第945話。【パンゲア】の資源。
本日3話目の投稿です。
【グライア】達の住処。
「良し。なら今日のところは一旦撤収かな?久しぶりの貫徹だったから、お腹が減ったよ」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「うむ、そうじゃ。我らが今為すべき最重要事項は朝ご飯を食べる事じゃ」
食いしん坊の権化たるソフィアがグレモリー・グリモワールに同意します。
この後グレモリー・グリモワール一行も、私達に合流して一緒に朝食を食べる予定になっていました。
「【パンゲア】の【スキエンティア】王城に出来た亜空間の出入り口に向かいますので、グレモリーも現地に転移座標を設置しておいて下さい。あのバグ技の亜空間の出入り口の開放によって、【ストーリア】と【七色星】は直通【転移】が可能になっていますからね」
【七色星・マップ】がゲーム【ストーリア】の【メイン・マップ】にエントリーされた現在、【七色星・マップ】に紐付く【パンゲア】も正規【マップ】に編入されています。
従ってユーザーを対象とする【パンゲア】の【排除・プログラム】は完全に消去されました。
なので【排除】の対象であったグレモリー・グリモワールも、認定ユーザーのトリニティと同様に【パンゲア】に侵入可能となっています。
「ミネルヴァさんに聴いたよ。今後私はノヒトの許可を得なくても、自由に【ストーリア】と【七色星】を行き来して構わないって……」
「はい。少なくとも私達ゲームマスター本部は、ゲーム時代と同じルールを踏襲しています。つまりユーザーは自己責任において全ての【マップ】を自由に渡航してもらって構いません。自己責任の意味は、仮にグレモリーが【七色星】を訪れて何らかのトラブルが生じても、そのトラブルの原因がゲーム・システムのバグなどに伴う不具合でない限り原則として私達運営は原状回復や損害補償には応じません」
「わかった。その方が、わかり易くて良いね」
「あのう、それはグレモリーちゃんのような神界の住人たる【英雄】だけでなく、私達のような、こちらの世界の住人にも当てはまる規範と考えてもよろしいのでしょうか?」
ディーテ・エクセルシオールが質問しました。
「そのように考えてもらって差し支えありません。ディーテさんも【スキエンティア】に転移座標を設置しておいて下さい」
「ありがとうございます」
ディーテ・エクセルシオールは恭しく頭を下げます。
「ま、【ストーリア】と【七色星】の間に横たわる宇宙空間と、その遠大な距離と、そもそも最初に転移座標を設置する方法を考えると、魔力的あるいは技術的に渡航が可能な人は限られるだろうけれどね?実際私も現状ではノヒトに連れて来てもらわなければ、自力で【七色星】に来るには惑星間航行が可能な宇宙船に乗って物凄い時間が掛かる訳だし。つまり必然として、それがノヒトとミネルヴァさんが決めた【七色星・マップ】への渡航資格の選別となっている訳だね?」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「そういう事です」
「なるほど、責任重大だね。そのルールの延長線上にある想定として、【パンゲア】の【スキエンティア】に転移座標を設置した私やディーテが【転移】を使える誰かを【パンゲア】や【七色星】に連れて来れば、ノヒトやミネルヴァさんが意図しない者も【ストーリア】と【七色星】間の往来が可能になる訳だけれど、その選択は私やディーテの裁量に任せてもらえる訳?」
「構いません。あまり深刻に考える必要はありませんよ。グレモリーが任意のNPCにチュートリアルを受けさせる基準と同じ事です」
「つまり、私やディーテが【七色星・マップ】に連れて来た誰かが、こちらで悪さをしないように私達は目配りをして気を付けなければならないと?」
「そうです。ただしチュートリアルの場合と違って、【ストーリア・マップ】と【七色星・マップ】の往来については、チュートリアル程の厳格な責任を負わせるつもりはありません。何故ならチュートリアルは運営とユーザーにしか起動出来ませんが、【ストーリア・マップ】と【七色星・マップ】の往来は、リソースとコストを掛ければ、いずれ時間の問題で宇宙船による惑星間航行によってNPC達の独力でも、おそらく行えてしまいますからね」
「なるほど、わかった」
「私達ゲームマスター本部の立ち位置は、あくまでも、この世界の世界観を守る事であって、【世界の理】の範疇にあるユーザーやNPCの自由意思と自己責任に基づく行動を規制するモノではありませんので」
「それはゲーム世界の自由という意味から言えば公正で良心的で穏当な対応だとは思うけれど、私の個人的な意見を言うなら、もしも私がノヒトの立場なら……地球とのアクセスが途絶している現状、ゲームマスターは【創造主】の全権代理として、もっと強権を発動して、この世界をノヒトやミネルヴァさんが管理し易い厳しいルールを作っても良い……とは思うけれどね。ま、私の立場としては、それで私の自由が制限されて私が不自由な思いをするなら、それはそれでクレームを言うかもしれないけれどさ」
「グレモリーの言う通りじゃ。ノヒトは、もっと超然たる存在として、この世界に君臨しても良い筈じゃ」
ソフィアが言います。
「いいえ。私は、この世界のゲームマスターですが、全知全能の神などではありません。私が……ゲームマスターの遵守条項……を逸脱して自分の権限を無制限に拡大させて、この世界の全知全能神などになってしまった結果、私が何か取り返しが付かない間違いをした場合、その責任は負いかねます」
私の本質は神などではなく、ただのゲーム会社社員ですからね。
責任を負いかねる……と言いましたが、それは私の本心ではありません。
ゲームマスター権限というチートを持つ私は、やろうと思えば、この世界を相当なレベルで自由にしてしまえます。
つまり、その気になりさえすれば、私は世界の全宇宙を支配する存在にも成れてしまうのですから。
しかし、私はそれは好ましくないと思います。
もしも、この世界を自由に出来しまうとするなら、私という存在は本物の神となってしまいますからね。
私は自分が形而上学的な意味での人格神などになり果ててしまった結果、かつて【天帝】を自称して【シエーロ】と北米サーバー(【魔界】)でNPCの虐殺を行った【知の回廊の人工知能】のように狂ってしまう事を何よりも恐れていました。
それが私なりに引いた一線なのです。
「あ、そう。とりま、ノヒトがOKなら、私は今後【七色星】の冒険は自由にやらせてもらうよ」
「ははは、なるべく、お手柔らかにお願いしたいですけれどね」
「うむ。確かにグレモリーが動くと、大事件が起きるのじゃ。何もグレモリーがトラブル・メーカーじゃとまでは言わぬが、グレモリーの存在は周囲の潜在的な問題を顕在化させるトリガーとなる傾向があるからのう」
ソフィアは言いました。
ソフィアは純粋なトラブル・メーカーですけれどね。
「違うし。色々な問題の方が向こうからやって来るだけだし」
グレモリー・グリモワールは不本意そうに頬を膨らませて言います。
皆は笑いました。
「さあ、戻りましょう」
私達は【転移】します。
・・・
【パンゲア】西方国家【スキエンティア】王都【マキナリア】の王城。
私達は【パンゲア】に【転移】して来ました。
私はグレモリー・グリモワール一行と、【スキエンティア】のウッコ王と王族を双方紹介します。
ウッコ王達【スキエンティア】の面々は、グレモリー・グリモワールがカタログ・スペック上シピオーネ・アポカリプトに匹敵する強者だと知り驚いていました。
より厳密に言うなら、私の見立てではグレモリー・グリモワールがシピオーネ・アポカリプトとガチンコで戦えば、戦闘開始の合図の前に準備として魔力を収束する事か許されず準近接状態からヨーイ・ドンで戦闘が始まる【闘技場】の世界武道大会ルールならシピオーネ・アポカリプトに軍配が上がりますが、平場のエニシング・ゴーズなら経験の差と引き出しの多さでグレモリー・グリモワールが7対3の割合で圧倒すると思います。
シピオーネ・アポカリプトはクローズド・ベータ版までの知識しかありませんので。
ただしシピオーネ・アポカリプトが所有する武器の中には、グレモリー・グリモワールのようなダーク・サイドのキャラ・メイクをした【魔法職】への対抗として【致命】を与えられる……【魔女に与える鉄槌】……という超絶レアの【神の遺物】の武器がありました。
アレを喰らえば、グレモリー・グリモワールはイチコロでしょう。
まあ、グレモリー・グリモワールなら……近接武器など当たらなければどうという事もない……と全く意に介さないかもしれません。
情報が全くない状態での初見殺しならまだしも、グレモリー・グリモワールは元同一自我としてシピオーネ・アポカリプトの手の内を相当程度読めるのですから。
ゲーム時代グレモリー・グリモワールは攻撃に極振りした紙装甲の純粋魔法職で、更にダーク・サイドのロール・プレイヤーとして【死霊術】や【呪詛魔法】や【闇魔法】系のピーク威力値に特化していたのでバランスが悪く同位階のカンスト・ユーザーからは……信仰系の【職種】や【聖魔法】などでなら対抗が張り易い……と思われていました。
しかしゲーム時代のグレモリー・グリモワールには【聖魔法】を極めた【前衛壁職】兼【回復治癒職】というキャラ・メイクのエタニティー・エトワールさんが常に僚友として付き従っていたので弱点が補われ、またヒモ太郎という他のユーザーが誰も持たない【神位級】の最終兵器を味方ユニットとして保有していたので、基本的にユーザー相手のPVPなら無双出来ます。
まあ、エタニティー・エトワールさん不在の状況でヒモ太郎を封印して戦ったとしても、グレモリー・グリモワールの【不死者】軍団は強力ですし、彼女には対個体魔法【処刑】や広域殲滅魔法である【世界の終焉】という切り札もあるので……私がグレモリー・グリモワールをキャラ・メイクして育成した……という身内の贔屓目を差し引いても、やはりグレモリー・グリモワールがユーザー界隈では最強でしょうね。
【処刑】と【世界の終焉】は建前上の位階は【超・超位魔法】という事になっていますが、実測威力値は【神位級】ですので。
常勝不敗とまでは言いませんが、対ユーザーなら誰が相手でもグレモリー・グリモワールなら勝ち筋を見出せました。
「【パンゲア】かぁ……懐かしいね。あ、【黄泉】って、まだ在るのかな?」
「ミネルヴァのサーベイランスによると、ありますね」
「【黄泉】の湧水を確保しておきたいな……」
「今日は時間がありませんので、後日にして下さい」
「ま、そだね」
「ん?グレモリーよ、そのヨミやら、ヨミの湧水とやらとは何じゃ?」
ソフィアが訊ねます。
「あ〜、【パンゲア】には【黄泉】っていう井戸ってか、泉があってね。その水は魔力が飽和状態で溶け込んだ特別な水なんだよ。この機会に大量に汲んで持ち帰れないかと思ったんだよね。【ストーリア・マップ】の【シエーロ】でも泉から飽和魔力水が湧くし、【サンタ・グレモリア】の【竜の湖】の湖水も飽和状態ではないけれど魔力が溶け込んでいる。それから飽和魔力水自体は魔法的に生成も出来るんだけれど、あれらは汲み上げたり生成した後に時間が経過すると含有魔力が空間に散逸して、すぐに効果が減衰しちゃう。でも設定上【黄泉】の湧水は飽和状態の魔力が液体中に永続的に保持される仕様だったんだよ。だから、性質として【ストーリア】で生成したり自然界に存在する飽和魔力水より【黄泉】の湧水の方が高性能で応用幅も広い」
「どんな用途に使えるのじゃ?」
「そのまま飲んでも微弱な【ポーション】的な働きをするけれど、化学や薬学の実験や生成に触媒として使えば便利だね。【魔法装置】などの工業的な洗浄水としても高性能。後は養殖漁業とか動物や魔物の飼育とかに使えば相当程度成長を早められる筈だよ」
「ほほ〜う。それは現在グレモリーが開発したスキームを使って【ドラゴニーア】の浄水場跡地で大規模に着手されておる淡水魚の養殖事業で使用すれば魚の成長促進に役立つのではないか?我は、あの湖魚の味が気に入っておる。早く養殖事業を軌道に乗せたいのじゃ」
「間違いなく湖魚の養殖には役立つと思うよ。ま、魔物と違って一般魚類の養殖に関しては、【黄泉】の飽和魔力水は濃度が高過ぎる可能性があるから、希釈率を変えて、どの程度の魔力含有率が最適かは生育段階ごとに実験してみる必要があるかもしれないけれどね。【竜の湖】の養殖事業の場合でも、稚魚にとっては【竜の湖】は含有魔力濃度が高過ぎて、【サンタ・グレモリア】の浄化排水によって魔力含有率が希釈された堀の水が最適な生育環境になっているからさ」
「ふむ。既にアルフォンシーナに命じて湖魚の成長段階によって、どの程度の魔力含有率が最適なのかは調査させておる。魔力水を希釈する分には真水を加えれば良いだけで問題ないが、濃度を上げるには当然魔力を充填する為にコストが掛かるし、その濃度を維持するにも魔力的なランニング・コストが必要じゃ。もしも魔力が時間経過で空間散逸しない魔力水などというモノがあるなら、確かに極めて便利で経済的じゃ。取り急ぎ【黄泉】の水を輸入する体制を整えて追加実験をさせ、導入を目指すとしよう。ノヒトよ、【転送装置】を用いれば、【七色星】から【ストーリア】へも大量に送水が出来るのじゃろう?」
ソフィアが訊ねました。
「はい。ただし、【黄泉】の飽和魔力水は【パンゲア】各国に対価を支払って購入する形にして下さい」
「うむ。まあ、それは止むを得まい。購入価格の交渉はさせてもらうが、【ドラゴニーア】で水に魔力を人為的に付加するより、【黄泉】の水を輸送するコストの方が安く済むなら購入する事は吝かではないのじゃ」
ソフィアは頷きます。
「え?クローズド・ベータ版の時、【黄泉】の湧水は無料で幾らでも汲み上げ放題だったじゃん?」
グレモリー・グリモワールが言いました。
「クローズド・ベータ版当時は【パンゲア】内だけで循環が完結していましたからね。現在【黄泉】の飽和魔力水は、言うなれば【パンゲア】の資源です。【パンゲア】以外に持ち出すのなら対価を支払ってもらいます。適性価格は、ソフィアが言うように【パンゲア】各国の政府と交渉して下さい」
「ちぇっ、昔は無料だったのに……」
グレモリー・グリモワールは不満そうに言います。
「【黄泉】の飽和魔力水は相対的に文明が遅れた【パンゲア】が、文明的に進歩している【ストーリア】各国に対して売れる数少ない有望な資源ですから、【マップ】同士の経済的格差を是正するバランスの為には致し方ない施策だと理解して下さい。グレモリーが個人で使うくらいの量を限定的に汲み上げるのは常識の範囲内で認めますが、企業や都市や国家単位で大規模に送水するなら、貿易として対価を支払ってもらいます」
「うむ。公正な交易という観点から言えば妥当な措置じゃろう。我が【パンゲア】の庇護者であってもノヒトと同じ条件を要求した筈じゃ」
ソフィアは言いました。
「ま、ノヒトが、そう決めたなら仕方ないんだけれどさ」
グレモリー・グリモワールも不承不承ながら受け入れます。
「じゃが、例えば我やグレモリーが【黄泉】の湧水を汲み上げ【ストーリア】側に輸出する目的で【パンゲア】に現地法人を企業設立して、【パンゲア】の住人を雇用したり現地国家に納税するなどして湧水の購入代金を引き下げてもらえるように交渉する方法論は幾らでもあるじゃろう。そもそも【パンゲア】にとって【黄泉】の湧水は開発コストが掛からずに無尽蔵に採水可能な天然資源じゃから、こちらが誠意ある交渉をすれば法外な価格設定にはならぬじゃろう」
「なるほど。【パンゲア】にお金を落とすようにすれば安く買えるかもだね」
「うむ」
【黄泉】の飽和魔力水は、正式版のゲーム【ストーリア】では除外されていました。
つまり飽和魔力水は【パンゲア】にしかない特殊な資源です。
今後【ストーリア】と【パンゲア】間で交易などが行われるとするなら、【黄泉】の飽和魔力水は【パンゲア】の有力な輸出産品となる筈でした。
【パンゲア】は総じて【ドラゴニーア】などの【ストーリア・マップ】先進国に比べて文明水準が劣るようですので、私やミネルヴァは貿易の不均衡による【パンゲア】からの富の流出を懸念しています。
そういう意味で【パンゲア】各地に無尽蔵に湧き出している【黄泉】の飽和魔力水が対【ストーリア】貿易において競争力がある輸出産品として使えそうな事は【パンゲア】にとっては幸運な事かもしれません。
グレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオールが転移座標を設置して、私達は【ストーリア】へと【転移】しました。
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