第927話。クリエイターズ・スローン。
【ニダヴェリール】王城。
ノヒト……着いたよ。
グレモリー・グリモワールは【念話】で伝えて来ます。
グレモリー・グリモワールは、【エルフヘイム】に向かい【世界樹】内の亜空間フィールドにある中央聖域の【門】から【アーズガルズ】に渡航して、現地で【ビーコン】を発動させました。
了解しました……今から向かいます。
私は【念話】で答えます。
【アーズガルズ】は設定上【隠しマップ】という位置付けでした。
【隠しマップ】は、それぞれ紐付いた大陸にある4つの【遺跡】を全てクリアした実績がなければ【転移門】を通行出来ません。
【アーズガルズ】はノース大陸に紐付いています。
【門】を使わなくても現地に転移座標を設置してあれば【転移】での移動が可能ですが、私達は現時点では誰も【アーズガルズ】に転移座標を持っていませんでした。
グレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオールは世界中の【遺跡】を踏破した実績があるので、【世界樹】にある【門】を通行可能。
しかしグレモリー・グリモワールは攻撃魔法特化の偏ったキャラ・メイクだった為に以前は【転移】能力を持っていませんでした。
彼女が【転移能力者】に覚醒したのは、異世界転移後に【追加贈物】を取得した後の事です。
またディーテ・エクセルシオールも最近チュートリアルを経た事で初めて【転移能力者】に覚醒しました。
【転移】はゲーム時代でさえ使える者が限られていた希少な魔法だったのです。
ゲームマスターとしての私は全ての魔法と【能力】を行使可能なのでゲーム時代から【転移能力者】でしたが、当時は外部端末からのキー操作で【ストーリア】の全【マップ】上に移動可能だったので、個別の場所にいちいち転移座標は設置していませんでした。
なので……一度グレモリー・グリモワールに【門】を使わせて【アーズガルズ】に先行させ、ゲームマスターである私と私とパスが繋がる【転移能力者】のトリニティだけが使える転移座標と同等のギミックを持つ特殊アイテムである【ビーコン】を使って私が【転移】する……という七面倒臭いプロセスを踏む必要があったのです。
今から私と【レジョーネ】が【アーズガルズ】に渡り現地に転移座標を設置してしまえば、今後は各自が自由に【アーズガルズ】へ【転移】出来ますけれどね。
因みにセントラル大陸に紐付いた【隠しマップ】の【シエーロ】だけは、セントラル大陸にある4つの【遺跡】だけでは【門】が開かず、日本サーバー(【地上界】)、または北米サーバー(【魔界】)の20か所の【遺跡】を全てクリアしなければ行けません。
【シエーロ】は【創造主】の直轄地でありゲームマスター本部がある特別な【マップ】だからです。
セントラル大陸だけが【門】使用の難易度が高いので不公平にも感じますが、実はセントラル大陸にある4つの【遺跡】をクリアする事で行ける【隠しマップ】というモノが【シエーロ】とは別に存在していました。
まあ、あそこを【マップ】と呼べるかどうかは議論の余地があるでしょうけれどね。
【竜都】の【竜城】から【門】を通じて行ける【シエーロ】以外の【隠しマップ】は……【創造主の神座】……と呼ばれる場所で、馬鹿デカい空間に荘厳な内装が施された、それなりに美しい場所ではありますが単なるホール状の部屋でしかありません。
それに現状の私は【創造主の神座】に行く意味があまりないので、半ば忘れていました。
【創造主の神座】では、ユーザーが【秘跡】や【遺跡】のボスを倒したシーンをダイジェストで切り抜きスローモーションなどでドラマチックに編集したBGM付きムービーをアーカイブとして閲覧する事が可能です。
つまりトロフィー・ルーム。
ゲーム時代にはユーザー達があそこを訪れる意味がありましたが、今の私には全く関係ありません。
ゲームマスターの私にはムービーなどが記録されていないからです。
あれはユーザーの為の施設ですからね。
グレモリー・グリモワールは【創造主の神座】に過去のムービーが数多く記録されているでしょうが、おそらく彼女は過去の栄光に浸るようなタイプでもないでしょう。
ノート・エインヘリヤルやシピオーネ・アポカリプトは、そもそも正式版のプレイヤーではないので2人のアーカイブは存在しません。
つまり、あそこは今更わざわざ行く程の価値がない場所なのですよ。
チュートリアルでユーザーにデモ・プレイを見せている私を模ったキャラクターが【創造主の神座】にもいて、アレが案内というか受け付けというかホスト役としてユーザーを迎えてくれますが、私はナルシストではないので自分の顔をしたモノと会うのは微妙な心境です。
チュートリアルでデモ・プレイヤーをしている私の姿を模ったモノがありました。
あちらは映像です。
あれは半透明なホログラムの描画処理がクッソ重くて、最初期から存在する【創造主の神座】の実装時には技術的な問題と、リソース的な問題でホログラムが間に合わなかったのです。
チュートリアルが亜空間フィールドで行われる仕様は後追いの実装だったので、あの無駄に凝ったホログラム的な私が登場させられました。
厳密に言うと、あのチュートリアルの立体映像的なモノはホログラムではないのですよね。
ホログラムやホログラフィーとは紙幣の偽造防止などの目的で印刷されている浮き上がって見える特殊な加工を意味します。
浮き上がっているように見えますが、あれは目の錯覚で実際には平面。
完全な3次元の映像を全方向何処から見ても実物同様に見えるように映し出すモノの正式な呼び名を私は知りません。
某宇宙物SF映画の金字塔に登場する……お姫様の映像……のようなモノです。
チュートリアルに登場する私の3次元映像を正面から見ると当然私の顔が見えますが、同じ映像を後から見ると私の背中が見えるのですよ。
更に半透明で背景が少しだけ透過して見えるのです。
背景を写し込む半透明の何かという物体は、映像処理的に物凄く重くなるのですよ。
背景の描画は近くの物はハッキリと、遠くの物はボンヤリと映さなければいけません。
人間の視覚がそのようになっているからです。
遠近感を出す処理をせずに全ての背景を均質な見え方にすると平面的なのっぺりした画像になり、それをオープン・ワールドとして描画してゲームで視点移動させると、ユーザーの三半規管がパニクってゲーム酔いになり、ゲロゲロ吐く事になりますからね……。
なので重くなってもオープン・ワールドのゲームにするなら、ユーザーの快適性の為には面倒な描画処理を必ずしなければいけません。
ただでさえ遠近感処理が重いのに、チュートリアルで登場する私のキャラは半透明な3次元映像で背景が透過されて見え方が変わるとなると、描画処理が尋常ではなく重くなりました。
あの私の姿をした半透明な立体映像の処理をする為だけに複雑怪奇なコードを書き、膨大な演算リソースを費やさなければならなかったのです。
どうでも良い製作サイドの愚痴ですね。
とにかくチュートリアルにいる私のキャラは立体映像なのです。
しかし【創造主の神座】にいる私は立体映像などではなく、実体を伴っていました。
立体映像ではない理由は、【創造主の神座】の実装時には、まだ立体映像の開発が間に合っていなかったからです。
つまり、あれは私の姿をした自我を持たないアバター。
動きは最低限で話し掛けると……ようこそ【創造主の神座】へ。ここは、あなたの冒険の歴史を記録したアーカイブです……などという決まりきった数種類の台詞をランダムで一方的に喋るだけの単なるマネキンでした。
半透明な立体映像の描画処理がクッソ重くて、更にプログラムもクッソ大変だったので発売日までには、とても間に合わないという理由で、私の姿を模った空のアバターを入口に1体置いときゃ良いだろ……という事になったのです。
その後チュートリアルの後発実装時に半透明立体映像プログラムが開発導入されたので、【創造主の神座】のホスト役の私も立体映像化に置き換える予定でしたが、チーフ・プロデューサーのフジサカさんの一言で換装は中止となりました。
「何かさ、リソース掛けて作り込んだ割には、あの立体映像って存外に貧乏臭いのな?【創造主の神座】の方はマネキンのまんまで良いや」
……と実も蓋もない事をフジサカさんは言ったのです。
フジサカさんが……絶対に立体映像の方が格好良い……と言ったので、あれだけ苦労してチュートリアルに登場する私の映像キャラをプログラムしたのに、結局は技術的には立体映像より簡単で描画も軽い空アバターの方が良いですと?
私の2週間の泊まり込みのデスマーチを返してくれ……と上司の気まぐれに対して怨嗟の声を上げたのが今となっては懐かしい思い出ですよ。
……あ!
私は1つの重大な可能性に思い至りました。
ミネルヴァ……【創造主の神座】にいる私のアバターですが……。
チーフ……もしかしたら【創造主の神座】にいるチーフのアバターが……。
私とミネルヴァは同時に【念話】で声を掛け合います。
チーフからどうぞ……。
ミネルヴァは【念話】で譲りました。
もしかしたら【創造主の神座】には私の姿をした空アバターが今も置きっ放しなのではありませんか?
私は【念話】で訊ねます。
はい……おそらく、ある筈です。
ミネルヴァが【念話】で答えました。
あの空アバターにミネルヴァが同期して【ドラゴニオン】の【コア】とすれば、ミネルヴァが【ワールド・コア・ルーム】の外に出て活動出来ますよね?
私は【念話】で質問します。
はい。
ミネルヴァは【念話】で端的に答えました。
今同期出来ますか?
私は【念話】で訊ねます。
同期するには【ワールド・コア・ルーム】に対象が存在しなければ不可能です……ただし遠隔操作するだけならば可能です……パス構築に成功しました……しかし遠隔操作では空アバターには中身が何もないので魔法も【能力】も使えず【転移】などで移動させる事が出来ません……チーフが回収して来なければいけませんので、今回の【アーズガルズ】のように【門】を通って【創造主の神座】行く資格を既に満たしているグレモリーさんにに一度あちらに向かってもらい現地で【ビーコン】を発動してもらう必要があります。
ミネルヴァは【念話】で言いました。
わかりました……【アーズガルズ】での転移座標設置が完了したら、取り急ぎグレモリーには【創造主の神座】にも向かってもらいましょう。
私は【念話】で答えます。
あの私の姿をした空アバターが使えるなら、ゲームマスター本部として業務遂行能力の大きな飛躍となりますね。
ミネルヴァが空アバターに同期して、それを【魔導装甲ドラゴニオン】の【コア】として動かせば、ミネルヴァが【ワールド・コア・ルーム】から出て活動する事が可能でした。
ミネルヴァが【オーバー・ワールド】でのフィールド・ワークが可能となれば、私が【オーバー・ワールド】で行なう必要がある仕事の半分はミネルヴァに投げてしまえます。
現在ミネルヴァが【遠隔管制】して外部で運用しているユニットとして【コンシェルジュ】や【キー・ホール】がありますが、アレらはデフォルトでは【高位級】でした。
【スクロール】などで覚醒強化しても最高で【超位】までのスペックしかありません。
ミネルヴァが同期した空アバターに【魔導装甲】の【ドラゴニオン】を装備させれば、【神位魔法】や【神位能力】も使えました。
つまり【神位級】。
またミネルヴァは、スーパー・バイザー権限というゲームマスター権限の下位権限を執行可能です。
これは素晴らしい事ですね。
もっと早く思い出していれば……。
いや、失念していた訳ではありません。
あの【創造主の神座】にいるホスト・アバターは、ユーザーを迎えるマネキンという専門に従事する役割があったので、空アバターとしてミネルヴァに同期させゲームマスター本部が勝手に拝借・流用してしまうという考え自体が私の選択肢になかったのです。
しかし現在私がゲームの中に飛ばされているという特異な状況を鑑みれば、使えるリソースは本来の目的に囚われず何でも使わなければいけません。
私はポンコツですね……。
反省しなければいけません。
ミネルヴァも私と同じ先入観に囚われていたようですが、ミネルヴァの場合は致し方ありません。
ミネルヴァは世界を【創造主】が……そうあるべし……として定めた世界観に維持する役割として存在しているので、ゲーム会社が特定の用途で設置したオブジェクトやキャラクターを他の用途に勝手に流用するような判断にはバイアスが働く筈です。
そういうルールや設定を無視したり逸脱するような柔軟で臨機応変な対応というモノは、ミネルヴァではなく人間であるゲームマスターの私が判断するべき事柄なのですから。
閑話休題。
現状ゲームマスター本部にとって、あの私の姿をした空アバターをユーザーのホスト役の単なるマネキンなどとして遊ばせておくより、ミネルヴァと同期させ【ドラゴニオン】の【コア】として運用する方が有用で優先順位が高い事は明らかでしょう。
何故なら、現在あの【創造主の神座】を利用する意味があるユーザーはグレモリー・グリモワール1人しかいないのですから。
【神位級】のユニットの使途としては完全なリソースの無駄使いです。
あの〜、ノヒト、まだ?……コッチは【アーズガルズ】の皇帝とかが跪いたまま待っているんだけれど?
グレモリー・グリモワールは【アーズガルズ】に到着して既に【ビーコン】を発動したのにも拘らず一向にやって来る様子がない私に焦れて【念話】で訊ねて来ました。
すみません……今取り込み案件がありまして……グレモリーに頼み事があるのです。
私は【念話】で伝えます。
何?
グレモリー・グリモワールは【念話】で訊ねました。
とりあえずは【アーズガルズ】の件を片付けてから、改めてお願いします。
私は【念話】で伝えます。
私はグレモリー・グリモワールの持つ【ビーコン】を【転移目標】にして皆を連れて【転移】しました。
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