人でこなしていました。
バゲットに挟まれる具材は、定番のソーセージを始め、パストラミやケバブ、それから肉や魚のフライと色々な野菜などがメニュー・イラストで表示されてありますが、希望すればお客の好みに合わせて挟む具材は自由にカスタマイズしてくれるのだとか。
【フェンサリル】は海に面した都市ですから、是非新鮮な魚を挟んだフィッシュ・サンドを食べてみたいところです。
それに、この香……。
遠目から見た限りではわかりませんでしたが、スタンドの近くまで来ると魚が焼ける良い香が辺りに漂っています。
スナック・スタンドの厨房で今正にグリルで焼かれている魚の正体は……鯖。
脂が乗って丸々太った鯖の半身がグリルで焼かれて、焼き網から脂が滴り、熱源に触れて……ジューーッ!……と音を立てて蒸発し、その瞬間煙と共に食欲を掻き立てる暴力的な香が立ち昇ります。
つまり、この鯖はバゲット・サンドの具材になるのでしょうね。
私は迷わず鯖サンドを注文しました。
トリニティとカルネディアも私と同じ鯖サンドを頼んでいます。
何しろ、この香ですからね。
鯖嫌いや鯖アレルギーでもない限り、焼き鯖の香が充満する、この場で鯖サンド以外を頼めるような者は捻くれ者ですよ。
店主によると、たまたまバゲット・サンドに挟む鯖を纏めて焼いて仕込んでいるタイミングだっただけで、ここのスタンドでは1日中鯖を焼いている訳ではないそうです。
なるほど。
それもまた、巡り合わせ。
これは鯖サンドを食べるしかないでしょう。
トッピングはどうしますか?……と店主に訊ねられたものの良くわからなかったので、お店オリジナルのオーソドックスな具材を挟んでもらう事にしました。
軽く炙るようにして加温されたバゲットを横一文字に切り、片方の断面にバターを、もう片方の断面にマスタード・マヨネーズが塗られ、塩胡椒で焼かれた脂が乗った鯖と一緒に挟まれたのは、レタスとタマネギとトマトのスライス。
そこにレモンをタップリ絞って食べるのが、オーソドックスな鯖サンドなのだそうです。
これはトルコ・イスタンブール名物の……バルク・エキメキ。
バルクは魚、エキメキはパンの意味です。
このスナック・スタンドでの商品名も同じでした。
つまり、900年前にユーザーが伝えたメニューとレシピなのでしょう。
私達は、焼き立て熱々の鯖サンドを受け取り、スナック・スタンドの脇にある簡易テーブルで早速齧り付きました。
くぅ〜っ、美味い。
これこれ、こういうヤツ。
高級ホテルの高級な料理も美味しいですが、私は、こんなファスト・フードも好きなのです。
トリニティとカルネディアも鯖サンドが口に合ったのか、笑顔で頬張っていました。
鯖の半身を丸ごと挟んだモノなので量が多いのですが、これは1つペロリと行けてしまいます。
もう1つ……いや、沢山買っておきましょうか?
ソフィアへの、お土産にしましょう。
【収納】に入れておけば、いつでも熱々の鯖サンドが食べられますからね。
ケバブ・サンドやバゲット・ホット・ドッグも美味しそうです。
「おはようさんっ!」
箱を載せた台車を押してスナック・スタンドに若い男性がやって来ました。
「おはよう」
スナック・スタンドの店主が台車を押す男性に応対します。
台車を押して来た男性は、勝手知ったるお店とばかりにスナック・スタンドの厨房の扉を開くと、運んで来た箱を冷蔵庫に入れ始めました。
どうやら台車を押して来た男性は、このスナック・スタンドの出入り業者のようですね。
台車に載せられていた箱には、氷と魚が詰まっていました。
所謂トロ箱ですね。
つまり若い男性は魚屋さんで、スナック・スタンドで使われる鯖などの鮮魚を配達に来たのでしょう。
「イレネオ。聞いたか?3日前に例の【パディー・フィールド・サイド】の【スポーン・オブジェクト】が攻略されて、訓練生達が帰還したらしい」
若い魚屋さんが、スナック・スタンドの店主に言いました。
つまりスナック・スタンドの店主の名前は、イレネオさん。
「ああ、そうかい。そりゃ〜良かった」
イレネオさんが言います。
「いや、無事に帰還したのは後から捜索に入った連中の方だ」
「えっ?つまり……」
「ああ。どうやら行方不明になっていた2組のパーティの中からは残念ながら犠牲者が出ちまったようだ」
「本当か?あの【スポーン・オブジェクト】は【中位級】だから、【スカアハ訓練所】の訓練生達なら死ぬまでの危険はない……って話だったじゃないか?」
「運が悪かったんだろうさ。パーティとの戦力比較で相対的に難易度が低いと推定される【スポーン・オブジェクト】でも、体調不良とか油断とか不運とかで思いもよらない事故が起きたり不覚を取る事はある。勇者を目指す若者達の訓練は厳しい。気の毒だが、こういう悲劇的な事もあるさ」
「まだ若いってのに可哀想に……。で、犠牲になったのは誰なんだ?」
「確か【グース・バンプス】ってパーティのメンバーだとか言ったかな?」
「何だって?【グース・バンプス】って言えば、聖少女様がいるパーティじゃないか!?まさか……」
「いや、聖少女様は無事だそうだ。犠牲者は【グース・バンプス】の【戦術家】らしい。【戦術家】ってのは戦闘向きの【職種】じゃないからな……可哀想に」
「何だって!?」
「どうした?」
「【グース・バンプス】の【戦術家】って言ぁ……ジョヴァンニの事じゃないか!?」
イレネオさんが大きな声で言いました。
「ああ、確かそんな名前だったかな……。知り合いかい?」
「知り合いも何も……ジョヴァンニは、ウチの町や隣町で色んなトラブルを無償で解決してくれた恩人だぜ。ウチの町の連中はみんなジョヴァンニに感謝している……。そうか、ジョヴァンニの奴が死んじまったのか……。アイツは知恵は回るが、腕っ節はからっきしだから……戦闘中は、なるべく味方の背後に隠れていろ……って忠告しておいたんだがな……。ウチのカミさんや婆様もジョヴァンニを、とても気に入っていたから……死んじまったと知ったら悲しむだろうな」
「そうかい。それは惜しい奴を亡くしちまったな……」
「ああ、全くだ……」
何やら若い魚屋さんとスナック・スタンドの店主イレネオさんの雑談は、気になる話題でしたね。
「あのう……【スカアハ訓練所】の訓練生が亡くなったのですか?」
「あ、ああ、そうなんですよ」
魚屋さんが頷きます。
「それは又どうして?【スカアハ訓練所】にある【スポーン・オブジェクト】は死亡しても入口で復活出来る仕様の筈では?」
「いいや、訓練生達が遭難したのは訓練所内の【スポーン・オブジェクト】じゃないんですよ。【フェンサリル】から西に向かった所にある【パディー・フィールド・サイド】って町の近郊にスポーンした【スポーン・オブジェクト】なんです。ここいらでは【スカアハ訓練所】の訓練生達が実戦演習も兼ねて、近くにスポーンした【スポーン・オブジェクト】を攻略する事があるんですけどね。今回もいつものように【パディー・フィールド・サイド】の【スポーン・オブジェクト】の攻略に向かった訓練生達の2パーティが、運悪く事故に巻き込まれたんです。それで訓練所から他の訓練生達のパーティと教官達も出動して救出作戦が行われたんですが、1人が犠牲になっちまったそうで……。そいつが、このイレネオの知り合いだったんだそうですよ。まあ、【スカアハ訓練所】の訓練はガキの遊びじゃなくてシビアなものですから、こういう事も稀には起こります」
魚屋さんが説明しました。
なるほど。
確かにスナック・スタンドの店主イレネオさんと魚屋さんの会話では…… 事故が起きたのは【中位級】の【スポーン・オブジェクト】……だと言っていました。
【スカアハ訓練所】にある【経験値迷宮】は【超位級】だと聞いています。
レベル・カンストのユーザーであっても【中位級】の【スポーン・オブジェクト】と言えど、油断して【罠】にハマったり、味方のデッキ構成が敵の対抗だったりすれば、呆気なく死亡してしまいますからね。
レベルが低いNPCなら尚の事、【中位級】の【スポーン・オブジェクト】は決して簡単ではありません。
今【スカアハ訓練所】には【レジョーネ】と【ファミリアーレ】が見学と体験入所に向かっています。
そんな遭難事故が起きた時に、お客を迎えなければならなくなって【スカアハ訓練所】には迷惑だったかもしれません。
カリュプソ……そちらで訓練生の遭難事故について何か説明を受けていますか?
私は【スカアハ訓練所】の方に向かったカリュプソに【念話】で訊ねました。
はい……2週間前に外部の【スポーン・オブジェクト】に実戦演習に向かった訓練生の2パーティが予定日に帰還しなかったそうです……その後救出作戦が行われて、生存者が保護され、件の【スポーン・オブジェクト】は攻略され消滅したとの事……1名犠牲者が出てしまったのは残念ですが、こうした事故は起こる事もあるそうで、私達の見学や体験入所の予定には問題ないそうです。
カリュプソは【念話】で説明します。
そうですか……わかりました。
私は【念話】で伝えました。
「お客さん達は、観光で来られたんですかい?」
スナック・スタンドの店主イレネオさんが訊ねます。
「はい。【竜都】から旅行で来ました」
「そうでしたか?どおりで都会的な上品な立ち居振る舞いをしていると思ったんですよ。【フェンサリル】は地方都市ですし、私らは漁師町の生まれなんで品が悪いから……」
「ありがとうございます」
私はイレネオさんのお世辞に一応お礼を言いました。
「お客さん達も、これから浜に行って地引き網ですか?」
「地引き網?いえ、特に予定はありません。ブラブラ散歩をしているだけです」
「おや、【フェンサリル】では観光客の方に地引き網が人気なんですよ。このヘルマンの実家も老舗の網元です」
イレネオさんは、若い魚屋さん……改めヘルマンさんを指して言います。
「なるほど。ヘルマンさんは魚屋さんの配達ではなく、網元……つまり漁師さんだったのですね?漁師さんから活きの良い魚を直接仕入れているから、ここの鯖サンドは美味しい訳です」
「いや〜、大都会の【竜都】から来た方に褒められたら嬉しいですね」
イレネオさんが朗らかに言いました。
「網元は親父です。親父と兄貴が漁師をしていて、お袋と兄嫁が実家兼店舗で獲れた魚を売っています。そして俺は、お得意様に魚を配達して回っています。なので俺は魚屋の配達で間違いないですよ」
ヘルマンさんは笑って言います。
「そうでしたか」
「旦那さん。ウチも午後から船を出すんで、もしも良かったら地引き網に参加して下さいな。参加料金は、お一人様5銅貨で、こちらのお嬢さんみたいに初等部生以下のお子さんは参加無料です。取れた魚は、その場で分けて持ち帰れますよ。大体30cmくらいの鯵なら1人5尾くらいは持ち帰れます。運が良ければ、ノドグロなんかも網に入りますね。もしも運悪く網に魚の入りが悪くて坊主(漁果が芳しくない場合)でも、代わりに干物なんかをタダでお土産にお渡ししますので絶対に損はさせませんよ」
ヘルマンさんが地引き網に誘ってくれました。
「5銅貨(500円相当)ですか?30cmの鯵やノドグロ?漁が空振りでも干物が貰える。それでは料金が安過ぎませんか?」
30cmの鯵なんて高級ブランドの関アジ並の大きさです。
それに高級魚のノドグロが獲れるかもしれないなんて……。
それで参加料金5銅貨なら安過ぎます。
「ああ、地引き網は観光促進イベントですから、地元の自治体や商工会からウチら地引き網を仕切る漁師には補助金が出ているんですよ。なので、観光客の皆さんは損をしない仕組みなんです」
ヘルマンさんは日焼けした顔から白い歯を見せて……ニィッ……と笑いました。
なるほど。
「では、是非参加したいですね」
「なら、午後3時に浜に来て下さい。【幸福丸】ってのがウチの屋号で、浜に来てくれればわかるようになっています。本来なら事前に予約を頂くところなんですが、今回は特別に参加を受け付けます。料金の徴収は、その時で結構ですから……」
ヘルマンさんは言います。
その後ヘルマンさんは空になったトロ箱を台車に載せて押して立ち去りました。
私は、ソフィアへのお土産として大量のバゲット・サンドを何種類も買って【宝物庫】に回収してからスナック・スタンドを後にします。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。




