第941話。先見の明。
【ヌガ法国】臨時首都【ルトリア】。
私達が【ルトリア】にやって来ると、【ヌガ法国】の国家元首と宗教権威を兼ねるヴェリタス法王と、【ヌガ法国】の公職者と聖職者達が出迎えてくれます。
私は【レジョーネ】と【ヌガ法国】関係者を双方に紹介しました。
それから私は複数の【宝物庫】に入った穀物などの物資をヴェリタス法王に渡します。
ヴェリタス法王は跪いて【宝物庫】を受け取りました。
「ノヒト様。法都【ヌガ】を覆っていた死の闇……【特異点】が消えたのだとか?」
ヴェリタス法王が興奮気味に訊ねます。
【パンゲア】に関する情報はミネルヴァが各国の為政者達に【スパイ・ドローン】の【キー・ホール】からの投射映像で観せているので、ヴェリタス法王もそれを知っていました。
「はい。消えました」
厳密に言うと【ヌガ】を覆っていたのは【特異点】ではなく【事象の地平面】です。
【特異点】は大きさのない1点なので視覚的には観測が不可能でした。
まあ、ヴェリタス法王が言いたい事は理解出来るので、どちらでも良いですけれどね。
「素晴らしい。これで法都【ヌガ】に帰れます……」
ヴェリタス法王は喜びました。
「【ヌガ】は【特異点】の【事象の地平面】によって、あらゆるモノが吸い込まれてしまっています。【ヌガ】は【不滅の建材】によって創られた初期構造オブジェクトなので都市建築の外観は残っている筈ですが、内装などはスッカリ消滅してしまっていますよ。何もない【ヌガ】に戻っても空っぽな都市なので、すぐには首都機能は果たせません。少なくとも【ヌガ】の復興が済むまでは、このまま大陸中央に近い【ルトリア】を首都にしてしまうのも交易などを考えた場合に選択としてあり得ると思いますが?」
「いいえ。私達の教団にとって【ヌガ】は特別な都市でございます。なるべく早く【ヌガ】に戻り我々教団の手で復興を行いたいと思います」
あ、そう。
やりたいと言うなら止めませんけれどね
「わかりました。では明日【使い捨て門】と【転送装置】を持って来て【ヌガ】と【ルトリア】に設置して、【使い捨て門】の起動に必要な【賢者の石】も用意しましょう。それで【ルトリア】と【ヌガ】間の移動や輸送は捗るでしょう」
「ありがとうございます。それでノヒト様……【ドラゴニーア】への遊学のお話なのですが、【ヌガ法国】の元首であり、また宗教権威でもある法王の地位は世襲ではございません。次期法王は私が死んだ後にコンクラーベと云う高位聖職者達による密室選挙で選ばれます。つまり、ノヒト様とソフィア様がお示しになった……【ドラゴニーア】に遊学させる者は君主の後継者である事……という条件に合致する候補者を現段階では選ぶ事が出来ないのです。公会議により、その問題をどうするか?協議致しましたが、結論は出ませんでした。どうすれば良いでしょうか?」
ヴェリタス法王は困惑気味に訊ねます。
知りませんよ。
私に面倒事を振らないで欲しいですね。
「どうという事はありません。【ドラゴニーア】が遊学生として受け入れるのは将来法王になる事が決定している者です。将来法王になる事が決定していない者は遊学を受け入れない……というだけの事ですね」
「【ドラゴニーア】は進んだ知識と技術を持つ超大国なのだとか?ならば我が【ヌガ法国】も是非その先進的な知識と技術を学びたいのです。伏して言上仕ります」
ヴェリタス法王は床に手を付いて懇願しました。
「ヴェリタス法王。話が進まないので立って下さい。私は今日の予定が押しているのです」
「ははっ!」
ヴェリタス法王は飛び起きます。
「ヴェリタスよ。君主を継ぐ事が決まっていない者を遊学に受け入れても構わぬぞ。【ドラゴニーア】は来る者拒まずじゃ」
ソフィアが言いました。
「おお、何と御寛大な配慮。ありがとうございます」
ヴェリタス法王は言います。
「じゃがしかし、その場合、将来友好的な関係を築ける確証がない故、【ドラゴニーア】が開示する知識や技術は相応に制限させてもらうのじゃ。そして遊学に掛かる経費は全額【ヌガ法国】政府に持ってもらうが良いな?」
ソフィアは言いました。
当然ですね。
将来対立する可能性がある潜在敵国に軍事などの先進技術を教えてあげる筈がありません。
そもそも【ドラゴニーア】は友好的な国家から招く遊学生にも軍事機密は開示していませんからね。
友好的かどうかわからない国家からの遊学生なら尚の事です。
「そうですか……。因みに1人を1年【ドラゴニーア】に遊学させるとして経費は概算でどのくらいになるでしょうか?」
ヴェリタス法王は怖ず怖ずと訊ねました。
「待っておれ。今アルフォンシーナに訊いてみるのじゃ……。ふむふむ、なるほど、わかった。ヴェリタスよ、1人が1年【ドラゴニーア】に遊学するなら、概算で1千金貨程は必要じゃ。これは宿泊費などの滞在経費は含まれておらぬ。大学の入学金と授業料、それから警備費用としての試算じゃ」
ソフィアは言います。
1千金貨は日本円で1億円相当でした。
「それは一体どの程度の価値なのでしょうか?【ドラゴニーア】の通貨価値がわかりません」
ヴェリタス法王は言います。
まあ、それはそうでしょうね。
「ノヒト。説明してやるのじゃ」
ソフィアが私に話を振りました。
ソフィアの奴、面倒事を投げて寄越しましたね……。
「ヴェリタス法王。1千【ドラゴニーア金貨】は、概ね【翼竜】や【地竜】の3頭分の死体買取価格と同じくらいです。それも傷などが全くない新鮮な状態。または生きていて馴致された個体の場合と考えて下さい」
私が異世界転移した直後からサウス大陸で【遺跡】を攻略した時点くらいまでの冒険者ギルドによる魔物の買取相場は、その3倍はありました。
つまり当時は【翼竜】や【地竜】は良品であれば1頭で1千金貨(1億円相当)の買取金額が付いていたのです。
しかし現在サウス大陸奪還作戦からサウス大陸の【遺跡】攻略の結果、【レジョーネ】が大量の魔物を狩って売却した為に値崩れが起きて相場は3分の1になっていました。
【レジョーネ】による【魔界】平定戦の結果、また大量の魔物が流通すれば、もっと相場は下がるでしょうね。
「そ、そんなに高額なのですか?」
ヴェリタス法王は驚愕しました。
【ヌガ法国】は【調伏士】が多いらしく、軍隊の最精鋭は【地竜】を騎竜とする部隊だったそうです。
現代地球の感覚で言うなら【地竜】は主力戦車に相当する価値がありました。
主力戦車3両の購入費が1億円と考えれば、それほど法外な金額ではありませんが、1人が1年間【ドラゴニーア】に遊学する金額(ただし宿泊費など滞在経費は別)だとすると確かに高額だと思うかもしれません。
しかし【ヌガ法国】から受け入れる遊学生は、国家要人ですので【ドラゴニーア】としても警備などには経費が掛かります。
1年間365日24時間ずっと複数人の警備チームを付けておく費用と考えれば、そのくらいは掛かってもおかしくありません。
むしろ人件費が高い【ドラゴニーア】なら、この経費はリーズナブルなのではないでしょうか。
「【ヌガ法国】は【アブラクサス】のカリュプソの指導によって優秀な【調伏士】を多く抱えているのでしょう?1人の遊学生を送る経費として【地竜】を3頭【ドラゴニーア】に譲渡するか、新たに3頭【調伏】して物納すれば良いだけですよ。問題ないのでは?」
「【武神】様との戦闘で我が国の【地竜】部隊は壊滅し、多くの【調伏士】達が犠牲になりました。現在の我が国の力では【地竜】3頭は莫大な支出でございます」
ヴェリタス法王は言いました。
「【魔法石】はどうですか?【高位級】の最高品質であれば6個から多くても10個あれば、1千金貨にはなりそうです。現在【パンゲア】では【魔法石】の価値が暴落してインフレになっているのですから【魔法石】でなら支払えるのではありませんか?」
「【魔法石】の暴落が始まった際に我が国は国庫備蓄の【魔法石】を市場に放出して少しでも高値の内に売り抜けようと試みました。また【パノニア王国】への戦後賠償金も【魔法石】で支払わなければならないのです。【高位級】最高品質の【魔法石】など、もはや我が国は所有していません」
ヴェリタス法王は言います。
あ、そう。
「まあ、ともかく、どうにかして費用を負担すれば国家元首後継者でなくとも【ドラゴニーア】は遊学を受け入れる用意があるそうですので、【ヌガ法国】がどうしても遊学生を送りたければ必要な費用を何とか捻出する他はありませんね」
私には関係のない話ですよ。
「我が国から労働力を提供する事で、遊学費用を多少値引きして頂く……という訳には参りませんでしょうか?」
ヴェリタス法王は訊ねました。
「まさか……奴隷を【ドラゴニーア】に売る……などとは言い出しませんよね?そんな事を言うなら……」
「とと、とんでもない事でございます。遊学費用の一部を遊学生自らが【ドラゴニーア】で働いて稼ぐという意味でございます」
ヴェリタス法王は慌てて言います。
なるほど。
遊学生がアルバイトする訳ですね。
「まあ、1千金貨のほんの一部にしかならないかもしれませんが、その考え方はあり得ると思いますね」
「そうですか……。公会議で決を採る必要はございますが、では、その案で一部費用を賄い、残りは物納でお願い致します。我が国にある資源などで、【ドラゴニーア】が欲しがるような価値の高いモノが何かあれば良いのですが……」
ヴェリタス法王は眉間にシワを寄せて考え込みました。
「種や苗じゃ。【パンゲア】の野菜や果物は概して【ストーリア】に比べて大きい。パノニア栗のようにの。あれらは【ストーリア】にはない品種なのじゃ。そういう野菜や果物で【ヌガ法国】の固有の品種の種や苗があれば、相応の金額で買い取ってやっても良いのじゃ」
ソフィアは言います。
「おお、なるほど。でしたら農務大臣と協議の上、候補となりそうな野菜や果物の種苗を用意致しますので、お時間を下さいませ」
「では買い取る種や苗を選定する際に、試食が出来れば良いのう。美味しいモノなら高値で買おう」
「畏まりました。季節柄入手出来るモノに関しては、試食をご用意致します」
「うむ。わかったのじゃ」
ソフィアは頷きました。
「それで、種や苗をお譲りして、何人分の遊学費用が賄えますでしょうか?」
「まだ、わからぬ。じゃが、パノニア栗のような素晴らしい品種ならば、【ドラゴニーア】で栽培が可能じゃという確証を得た上でなら1品種につき3人の遊学生を受け入れよう。もちろん【ヌガ法国】固有の品種でなければならぬ」
「わかりました」
ヴェリタス法王は力強く頷きます。
どうやら遊学費用問題は何とかなりそうですね。
それにしても1人1千金貨(1億円相当)という費用は安くはありませんが、国家予算という規模から言えば、どうとでも出来そうな金額です。
その工面に国家元首が頭を悩ませる状況というのは……。
やはりシピオーネ・アポカリプト陣営が仕掛けた経済破壊スキームが相当効いているのかもしれません。
あるいは戦争で疲弊した国民の為に【ヌガ法国】政府が税の減免などを行っている可能性もあり得ます。
いずれにしても【ヌガ法国】は経済的にカツカツの状態なのでしょうね。
そんな中でも遊学に拘るヴェリタス法王は、存外に賢明な君主なのかもしれません。
人材育成というモノは即効性はありませんが、将来的には必ずリターンがあるモノ。
爪に火を灯すようにして捻出した国家予算で目先の利益を追うのではなく、何はさて置き人材育成を行おうとする国家元首は端的に言って見所があると思います。
ヴェリタス法王の今日の決断は、10年、20年後の後世の人々から……先見の明があった……と評価されるかもしれません。
私もヴェリタス法王の評価を一段引き上げました。
もちろん現状【ヌガ法国】には私が庇護者として君臨し物資などの支援をする約束をしているので、【ヌガ法国】の国民は少なくとも飢えたりしないという最低限のセーフティ・ネットは担保されている訳ですが……。
ところで【アブラクサス】教団の状況はどうですか?……ヴェリタス法王の意に反するような動きはありませんか?
私は【念話】でヴェリタス法王に訊ねました。
【アブラクサス】教団の高位聖職者の中には、彼らの主祭神扱いであった【アブラクサス】のカリュプソの事を実際には崇めておらず……言わば信徒達を騙すアイコンとして利用していただけという者達が相当数いました。
連中は、信徒達からの【アブラクサス】へのお布施や寄付で私服を肥やして来た生臭坊主達です。
そういう既得権益で甘い汁を啜って来た連中は、私の指示で国家の統治実務を行い【ヌガ法国】の国体を改革しようとするヴェリタス法王に対して、抵抗勢力となり得る厄介な者達でした。
実際に現在この場にいる何人かの聖職者は、【マップ】の光点反応が中立の白色をしています。
つまり現状私と敵対する意思はないものの、しかし私やヴェリタス法王に積極的に従って【ヌガ法国】の改革に協力するつもりもない……とも見做せますからね。
今のところ教団幹部は静かにしております……彼らはノヒト様の強大な魔法を見て恐れているので表立っては抵抗しないでしょう……しかし権謀術数や手練手管を駆使して自らの既得権を守ろうとするに違いありません。
ヴェリタス法王は【マップ】の光点反応が白い者達の方を睨み付けながら【念話】で答えます。
まあ、ヴェリタス法王に大人しく従うなら良し……そうでなければ、いずれ私が叩き潰しますよ。
私は【念話】で伝えました。
カルト宗教の取り締まりの難しい点は、罪なき無垢な信徒達が、自分達が信ずる偽教や邪教を……真理……と盲信してしまっているからです。
宗教教団の幹部達が単に信徒から金を巻き上げる手段として教団の威信を利用しているだけなら、そんな詐欺師連中を排除する事は大して難しくもありません。
畏まりました。
ヴェリタス法王は【念話】で言います。
私達はヴェリタス法王に挨拶をして【転移】で【ヌガ法国】を後にしました。
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