第953話。【フェンサリル】を散策。
【フェンサリル】の市街地。
トリニティはカルネディアを……将来的にゲームマスター代理代行にしたい……と言い、私は……可能性の1つとして、それも考慮に入れてカルネディアを教育する事……の許可をトリニティに与えました。
「……それで、カルネディアの具体的な教育方針としては【近接防空】を熟練させて、個体あるいはパーティの近接防御を担う役割の戦闘職にするのが最適かと。そうしてカルネディアが【近接防空】によって自軍の遠隔攻撃を担う【魔導士】部隊の戦列や攻撃陣地を守る訳です」
トリニティは言います。
ん?
【近接防空】?
トリニティは何を言っているのでしょうか?
トリニティの話は……カルネディアをゴリゴリの戦闘職に仕立てよう……というふうに聞こえます。
聞こえる……というか完全に、そのつもりなのでしょうね。
ゲームマスター本部の現場職員は査察や取締りに際して対象から抵抗や攻撃に遭えば、自衛や対象の捕縛の為に実力行使に及ぶ可能性もあるので、対象を殺さずに制圧出来る程度の他を圧する戦闘力を持つ事が望ましいですが、とはいえ、それは必須の能力ではありません。
強制査察などは【コンシェルジュ】や【神の軍団】に任せてしまえば良いのです。
それでも対象の戦闘力が高く、また抵抗が激しくて手に余るようなら、私やミネルヴァの分離体やトリニティが出動すれば何も問題はありません。
【神格者】や準【神格者】に勝てる査察対象など、この世界には存在しないのですから。
私はトリニティにカルネディアをゲームマスター代理代行として育成する許可を出しましたが、別にカルネディアを一騎当千・万夫不当の絶対強者などにしなくても良いのです。
ゲームマスター本部内から遠隔で現場の【コンシェルジュ】チームを指揮したりなど、幾らでも仕事のやり方はありました。
何しろ、ゲームマスター本部の最上位管理者であるミネルヴァだって、私が異世界転移して以降、空アバターを回収するまではフィールド・ワークが行えない純粋頭脳労働職だったのですからね。
カルネディアを本部詰めのスタッフにしても良い訳です。
むしろ私はカルネディアを前線戦力としてより、後方の本部において頭脳労働が行えるオペレーターや情報分析官や事務方として育成する事を想定していました。
「それはカルネディアの教育方針の話ですよね?」
「はい」
「教育方針という話ならば、まずは初等部に通わせ、その後に中等、高等、大学と進学させて大学院……文系か理系か、学部はどうするか?などという意味なのかと……」
「学術に関しては、どうとでもなります。【魔人】は個体差こそあれ、種族的に押し並べて知性が高いので、学術分野の知識は然程苦労なく習熟するでしょう。それより先に何を置いても、まずは戦闘です。【ゴルゴーン】は【魔人】の中でも魔力量が多く魔法制御能力が高いですし、また弓や銃などの遠隔攻撃の【照準】にも優れるので【範囲攻撃】型の魔法戦闘職、その発展型である【広域殲滅魔法職】を目指すのがセオリーとされています。しかし【ゴルゴーン】の種族特性は【近接防空】にこそ最大の強みを発揮出来ると思います。カルネディアに高い能力を獲得させるなら、指導を始めるのは、なるべく早い方が良いかと……」
トリニティは言います。
カルネディアを前線戦力に組み込む事はともかく、トリニティの考察は【ゴルゴーン】の種族特性上、一応理に適った話ではありました。
「【ゴルゴーン】にはピット器官による多目標同時捕捉能力があるから……ですね?」
「仰る通りです」
ピット器官とは爬虫類などが持つ赤外線感知器官の事で、ピットとは……凹み……を意味します。
蛇には夜行性の種類がいて、それらの種類では口先や頬などにある孔や凹み状のピット器官により視覚が役に立たない夜間にも、小型恒温動物が放散する赤外線によって獲物を探知する事が出来ました。
つまりピット器官を使えば目を覆われても獲物を追跡して狩を出来るのです。
カルネディアは【ゴルゴーン】でした。
周知の通り【ゴルゴーン】は頭髪が蛇になっています。
この蛇の髪の毛は単なるキャラクター・デザインとしてだけでなく、実際に蛇としての特性を持ち、それぞれが独立して動き、また全ての蛇の頭にピット器官を持っていました。
つまり【ゴルゴーン】のカルネディアは、沢山の頭部の蛇達を独立して動かし、それぞれを多数の赤外線センサーとして働かせる事が可能なのです。
カルネディアは【老婆達の森】で孤独なサバイバルを生き抜いて来ました。
幼いカルネディアが生き残れた理由は、彼女が暮らしていた【老婆達の森】が植物や木の実やキノコや動物や魔物など食糧が多い豊かな森であった事と、カルネディア自身の戦闘力が比較的高かった事と、【老婆達の森】の【領域守護者】であった【グライア】達が森に生息する強大な魔物を適宜間引いてくれていた事も関係していますが、おそらくカルネディアの頭髪が蛇でありピット器官によって暗く視界が通らない森の中でもカルネディアの周辺探知を助けていた為だと推測出来ます。
また蛇の頭は、それぞれ独立して運用可能ですが、全てがカルネディアによって統合管理されてもいました。
つまりカルネディアの魔力を髪の毛の蛇達に使わせれば、赤外線探知だけでなく、【魔力探知】にも応用可能でしょう。
トリニティは……カルネディアがピット器官による多目標同時捕捉能力と、【照準】能力を訓練によって強化し実戦で駆使すれば、あたかも地球の軍用艦船の近接防空火器システムのように利用出来る……と言っている訳ですね。
まあ、論理的に妥当な帰結ではあります。
しかし私はカルネディアを、そんな危ない前線任務に就かせたくありません。
カルネディアが成人して将来の目標を自分で決められる段階になれば、彼女が何を目指すのも職業選択に伴う自由意思の問題ですが……。
カルネディアは未だ幼い子供です。
私は大人が子供の将来を考えてレールを敷いてやる事も時には必要だとは思いますが、それは将来の選択肢を増やす方向性であるべきだと考えていました。
大人が子供の将来の選択肢を狭めたり、1つの選択に決め付けるのは、どうかと思います。
その将来の選択肢を増やす意図で保護者が子供の将来を考えて習い事をさせたりするのは普通の事かもしれませんが、その習い事の内容が……戦闘……だなんて聞いた事がありません。
不穏当過ぎますよ。
まあ、この世界には魔物という強力な敵性個体が無数にスポーンするので、日本はもちろん地球の紛争地帯などと比べても更に殺伐としています。
なので、ある程度身を守る手段を覚えておく必要がある事は否定しません。
しかし、それも程度問題だと思います。
少なくとも、まだ幼いカルネディアの将来を戦闘職に限定して、今から訓練を始めなくても良いのではないでしょうか?
地球の人間は大人になってから後天的に知能指数や身体能力を何倍にも向上させる事は不可能ですが、この世界には地球にはないレベルや経験値や熟練値という仕様があり、大人になってからでも知能や身体能力などの基礎能力を大幅に伸ばせます。
またカルネディアの種族である【ゴルゴーン】は、寿命がないタイプの【魔人】でした。
なので戦闘力や戦闘技術を磨く必要があれば、大人になったカルネディアが自分の意思でやっても遅くはないのです。
私は世の中には戦闘技術以外にも学ぶべき事が沢山あると思いますよ。
特に子供達には……。
例えばドグマや利害関係がない同年代の友達を作ったりとかですね。
チーフ……私もトリニティに同意します。
ミネルヴァが【念話】で伝えて来ました。
あ、そう。
ゲームマスター本部の最上位者3名での多数決なら、トリニティとミネルヴァが賛成、私が反対で2対1ですね……。
「カルネディア。トリニティとミネルヴァは、あなたを訓練して……戦う力を与えたい……と言っています。その訓練は相応に厳しいモノになるでしょう。しかし私は……そこまでする必要はない……という考えです。あなたは、どうしたいですか?」
私はカルネディア本人の意向を訊ねました。
「私はママみたいに強くなって、お父様の役に立ちたいです」
カルネディアは澄みきった眼差しで言います。
今回はトリニティが【念話】で入れ知恵した訳ではなく、カルネディアが自分の言葉で希望を話しました。
「あ、そう。……わかりました。では、戦闘力も含めカルネディアの能力を覚醒させる事を目指して教育する事を許可しましょう。ただし、カルネディアは戦闘力偏重ではなく学術や社会性も幅広く学習させる事を付帯条件とします。なので、当初の予定通り年明けからカルネディアには【竜都】の学校に通ってもらいますよ。また原則として私はカルネディアに大学まで卒業してもらいたいと思います。それから戦闘訓練は、カルネディアが成人するまで毎日最長で2時間までとします」
「はい。わかりました」
カルネディアは屈託なく頷きます。
「仰せのままに……」
トリニティは少し残念そうに承諾しました。
トリニティとしては1日の大半を戦闘訓練に充て、カルネディアを戦闘職として重点教育したかったのでしょうね。
そうは問屋が卸しません。
トリニティが教育ママとしてカルネディアを英才教育すると絶対にヤバい事になりそうな気がします。
カルネディアが脳筋馬鹿の戦闘狂にならないように、私がバランスを取らなければいけません。
・・・
私達は目的もなくブラブラと【フェンサリル】の街を歩いていました。
せっかくの旅行なので何か観光らしい事をしようかと考えましたが、本来今日は予備日だったので特に予約などがありません。
【フェンサリル】名物を食べ歩く……というような自主的なグルメ・ツアーも有りですが、私達は今し方朝食を食べたばかりです。
ソフィアとは違って私達の胃袋は、亜空間の無限容量ではありません。
名所旧跡などを回るにしても、子供のカルネディアが楽しめるようなモノとなると中々難しい選択になりますしね。
歩いていると大きな公園があったので、私達は中に入りましたが……。
様々な種類の木々が植樹され、木々から落ちた紅葉の葉が絨毯のように地面に美しい模様を描き、芝生の広場があり、リスが駆け回り、木立には小鳥がいて、人工池には鯉が泳ぎアヒルやカモが浮かび、散策に適した小道が整備され……と、都市生活者が自然に触れるには格好の憩いの場という風情ですね。
仕事を忘れてのんびりするには悪くない場所です。
私1人だったなら、このまま昼まで芝生に寝転んだり、売店で売られているアヒルの餌を池に投げたりしながら無為に時間を過ごすのも良いでしょう。
ただし、カルネディアは森の中で暮らして来たので自然や動物なんか見飽きている筈。
実際カルネディアは、リスや小鳥やアヒルやカモを見ても……獲物だ……という認識をしているようですね。
「公園の小動物を狩の対象にしてはいけません」
トリニティが、今にも池のアヒルに襲い掛かりそうなカルネディアを窘めています。
私達は池の周りに沿って公園の小道を歩きました。
公園には私達の他にも親子連れが沢山います。
乳母車に乗せられたり、オムツで大きく膨らんだお尻を振りながらヨチヨチと歩く赤ちゃんを眺めるのは微笑ましい気分になりますね。
朝のお散歩でしょうか?
幼児が多くカルネディアくらい年齢の子供はいません。
平日なので就学年齢の子供達は今の時間学校に行っているのでしょう。
子供を連れた大人が公園で散歩する様子から、【フェンサリル】の都市内は安全で治安が良い事が窺えます。
「あれ、何?」
カルネディアが訊ねました。
カルネディアの視線の先には小さなお店があります。
移動可能な屋台や出店ではなく、公園の一角に据え付けられ、上下水道やガス管などが通ったスナック・スタンドですね。
丁度スナック・スタンドで買い物をして歩き出した親子は、ホット・ドッグのような形状のモノを持っていました。
「あれは食べ物を売っているようですね」
「食べたい」
カルネディアは言います。
カルネディアは池のアヒルを狩るのを我慢したので、お腹が減って来たのだとか。
公園のアヒルは食べ物ではありませんよ。
基本的にアヒルは渡り鳥ではなく家禽なので、野生には存在しません。
つまり公園の管理者によって池に放され、飼われているのだと思います。
この公園は入園料などを徴収されず誰でも自由に出入り出来るので、おそらく管理者は自治体なのではないでしょうか?
なので、あのアヒルを獲って食べたら間違いなく自治体から怒られるでしょう。
下手をしたら器物損壊で逮捕されます。
アヒルの管理者はどうでも良いのですが、1時間以上歩いた所為か、私も少し小腹が空いて来ました。
「では、買い食いしますか?」
「やった〜っ!」
カルネディアは喜びます。
私達はスナック・スタンドに立ち寄りました。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。