第928話。主従の再会。
【アースガルズ】帝都【ヴァルハラ】。
天空要塞【グラズヘイム】の礼拝堂。
私達が【アーズガルズ】に到着すると、【アーズガルズ】側の人々が出迎えの為に待っていました。
全員跪いて【神格者】を迎えるのに相応しい儀礼格式上の最敬礼をしています。
「【調停者】ノヒト・ナカ様、【神竜】様、【ニーズヘッグ】様、【リントヴルム】様、【ファヴニール】様、【世界樹】様、皆々様……ようこそ【アーズガルズ】にお越し下さいました。神々の御尊顔を拝し奉り恐悦至極でございます。私は【ヨルムンガンド】様より【アーズガルズ】皇帝を拝命しておりますダヴィド・アーズガルズでございます」
【アーズガルズ】のダヴィド皇帝は自己紹介しました。
ダヴィド皇帝は【ハイ・エルフ】の男性です。
【アーズガルズ】は【ハイ・エルフ】の国でした。
日本サーバー(【地上界】)にも【エルフヘイム】という【エルフ】族の国がありますが、【エルフヘイム】では【聖格】の【ハイ・エルフ】は王族や高位聖職者や高位公職者に多く、一般市民の大半は【人格】の【エルフ】です。
【エルフ】は概して女性の方が知性と魔力と魔法制御に優れるので、魔法の素養を重んじる【エルフヘイム】では必然的に女性が高い地位に就く傾向がありました。
【エルフヘイム】の王位も代々女性に世襲されています。
一方で【アーズガルズ】では生まれ付きの【ハイ・エルフ】が誕生する割合が高くなる設定がありました。
相対的にではありますが、生まれ付きの【ハイ・エルフ】の場合、知性や魔力や魔法制御で男女差が小さくなる傾向があります。
これは生まれ付き又は第二次性徴期以前に【聖格】を得ると、遺伝形質により予め定められている種族の性質としての特徴や限界を超えて能力が向上可能になるという設定があるからでした。
なので人口比における【ハイ・エルフ】の割合が高い【アーズガルズ】では相対的に性差が小さくなり男性であるダヴィド皇帝が君主に就く一因となっているのでしょう。
ゲーム時代にAIがバグってゲーム会社が意図しない行動を取り暗黒皇帝などと呼ばれるようになって私が滅殺したNPCのノードストロム・アーズガルズも男性皇帝でしたからね。
ただし【ハイ・エルフ】であっても女性の方が知性と魔力と魔法制御に優れている傾向は薄まるものの残るので、【エルフ】族は【人格】・【聖格】に限らず【魔法使い】としてなら女性の方が優れている事には変わりありません。
もちろん知性や魔法の素養だけが個人の優劣を表すモノではないので、この世界において本質的には男女の優劣などは全く存在しない設定になっています。
「出迎えありがとうございます。ノヒト・ナカです。今日は公式な訪問ではなく私事として来ましたので、起立して下さい。5大大陸の内4柱の守護竜が揃っていますが、彼女達も略式儀礼で構わない事は了解済なので事前にミネルヴァから伝えている通りの対応でお願いします」
「うむ。今宵は正式な礼法には拘らぬ。一同の者よ、立て」
ソフィアは言いました。
「ははっ」
ダヴィド皇帝以下居並ぶ【アーズガルズ】の公職者達は速やかに起立します。
私達は礼拝堂に転移座標を設置しました。
これで、とりあえずは目的を果たしましたね。
守護竜達はダヴィド皇帝や皇族達と会話を始めました。
私の元にはグレモリー・グリモワールがやって来ます。
「で?ミネルヴァさんから【創造主の神座】にノヒトを連れて行って欲しいと頼まれたんだけれど?それって、今すぐじゃなきゃ不味いの?」
グレモリー・グリモワールは訊ねました。
「すぐでなくても構いません。なるべく早ければありがたいですが……」
「なら少し待っていてくれない?何か私とディーテには、この後【アーズガルズ】のお歴々からのおもてなしが用意されているっぽいんだよ。何時間か掛かるかもしんないな〜。ミネルヴァさんから……大袈裟な式典とか晩餐会の類は無用だ……って伝えてもらった筈なんだけれどさ」
グレモリー・グリモワールは不本意そうに言います。
「もちろん、こちらからお願いした事ですので待ちますよ。もてなしに関しては、ある程度は致し方ないのでは?グレモリーは900年前に暗黒皇帝ノードストロムの後を継いだ王子達を屈服させ、その後に体制そのものが打倒され皇帝の血統が変わるきっかけを作った張本人なのですから。現代に続く【アーズガルズ】皇族からすれば、あなたは恩人のようなモノです」
900年前のゲーム時代、私はゲームマスターとしてバグによって狂った暗黒皇帝ノードストロムを滅殺しました。
ノードストロム亡き後、彼の実子である王子が皇帝位を継いだのです。
王子は未だ立太して皇太子になる前の若者だったので、官臣や将兵や国民からノードストロムの後を継ぐには力不足だと見做されていました。
ノードストロムは、良くも悪くも圧倒的な武力を誇る一代のカリスマだったのです。
なので新皇帝位に就いたノードストロムの息子は、自らの権威と求心力を高める為、【エルフヘイム】に侵略しようとしました。
いつの世も外に敵を作って内を纏めようとするのは、無能なリーダーに共通する性質なのかもしれません。
この【アーズガルズ】からの侵略計画に対して、グレモリー・グリモワール(私)は【転移門】を通って、今私達が居る【アースガルズ】帝都【ヴァルハラ】の天空要塞【グラズヘイム】に単身で乗り込み、ノードストロムの息子やその取り巻きを徹底的にわからせてあげました。
穏やかな話という訳ではありませんでしたが、少なくとも誰も殺しはしませんでしたよ。
結果的にノードストロム派は【アーズガルズ】の民からの支持を失い、その後【アーズガルズ】の有力貴族家に弑逆されたのです。
ノードストロム派を討った貴族家というのが、現在の【アーズガルズ】皇帝一族の先祖でした。
「それを言うなら、他ならぬノヒトこそが900年前に暗黒皇帝ノードストロムを滅殺した張本人でしょうが?」
「私はゲームマスターの職務を遂行しただけです。仮にダヴィド皇帝や【アーズガルズ】の政府が……もてなす……などと言って私の貴重な時間を費やさせるつもりなら、【神格者】の権威を使って拒否します」
「ちっ、自分だけ都合良く神様の権威を持ち出して面倒事を回避しやがったな。私もバックれる事は可能だけれど、ディーテは立場上そういう訳にも行かないみたいだから、私もおもてなしを受けざるを得ないんだよ。まったくクッソ面倒臭いったらないよ」
グレモリー・グリモワールは愚痴ります。
その時、居並ぶ【アーズガルズ】君臣の列を掻き分けて、こちらに来る者達がいました。
「「我らが主上……グレモリー様」」
2人の【エルフ】……いいえ、【エルフ】の姿に受肉した2個体の【知性体】がグレモリー・グリモワールの前に跪いて頭を下げます。
「何?びっくりした……誰?……って、ラーズとランドじゃんか!?あなた達、ここで何してんの?」
グレモリー・グリモワールは2個体の【知性体】を個体識別して言いました。
ラーズグリーズルとランドグリーズルの姉妹は、900年前にグレモリー・グリモワール(私)が【ヴァルハラ】に殴り込んだ顛末で、【アーズガルズ】側から謝罪の気持ちとして人質に差し出され、その後グレモリー・グリモワール(私)が配下に従えた【祖霊】です。
彼女達の元々の役割は【ヴァルハラ】及び天空要塞【グラズヘイム】の守衛でした。
「「900年前、突然主上が消えてしまわれて、私達姉妹は一時【ヴァルハラ】に帰還しておりました。主上がお戻りなった以上、主上にお仕えするのが、私達姉妹の使命。主上の忠実なる配下としてお使い下さいませ」」
ラーズグリーズルとランドグリーズルは完璧なユニゾンで言います。
「あ、そう。私は、あなた達は【ドラキュラ城】にいるのかと思っていたよ」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「「あそこは封じられている【ヴァンパイア】の発する瘴気が濃く私達には少々居心地が悪かったのです。持ち場を離れてしまい申し訳ありません」」
「いや、私がログインしない900年の間に【シエーロ】も色々と問題があったらしいから、結果的にあなた達が【ヴァルハラ】に里帰りしていたのは良い判断だったかもね?もしも、あなた達が【シエーロ】界隈をウロウロしていたら、この竜之介みたいに殺されちゃったかもしれないしさ」
グレモリー・グリモワールは竜之介を【召喚】して言います。
「「おお、竜之介殿。ご復活なさったのですか?私達が【シエーロ】から一時撤退をした理由の1つは竜之介殿がお亡くなりになったからでした」」
ラーズグリーズルとランドグリーズルは言いました。
「うん。【エルダー・スピリタス】として復活したんだよ」
竜之介は小さな翼をパタパタ動かして空中に浮かびながら言います。
900年前グレモリー・グリモワール(私)の陣営には序列がありました。
これは冒険者パーティ【ラ・スクアドラ・インカンタトーレ】ではなく、グレモリー・グリモワール(私)の個人的な陣営という意味です。
グレモリー・グリモワール(私)の配下には複数のNPC達がいたので指揮命令系統が混乱しないようにという意図で序列が設けられていました。
平素は【ドライアド】のシャルロッテ・メリアスが、グレモリー・グリモワール(私)の次席です。
しかし【ドライアド】は荒事や争いを忌避する種族的性質があるので、戦闘や安全保障に関しては竜之介がグレモリー・グリモワール(私)の副官という位置付けになっていました。
この序列はグレモリー・グリモワール(私)が味方ユニットにした時期による先・後によって決まる事が通則でしたが、しかしシャルロッテや竜之介が有能で責任感が強い事も大きな要因です。
900年前の竜之介は音声言語による会話は出来ませんでしたが、思念という形でコミュニケーションが取れました。
【高位】の魔物【ドラゴネット】である竜之介は個体戦闘力では陣営最強ではありません。
ヒモ太郎、ラーズグリーズルとランドグリーズルの姉妹、【ゴルゴーン】3姉妹などは竜之介より個体としては強いのです。
しかし竜之介の知能は人種NPCよりも遥かに高く、グレモリー・グリモワール(私)によって現代地球の広範な知識が与えられていました。
時には竜之介が【グリモワール艦隊】を指揮する事もあったのです。
つまり陣営の序列において竜之介は、ラーズグリーズルとランドグリーズル姉妹の上席者でした。
「「900年前、竜之介殿が討ち取られたと知った際に、直ちに【エンピレオ】に馳せ参じ竜之介殿の仇に戦いを挑むという選択もありましたが、【シエーロ】の簒奪者達に対して私達は多勢に無勢。主上御不在時のご命令は……緊急時においては、まず自らの身の安全を確保しろ……との事でございましたので、恥ずかしながら【ヴァルハラ】に一時撤退していた次第でございます」」
ラーズグリーズルとランドグリーズルは言いました。
「うん、良かったよ。現状竜之介は復活したし、消息不明だったラーズとランドにも会えたし、結果的に私の陣営には【知の回廊の人工知能】とルシフェル達の無法による犠牲者はないと見做せるから結果オーライだよ」
グレモリー・グリモワールは言います。
グレモリー・グリモワールは異世界転移以来、未だ幾つかの拠点に足を運んでおらず現地の状況を直接確認出来ていません。
ただし、グレモリー・グリモワールからミネルヴァが頼まれて別荘の【ドラキュラ城】などの施設は、【スパイ・ドローン】の【キー・ホール】を飛ばして調査し、寿命で亡くなった個体を除いて陣営のメンバーが存続している事が報告されていました。
ラーズグリーズルとランドグリーズル姉妹は消息がわからなくなっていましたが、彼女達は【不死】属性のNPCなので、身の安全について、あまり心配はしていなかったのです。
「「勝手に【ヴァルハラ】に撤退した私達を、以前のように、また主上の配下としてお連れ下さいますか?」」
ラーズグリーズルとランドグリーズルの姉妹は怖ず怖ずという様子で訊ねました。
おそらく、姉妹は持ち場であった【ドラキュラ城】からグレモリー・グリモワールに無断で撤退してしまった事で叱責を受けると考えているのでしょう。
竜之介は、あくまでもグレモリー・グリモワールの指示を守ってルシフェル達と戦い死んだのですから。
「もちろん。安全な【ヴァルハラ】に撤退をした2人の判断は極めて正しかったよ。もしも2人がルシフェル達に対して攻撃を仕掛ければ、【不死】の【才能】持ちの2人はともかく、他の子達がルシフェル達の反撃を受けて死んでしまったかもしれない。竜之介が拠点防衛の為に侵入者に抵抗したのは適法行為の範疇だけれど、あなた達が仇討ちをすれば、それは原則として違法だからさ」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「「ありがとうございます。また、主上の忠実なる盾として働いて参ります」」
ラーズグリーズルとランドグリーズルは言います。
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