第916話。エニシング・ゴーズ。
【ニダヴェリール】西方都市【ノーアトゥーン】。
私とトリニティとカルネディア、ウィロー、カリュプソ、ガブリエルは昼食を食べる為に【ノーアトゥーン】に【転移】して来ました。
一旦【ノーアトゥーン】の中央聖域の礼拝堂で私とトリニティは転移座標を設置させてもらいます。
その後再度ソフィア達のいる【ノーアトゥーン】のとあるレストランに向かいました。
ここは所謂高級レストランではなく、どちらかと言えば大衆レストラン。
夜になると酒場に変わるような庶民が集うお店でした。
旅行中、王城や高級ホテルのダイニングなどで贅を尽くした料理ばかりを味わって来たので、【ノーアトゥーン】では敷居を下げて食事をしようという趣向です。
【ファミリアーレ】の子達も私も庶民なのでマナーなどに煩くないレストランは有難いですね。
とはいえ、この店は港街【ノーアトゥーン】では有名なレストランで、美味しいシーフードを中心に多種多様なメニューが味わえる地元の穴場的お店。
魚介類が好きな私としては楽しみにしていました。
私達はレストランに入り、ソフィア達の同行者である事を告げます。
レストランは貸し切りにしてあるので、すぐに店員さんはソフィア達のいるテーブルに案内してくれました。
「ノヒト、来たか?早速皆を紹介してくれ」
ソフィアが言います。
私は、ゲームマスター本部メンバーと【レジョーネ】と【ファミリアーレ】の3チームをそれぞれ紹介しました。
カルネディアはトリニティの首席使徒になり私を基点とする【共有アクセス権】のパス・ネットワークに繋がった為、パスを通じて【レジョーネ】と【ファミリアーレ】が私やトリニティの身内である事を理解しています。
なので過度な緊張はしてはいないものの、生まれてから最大でも3人の姉達としか接した経験がないので、大所帯の【レジョーネ】と【ファミリアーレ】を前に多少の気遅れがあるようで、トリニティの腰にしがみ付いて多少人見知りをしていました。
これは致し方ありません。
子供は環境適応力が高いので徐々に慣れるだろうとは思います。
「カルネディアよ。其方はノヒトとトリニティが保護者代わりじゃ。ノヒトとトリニティの養女ならば我の身内も同じ事。我を家族と思って甘えても良いのじゃぞ」
ソフィアはカルネディアに優しく言いました。
カルネディアは緊張気味ながらもトリニティの背後から顔を出してソフィアに向かって頷きます。
ソフィアは子供の味方を公言しているだけあって、存外に子供の扱いが上手でした。
彼女は孤児院の視察などをすると、すぐに子供達を手懐けて遊びのリーダーになってしまいますからね。
子供は他者の本性を見抜く不思議な目を持っていますので……ソフィアは自分の味方だ……という事が本能的にわかるのかもしれません。
「はい。まずはニシン尽くしからで〜す。パンのお代わりは自由ですからね〜」
複数の店員さんが威勢良く前菜を運んで来ました。
今回はノース大陸お馴染みのスモーガスボードではなく、居酒屋コースのスタイル。
大皿料理を順番にドカッと運んでもらい、それを皆で取り分けてシェアします。
様々なニシン料理と一緒にバスケットいっぱいのパンも運ばれて来ました。
「お魚は食べられる?」
トリニティはカルネディアを気に掛けました。
「うん。川で獲って良く食べてた。後ザリガニとかカエルも……」
カルネディアは答えます。
「パンは食べられる?」
トリニティは訊ねました。
「わからない」
カルネディアは首を傾げます。
「トリニティ。【魔人】の食性は人種と同じ雑食じゃと聞くが、基本的に農耕はせぬのじゃろう?パンなどを食べる習慣はあるのじゃろうか?」
ソフィアが訊ねました。
「私は【遺跡】の【徘徊者】で孤高の存在でしたから、地上の【魔人】達が日常的にどんなモノを食べているかはわかりません。ただマイ・マスターの従者となって以降、私もパンや米や麺類などの炭水化物を食べておりますが違和感なく食べられます」
トリニティは答えます。
「だとするならカルネディアもパンは食べられるじゃろう。試しに味見してみて、口に合わぬようなら無理に食べなくても構わぬのじゃ」
ソフィアは言いました。
トリニティはカルネディアにパンを1つ手渡します。
カルネディアはパンの匂いを嗅ぎました。
そして恐る恐るという様子で齧り付きます。
「美味しい。柔らかくて甘い」
カルネディアはトリニティに言いました。
「なら良かったわ」
トリニティはカルネディアに微笑み掛けます。
ニシン尽くしの前菜メニューで私が最も気に入ったのは……ニシン巻き……というモノ。
骨や内臓や皮を取り除いて軽く塩を振った生のニシンの半身で様々な具材を巻いただけのシンプルな料理です。
【ノーアトゥーン】名物のニシン巻きは、元来は漁師料理……というか料理とも呼べないような食べ物なのだとか。
漁に出た漁師達が仕事の合間に調理して簡単に作れる豪快な漁師のお昼ご飯という事なのでしょう。
漁師達は自宅から持って来た様々な食材に、沖で獲ったニシンを船上で捌いて巻いて食べていた訳です。
生のニシンで巻かれている具材は多種多彩でした。
それぞれの具材は調理され、やや濃い目に味付けされています。
私は煮込んでソースがシッカリ染み込んだカブを巻いたニシン巻きと、蒸したジャガイモのニシン巻きが気に入りました。
食べる時にニンニク、トマト、タマネギ、キュウリ、セロリ、ニンジンなどを細かく刻んでスパイスと混ぜたサルサのようなフレッシュ・ソースを掛けて食べます。
【ノーアトゥーン】の地元民は、このニシン巻きを手掴みで食べるのが正式なのだとか。
なるほど、豪快な漁師達の料理ですからね。
船の上でナイフとフォークで……などという事は、やっていられないという事なのでしょう。
みんなはナイフとフォークを使っていましたが、私はお寿司も手で食べる派なので、手で食べる事に忌避感はありません。
キチンと手を清潔にすれば良いだけの事です。
こちらの世界では魔法的に消毒・殺菌なども行えますしね。
カルネディアもフォークより手掴み派ですか?
行儀が悪いなんて気にしなくて良いのです。
【ノーアトゥーン】では手掴みがニシン巻きの正式な食べ方だという事なのですから、むしろニシン巻きの食べ方としては手掴みが行儀作法に最も適っているのですからね。
私は自分とカルネディアの手を消毒・殺菌しました。
さあ、手掴みで食べてやりますよ。
美味しい。
ビールに合いそうな味です。
おっ、ビールも注文されていますね。
飲みましょう、飲みましょう。
美味い。
ニシンを食材に巻くという形状は、地球のロールモップスという料理に良く似ていますが、ロールモップスは甘酢に漬けたニシンを使うので、生のニシンではありません。
【ノーアトゥーン】は港町なので新鮮なニシンがあり、酢でシメなくても問題ないのでしょう。
もちろん冷蔵技術や流通が発達した先進国であれば鮮度管理が適切に行えるので何処ででも生のニシンは食べられますが、やはり港町で食べる新鮮な魚介は格別ですね。
ニシン巻きはニシンの半身で巻かれているので1つ1つがそれなりの大きさなのですが、パクパクと幾つでも食べられてしまいます。
カルネディアもニシン巻きが口にあったようで、口一杯に頬張っていました。
うんうん、好きなだけお食べ。
これからは食糧の心配をしなくても良いですからね。
「ノヒトよ。【七色星】で社会を形成しておるという【魔人】達もパンなどを食べる習慣があるのじゃろうか?」
ソフィアは言いました。
「わかりませんね。調査中です」
私は答えます。
「ソフィア様。私は数百年前に【七色星】のオーバー・ワールドで少し活動をしていた時期がございます。その経験から申し上げればオーバー・ワールドで社会を形成している【魔人】達もパンに類する食品を作って食べておりました。しかし【魔人】は食品加工や調理の技術が人種に比べて高くありませんので、私が知る限り【七色星】の【魔人】達が食べていたパン状の加工食品は、小麦粉を加水して練って焼いただけで酵母発酵というプロセスも経ていないので固く素朴なモノでございます。なので汁物料理などに浸けてふやかして食べるようなモノでございました。私が手引きして【パンゲア】から【ゴブリン】や【人】を【七色星】に多数移住させておりましたので、彼らの技術でパン焼きも多少の改善が行われている筈だとは思います。それがギミック・メイカーから命じられ私が【七色星】から【パンゲア】に渡った主たる目的でございます」
【七色星】出身の【アブラクサス】のカリュプソが説明しました。
「なるほどの。カリュプソよ、つまり【七色星】の【魔人】達も農耕や牧畜を行っておるのじゃな?」
「はい。農耕や牧畜や酪農、それから魚介類の養殖も行います。しかし基本的には【魔人】は農耕や牧畜や酪農も養殖も人種に比べて得意ではありません。また、工業などを含めた産業技術全般において【魔人】は人種に劣ります。これも私が【パンゲア】から人種を移住させた経緯で改善が図られている筈です」
「ふむ、そうか。原初の【七色星】には【魔人】しかおらず、【パンゲア】には人種がおった。もしも【創造主】が【七色星】を【ストーリア】と同じような地理と世界観で創っておるとするなら、【七色星】には【ストーリア】同様に10大陸8島があり、そして9つの【隠しマップ】がある筈じゃ。カリュプソよ、どうなのじゃ?」
「はい。【七色星】にも【ストーリア】と同じ様に10大陸と8つの島、そして【隠しマップ】が9つあります」
既にミネルヴァとカリュプソとの【七色星】についとの情報共有が始まっていて、私もこの基本的な情報は知っていました。
【ストーリア】と【七色星】の【マップ】は大陸の配置などが同じようです。
まあ、その方がプログラムが簡単ですからね。
ウチの会社が製作した【ストーリア】以前のオープン・ワールド・ゲームのように、大陸の形をランダムにしたり複雑な海岸線とかにすると相当に面倒臭くなります。
形を変える事自体は、どうという事はありませんが、それに付随する複雑な海底の傾斜や潮流なども全て物理演算に反映されるので、プログラム時にクソ程リソースを食い、プレイ時もデータが重くなりますからね。
大陸の型をシンプル極まりない円形にしてしまえば海底の形状は多少大陸棚などを張り出したりはするものの、基本的には只裾広がりにすれば良いのでプログラム時にリソースを割かなくて済みますし、プレイ時もデータが軽くてヌルヌルです。
「では【パンゲア】以外の【隠しマップ】の種族構成は、どうなっておるか?」
ソフィアが訊ねました。
「どうやら【七色星】において、人種が原住していたのは【パンゲア】だけのようです。ただし私が【パンゲア】から【七色星】へと移住させた人種が繁殖して人口が増え、現在は【パンゲア】以外の【隠しマップ】にも人種が移り住んでいる可能性はあると思います」
カリュプソが答えます。
「なるほど。確かに人種は【魔人】に比べて繁殖力が高いのじゃ。特に【ゴブリン】などは寿命が短い代わりに多産じゃからして、数百年を経れば相応に数は増えておるじゃろう。高い繁殖力という特性が、【魔人】より脆弱な人種の種としての生存戦略なのじゃろう」
ソフィアとカリュプソが話した内容は、カリュプソと情報共有したミネルヴァを通じて私も知っていました。
これは【七色星】を創った【創造主】が意図的にそうした事は間違いありません。
【創造主】……いや、ゲーム【ストーリア】の生みの親であるチーフ・プロデューサーのケイン・フジサカが、どういう意図で【七色星】を……そのようにして創った……のかは何となくわかります。
ケイン・フジサカが構想していた、このゲーム【ストーリア】のシナリオのメイン・ストリームが向かう最終的な到達点は……全種族あるいは全知的生命体の融和と共存。
これはユーザーには公開されていない計画でした。
お花畑的な……と笑う人がいるかもしれませんが、フジサカさんはクソ真面目に計画していたのです。
「俺が創るゲームの中くらい無邪気な俺の夢を叶えたって良いだろう?」
フジサカさんは私に言いました。
その【創造主】の夢を実現する為に、このゲームのメイン・ストリームは組み上げられています。
まず惑星【ストーリア】の日本サーバー(【地上界】)において人種と【魔人】は、お互いに【敵性個体】同士として設定されました。
しかし惑星【ストーリア】の北米サーバー(【魔界】)では、人種と【魔人】は共生しているという初期設定があります。
まあ、北米サーバー(【魔界】)は、バグった【知の回廊の人工知能】とルシフェルによって、その世界観が台無しにされてしまいましたが……。
ここまでが私がフジサカさんから聴かされていたメイン・ストリーム。
その先に【創造主】が用意した新たな【マップ】が【七色星】なのだと思います。
【魔人】の星【七色星】。
先行公開【マップ】の日本サーバー(【地上界】)から、後発公開【マップ】の北米サーバー(【魔界】)を経て、最新の【七色星】へ……。
この流れで、人種と【魔人】の融和と共生の歴史が紡がれる訳です。
もちろん、それは世界観としてのバック・グラウンドであって、ユーザー達の行動を制約する強制イベントなどではありません。
フジサカさんや私などのゲーム会社が世界を作り、そのオープン・ワールドのマルチ・サーバーに解き放たれたユーザー達は、自分の進む道を自分で決めれば良いのです。
このゲーム【ストーリア】の基本コンセプトは、エニシング・ゴーズなのですから。
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