第907話。カルネディア。
【七色星】の【ゴルゴネイオン】。
森の深部【誕生の家】。
私達は【ゴルゴーン】の子供カルネディアに連れられて【七色星】の原住民から【誕生の家】と呼ばれるギリシア神殿風の建物に足を踏み入れました。
【誕生の家】の建材として使われている白亜の大理石と見えた石材は、この世界では最も一般的な謎物質である【不滅の大理石】です。
つまり、この建物は間違いなく初期構造オブジェクトでした。
そして私は、こことソックリな施設を知っています。
規模は全く違っていましたが、この【誕生の家】は私が日常的に良く知る建物の外見と同じでした。
それは【知の回廊】。
【知の回廊】も【誕生の家】も、地上部分の建屋はギリシア神殿風の列柱建築が中庭を囲むように回廊状に建っています。
【誕生の家】をそのまま巨大にしたら【知の回廊】と全く同じフォルムになるでしょう。
まあ、両方とも【創造主】の手によるデザインですから同じであっても別に不思議ではありません。
私は【誕生の家】の敷地内や建物の中に【スパイ・ドローン】の【キー・ホール】を沢山放ちました。
「こっちだよ」
カルネディアは勝手知ったる我が家とばかりに、私達を建物の奥へと案内します。
カルネディアは入口を入ってすぐ左に向かい、明らかにメインの通路ではない入り組んだ細い通路を進み、行き止まりにあった扉の前で私達を手招きしました。
私達は扉を開けて部屋に入ります。
・・・
とある部屋。
!
これは……。
「えっ!?……」
ウィローが絶句しました。
「みんな。お客さんが来てくれたよ。トリニティお姉ちゃんから、おにぎりっていう美味しい食べ物を貰ったんだ。まだ沢山あるから、みんなも食べたかったら起きてね〜」
カルネディアは床の上に寝かせられた……【ゴルゴーン】の子供と思われる小さな遺体……に向かって順番に話し掛け、庭園で摘んできた花を供えて行きます。
「ここは墓室……いや、遺体安置室でしょうか?」
トリニティが言いました。
「室内……というか、この【誕生の家】の内部全体に環境適正化のギミックが働いているのでしょうね。遺体が腐敗せずミイラ化しています」
ミイラ化した遺体の周りにはカルネディアが摘んで来たと思われる花やドングリなどが沢山並べてあります。
花が新鮮な状態なので、カルネディアが毎日交換しているのかもしれません。
「カルネディア。この子達は?」
トリニティは訊ねます。
「お姉ちゃん達だよ。みんな眠くなって起きなくなったら、ここに運んで来る事になっているの」
カルネディアは遺体に向かって順番に花を手向けながら言いました。
起きなくなる……つまり亡くなったという意味でしょう。
「他に起きている子はいないの?」
ウィローが訊ねました。
「満月が9回過ぎた前までは一番下のお姉ちゃんがいたけど、もう、いない。起きているのは私だけ。これが一番下のお姉ちゃん。後ね〜、私がお話した事があるのは、この真ん中のお姉ちゃんと、こっちの大きなお姉ちゃん……。他のお姉ちゃん達は、最初からず〜っと眠っている」
カルネディアは屈託なく言います。
「大人は誰も来なかったの?」
「うん。お姉ちゃん達以外の人には会った事がないよ」
カルネディアは答えます。
トリニティは、しゃがみ込むようにしてカルネディアの小さな身体を抱きしめ頭を撫でました。
私も、見ている現実が辛くて堪りません。
カルネディアが物心付いた時には年長の子供が最低3人生存していたのでしょう。
そして飢餓あるいは病気などが原因で1人また1人と、その子供達が亡くなって、9か月程前にカルネディアは1人だけになったのです。
そして、そこから幼いカルネディアは、9か月あまりを、たった1人で生き抜いて来たのですね。
どうやって?
想像を絶します。
この【誕生の家】は【神位】の【結界】が張られていますので中にいれば魔物などの襲撃からは守られるでしょう。
しかし食料は?
そもそもの話、カルネディア達は何故子供達だけで暮らしていたのか?
おそらく【誕生の家】に子供を授かりに来た大人の【ゴルゴーン】がいて、子供の【ゴルゴーン】であるカルネディアなどがスポーンしたのでしょう。
しかし、何らかの理由で大人の【ゴルゴーン】は、子供がスポーンした後その育児を放棄してしまった、と。
そしてカルネディアの話によると、この【誕生の家】は都市や街など外部社会との接触が途絶えて、少なくとも7、8年は経っているようです。
子供を欲しがる大人の【魔人】がいなくなったのでしょうか?
カリュプソ…… 【誕生の家】という施設は数が多いのですか?
私は【念話】で訊ねました。
各大陸に20か所はある筈です。
カリュプソは【念話】で答えます。
では、【誕生の家】でスポーンする子供とは、どのくらいの年齢でスポーンするのですか?……例えば乳児とか、幼児とか、あるいは話しが出来るような児童とか。
私は【念話】で訊ねました。
乳児……と言いますか、【ワー・ウルフ】などの繁殖を行う【魔人】の出産の感覚で言うなら、生後間もない状態でスポーンすると記憶しています。
カリュプソは【念話】で答えます。
わかりました。
私は【念話】で言いました。
なるほど。
おそらくですが【誕生の家】は複数箇所にある為、この深い森の中にある【誕生の家】は利便性が悪いので、半ば放置されてしまっているのかもしれません。
外部との接触があるなら、この【誕生の家】にカルネディア達子供達が置き去りにされている情報が都市などに伝わり、政府や自治体や心ある人達が放っておかないでしょうからね。
つまり、この【誕生の家】は外部の社会からは忘れ去られた存在なのかもしれません。
しかし尚も私にはどうしても理解出来ない疑問が2つ程残ります。
1つは、カルネディアのような遺棄された子供に誰が知識を与えたのか?
もう1つは、カルネディアのような子供がスポーンした直後の乳児の時点で誰が育児をしたのか?
「カルネディア。あなたは言葉を誰に教わったのですか?」
私はカルネディアに訊ねました。
「一番下のお姉ちゃんが教えてくれたんだ〜。私、ご本も読めるよ」
カルネディアは言います。
「カルネディア。では、これは読めますか?」
私は空中に魔法で文字を書いて、カルネディアに訊ねました。
「私の名前はカルネディアです。種族は【ゴルゴーン】です。おじさん、簡単だよ〜」
カルネディアは私が空中に書いた文字を読みます。
「ではコレは?何時ですか?」
私は空中にアナログ時計を描きました。
「え〜っと、7時45分。簡単」
カルネディアは答えます。
私は続けて計算問題や文章読解問題などを出題しました。
カルネディアは全問正解します。
カルネディアが正解する度に私は食べ物やお菓子を渡してあげたので、カルネディアは喜んで問題を解いていました。
カルネディアと同年代の人種の子供なら結構答えるのが難しい問題もありましたが……。
カルネディアが優秀なのか、あるいは人種より知性が高い【魔人】の子供ならば、このくらいは当たり前なのかは【ストーリア】に【ゴルゴーン】の子供がいない為に比較対象がなくて判断しかねますが、少なくともカルネディアは相応の知識と教養を持っています。
「カルネディア。こういう問題に答えられる知識を誰かに教えてもらったのかい?」
「一番下のお姉ちゃん……じゃない。あれ?時計の読み方とかは、お姉ちゃん達に教えてもらった訳じゃないけどわかる……。どうしてだろう?」
カルネディアは首を捻りました。
なるほど。
スポーンする【魔人】などのNPCは、無知な状態でスポーンする訳ではなく、スポーン時に必要最低限の知識と教養が予め【創造主】から与えられます。
子供のカルネディアもそうだったのでしょうね。
因みに守護竜など位階が高い存在のNPCには更に高度で広範な知識が与えられていました。
【神竜】が……至高の叡智……などと自画自賛する程度にです。
とりあえずカルネディアに誰が知識を与えたのかという疑問は解けました。
カルネディアは生まれ付きある程度の知識や教養を持ってスポーンしたのです。
だからこそカルネディア達は子供だけで多少なりともサバイバル出来たのでしょうね。
亡くなってしまった年長の子供達もカルネディアに多少の知識は教えたのだとは思いますが、カルネディアの知識の大半は生まれ付き備わっていたスペック……つまり、このゲーム【ストーリア】の【世界の理】そのものである【創造主】から与えられたのです。
さて、もう1つの疑問ですね。
乳児でスポーンする子供達を誰が育児したのか?
【誕生の家】でスポーンする子供が生後間もないような乳児だとするなら、おそらく初めの内はミルクなどの液体で栄養を摂取しなければいけません。
もしかしたら【魔人】の子供は、生まれてすぐ固形物を消化可能なのかもしれませんが、【ワー・ウルフ】などは生後しばらくは母乳で育児をしていました。
なので、とりあえず……【魔人】も人種と同様の成長プロセスを辿る……という前提で考える事にします。
【ストーリア】には【ゴルゴーン】の子供という存在がいないので実際はどうか不明ですが、仮に人種の赤ん坊と同じように生後間もなくは育児をしてもらわないと生きられないとするなら、少なくともカルネディアにも乳児時代に、母乳か母乳に類する液体栄養をカルネディアに与え、ほとんど付ききりで育児をした者がいる筈でした。
生後しばらくの赤ん坊は一度に十分量のミルクを飲めないので、日に何度も少しずつ栄養を補給する事は言うに及ばず、赤ん坊は排泄の処理なども誰かが行い清潔を維持してあげなければ、簡単に病気になって亡くなってしまう程脆弱ですからね。
赤ん坊には絶対に親や看護者が必要です。
年長の子供達が生存中は彼女達が幼いカルネディアの面倒をある程度は看ていたのでしょう。
しかし、私が【キー・ホール】で調べた限り、この【誕生の家】には赤ん坊が飲めるミルクや、それを代替し得るモノが何もありません。
ミルクに限らず食べ物自体がほとんど見付かりませんでした。
給水・温水などの【不滅のオブジェクト】による生活インフラは見付かりましたが、食材がないのです。
ここの庭園には花が咲き乱れていました。
あの庭園は、どうやら【庭園】という環境フィールドになっているらしく通年花が咲いているのでしょう。
しかし、環境不変のギミックによる花園では花以外の穀物や野菜などは、ほとんど育ちません。
食べられる花などがある可能性はありますが……。
花だけを食べて生き存えるというのは、魔力からエネルギー補給が可能で人種と比べて飢餓に強い【魔人】であっても、さすがに無理でしょう。
「カルネディア。あなたは普段何を食べているのですか?」
私は訊ねました。
「お庭のお花とか、葉っぱとか、ドングリとか、虫とか、ミミズとか、蛇とかだよ。あと蜂蜜、甘〜いの」
カルネディアは言います。
なるほど。
環境不変フィールドなら花は摘んでも翌朝には、また咲いていますので、敷地内に蜂の巣があれば蜂蜜は豊富に確保出来るでしょう。
糖は生命を繋ぐ貴重なカロリー源となります。
敷地内にはドングリなどが実る木が生えているのですね。
ドングリは主食となり得ます。
ただし環境不変フィールドであっても木の実は一度採取してしまうと、次のシーズンまでは取れません。
保存出来る設備があって大量にドングリを保管すれば1年分の主食になるかもしれませんが、それでも私の第2の疑問の答えとはなりませんね。
つまり赤ん坊にはミルクか、それを代替する液体状の栄養補給可能な何かが必要です。
それがなくて乳児のカルネディアが今の年齢まで成長出来るとは思えません。
私が、そんなふうに考えながら遺体を調べて回っていると、第2の疑問を解く事が可能……かもしれない1体の遺体を見付けました。
この墓地か遺体安置所かわからない室内には、若い女性の【ゴルゴーン】の遺体が1人安置されていたのです。
この若い女性が生きていた時に、カルネディア達の世話していたのかもしれません。
ミルク問題は?
繁殖力がない【ゴルゴーン】に母乳は出るのでしょうか?
野生の獣を捕まえて飼育して、その母乳を利用した……とか?
わかりませんね。
とりあえずカルネディアが赤ん坊だった時に誰が面倒を看たのかはわかりました。
カルネディアは赤ん坊だったので覚えていないのでしょう。
しかし、この若い女性【ゴルゴーン】が【誕生の家】でスポーンして、その時点から既に【誕生の家】が外部との接触がなかったとするなら、やはり、この若い女性【ゴルゴーン】が乳児時代に誰が育児を行ったのか?という新たな疑問が残ります。
堂々巡りですね。
もしかしたら亡くなった若い女性【ゴルゴーン】は、都市などの外部社会から、この忘れ去られた【誕生の家】にやって来た可能性もあります。
その推測の延長線上には、若い女性【ゴルゴーン】に外部社会から乳児用のミルクを含む食糧などの物資を運んでいた誰かがいたのかもしれません。
そして、この遺体の若い女性が、ここの子供達をスポーンさせ【誕生の家】で子供達を育てようとしたものの、何らかの理由で子供達の親であった若い女性が死亡してしまった事で子供だけが残され悲劇的な現状に至る、と。
この推測なら一応の辻褄は合います。
いや、もう考えるのは止めましょう。
仮に、その謎が解けた所で、それが一体何になるというのでしょうか?
何にもなりません。
亡くなった子供達は、もう生き返らないのですから。
私の疑問が全て解消したとしても、だから何?
無意味な徒労です。
取り返しが付かない事を考えるより、これからの事を考えましょう。
少なくとも私にはカルネディアの将来をどうにかしてあげる事だけは出来ます。
「カルネディア。私の家の子になりませんか?私は、あなたの保護者になりたいのです」
私はフロアに膝を付いて、カルネディアに目線を合わせて言いました。
「おじさんの家の子?」
カルネディアはキョトンとした顔をします。
「はい。毎日暖かいご飯がお腹いっぱい食べられますよ」
「お姉ちゃん達は?」
カルネディアは亡くなった子供達を見回して言いました。
「お姉ちゃん達は亡くなったんだ。死んでしまったんだよ。もう生き返らない。だから土に返してあげなくちゃ」
「ぐすっ……うん、わかった……」
カルネディアは頷きます。
そして、カルネディアは堰を切ったように泣き始めました。
号泣です。
彼女は天井を見上げて大声で泣き続けました。
カルネディアの年齢なら、ましてや知性が高い【魔人】なら、もう自分の身に何が起きているかキチンと理解出来ているでしょう。
姉と呼ぶ年長者が3人亡くなり、とうとう1人きりになって9か月あまり、食糧も乏しい中カルネディアは深い森の中でたった1人で必死に生き抜いて来たのです。
寂しくて心細くて怖くて堪らなかったに違いありません。
私はカルネディアが泣き止むまで、黙って彼女を抱きしめ続けました。
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