第909話。ファースト・コンタクト。
【七色星】の【ゴルゴネイオン】。
名称不明の森に建つ拠点。
私とトリニティとウィローとカルネディアは、拠点に【転移】して帰還しました。
アープとカリュプソと、カリュプソの従魔達が私達を出迎えると、カルネディアが少しだけ怖がります。
【超位級】の巨大な魔物が20頭の群でいれば、普通は恐ろしいですよね。
また、カルネディアは社会から隔絶された閉じた世界の中で生活して来た為に、この世界の一般常識に酷く疎い面があり、【調伏】や従魔という概念を知らなかったのです。
この世界の設定的に【調伏】の効果は絶対で、従魔は主人の命令に反した行動を取れませんが、その設定を知らない者からすれば……魔物が襲い掛かって来るかもしれない……と考えても無理はありません。
怯えるカルネディアを見て、トリニティが……ウチの子を脅かすとは生意気な……とばかりに20頭の従魔達を睨み付けて威圧するので、従魔達が逆に怯えてしまいました。
「トリニティ。本気の【王威】でカリュプソの従魔達を睨むのは止めてあげなさい。従魔達のSAN値がガンガン削られていますよ」
私はトリニティを窘めます。
「仰せのままに……」
トリニティは、カリュプソの従魔達を許してあげました。
いや、カリュプソの従魔達は、ただ並んで行儀良くお座りしていただけで誰にも害意は向けていません。
完全なトバッチリです。
【神位】の領域に迫る魔力量を誇るトリニティが、本気で魔力を解放して【王威】を行使したら、【超位級】の魔物でも【抵抗力】が低ければ睨み殺されてしまう可能性もありますからね。
トリニティがカリュプソの従魔達20頭を睨み1つでわからせた様子を見て、カルネディアは少し安心したようです。
想定外の出来事があり、かなりの時間を費やしてしまったのでスケジュールより大分遅くなってしまいましたね……。
ミネルヴァ経由で情報を聴くと、レジョーネとファミリアーレは、とっくに朝食を食べ終えてしまったとの報告がありました。
食事に遅れたのでソフィアが怒っているのでは?と心配しましたが、ソフィア達にもミネルヴァを通じて私達の情報が伝わっています。
ソフィアも、私達が遅れた原因はカルネディアの保護だとわかっているので、その点に関しては怒ってはいないのだとか。
普段からソフィアは子供の味方を公言していますからね。
ただし眠っている間に私達が【七色星】で色々と行動していた事を知ったソフィアは……置いて行かれた……と少しヘソを曲げているようです。
眠いから……とホテルの部屋に戻って行ったのはソフィアの意思なのですが……。
今夜【パンゲア】で仕事をする事は事前にソフィアも知っていました。
ミネルヴァからソフィアにはフォローをしてもらったのですが、ソフィアは……今夜【七色星】を冒険するとは聴かされていなかった。ノヒト達だけでズルいのじゃ……と、ご立腹なのだとか。
いや、冒険というかゲームマスター本部の業務の延長なのですけれどね。
閑話休題。
仕事が押した為に、私達が宿泊している事になっている【ホテル・ニダヴェリール】のチェック・アウト時間にも間に合わないので、私やトリニティのホテルの部屋はオラクルにチェック・アウトと精算をしてもらう事にしました。
オラクルに建て替えてもらった料金は、既にミネルヴァによって私のギルド・カードのデータから送金処理が行われています。
次に旅行を計画する時には、私は部屋をリザーブする必要がないかもしれません。
どうせ私は睡眠をしないのですから。
【ホテル・ニダヴェリール】の朝食には間に合わなかったので、私達はカルネディアに朝食を食べさせる為に、これから【ワールド・コア・ルーム】に帰還します。
食事の場所は【ドラゴニーア】の【竜城】でも構わなかったのですが、これからカルネディアが住む事になる家にまず初めに連れて帰ろうという考えから【ワールド・コア・ルーム】に向かう事にしました。
カルネディアの新しい家はゲームマスター本部の中に急遽一部屋を作ってあります。
ミネルヴァが【コンシェルジュ】を使ってトリニティの執務室のすぐ近くのオフィスを空にしました。
家具は【竜城】にある私の私有スペースの亜空間フィールドでデッドストックになっている家具・調度を移設する予定です。
せっかく高級木材を使って【竜都】でも最高と呼ばれる家具職人に造ってもらった家具や調度が、ほとんど誰にも使われずに放置されていたので丁度良い機会でした。
本来【ワールド・コア・ルーム】にはホテルもあるのです。
ただし、そのホテルはゲームマスター本部から少し離れていました。
カルネディアが就寝する時に近くに誰かいた方が良いだろうという考えで、トリニティの執務室の直近の区画をカルネディアの生活スペースにしたのです。
トリニティも現在寝起きしている【竜城】のゲスト・ルームからカルネディアの寝起きする部屋に寝室を移すつもりなのだとか。
今後はカルネディアの事を考えて、トリニティには基本的に夜になったらカルネディアと寝起きする部屋に帰ってもらうシフトを組むつもりです。
シフトを調整するのはミネルヴァですが……。
当面トリニティは日中は仕事をして夕刻には仕事を終え、カルネディアと夕食を食べて帰宅するというルーティンになるでしょう。
またカルネディアが新生活に慣れて来たら、日中彼女には【竜都】で初等部の学校に通ってもらう予定です。
私は……カルネディアには同年代の子供達と触れ合う機会があった方が良いだろう……と考えました。
ミネルヴァとトリニティは……カルネディアはファミリアーレに入れてしまえば良い……と考えていたようですが、カルネディアは、まだ10歳です。
スポーン個体で尚且つ寿命をもたないNPCのステータスは年齢の項目に……なし……と表示されてしまうので、カルネディアの正確な年齢は彼女がスポーンした当時を知る人物がもういないので不明です。
しかしカルネディアは賢いので物心付いた時点からの記憶や年月の感覚は、かなり正確で詳細に覚えていました。
そこからの逆算によってカルネディアの年齢は今年10歳であろうという推定が出来たのです。
平和な日本人的感覚が未だ抜けない私は、義務教育年齢の子供を危険な冒険者にするのは如何なモノか?と思いますよ。
ましてカルネディア本人は冒険者という職業が何なのかも理解していません。
ファミリアーレの子達は理由や経緯は様々ながら最終的には皆自分の意思で冒険者活動を選択していました。
カルネディアに訳がわからないまま冒険者活動に参加させるのは、私には多少の忌避感があります。
もちろん世の中には様々な理由で望まぬまま他の選択肢がなくて仕方なく冒険者をしている子供もいますが、少なくとも私の身内には自由意思に基づいた選択をさせてあげたいと思っていました。
それが出来るのは私が恵まれた幸運な境遇であるからだという自覚もあります。
ファミリアーレにも義務教育年齢の子供達がいますが、彼女達は優秀なので義務教育卒業資格を既に持っていました。
所謂飛び級というヤツです。
基本的に孤児院生は優秀で必死に勉強をするので、飛び級で義務教育を修了する子が少なくないのだとか。
つまりファミリアーレの子達は、法的には義務教育を終えている扱いになっているのです。
グレモリー・グリモワールも2人の養子を来年初頭から【竜都】の国立学校に転校させる予定のようですが、グレモリー・グリモワールの養子で下の子のレイニールはカルネディアと同い年でした。
つまり【竜都】の国立学校の初等部でカルネディアとレイニールは同級生になるかもしれません。
まあ、【竜都】の国立学校と言っても幾つもあるので、実際に同じ学校に通うかどうかはわかりませんけれどね。
【ドラゴニーア】の国立学校は授業料が無償です。
にも拘らず国立学校では、公立学校や私立学校より立派な施設や設備があり優秀な教師陣がいて高度な教育が行われていました。
当然国立学校は人気となるので入学試験があります。
国立学校の入試は毎年凄い倍率の熾烈な競争となっていました。
しかしカルネディアもグレモリー・グリモワールの2人の子供達も国立学校の入試合格は確実でしょう。
【ドラゴニーア】の国立学校、それも年齢が低い初等部の場合、魔法の素養が高い子供はペーパー・テストの点数が低くても合格し易いからです。
カルネディアには魔法適性があり、幼いながら既にかなりの難易度の詠唱魔法を使えました。
この辺りは、さすが【ゴルゴーン】族。
カルネディアくらい魔力量が多い魔法覚醒者なら、もはやペーパー・テストは名前を書くだけで合格可能なのです。
カルネディアの種族は知性が高い【魔人】にあっても【ヴァンパイア】などに次いで魔法が得意な【魔人】である【ゴルゴーン】。
【ゴルゴーン】は【闇魔法】が得意ですし、種族特性として強力な【石化】も行使可能です。
またカルネディアは、物心付いた頃から森でのサバイバル生活をして来ただけあって実戦で鍛えられているので魔法の運用も上手でした。
レベルや熟練値などのステータスも相当に高いのです。
グレモリー・グリモワールの2人の子供であるフェリシアとレイニールも魔法の才能は人種NPCの枠を突き抜けたレベルの人外級。
2人の国立学校への合格も間違いないでしょう。
【ドラゴニーア】の国立学校は国家的エリート人材の育成を担う目的もあるのですが、カルネディアには勉強などは適当でも構わないので友達を沢山作ったり、遊んだりと……年齢相応の子供らしい無邪気な生活をしてもらいたいですね。
今までのカルネディア生活は、あまりにも厳し過ぎました。
「カリュプソ。私達【ストーリア】の者は、【誕生の家】の【赤ちゃんスポナー】など、【七色星】について何も知らないので聴きたい事は無数にありますが、今はとりあえず1つだけ質問します」
「はい。何でございますか?」
カリュプソは返事をします。
「現在地の地名がわかれば教えて下さい。ここが【ゴルゴネイオン】という国の領域である事は聴きました。この森の名前や地域の名前があるなら知りたいのです。【マップ】の地名が空欄なので登録しなければいけません。転移座標などの管理に不都合が生じるので現在地の地名がわかればありがたいのです」
「ここは私の記憶通りなら【ゴルゴネイオン】の【老婆達の森】です。ただし私も【七色星】から【パンゲア】に移って久しいので、現在もその地名が使用されているのかはわかりません」
カリュプソは言いました。
「ありがとう。管理上とりあえず登録したかっただけなので、地名が変わっていても構いませんよ」
私は現在地の拠点に設置した転移座標を……【老婆達の森】拠点……として登録します。
「ここは私達【ストーリア】の者にとって本当に未知の場所なのですよね。少し歩いただけで見た事もない鉱物が幾つも見つかりましたし、あらゆる学術の最初の段階である博物学の領域が広がっています。学究的好奇心が刺激されて、とても興味深いです」
ウィローが言いました。
ウィローの性格が段々わかって来ましたね。
彼女はフィールド・ワークに学究的好奇心の衝動を掻き立てられるタイプなのでしょう。
同じ研究者肌のノート・エインヘリヤルは、引き篭りのオタク気質で外出を億劫がる傾向がありました。
グレモリー・グリモワールは突然アイデアが降りて来る閃きタイプなので特に環境を選びません。
グレモリー・グリモワールとノート・エインヘリヤルとウィローの3人で1つのテーマの研究をやらせたら面白いかもしれませんね。
私は皆を【球体隔壁】で保護してから【転移】します。
・・・
惑星【ストーリア】日本サーバー。
セントラル大陸中央国家【ドラゴニーア】竜都【ドラゴニーア】。
【竜城】の礼拝堂。
朝。
私達は、【七色星】の軌道上を経由して【ストーリア・マップ】に戻って来ました。
【七色星】には惑星軌道上に【認識阻害】の層があります。
この【認識阻害】の層には表裏があり、外側からは惑星地表を視認する事も【魔力探知】する事も出来ませんが、内側からは宇宙空間を視認したり【魔力探知】する事が可能なギミックがありました。
なので私の強化された視力で【七色星】から【ストーリア】を発見・視認出来れば、視認範囲内ならば何処にでも【転移】出来る【短距離転移】でダイレクトに帰還する事が可能です。
しかし【ストーリア】と【七色星】双方の惑星が自転しているので私がいる【七色星】の地表からは【ストーリア】が見えない角度になってしまっており、結局は双方の惑星軌道上を経由する宇宙ホッピングで帰って来なければいけなくなりました。
多少面倒な経路を取りましたが、時間的には一瞬の事。
カルネディアが宇宙空間から【七色星】を見て喜んでいたので結果オーライです。
礼拝堂にはアルフォンシーナさん以下【竜城】の【高位女神官】の皆さんが出迎えに揃っていました。
アルフォンシーナさんにミネルヴァからの情報共有が行われていましたが、出迎えを要請したりはしていません。
深夜にもウィーゼル皇太子を送り届けて出迎えをさせてしまいましたし、今はもう朝です。
アルフォンシーナさんは徹夜したのではないでしょうか?
「何だか申し訳ありません。アルフォンシーナさんは昨晩全く眠っていないのではありませんか?」
私は恐縮して訊ねました。
「ご心配には及びません。胸が高鳴って、とても眠ってなどいられませんよ。何しろ昨晩から今朝に掛けてミネルヴァ様を通じて時々刻々と動静が伝えられる【パンゲア】や【七色星】の情報は、私達【ストーリア】に生きる者達にとって有史以来初めて他惑星の人々との邂逅の歴史的な瞬間なのですから。ましてや【ドラゴニーア】が【ストーリア】で最初に他惑星や【マップ】からのゲストをお迎え出来るなんて素晴らしい事です。少々の寝不足など問題ではございませんので、どうぞノヒト様はお気になさらないで下さいませ」
アルフォンシーナさんは微笑んで言います。
あ、そう。
その昔地球ではアポロ11号が月面着陸をした時に、世界中の人々が固唾を飲んでテレビやラジオに釘付けになったと云いますからね。
ましてや今回は【パンゲア】や【七色星】から意思疎通が可能な人達を連れて来たのです。
つまり宇宙人との初遭遇だった訳です。
そう考えると……眠っていられない……というアルフォンシーナさんの言葉は本心かもしれません。
私達は双方で挨拶と自己紹介を交わしました。
ただしカルネディアに食事をさせなければならないので、今はごく簡易的なモノです。
私は【竜城】にある私室の家具と調度を【収納】に回収してから、改めて皆で【シエーロ】に【転移】しました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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活動報告、登場人物紹介&設定集も、ご確認下さると幸いでございます。
・・・
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