第924話。守護竜達が司るもの。
【ホテル・フヴェルゲルミル】。
夕食後、私はホテルの自分の部屋に戻りました。
私と【レジョーネ】は、この後グレモリー・グリモワール達と一緒に【アーズガルズ】に向かう予定ですが、約束の時間までには、まだ少し余裕があります。
ならば、また温泉に入ってやりましょう。
【ファミリアーレ】は、これから夜の街に出掛けるのだとか。
【フヴェルゲルミル】の都市城壁内で安全に注意した上で常識の範囲内で夜遊びをする分には文句は言いません。
ただし未成年のサブリナだけは……あまり遅くまで連れ回さないように……と注意をしておきます。
まあ、サブリナも間もなく成人するので、仮に【フヴェルゲルミル】の衛士に職務質問などをされても、【ファミリアーレ】のメンバーがいれば問題はないと思いますけれどね。
トリニティとウィローとカルネディアは、トリニティの部屋に向かいました。
カルネディアを寝かし付けなければいけませんので……。
カルネディアが眠っても、夜に目を覚ました際に周りに誰もいないとカルネディアが不安になるでしょうから、今夜はトリニティとウィローはカルネディアの側で過ごさせます。
トリニティはカルネディアに添い寝して、そのままトリニティ自身も睡眠を取るでしょうが、【知性体】のウィローは眠る必要がないので何か魔法研究の論文を書くなり、ミネルヴァから他人の研究論文の内容を聴くなりして過ごすつもりなのだとか。
私が【アーズガルズ】に向かう理由は現地に転移座標を設置する為です。
私はゲーム時代、プライベート・キャラのグレモリー・グリモワールとして日本サーバー(【地上界】)の全【遺跡】を攻略しているので、日本サーバー(【地上界】)に紐付く全ての【隠しマップ】に向かう事が出来ました。
しかし、それはユーザーであるグレモリー・グリモワールとしての実績であって、現在の私……つまりゲームマスターのノヒト・ナカとしての実績ではありません。
従ってゲームマスターの私は【隠しマップ】に転移座標を持っていないのです。
ゲーム時代ならば、ゲームマスターは外部端末の操作によって【転移】などを使わなくても、どんな場所にも移動可能だったので転移座標を設置する必要がありませんでした。
現在外部とのアクセスが途絶えてしまい、私は外部端末の操作が出来なくなっています。
なので【エルフヘイム】の【門】から【アーズガルズ】に向かう事が出来るグレモリー・グリモワールに連れて行ってもらう事で、私は【アーズガルズ】に転移座標を設置する必要がありました。
【アーズガルズ】に私が転移座標を設置すれば、パス・ネットワークを通じて共有アクセス権を持つトリニティは私の転移座標を使えます。
なので別行動を取っても差し支えありません。
【アーズガルズ】に向かった時に、もしかしたら【アーズガルズ】の守護竜である【ヨルムンガンド】を、私のゲームマスター権限で顕現させて現世に存在を固定する事になるかもしれません。
ソフィアやニーズの話によると……【ヨルムンガンド】は、ソフィア達とも時々連絡を取り合っていて基本的に話が通じる相手なので、今後現世でずっと活動させても問題ない……との事。
という事は……守護竜の中にも、ソフィア達と話が通じないタイプもいる……という事なのでしょうか?
ソフィア曰く……。
以前は【リントヴルム】とは意思疎通が難しい時期があったものの、現在ではリントとも絆が復活したので、未だ亜空間にいるイースト大陸の守護竜である【アジ・ダハーカ】も含めて5大大陸の守護竜5柱は良好な関係なのだそうです。
ゲームの公式設定によると、世界に存在する9柱の守護竜には、それぞれが司る概念が規定されていました。
【神竜】は……叡智。
【リントヴルム】は……慈愛。
【ファヴニール】は……理知。
【ニーズヘッグ】は……誠実。
……という具合に。
そして、
【アジ・ダハーカ】は……権威。
【ヨルムンガンド】は……信頼。
……を司ります。
ウエスト大陸の【隠しマップ】である【エレビア】の守護竜【バルドル】は、ソフィア達と考え方に多少の相違点があるのだとか。
【バルドル】は……理念を司る守護竜……と設定されていました。
なのでソフィア曰く……【バルドル】の奴めは少し偏屈で頑固なのじゃ……との事。
しかし【バルドル】も基本的な立場ではソフィア達と共通の価値観を持っているそうです。
問題なのは、イースト大陸の【隠しマップ】である【ゴンドワナ】の守護竜【ザッハーク】と、サウス大陸の【隠しマップ】である【プレスタンツァ】の守護竜である【アンピプテラ】の2柱。
【ザッハーク】は……名誉を司る守護竜……なので、思考が独特なのだとか。
基本的に知性を重んじ合理的で現実的な物の考え方をするソフィア達に比べて、【ザッハーク】は多少毛色が違う守護竜で時々話が通じ難い事もあるそうです。
ソフィア曰く……【ザッハーク】の奴めは、現実を直視出来ぬガキじゃ……との事。
名誉を重んじ過ぎると、現実的な判断で妥協などが出来ない……という事かもしれません。
そして守護竜達の中で最大の問題児が、【アンピプテラ】。
【アンピプテラ】は……喜楽を司る守護竜……なので良く言えば鷹揚で朗らかで無邪気。
悪く言うと空気を読まないワガママな自己中。
おそらくトリック・スター的な存在なのでしょう。
ソフィア曰く……【アンピプテラ】の奴めは、もはや頭がアレなのじゃ。何をしでかすか、何を考えておるのか我にも全くわからぬ……との事。
以前ソフィアが語った話によると……【アンピプテラ】はソフィアが大切に飼っていたペットの【黄金の卵を産む鶏】を焼き鳥にして食べてしまったのだそうです。
【黄金の卵を産む鶏】はイースターのイベントの報酬として手に入る不老不死の【聖鳥】でした。
その卵は天上の美味とされ、また【黄金のリンゴ】と同様に【黄金の卵】を食べれば【回復】と【治癒】の効果があります。
【黄金の卵を産む鶏】は設定上雌鶏しか存在しない為、繁殖して数を増やせませんでした。
つまり、極めてレアな家禽である【黄金の卵を産む鶏】を殺して肉を食べてしまえば、【黄金の卵】を得る機会は失われてしまうのです。
卵が大好きなソフィアが、毎日美味しい卵を楽しみにして大切に飼っていた【黄金の卵を産む鶏】を、無情にも焼き鳥にして食べてしまう【アンピプテラ】とは……。
私から見ると手が掛かるワガママ娘に思えるソフィアをして、【アンピプテラ】はワガママだと言わしめる存在。
ヤバさがわかります。
なので、もしかしたら【アンピプテラ】に関しては、将来的に私がゲームマスター権限で顕現させ現世に存在を固定しない方が良いと判断するかもしれません。
閑話休題。
【アーズガルズ】に転移座標を設置したら、私とソフィアは【七色星】を経由して【パンゲア】に向かいます。
私はゲームマスターの業務をしに行くのであって、遊びに行く訳ではないのですが、また置いて行くと後で煩いですからね。
ソフィアが睡魔と戦って起きていられるのか疑問ですが……まあ、良いでしょう。
グレモリー・グリモワールとの集合時間まで、私は自室の部屋風呂で軽く温泉に浸かりました。
あ〜、極楽、極楽。
別に温泉でなくとも湯船に浸かるという習慣は、日本人の遺伝子に刷り込まれた根源的快楽に訴えかける行為だと思います。
まあ、ゲームマスターとして【神格者】となってしまった今の私の遺伝子がどうなっているのかは、良くわかりませんけれどね。
当たり判定なし・ダメージ不透過という設定になっている私は、生体細胞や血液、あるいは髪の毛などを採取したり、普通の人間ならば垢などとして代謝される皮膚断片すらないのです。
ソフィアなど守護竜の細胞核の中は染色体の二重螺旋構造がキチンとありますが、私の細胞がどうなっているのかは調べる方法がないので皆目わかりません。
ミネルヴァの推定よると……かつては大勢いたゲームマスターの1人として魔力反応による個体識別が可能なので私にも遺伝子情報はある筈だ……との事。
しかし【知性体】と同じように物質としての遺伝子情報ではなく、霊体なデータそのものとして設定されている可能性が高いそうです。
物質に依拠しない純粋なデータとしての生命体ですか……。
もはや地球人的な常識から言うと、直感的には理解の範疇を超える概念ですね。
現代地球で、宇宙に関する理論物理学の分野において最大の論理矛盾と見做されているモノが……ブラックホール情報パラドクス……です。
この……ブラックホール情報パラドクス……が、従来ほぼ正しいだろうと推定されて来た物理学的標準(公理に準ずる思考の基盤)である一般相対性理論と量子力学の考え方を根底から揺るがしていました。
情報とは何か?
情報とは端的に言えば、観測可能な何かです。
物理学では究極的に粒子(量子情報)を最小単位の基礎情報と考えました。
例えば私という存在を規定するモノは粒子の集合体。
私を構成する集合体を個別のモノに分解すれば、それぞれは固有の量子的性質を有する素粒子です。
もしも私の身体を最小単位までバラバラに分解しても、私を構成していた量子情報は宇宙の内部に存在し、量子情報それ自体が消えてしまう事はありません。
なので理屈の上では、バラバラになった私の量子情報を掻き集めて正しい配置で再構築し直せば、私を元通りに復元する事が可能です。
これが物理学における……量子情報保存の原理……でした。
これは数理的に正しさが証明されている原理であり、現代地球の全ての科学は基本的にこの原理の上に立脚しています。
しかしブラックホールでは、その原理に矛盾が生じました。
ゲームマスターの私は定常不変の無敵の存在で、ブラックホールに入っても全く影響がないので、以後は地球人……つまり人間の私を実験台とする事にして考えなければいけません。
もしも人間としての私がブラックホールに入ると私の身体は一瞬でバラバラに破壊され存在が失われます。
しかし私の姿は目で見えなくなりますが、量子情報は何処かに存在している筈でした。
何故なら量子情報保存の原理があるからです。
私を構成していた量子情報が何処に行ったのか?は、未だ地球の物理学研究のフェーズでも議論が分かれているのですが、少なくとも私の量子情報は保存されている事は確かでしょう。
そうでないと物理学の基礎が根本から崩れてしまいますので。
1つの仮説によるとブラックホールに吸い込まれた私の量子情報はブラックホール表面の……事象の地平線……に符号として記録されるのだとか。
あたかもバーコードやQRコードのように……。
この仮説が正しければ、ブラックホールに吸い込まれてバラバラになった私の量子情報は保存され、物理学的に矛盾は発生しません。
しかし、ブラックホールで起きていると推定される……ホーキング放射……の作用を当てはめると説明不可能な矛盾が発生するのです。
物理学者スティーブン・ホーキングが提唱した……ホーキング放射……はブラックホールは事象の地平面から粒子を放ち徐々に質量を失い、言わば蒸発している事が推定されていました。
それが正しければ、ブラックホールは蒸発により最終的には消滅してしまうのです。
この時、蒸発する粒子はブラックホールが符号化によって保全している私の量子情報と一緒に蒸発し完全に消滅してしまうと、ホーミング放射の理論では推定されました。
これによって相対性理論と量子力学によって、あらゆる量子情報は保存されていなければならない事との矛盾が起きます。
この世界では、あらゆる事象がプログラムによって事前に規定されている訳ではなく、仮にゲーム会社が事前にプログラムしていない事象でも、物理演算により……あり得る因果……として自動的に現象化されていました。
これは本来ならば1から10まで全てをプログラムしなければならないというゲーム会社の開発作業の膨大さを緩和出来る点で制作サイドからすると、とても都合が良い仕様です。
しかし一方で現代物理学的にも理屈が通らない矛盾などがあると、物理演算がクラッシュしてしまうという問題もありました。
それを解決する為に、このゲームのチーフ・プロデューサーであり【創造主】でもあるケイン・フジサカは画期的なアイデアを思い付いたのです。
現代地球においても未だ物理学的に説明不可能な事象は全て魔力という謎のエネルギーが包括的に過不足なく作用して丸っと解決してしまうという設定にしちまおう……と。
こうして、この世界は物理演算的に表現出来ない事は、全て魔力の所為にしてクラッシュを防止していました。
つまり、この……魔力万能論……という、ご都合主義を使えば、ゲームマスターである私という存在は一体何なのか?がミネルヴァには推定出来る訳です。
ゲームマスターは定常不変。
ゲームマスターは、ゲームマスター権限によって、ほぼ何でも出来る。
ゲームマスターの魔力は無限。
ゲームマスターは【無限収納】に無限のモノを入れられる。
ゲームマスターは、あらゆる防御を無効化して威力値無限という意味がわからない攻撃を行使可能。
にも拘らず、ゲームマスターは、どんな威力値の攻撃も自身は……当たり判定なし・ダメージ不透過……の仕様で完全に無効化する。
ゲームマスターの存在そのものが矛盾に満ちていました。
しかし先程の魔力万能論を採るなら、ゲームマスターが何なのかは説明出来ます。
つまり私は魔力そのもの。
この世界は魔力によって物理法則が支えられているので、魔力そのものである私は世界そのもの。
ユーザーもNPCも全ての生命体が持つ魔力は、生命そのものと設定されているので、つまり魔力そのものである私は全ての生命そのものでもある訳です。
……などと、取り留めもない事が頭の中に想起される程、温泉入浴は解放的な気持ち良さがありますね〜。
私は長湯はせず15分で風呂から上がりました。
さてと、グレモリー・グリモワール達と合流しましょう。
私は身支度を整えて出掛けました。
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