第925話。フィクサー。
【ニダヴェリール】王都【ニダヴェリール】の王城。
私とカリュプソとガブリエル、そして【レジョーネ】は王都【ニダヴェリール】にやって来ました。
グレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオール、そしてヴァルト王ら【ニダヴェリール】の王族が私達を出迎えてくれます。
「オッツ〜」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「お疲れ様です」
私達は略式儀礼の挨拶を交わします。
……と、見覚えのある人物がグレモリー・グリモワールと一緒にいました。
「ノヒトとソフィアちゃんは、アイレニック・ワーズワースの事を知っているよね?」
グレモリー・グリモワールが訊ねます。
「はい。アイレニックさん、お久しぶりです」
「うむ。無沙汰じゃの」
私とソフィアは挨拶しました。
「ノヒト様、ソフィア様。先日は危ないところを助けて下さりありがとうございました」
アイレニックさんは深く頭を下げて言います。
アイレニック・ワーズワースは【ワーズワース・マリーン・トランスポーテーション】……略称【ワーズワース海運】社の運営取締役という肩書だったと記憶しています。
【ワーズワース海運】は、900年前のゲーム時代から在る世界的海運企業でした。
本社はサウス大陸の北方国家【アトランティーデ海洋国】の北の港街【カタゴール】にあります。
【ワーズワース海運】は世界最大の民間商業海上輸送を行う流通業界の怪物ですね。
その創業者一族の1人でもあるアイレニックさんは、自ら船に乗り込んで荷を運びノート・エインヘリヤルが庇護する【クレオール王国】(旧称【リントヴルム公国】)を補給面で支援していたのです。
ノート・エインヘリヤル達は、ウエスト大陸の【ガレリア共和国】と【イスプリカ】の国境地帯で武装蜂起し、両国と戦争をしながら半ば独立しました。
【ガレリア共和国】と【イスプリカ】にとって当時の【リントヴルム公国】は単なる反乱武装勢力でしたので、【ガレリア共和国】・【イスプリカ】両国は、【リントヴルム公国】の陸・海・空路を封鎖して交易や補給を妨害しており、【リントヴルム公国】に物資を運ぼうとする者達には容赦なく攻撃を仕掛けていたのです。
アイレニックさん達はノート・エインヘリヤルの庇護する【リントヴルム公国】に味方し、危険を冒して必要な物資を運んでいました。
私とソフィアは1週間程前にセントラル大陸とウエスト大陸の間に横たわる【ガレリア海】を騒がせていた【シャムロック潜水艦隊】事件の解決の為に出動した経緯で偶然アイレニックさんと出会ったのです。
その時アイレニックさんが乗り込む【ワーズワース海運】の武装商船【イントレピッド】は、【イスプリカ】が差し向けた私掠船団に襲撃されていました。
それを私とソフィアで救援したのです。
その後、奴隷解放を旗印にして奴隷制国家と戦う【リントヴルム公国】は【クレオール王国】として【リントヴルム】の承認を受けました。
私も【クレオール王国】に物資を輸送する【ワーズワース海運】の船を【神の軍団】によって護衛させています。
ミネルヴァによると、現在【ガレリア共和国】と【イスプリカ】による、対【クレオール王国】への海上封鎖は【神の軍団】による護衛によって、ほぼ不可能になっていました。
しかし何故アイレニックさんがグレモリー・グリモワールと一緒にいるのでしょうか?
グレモリー・グリモワールとアイレニックさんとの接点がわかりません。
アイレニックさんは海運業社【ワーズワース海運】の取締役。
グレモリー・グリモワールが庇護する【サンタ・グレモリア】は内陸の都市なので海に面していません。
「で、こっちがクリフトン爺さん……じゃなかった、クリフトン・ワーズワースさん。【ワーズワース海運】の会長さんで、アイレニックのお祖父さんだよ」
グレモリー・グリモワールは老齢な【獅子人】の男性を紹介します。
アイレニックさんは【人】ですが、祖父のクリフトン会長は【獅子人】でした。
この世界の設定では異種族間の繁殖によって2分の1混血は産まれますが、4分の1混血は存在せず、その場合には遺伝形質の濃い方の種族として産まれます。
つまりクリフトン会長のパートナーが【人】の女性で、2人の間に産まれた混血の子供と【人】のパートナーの間に産まれたアイレニックさんは、遺伝形質的に濃い【人】になったという事でしょうね。
「クリフトン・ワーズワースでございます。神々の御尊顔を拝し奉り恐悦至極でございます。また【調停者】ノヒト様と【神竜】様におかれましては、孫娘のアイレニックを賊の襲撃から助けて下さいまして、心よりの御礼を申し上げます。誠にありがとうございました」
クリフトン会長は跪いて丁寧な礼を執りました。
「ノヒト。何でアイレニックやクリフトン爺さんと私が一緒にいるのか?……って考えているっしょ?」
グレモリー・グリモワールは訊ねます。
「はい。どのような経緯で知り合ったのですか?」
「そもそもは私がチェレステ女王陛下の即位戴冠式に出席した時に、たまたまクリフトン爺さんと式典で座席が隣り合わせたんだよ。で、クリフトン爺さんが900年前からある巨大海運企業の創業者一族の会長さんだって事で、現在私は色々とお世話になっている。アイレニックとも、その関係で知り合ったんだよ」
グレモリー・グリモワールは説明しました。
なるほど。
私やノート・エインヘリヤルとは別経路で知り合いになっていた訳ですね。
存外に世間は狭いモノです。
……というか、何となくゲーム時代の【秘跡】の発給パターンと同じような雰囲気を感じるのは気の所為でしょうか?
つまりアイレニック・ワーズワースというNPCがゲーム・シナリオへと誘導する【導き手】として、私やグレモリー・グリモワールやノート・エインヘリヤルの共通の知人として登場した訳です。
だとするなら、この後、私とグレモリー・グリモワールとノート・エインヘリヤルを巻き込んで何らかの合同【秘跡】が発給される事になりますが……。
いや、単なる偶然かもしれません。
「で、グレモリーが私にクリフトン会長を紹介した理由が何かあるのですか?」
「偶然【ニダヴェリール】に訪れていたクリフトン爺さんに会ったんだよ。で、クリフトン爺さんが……ノヒトとソフィアちゃんに挨拶をして、アイレニックを助けてくれた事に対するお礼を言いたい……って言うから引き会わせただけ。そもそもクリフトン爺さんが【ニダヴェリール】にいるのも【ドワーフ・インダストリー】の造船部門に新型輸送船を発注する商談の為だからね」
グレモリー・グリモワールは説明しました。
それは事実かもしれませんが、私は何か別の意図を感じます。
【ワーズワース・トランスポーテーション】程の大企業なら、自社の船を発注する場合に、わざわざトップの会長自らが発注先の造船会社に足を運んで商談をするとは考えられません。
普通に考えるなら【ドワーフ・インダストリー】社の造船部門の外渉担当の営業マンなどを、【ワーズワース海運】の本社がある海都【アトランティーデ】に呼ぶか、【ワーズワース海運】側の船舶調達部門の担当者を【ドワーフ・インダストリー】に送れば事足ります。
これは、クリフトン会長には、あえて【ニダヴェリール】に来た理由があると考える方が自然。
それは私に会う為、あるいはグレモリー・グリモワールがクリフトン会長を私に会わせる為だと思いますね。
その推測に至った根拠は、グレモリー・グリモワールの説明が凄くワザとらしかったからです。
「グレモリー。何か隠していませんか?」
「バレたか……。さっき喋った理由は建前で、本音は私がクリフトン爺さんと今後【ガレリア共和国】の精霊信仰教団に対する共同戦線を張るし、クリフトン爺さんと【ワーズワース海運】には色々と複雑な政治絡みの事情もあるからノヒトにキチンとした形で紹介しておこうって事」
グレモリー・グリモワールは言いました。
やはり、そうでしたか。
政治は面倒なので、可能なら関わり合いになりたくないのですが、他ならぬグレモリー・グリモワールからの紹介であるなら無碍には出来ません。
「グレモリーとクリフトン会長は協力して精霊信仰教団と戦うつもりなのですか?」
「そゆこと。それにクリフトン爺さんは奴隷制反対の立場から世界中で人道主義的な活動をしているんだよ。表か裏かに拘らずね。大きな声じゃ言えないけれど、クリフトン爺さんは以前から奴隷制を敷く国家に対抗する良心的な反乱勢力に対して、秘密裏にスポンサーとして莫大な資金援助をしている。【ワーズワース海運】が危険を冒してまでノート達の勢力を支援した理由も、ノート達が……奴隷解放戦争……を標榜して奴隷制国家である【ガレリア共和国】と【イスプリカ】に対して、真正面から喧嘩を売っていたからなんだよ。そういう意味でクリフトン爺さんやアイレニックは、ノヒトとも価値観を共有出来ると思う」
なるほど。
クリフトン会長と【ワーズワース海運】は奴隷制反対派として活動して来た経緯から、奴隷制を採用する国からは憎まれている事が容易に想像出来ます。
奴隷制採用国から刺客や暗殺者などを差し向けられたり、爆弾テロなどを仕掛けられたり、もっと直接的に軍隊によって爆撃されたりミサイル攻撃などを受けるかもしれません。
なので、グレモリー・グリモワールはクリフトン会長を私に引き会わせて……何かの時にはクリフトン会長やアイレニックさんや【ワーズワース海運】を、私やゲームマスター本部が保護して欲しい……と言っている訳ですね。
「ともかく、お礼を言わなければいけませんね。クリフトン会長、アイレニックさん、私が不在の間、奴隷制度に対抗する活動をして下さりありがとうございます」
私はクリフトン会長に頭を下げて礼を言います。
「いいえ。私が奴隷制反対の立場で活動して来た理由は、商売人としての欲目もあっての事。私のような俗物に、神聖なる【調停者】様が頭をお下げになってはいけません」
クリフトン会長は言いました。
「クリフトン爺さんは、私にもこう言って謙遜するんだけれど、彼が言う商売人の欲目ってのは、つまり……奴隷制が廃止されて解放奴隷が自活して経済力を持てるような社会に変われば、消費活動が活発になって物流が活況を呈し、結果的に【ワーズワース海運】も儲かる……って意味だから、そんな事は当たり前。クリフトン爺さんはテロ組織崩れみたいな反乱武装勢力を支援して政権転覆を謀り、クリフトン爺さんが支援するテロリストが政権に就いたら、その新政権から見返りとして不公正な汚いビジネスで搾取的利益を取ろうなんて話じゃないからね。クリフトン爺さんは本物の硬骨漢で、国際政治における良識派の黒幕なんだよ。だから私はクリフトン爺さんの事を買っている。つまり奴隷制反対派のスポンサーとして活動して来た経緯で、クリフトン爺さんには奴隷制採用国家から恨みを買っている事もあるから、私はノヒトにクリフトン爺さんの事を知ってもらって、何かの時には助けてもらえるようにしたかったんだよ。実際私は今日クリフトン爺さんを狙った殺し屋を捕まえたしね。クリフトン爺さんは、世界の為に失うには惜しい爺さんなんだよ」
グレモリー・グリモワールは言います。
国際政治の黒幕ですか……。
何ともはや、大仰な異名です。
「わかりました。今出来る事として【自動人形】・シグニチャー・エディションを複数クリフトン会長やアイレニックさんの護衛として貸し出しましょう。そして現時点からミネルヴァに2人の周辺警戒を常時させておきます。更に、追加で【自動人形】・シグニチャー・エディションを【転送装置】で送りクリフトン会長とアイレニックさんの家族や自宅や会社などの警備に当たらせましょう。その上で何かあれば【自動人形】・シグニチャー・エディションに内蔵されている【ビーコン】に私やトリニティが飛べます。とりあえずは、それで構いませんか?」
私は訊ねました。
「うん、十分だよ。ノヒト、あんがとね」
グレモリー・グリモワールは礼を言います。
「「ありがとうございます」」
クリフトン会長とアイレニックさんも深々と頭を下げました。
「クリフトン会長とアイレニックさんには、スマホを渡しておきましょう」
私は【収納】からスマホを取り出して言います。
「スマホは持っております」
クリフトン会長は言いました。
お、【マリオネッタ工房】製のオリジナル・モデルですね。
アイレニックさんもスマホを取り出して見せます。
「そうでしたか。弊社製品を購入して下さりありがとうございます」
「はい。商家は情報が命でございますので、もうスマホは手放せません」
クリフトン会長は言いました。
「ならば、今後ミネルヴァという者が連絡をすると思います。クリフトン会長が奴隷制反対の立場で活動なさって来られた件での情報共有の為ですので、ご協力をお願いします」
「畏まりました。喜んで全面的に協力させて頂きます」
クリフトン会長は頷きます。
クリフトン会長には、現在彼が支援をしているという反政府組織、つまりグレモリー・グリモワールの言葉を借りるなら……良心的な反乱勢力……というモノについての情報を聴かせてもらわなければいけません。
ゲームマスター本部として反乱を支援するか取締るか、あるいは傍観するかの判断はともかくとして、クリフトン会長も言っていましたが……情報は命……ですからね。
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