第920話。温泉には一家言あり。
【ニダヴェリール】北方都市【フヴェルゲルミル】。
【ホテル・フヴェルゲルミル】のスパ。
【フヴェルゲルミル】に膨大な湯量の温泉が湧く理由は、北にある【ヒミンビョルグ山脈】が活発に火山活動を行っており地下に巨大なマグマ溜まりがあるからです。
しかし活火山【ヒミンビョルグ山脈】は有史以来一度も噴火などを起こした事はありません。
その理由は地下深くのマグマ溜まりが【火の精霊王】である【イーフリート】の住処であり、彼と配下の【火の精霊】である【サラマンダー】達が火山のエネルギーを自分達の魔力に還元して消費しているからです。
その【マグマ溜まり】に行って【イーフリート】や【サラマンダー】を服従させる事が出来たなら、彼らを【盟約の精霊】として使役する事が可能でした。
しかし【精霊】を味方ユニットにするなら【召喚の祭壇】を使う方が安全。
不死身のユーザーならばいざ知らず、わざわざ【イーフリート】の居処に赴いて服従させようとする者はNPCには、ほとんどいないでしょう。
【イーフリート】の居処に到達する前に【サラマンダー】や【フェニックス】の群に襲われ火ダルマになりますし、ボスの【イーフリート】は【神格者】に準ずる強力な存在ですので生命が幾つあっても足りません。
普通の人種は【マグマ溜まり】に足を踏み入れただけで、最高レベルの熱対策をしていなけば一瞬で蒸発してしまいますからね。
そもそも熱で近付く事すら困難極まりありません。
ただし【精霊】はユーザーや人種NPCに対して中立の存在ですので、【マグマ溜まり】に侵入しなければ無害な存在。
【イーフリート】の方から地上を攻撃して来るような心配はありません。
むしろ【ヒミンビョルグ山脈】の周囲に暮らす人々にとって【イーフリート】と【サラマンダー】は火山の脅威を沈静する守護精霊。
崇敬と感謝を向けられる信仰対象でした。
さてと温泉に入りましょう。
……これじゃない……。
私は多少の落胆を覚えました。
私達ゲームマスター本部チームは、温泉地として知られる【フヴェルゲルミル】の最高級ホテル【ホテル・フヴェルゲルミル】のスパにやって来たのですが、私が求めていた温泉はこれじゃないのですよね。
まず深い。
平均で水深は1m程ありました。
小さなブイが連なったコース・ロープが張られていて、そこで泳ぐガチ競泳勢がいたり、ダイエットなのか、あるいは何らかのリハビリなのか、ひたすら水の抵抗の中を歩いている人達もいます。
つまり【ホテル・フヴェルゲルミル】のスパは温泉のお湯を利用したプールでした。
ええ、とてもマッタリなど出来ません。
プールの周囲の部分には浅い場所がありますが、これも子供などの背が低いお客さんが安全に泳ぐエリアとして設えられているモノで、そこに私が座っていると子供達から……おじさん邪魔……と言われてしまいます。
カルネディアは楽しそうなので、その点は良かったのですが、私がイメージする温泉とは明らかに違いました。
泳ぐ事を想定していない場所もありますが、そちらは所謂ベビー・プールで20cm程しか水位がありません。
私が、遊泳者の邪魔になる状況に困惑していると、ウィローが……あちらなら誰も泳いでいません……と言うので一応移動してみましたけれども……。
ベビー・プールの真ん中に腰を落ち着けると、象の形をしたジョウロを持った赤ちゃんにキョトンとした顔で見つめられました。
そうですよね。
子供連れしかいないベビー・プールに座り込む1人の男。
不審者です。
こういう事ではありません。
プールのスタッフに……泳ぐつもりはないのですが……と言うと、リント達がいるラグジュアリーなスパ・エステの方に案内されました。
ジャグジー?
そうでなくて。
スパ・エステのプール・サイドではビーチ・チェアに寝そべってトロピカル・カクテルなどを飲みながら優雅に過ごすハイ・ソサエティなご婦人方が沢山います。
確かにマッタリした様子ではありますが、これも私がイメージするマッタリとはマッタリのベクトルが違います。
アロマセラピーや美顔マッサージやパックなども私は求めていません。
サウナ?
私は昔からサウナの閉塞感と息苦しさが苦手です。
岩盤浴?
ホット・ヨガ?
もはや、温泉とは呼べない気がします。
一応勧められて人生初……いいえ、今の私は【神格者】なので神生初の垢擦りというモノを試してみたのですが……。
私は設定上、定常不変の完全な存在なので、皮膚の老廃物というモノがなく全く垢が擦れません。
私がイメージする……ゆっくりお湯に浸かるだけ……という温泉ぽいプールもあるにはありました。
しかし、そちらは温泉浴治療という歴とした治療行為としての入浴が目的とされていて……専門スタッフの管理と介助の元、医師の診断書がなければ入れない……との事。
ゲーム時代には【フヴェルゲルミル】にも、もう少し温泉らしい温泉があったような気がするのですが……。
私は、ただゆっくりと湯船に浸かって浮世の柵を一時忘れたいというか何というか……。
そのようにホテルのスタッフに伝えると……単に温泉入浴だけがなさりたければ、お部屋のバスタブをお使い下さいませ……と恐縮されながら言われました。
部屋風呂にも温泉が引かれているから、と。
なるほど正論ですね。
そもそも、私がイメージする温泉というモノが、こちらの世界のNPCからの訴求がないのかもしれません。
ただしミネルヴァのサーベイランスによると、温泉らしい温泉がイースト大陸の【タカマガハラ皇国】には沢山残っているそうです。
まあ、今後【タカマガハラ皇国】に観光に行く予定もありますし、マッタリ温泉は、その時の楽しみに取っておきましょう。
・・・
私は部屋に戻り、部屋風呂に浸かる事にしました。
私の部屋はキング・スイート。
上層階の部屋でバスルームからの眺望は絶景。
バスタブも大きくて足を伸ばして、ゆっくり寛げました。
これこれ、これですよ。
むしろ部屋風呂最高。
私は、これを求めていました。
初めから部屋風呂に入れば良かったのです。
15分程入浴して、私は満足しました。
長く入れば良いというモノではありません。
温泉は食事などの合間に何度も入るのが醍醐味なのです。
お風呂から上がった私は、とりあえずビールを飲みました。
健康の観点から言うと入浴前後のアルコール摂取は色々と問題が懸念されるようですが、私は当たり判定なし・ダメージ不透過・不老不死・不死身で【完全毒物耐性】も持ちます。
なので私にはアルコールによる弊害が全く発生しません。
というか、アルコールによる酩酊も脳の機能への攻撃と判定されるらしく、全く酔っ払いもしないのです。
つまりビールを飲んでいるのも雰囲気でしかありません。
私は部屋の窓からの風景を見ながらボ〜っとしました。
ふと、ウィローが作った魔道具の事に思い至ります。
【七色星】固有の鉱物である【水晶鉱】を【増幅器】に用いた【魔法杖】でした。
あれは既存の魔道具と比べて画期的な性能です。
短時間で実用に耐え得る、あの性能の魔道具を完成させたウィローの才能と技術も大したモノでしたが、あれは【水晶鉱】の性質が、そもそも有用だったと見るべきでしょうね。
他にも【黒曜鉱】や【七色鉱】も利用価値が高い鉱物でした。
あれらの鉱物素材を使えば【ストーリア】の既存技術に飛躍的な進歩が期待出来ます。
私は共有アクセス権でミネルヴァの演算能力を借りて、頭の中で【自動人形】・シグニチャー・エディションの設計図を描き、その性能評価を行いました。
脳内シミュレーションの結果、現在製造品として最高性能である【自動人形】・シグニチャー・エディションに【水晶鉱】や【黒曜鉱】や【七色鉱】などの【パンゲア】固有の鉱物素材を使ってバージョン・アップすれば、既存【高位級】から【超位級】にまでスペックが引き上げられると試算されます。
【超位級】という事は、位階の上ではオラクルのような【超位覚醒】した【神の遺物】の【自動人形】に比肩しますね。
覚醒前の段階の純正【神の遺物】の【自動人形】は【高位級】なので、【七色星】素材で改良された【自動人形】・シグニチャー・エディションは位階の上では【神の遺物】を上回る事になります。
とりあえず【パンゲア】の素材を使用して【超位級】に性能向上した新型【自動人形】・シグニチャー・エディションは……ブロック2……とでも呼んでおきましょうか。
ただし【神の遺物】の【自動人形】や、そのゲームマスター本部専用機である【コンシェルジュ】は、自我や感情を持つ【人工知能】を備え、【技術的特異点】を突破した機械生命体とも呼べる特別な存在です。
残念ながら【自動人形】・シグニチャー・エディション・ブロック2は【超位級】のスペックを持っても自我には目覚めません。
そもそも位階とは、戦闘力や知能(演算能力)や魔法のスペックに重きを置いたカテゴライズなので、それが即ち総合的な優劣を判断する指標ではないのです。
【神の遺物】の【自動人形】や【コンシェルジュ】の価値は、自我と感情を持ち、人種と同等の柔軟で自律的な判断が行え、人種に寄り添った温もりある仕事が行えるという点でした。
わかり易い例を挙げるなら、人種が自分の赤ちゃんのお世話を安心して任せられる存在という事です。
単純戦闘力が欲しければ、【神の遺物】の【自動人形】や【コンシェルジュ】ではなく、【ゴーレム】や【ガーゴイル】や戦車や戦闘艦を使えば良いのですから。
とは言え、高い汎用性がある【自動人形】は軍事的にも有用な存在である事は間違いありません。
【自動人形】ならば戦うだけではなく、傷病兵の治療や看護、戦地での民間人の保護や、兵站管理や憲兵などの軍政も高い水準で行う事が可能です。
それらの高度な判断力を要する任務は【ゴーレム】や【ガーゴイル】や戦車や戦闘艦には絶対に熟せません。
現在【自動人形】・シグニチャー・エディションは【シエーロ】の工場で大量生産体制が整っています。
【超位級】にアップ・グレードされたブロック2を【魔界】平定戦に大量投入すれば大きな戦力強化に繋がる事は間違いありません。
また【自動人形】・シグニチャー・エディションは本質的に機械に過ぎないので、仮に戦闘で破壊されても物質的な損害だけを考慮すれば良い訳です。
私は【コンシェルジュ】達や【神の遺物】の【自動人形】を、本質的に生命体だと考えていますので、彼女達の犠牲を……機械が壊れただけ……などとは割り切れないので、そういう意味からも純然たる機械の【自動人形】・シグニチャー・エディションの性能アップは軍事運用という観点から利点がありました。
【コンシェルジュ】の場合は厳密に言うと自我と感情がミネルヴァをサーバーとして統合管理されているので、生命体の……個……の部分は【ワールド・コア】の内部に完璧に保全されていて、仮に【コンシェルジュ】が破壊されても、それは容れ物が壊れただけで【コンシェルジュ】の生命体としての個は【ワールド・コア】の中でバックアップされているので問題はありません。
またオラクル、ヴィクトーリア、ティファニー、ウィルヘルミナの4人の【神の遺物】の【自動人形】も、彼女達の主人であるソフィアとリントとファヴが、それぞれ【バックアップ・コア】を保有していますので、万が一破壊されても【コンシェルジュ】のボディに【バックアップ・コア】を装填すれば復活が可能。
私達の陣営ではクイーンとデックスとウェルカーナ・ムルキベルには現状【バックアップ・コア】が用意されていませんが、3人には安全な場所で活動してもらって【ダンジョン・ボス】の【コア】を入手出来次第【バックアップ】を行う必要があります。
閑話休題。
つまり【魔界】平定戦において、製造品の【自動人形】・シグニチャー・エディション・ブロック2を大規模に前線に展開出来れば、その分人種の兵士を比較的安全な後方に退げられ人的犠牲を軽減出来るという事でした。
これは無視出来ない大きなメリットです。
すぐにも【七色星】から【水晶鉱】や【黒曜鉱】や【七色鉱】を供給する体制を構築しなければいけません。
また惑星【七色星】には、まだ他にも惑星【ストーリア】には存在しない有用な鉱物資源があるかもしれないので、本格的な資源調査も行う必要があるでしょう。
おっと、いけない。
つい仕事の事を考えてしまいますね。
この旅行中は仕事を忘れるというコンセプトでした。
まあ、【パンゲア】や【七色星】の問題で、その初期計画は形骸化してしまった感が否めませんが……。
【七色星】の資源調査も、それらの新素材を用いた【自動人形】・シグニチャー・エディションの改良も、【魔界】平定戦も、既に私の指示でミネルヴァが準備を進めています。
この旅行中くらいは彼女に全てを任せても問題ありません。
マイ・マスター……お風呂から上がられているなら、街を散策してみませんか?……カルネディアが街に行ってみたいと言いますので。
トリニティが【念話】で提案しました。
わかりました……出掛けましょう。
私は【念話】で答えます。
私達ゲームマスター本部チームは、ホテルのエントランスで合流して街に繰り出しました。
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