第926話。クリフトン・ワーズワースの贖罪。
本日2話目の投稿です。
【ニダヴェリール】王城。
私は【ワーズワース・マリン・トランスポーテーション】の会長クリフトン・ワーズワースと邂逅を果たしました。
クリフトン会長は世界最大の海運業社のトップであると同時に、世界各国で人道主義的な活動をしている良識派の財界人です。
「そもそもクリフトン会長は何故奴隷制採用国家に対抗する反政府組織を支援するようになったのですか?多くの社会資本家も慈善活動などをする例が良くありますが、特定の国家を敵に回してまで反政府組織を直接的に支援するような際どい行動をする例は稀です」
実際にクリフトン会長は奴隷制採用国家から恨まれて暗殺を企だてられていました。
「それは……若い頃の過ちに対する贖罪の為です。若い頃の私は青臭い正義感を持って社会的弱者や発展途上国などに手を差し伸べるような活動をしていました。しかし若かりし日の私は、自らの浅慮から中途半端な慈善活動の結果で悲惨な事件を起こしてしまいました。その苦い経験から、自己満足の為に行う慈善活動など世界の現実を知らない若造の独りよがりな偽善だと気付き、本当に弱き者を助けたければ中途半端ではなく徹底的に助ける必要があると考えたのです。なので私は命を狙われても、奴隷制を敷く卑劣な権威主義体制の国家と戦う事を決意しました」
クリフトン会長は言います。
「事件?」
「ノヒト様は……まつろわぬ民……と呼ばれる者達をご存知でしょうか?」
クリフトン会長は訊ねました。
「まつろわぬ民とは、移動民とも呼ばれる国家に帰属せずに国境を越えて絶えず移動しながら暮らす人達ですね。【ケンタウロス】族や【山羊足人】族などの種族が多いと記憶しています」
「仰る通りです。彼らは国家に帰属せず、定住せず、家や土地や田畑などを持たず、幌馬車などに家財道具の全てを積み込んで家族単位で旅泊しながら一生を暮らしています。土地や耕作地などを持たないので、彼らの多くが冒険者や演奏家や【吟遊詩人】や大道芸人や傭兵を生業としています。彼らは一芸によって身を立てている人々なので、傍から見ると、毎日楽しげに歌い踊り享楽的に生きているように誤解されがちです。また彼らは平和を愛する人々なので戦争などが起きると、戦場となった国や地域から逃げ出します。戦争が起きても全財産を捨てる覚悟をしなければ家や土地から離れられない定住民からすると、まつろわぬ民は無責任で臆病で怠け者に見えるのです。なので、まつろわぬ民は定住民からは、疎まれ差別される事が多いのです。しかし、まつろわぬ民が毎晩のようにキャンプの焚き火を囲んで歌い踊っているのは楽しみでやっているというより、歌や演奏や踊りや大道芸の訓練の為なのです。彼らも生きる為に毎日必死で生きている事には変わりありません。つまり、彼らへの差別は不当なモノです。まつろわぬ民は国家に帰属しないので義務教育や医療保険や行政サービスなどが十分に受けられません。なので、まつろわぬ民は概して貧しいのです。私は若い頃、まつろわぬ民の境遇に同情して彼らを経済的に援助した事があります。平和主義を重んじる、まつろわぬ民は国家に帰属して戦争などに巻き込まれる事を殊更に忌避するので、他者から施しを受ける事を嫌います。施しを受けると、それは借りとなり、もしも戦争などが起きた時に借りがある人達への負い目となり逃げらなくなるからです。若かった私は、まつろわぬ民のそのような考え方を理解せず、大勢のまつろわぬ民に資金援助をしました。一方的な施しは受けない……と私からの援助を拒絶する、まつろわぬ民に対して私は詭弁を弄し……これは施しではなく、私からの仕事の依頼に対する前金だ……と言って受け取らせました。私は良かれと思って、まつろわぬ民を騙したのです。結果私から騙されたと知った、まつろわぬ民達が騒ぎを起こしました。私の自宅や会社に押し掛けて来て金を返しに来たのです。その騒ぎを衛士隊が治めようとしました。その時に不運にも、まつろわぬ民の子供が騒ぎの混乱の中で怪我をしてしまいました。それがきっかけで、まつろわぬ民と衛士隊に衝突が起こり、やがて私に金を返しに来た者達以外の、まつろわぬ民も巻き込んで大きな暴動になってしまいました。逆に日頃まつろわぬ民に偏見や差別意識を持っていた一般市民による、まつろわぬ民への襲撃なども起こるようになってしまったのです。多くの、まつろわぬ民が傷付き死者も沢山出ました。全ては私が軽い気持ちで嘘を吐き偽善を行ったが為に起きた事件なのです。私の過ちは法的には罪がないと司法に判断されましたが、私は自らの愚かさを激しく後悔して、以後……誰かを助ける時には、問題の表層ではなく本質を見極めて、中途半端ではなく徹底的にやらなければいけない……と悟り、長年人道主義に立った活動をして参りました」
クリフトン会長は言います。
クリフトン会長が話した内容は、私がゲームマスター権限によってログを調べた結果、事実だとわかりました。
なるほど。
クリフトン会長が良かれと思って吐いた誰も傷付けない筈の嘘がきっかけで、まつろわぬ民による暴動や、反対に定住民による、まつろわぬ民に対する人種差別的な襲撃が起こり多くの犠牲者が出てしまった、と。
私から見てクリフトン会長の嘘は素朴な善意からの行動だという点で同情の余地がありますし、まして暴動や襲撃はクリフトン会長には直接的な責任はないと思います。
しかし、クリフトン会長本人は自分を許せなかったのでしょうね。
気持ちはわかります。
「聴いた事があるのじゃ。かれこれ50年程前になるかのう……【アトランティーデ海洋国】に端を発した移動民による暴動が、大陸を越えて世界中波及し移動民達による世界的大暴動に発展した事があったのじゃ。あの大暴動の原因は、どうやらクリフトンの話と付合するようじゃ」
ソフィアが言いました。
「はい。仰せの通り、まつろわぬ民を暴徒に変えてしまう原因を作ったのは、愚かな私の偽善によるモノです」
クリフトン会長は言います。
「いや、それは厳密に言えば違う。あの暴動の原因は、移動民と定住民双方の心理の根底に相互の無理解による誤解と偏見と排他主義があったからさ。【ウトピーア法皇国】などは移動民への差別思想を盛んに【人】至上主義を正当化する自国のプロパガンダに利用していたしね。つまり、きっかけなんか何でも良くて、移動民と定住民は、いつ衝突してもおかしくなかったのさ」
ユグドラが言いました。
「うむ。誰の責任などという問題はどうでも良く、社会全体の責任と言える訳じゃな……」
ソフィアは言います。
「ああ、私が見て来た限りそう思うね」
ユグドラは頷きました。
「でも、あの【アトランティーデ海洋国】に端を発した世界大暴動以来、移動民による大きな暴動は起きていませんよね?」
ファヴが訊ねます。
「小さなデモなどは起きる事はあったが、移動民と定住民が大規模に殺し合うような暴動は起きておらぬの。おそらく移動民の保護政策が功を奏したのじゃろう」
ソフィアが答えました。
「移動民の保護政策とは?」
私は訊ねます。
「うむ。15年程前からセントラル大陸で始まった政策があるのじゃ。現在では自由同盟諸国で同様の政策が採用されておる。その政策は通称……キトリー・メソッド……と呼ばれておる。ノヒトも知っている冒険者パーティ【月虹】の専属代理人であるキトリーが子供の頃に発案した移動民達に職を与え自活させると同時に定住民コミュニティとの融和を図る見事な施策じゃ。キトリーのアイデアを元に具体的な政策として法案の草稿を書いたのは【ドラゴニーア】首席国家魔導師の【研聖】ロザリアじゃ。我も最近まで良く知らなかったのじゃが、あのキトリーという者は大した傑物じゃ。在野に遊ばせておくには勿体ないので、【ドラゴニーア】の政府高官に迎えようと招聘しておるのじゃが、当のキトリーは大の政治嫌いらしく断られておるがの」
ソフィアが言いました。
なるほど。
ペネロペさんの所属する【月虹】の代理人であるキトリーさんが、移動民の保護政策の成立に関与していた訳ですね。
「クリフトン・ワーズワース。あなたに私からゲームマスターとして伝えます。過去に起きた出来事は取り返しが付きませんが、現在の行動は自らの意思で選択出来ます。そういう意味で、あなたの現在の行動が、あなたの人としての在りようを表しています。私はゲームマスターとして率直にこう思います。クリフトン・ワーズワースは気高くて立派な人物である……と。もう、自らを責め苛む必要はありません。あなたの贖罪が成った事を私がゲームマスターとして認め、【創造主】の全権代理として、あなたに赦しを与えます」
私は宣言しました。
「うむ。我もクリフトンの贖罪は成ったと認めよう」
ソフィアが言います。
「僕もクリフトンが国籍を有する【アトランティーデ海洋国】が有るサウス大陸の守護竜として贖罪が成った事を認めます」
ファヴが言いました。
「おお……神々の赦し……。何たる御慈悲……」
クリフトン会長は泣き崩れます。
「クリフトン会長。これは慈悲などではありません。如何なる場合も……神は自ら助る者を助く……です。つまり、あなたの後悔の原因は、その後のあなた自身の正しい行いによって既に贖われた事を認めただけです」
「神よ……ありがとうございます」
クリフトン会長は床に伏して頭を下げました。
グレモリー・グリモワールは満足気に頷いています。
グレモリー・グリモワールがクリフトン会長を私に紹介した理由は、第一義的には奴隷制反対の立場で、奴隷解放を目指した活動をしているクリフトン会長の保護を私に依頼する事でした。
それに加えてグレモリー・グリモワールは、もしかすると過去の失敗について長年後悔と自責の念を持ち続けて贖罪の為に命懸けで人道主義的活動をして来たクリフトン会長に、私や守護竜達からの恩赦による救いを与えさせる意味もあったのかもしれません。
グレモリー・グリモワールはダーク・サイドのロール・プレイヤーですが、その内実は正直者や勤勉な者には思いやりを見せるツンデレですからね。
・・・
「そんでさ。ミネルヴァからの情報共有で【七色星】について、個人的に気になる事……てか興味がある情報があったんだけれど……」
グレモリー・グリモワールが言います。
「何でしょうか?」
「【グライア】とかって言う未知の【知性体】の事だよ。【グライア】って【ストーリア】には存在しない種族だよね?そんで、その【グライア】達はミネルヴァによると【死霊術】を使うって言うじゃん。私も【死霊術士】の端くれとしちゃ無視出来ない情報だよ。で、ノヒトは、その【グライア】をどうするの?滅殺しちゃうつもり?」
グレモリー・グリモワールは訊ねました。
【グライア】とは、私が【七色星】に構築した拠点や、カルネディアが暮らしていた【誕生の家】がある【老婆達の森】でミネルヴァのサーベイランスによって発見された新種の【知性体】です。
ミネルヴァによると【グライア】は3個体が生息している事が確認され、その容貌は醜くて、いかにも【敵性個体】然として見えるので、友好的な種族とは思えないとの事。
外見で他者の性質を判断するのは地球ではナンセンスなのですが、こちらはゲームの世界観が踏襲されていますので概して種族的外見から想起するイメージは、ユーザーとの関係性を暗に示唆するような設定になっています。
つまり、醜くかったり恐ろしい外見をしている生命体は、原則として外見通りの性質を持っていると見做して間違いはありません。
もちろん例外もありますが……。
そして【グライア】達のスペックは相当に強力で、多数の強力な【不死者】達を使役しているそうです。
3個体と同時に対峙する場合、単純なスペックの比較ならばトリニティにも抗する力があると推定出来るのだとか。
ミネルヴァのサーベイランス能力は強力且つ精密なので、概ね推定は正確でしょう。
私によって強化された現在のトリニティは、おそらく【神格】の守護獣とだって渡り合う実力がありました。
3個体合わせてトリニティと互角だとするなら、【グライア】達には【ストーリア・マップ】の【敵性個体】と比べて恐るべき戦闘力があります。
「彼女達……あ、いや【グライア】に性別があるのかは不明ですが、【グライア】が【世界の理】を遵守していて意思疎通が可能で平和的に関係が築けそうなら滅殺する理由はありませんね」
ミネルヴァによると【グライア】達は醜い老婆達の姿をしているそうなので……彼女……という人称代名詞を用いましたが、実際の性別は定かではありません。
そもそも性別の区別がなかったり雌雄同体である可能性もあります。
「つまり【グライア】なる連中が【七色星】の現地国家にとって脅威となる【敵性個体】だったとしても、直ちに滅殺案件じゃないって事だよね?」
グレモリー・グリモワールは確認しました。
「はい。基本的にゲームマスターは全ての知的生命体に対して中立ですからね」
「あ、そう。ならさ、もしも【グライア】なる種族と意思疎通が可能なら、私も会って話したいんだけれど。【ストーリア】には存在しない未知の種族が使う【死霊術】って、もしかしたら私が知らない新しい系統魔法とかがあるかもしれないしね。話が通じる相手なら是非意見交換をしてみたいよ」
「う〜ん。とりあえずは構いませんよ」
既に【七色星】由来のNPCであるカリュプソを【調伏】して従者に出来たのですから、私のゲームマスター権限は【七色星】のNPCに対しても有効である事が確かめられましたので、【グライア】達がどんな設定のNPCであるにせよ、おそらくゲームマスターである私ならば屈服させて恭順させる事は可能だと思われます。
しかし【グライア】がグレモリー・グリモワール相手にどんな反応を示すのかは判然としない部分がありました。
なのでグレモリー・グリモワールの依頼自体は問題ないとしても、実際に引き会わせて【グライア】とグレモリー・グリモワールが敵対するような状況になれば、私が間に割り込んで会談を中止させる事もあり得ます。
「おっし。なら、【グライア】達は、なるべく滅殺しない方向で宜しく。さてと、そろそろ【アーズガルズ】に向かうとするよ。皆さんは少し待っていておくれ」
グレモリー・グリモワールは言いました。
グレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオールは、2人で【アーズガルズ】に通じる【門】がある【エルフヘイム】の中央聖域【世界樹】に向かって【転移】して行きます。
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