第906話。誕生の家。
【ストーリア】セントラル大陸【ドラゴニーア】。
竜都【ドラゴニーア】の【竜城】の礼拝堂。
私は【パンゲア】の【ノトリア帝国】のウィールド皇太子一行を連れて【ドラゴニーア】に戻りました。
【転移】による短時間の移動でしたが【七色星】の軌道上と【ストーリア】の軌道上を経由したので、ウィールド皇太子達は一瞬の宇宙旅行を経験し色々と驚いたようです。
彼らは虚無海に浮かぶ真っ平らな大陸【パンゲア】に生まれ育ったので……惑星という球形の天体で下向きになっている地面から落っこちないのか?……など様々な不思議に多少混乱もあるのでしょう。
そもそも彼らは閉鎖空間である【隠しマップ】しか知らない為に、境界が判然としない空間である宇宙という概念があまり理解出来ないようでした。
それら天文学など自然科学の知識も彼らは【ドラゴニーア】で学ぶ事になるのでしょうね。
【竜城】の礼拝堂にはアルフォンシーナさん以下【高位女神官】の皆さんが勢揃いして出迎えてくれました。
大神官のアルフォンシーナさんは通常昼勤で、夜間は神官長のエズメラルダさんがアルフォンシーナさんを代行していますが、今回は他国……いや、他惑星から遊学に来た皇太子一行がゲストなので、アルフォンシーナさん自らのお出迎えとなったのでしょう。
国の代表とは大変なお仕事ですね。
頭が下がります。
「お帰りなさいませ、ノヒト様。はじめましてウィールド皇太子殿下、そして【ノトリア帝国】の皆々様。遠路遥々良くお越し下さいました。私は【神竜神殿】において【神竜】様の首席使徒である大神官を拝命しております、アルフォンシーナ・ロマリアでございます。何分と【パンゲア】や【ノトリア帝国】の習慣に不慣れでございますので至らぬ事もあるかとは存じますが、皆様が【ドラゴニーア】にご遊学中、ご不自由をお掛けしないように相努めて参ります。何かご要望がございましたら遠慮なく神殿の者達にお申し付け下さいませ」
アルフォンシーナさんは挨拶しました。
「アルフォンシーナ大神官猊下。此度は遊学を受け入れてくれて感謝致す。ミネルヴァ様よりアルフォンシーナ大神官猊下は【ストーリア】でも指折りの傑出した御仁だと伺っている。我々も【ストーリア】や【ドラゴニーア】の習慣には疎いが何卒ご指導の程宜しく頼む」
ウィールド皇太子は頭を下げて言います。
ウィールド皇太子は長文の言葉も喋れたのですね。
緊張気味ながらも一生懸命に謝意を伝えていました。
【ドラゴニーア】側と【ノトリア帝国】側で挨拶と自己紹介が交わされます。
「ウィールド皇太子殿下。お部屋にご案内致しましょう。ご自分のお部屋と思ってお寛ぎ下さいませ。お夜食など何か御所望でしたら、お部屋までお持ちしますのでお申し付け下さい。【ドラゴニーア】の君主たるソフィア様は現在ノース大陸に行幸中で不在ですが、お戻りになり次第、皆様と会談の席を設けます」
アルフォンシーナさんは言いました。
「ありがとう」
ウィールド皇太子は頭を下げます。
ソフィアは【ヌガ】でウィールド皇太子とは会っていますが、あの時のソフィアは興味本位で【パンゲア】を訪れただけの単なる渡航者。
次に会う時は【ストーリア】の最高神としてウィールド皇太子達に謁するので状況が全く異なります。
「アルフォンシーナさん。急な事で恐縮ですが、ウィールド皇太子達の事を宜しくお願いしますね」
「はい、ノヒト様。ソフィア様からも……【パンゲア】からの遊学生の皆様の受け入れは万事滞りなきよう取り計らえ……と申し付けられておりますのでお任せ下さい」
アルフォンシーナさんは微笑みました。
私はアルフォンシーナさんにウィールド皇太子一行の事を任せて【転移】します。
・・・
【七色星】の森。
私は宇宙空間を経由して共有アクセス権でパスが繋がるトリニティを目標にして【転移】し、森の中を歩くトリニティとウィローとカルネディアに合流しました。
トリニティとカルネディアには種族的に足がありませんが……。
「トリニティ。【マップ】に何らかの構造物がありますね?アレがカルネディア達が暮らす集落ですか?」
私は訊ねました。
「はい。そのようです」
トリニティは答えます。
【マップ】の縮尺的に相当に巨大な構造物ですね……。
私は【スパイ・ドローン】の【キー・ホール】を先行させて視覚を共有し映像で状況を確認しました。
森の中の集落だというので木造や土造の粗末な建物が並ぶ環濠集落なのかと想像していましたが全く違いました。
白亜の大理石のように見える石材で出来た列柱に支持された壮麗なギリシア神殿らしく見える建物。
明らかに地球の建築様式です。
つまり、これは【創造主】のデザインなのでしょう。
森の深部に唐突に建つ巨大なオブジェクトなので、一瞬【スポーン・オブジェクト】かとも思いましたが、【マップ】には【スポーン・オブジェクト】とは表示されていません。
という事は初期構造オブジェクトです。
「これは……こっちのも……」
ウィローがキョロキョロとしながら辺りを物色して、何やら拾い集めていました。
「ウィロー。どうしましたか?」
「ノヒト様。これらをご覧下さい。【ストーリア】には存在しない鉱物です」
ウィローは興奮気味に報告します。
ウィローが差し出した物質は一見すると何だかわからない石ころでした。
【鑑定】すると……。
【黒曜鉱】。
魔力を吸収・遮断する性質を持つ魔法金属。
超硬度を誇る。
【七色鉱】。
【認識阻害】の性質を持つ魔法金属。
超硬度を誇る。
【水晶鉱】。
魔力を増幅する性質を持つ魔法金属。
高硬度を誇る。
……これらは何でしょうか?
見た事も聞いた事もありません。
「【黒曜鉱】とは黒曜石のような金属鉱石という意味でしょうか?こちらは水晶のような金属鉱石?黒曜石も水晶も金属ではありませんが……」
私は呟きました。
「アダマンタイトやミスリルのような金属と鉱物の特性を両方兼ね備えた特殊鉱なのではありませんか?」
ウィローが推測します。
「なるほど。この【黒曜鉱】は透明感がある漆黒色ですし、こちらの【水晶鉱】に至っては透明ですから、とても金属だとは思えませんが、原子が金属結合して自由電子構造が認められますね。確かに【ストーリア】のアダマンタイトやミスリルも透明度がある不思議な金属ですから、同じようなモノと考えれば理解は出来ます。【七色鉱】は七色に光っていますが、これも金属のようですね。いずれも【七色星】固有の鉱物という事なのでしょう」
「とても興味深いです。これらの性質を詳しく調べれば鉱物資源として有効な利用法が見付かるかもしれません。大発見ですよ」
確かに、少し考えただけでも魔力を増幅する性質を持つ【水晶鉱】は魔法の効果を高める魔道具や魔法触媒として、あるいは魔導兵器や魔導回路の【増幅器】として活用出来そうですね。
魔力を吸収・遮断する性質を持つ【黒曜鉱】は鎧や盾などに加工すれば【対魔法】の属性を持つ防具となりますし、魔導回路に使えば高性能な絶縁体として働くでしょう。
【認識阻害】の性質を持つ【七色鉱】は鎧や飛空船の外装に使えば【魔力探知】に対するステルス機能を発揮するのではないでしょうか?
つまり、この【七色鉱】で 完全被甲の弾丸やミサイルの外被甲とすれば、【魔力探知】不可能なステルス弾やステルス・ミサイルも造れます。
いずれも工夫次第で工学的に応用幅が広そうですね。
私とウィローが、そのような話をしながら歩いていると、ギリシア神殿風のカルネディア達が暮らす集落(?)の正面入口に到着しました。
カルネディアは巨大な2体の女神(?)の像が左右から腕を伸ばしてゲートを形造る入口を通り抜け、ギリシア神殿風の巨大構造物の正面ファサードに向かって続く通路を進んで行きますが、私とトリニティとウィローは入口で見えない壁に塞がれます。
「【結界】ですね……」
「お姉ちゃん、来て。みんなに紹介するから……」
カルネディアが振り返ってトリニティを手招きしました。
「マイ・マスター。【神位級】の【結界】のようです。耐久値が無限……これは私では破壊出来ません。どう致しますか?」
トリニティが訊ねました。
「いや、他人の家の防衛ギミックを無闇に壊すべきではありません。魔力登録をしていない者は通行出来ない基本的な防衛ギミックでしょうから、何とかなると思います。ゲームマスター権限において命じる。私とトリニティとウィローの通行許可を認めなさい」
「魔力反応照合……ゲームマスターと確認。ゲームマスターのノヒト・ナカ、ゲームマスター代理のトリニティ、ゲームマスター代理代行のウィロー・マリー・エミール・サンクティティの通行を許可します。ようこそ、【ゴルゴネイオン】の【誕生の家】へ」
機械音声が言います。
ゲームマスターはゲーム【ストーリア】の全宇宙の執行権限者ですので当たり前ですが、どうやら【七色星】でもゲームマスター権限は問題なく有効なようですね。
しかし、また良くわからない名前が登場しました。
【ゴルゴネイオン】?
【誕生の家】?
カリュプソ…… 【ゴルゴネイオン】と【誕生の家】とは何ですか?
私は【七色星】生まれのカリュプソに【念話】で訊ねます。
これは失敗しましたね。
【七色星】についての知識があるカリュプソを私に同行させ、トリニティとウィローを拠点防衛に置いて来た方が良かったかもしれません。
まあ、カリュプソも私の従者となってパスが構築されていますので、リアル・タイムで情報共有は可能ですけれどね。
私が【七色星】で活動していた当時は、ほとんど【遺跡】の中で暮らしていましたので【オーバー・ワールド】については、あまり多くは知りませんが、【ゴルゴネイオン】とは【ゴルゴーン】の国です……【誕生の家】とは【ゴルゴーン】などの繁殖力を持たない【魔人】が子供を授かる事が出来る神の家だったと記憶しています。
カリュプソは【念話】で説明しました。
子供を授かる事が出来る神の家……とは?
私は【念話】で訊ねます。
文字通りの意味です……【ゴルゴーン】などのように繁殖力を持たない【魔人】が子供を望む場合、神域の【誕生の家】に向かい子供を授かって来て自分の子供として育てるのです…… 【誕生の家】の最奥の部屋には神が構築した【魔法陣】があり、そこで祈りを捧げて待つと自分の種族と同じ子供がスポーンする仕様のようです……それ以上の事は私にはわかりません……申し訳ありません。
カリュプソは【念話】で言いました。
もしも子供を望む大人の【魔人】が【誕生の家】に現れないとどうなりますか?
私は【念話】で訊ねます。
祈りを捧げなければ【誕生の家】は子供をスポーンさせない仕様だったと記憶しています。
カリュプソは説明しました。
なるほど、わかりました。
私は【念話】で伝えます。
私は【ストーリア】には存在しない子供の【ゴルゴーン】であるカルネディアがいた事から、【七色星】の【魔人】は種族に関係なく繁殖力を持つのではないか?と推測しました。
しかし、それは間違いのようですね。
【七色星】の【魔人】にも【ストーリア】の【魔人】と同様に繁殖力がない種族がいるのです。
ただし【七色星】には、子供の【魔人】がスポーンするオブジェクトの【誕生の家】なる施設があり、【七色星】で繁殖力がない【魔人】は【誕生の家】でスポーンする子供を我が子として育てる設定になっているという事なのでしょう。
つまり……カルネディア達が暮らす集落に大人がいない……のは当たり前でした。
【誕生の家】は子供がスポーンするオブジェクトなのですから。
しかし、【誕生の家】に子供を望む大人がやって来て祈りを捧げないと子供がスポーンしない仕様だとするなら、カルネディアや他の子供達は何故いるのか?という疑問があります。
考え得る事は、子供を望んで祈りを捧げて子供を授かった大人が考え直して、カルネディアのような子供を連れ帰らず【誕生の家】に遺棄して1人で帰ってしまったのでしょうか?
良くわかりませんね。
私達はカルネディアに付いて【誕生の家】敷地内に入りました。
「お姉ちゃん達。ちょっと待ってて……」
カルネディアは通路から脇道に逸れて垣根を潜って姿が見えなくなります。
私達は垣根を跳び越えてカルネディアを追い掛けました。
すると、そこには美しい庭園があったのです。
カルネディアは庭園に咲く花を摘んでいました。
しばらく眺めていると、両手いっぱいに花を抱えたカルネディアが満面の笑みで戻って来ます。
「はい。これ、お姉ちゃんの分。これは、お姉さん。これは、おじさんの分だよ」
カルネディアは私達に花を配りました。
お姉ちゃんとはトリニティ。
お姉さんはウィロー。
という事は私がおじさんという事ですね。
私のアバターは20代くらいに見えるように若作りしてありますが、中身の私は紛れもなく中年です。
幼い子供というのは、何故か大人の本性を見抜く不思議な目を持っていますからね……。
「この花を私に?」
トリニティが訊ねました。
「うん。みんなが喜ぶから……」
カルネディアは屈託なく笑って言います。
みんな?
私は疑問に思いました。
何故なら【誕生の家】の敷地内には、私達4人以外には生体反応がありません。
そう言えば最初に【七色星】に到着して拠点化した場所の周囲を広域サーチした時、【魔人】と【知性体】の反応がありました。
正確には【魔人】1人と【知性体】が3個体です。
あの【魔人】の1人がカルネディアの反応だとするなら、近隣には他の【魔人】や人種はいない事になりますよね。
カルネディアが言う……みんな……とは一体誰の事なのでしょうか?
私達は【誕生の家】の建物の中に入りました。
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