第904話。【ノトリア帝国】にて。
【ルトリア】中央政庁舎の大広間。
「ヴェリタス法王。【スキエンティア】と同様に、【パノニア王国】の経済的攻撃によって混乱した【ヌガ法国】経済市場の立て直しは、あなた方【アブラクサス】教団と【ヌガ法国】政府が【世界の理】を遵守する限り、私が責任を持って支援しますので心配ありませんよ」
私はヴェリタス法王に言いました。
これは逆に言えば……言う事を聞かないなら、わかっているよね……という脅しの意味もあります。
「ははっ。御高配感謝致します」
ヴェリタス法王は跪いて頭を下げました。
私は基本的にヴェリタス法王個人については、一定の信用はおけると考えています。
彼のログを見る限り、高位の聖職者としてそれなりに評価に値する人格と見識を持っているようでした。
一言で言うならヴェリタス法王は慈善的な性質です。
【ウトピーア法皇国】の高位聖職者である【枢機卿】達は本物の鬼畜やクズばかりでしたからね。
ヴェリタス法王は、シピオーネ・アポカリプトが率いる【パノニア王国】との戦争に負けて、シピオーネ・アポカリプトが先代の法王を強制的に退位させ後釜として法王に据えた人物でした。
つまりシピオーネ・アポカリプトが……彼が良い……と選んだ訳です。
ヴェリタス法王は、法王になる前は地方都市の司祭でした。
【アブラクサス】教団の幹部達の中には宗教を悪用して私服を肥やすような生臭聖職者達も沢山いましたが、ヴェリタス司祭は任地において清貧を貫き民に寄り添って慈善活動を行っていたようです。
だからこそシピオーネ・アポカリプトは彼を法王に選んだのでしょう。
【ヌガ法国】のヴェリタス法王だけでなく、シピオーネ・アポカリプト自身が庇護者となった【パノニア王国】も、その他【パンゲア】全ての国家元首が全員シピオーネ・アポカリプトが新たに選任したか、または再任した者達でした。
シピオーネ・アポカリプトが再任したのは【ノトリア帝国】の皇帝だけ。
つまり【ノトリア帝国】の皇帝には人物として見るべき所があったのでしょう。
私の怒りを買って見せしめに娘のアープ王女を奴隷にされた【マギーア】のフレイヤ女王もシピオーネ・アポカリプトから選ばれた新女王で、ログを見る限りそれなりの人格と見識を持っていました。
どうやらシピオーネ・アポカリプトは、それなりに人を見る目があるようです。
「カリュプソ。あなたはギミック・メイカーからの指示で【パンゲア】から人種をリクルートして【七色星】に送る事業を担っていましたが、その任務は私が取り消します。ギミック・メイカーが、あなたを【パンゲア】に送ったそもそもの理由は、【火星人】の侵略に対抗する為【七色星】の防衛力の向上を意図したモノ。今後【七色星】に【火星人】が攻めて来た場合は、私が【火星人】を撃退しますので問題はありません。なので、もしもギミック・メイカーが、あなたが使命を放棄した事を理由に文句を言って来ても、私があなたの身の安全と立場を完全に守りますので何も心配いりませんからね」
私はカリュプソに言いました。
「ありがとうございます。もはや私はノヒト様の従者でございますので、ノヒト様のご意志に従います」
カリュプソは答えます。
「結構。では私は、カリュプソも一緒に連れて行きますが、【ヌガ法国】から何か持ち出したい私物などがあるなら15分以内に準備をしなさい」
「畏まりました。特段持ち出す必要がある私物などはございませんが……私が【調伏】した魔物達がおります。あの従魔達も連れて行って構いませんか?」
「構いません。数が多いのですか?」
「私が【調伏】したのは【古代竜】の番と【古代・グリフォン】の番だけなのですが、あの2組の番が、それぞれ子を生しまして群が出来ております。総勢20頭でございます」
「わかりました。その20頭を連れて行きましょう。その従魔達は今後もあなたが子飼いの配下として管理しなさい」
「ありがとうございます。では今呼び寄せますので、少しお待ち下さい」
しばらくして、【ルトリア】中央政庁舎の上空に20頭の魔物が集まりました。
カリュプソの従魔達に対して、一応私もマスター権限が行使出来るようにします。
私はヴェリタス法王に【コンシェルジュ】10体と複数の【スマホ】と【タブレット】を貸与してから、アープとカリュプソと20頭の魔物を連れて【転移】しました。
・・・
【パノニア王国】南方都市【タルキア】。
中央政庁舎のホール。
「カリュプソ。あなたと従魔達は、ここに置いて行きます。アープを守りなさい」
私はカリュプソに指示します。
「畏まりました」
カリュプソは答えました。
「さて、お次は【ノトリア帝国】への訪問ですね。ウィールド皇太子……」
「わかった。頼む」
【ノトリア帝国】のウィールド・ノトリア皇太子は頷きます。
ウィールド皇太子は【オーガ】族らしい朴訥とした口調ですが、決して私に含む所や叛意などがある訳ではありません。
仮にウィールド皇太子が私に従いたくないなら、【オーガ】は種族的性質として絶対に従わないのです。
例え殺されても。
私の言う事を聴いて一応従う姿勢を示している時点で、ウィールド皇太子は私を認め受け入れてているという事です。
【オーガ】とは元来そういう性質の人達でした。
巨漢で言葉少なで茫洋としているので、ともすると他種族から【オーガ】は頭の回転が遅く知性が低いと侮られる事もありますが、決してそんな事はありません。
【オーガ】は多少農耕や職工技術などを不得意にしていますが、知性は【人】と比べても遜色ないのです。
むしろ私は【オーガ】について種族全体として良いイメージを持っていました。
【オーガ】は肉体的な強さばかりが目立ちますが、実は他の種族と比べて高潔で誇り高く、誠実で謙虚で、約束を守り正直で嘘を吐かず、他人を騙さず裏切らず、誰にも媚びず反面思いやりがある、とても美しい人達なのです。
きっと、そのような種族の君主を務めている人物だったので、シピオーネ・アポカリプトは現皇帝を留任させたのだと思いますね。
【ストーリア】において【オーガ】の人口が最も多いのはセントラル大陸の【グリフォニーア】です。
セントラル大陸において【オーガ】は職務に忠実で決して裏切らない性質から、軍や衛士隊に数多く採用され拠点防衛や要人警護などを担っていました。
イースト大陸でも【タカマガハラ皇国】や【イスタール帝国】などに【オーガ】の集落が沢山あります。
ゲームの世界観的に【オーガ】はイースト大陸に種族的なルーツを持つと設定されていました。
イースト大陸の【オーガ】も頼りにされる存在です。
ただし【ストーリア】において【オーガ】族が民族自決的に主権国家を築いている例はありません。
これは種族的に正直な性質の【オーガ】が国家運営や外交など駆け引きや生臭い交渉事を苦手としている為に、狡猾な他種族からの統治に甘んじてしまった歴史的な背景、あるいはゲームの世界観的な設定があるからだと思います。
そういう設定がありながら、【パンゲア】では【オーガ】が主権国家を維持している事は特異な状況と言えるかもしれません。
私は密かに【オーガ】の国【ノトリア帝国】を訪れる事を楽しみにしています。
【ノトリア帝国】はクローズド・ベータ版から存在していた古い国家でした。
私は、正直で他人を騙さない【オーガ】達が、どのようにして永年主権国家を保って来たのか興味があります。
私はウィールド皇太子と【ノトリア帝国】代表団、そして各国の外交官を連れて【転移】しました。
・・・
【ノトリア帝国】帝都【ノトリア】。
帝城の謁見の間。
私達が【ノトリア】に到着すると、【ノトリア帝国】の公職者が集まっていた場所は、今までの大広間ではなく皇帝の玉座がある謁見の間です。
この場所を選んだ意味が何かあるのでしょうか?
「良く来られた。【調停者】ノヒト・ナカ殿よ。事情は倅(ウィールド皇太子)から聴いておる。儂は【ノトリア帝国】皇帝アンゴルモア・ラクリモサ・ノトリアである」
謁見の間の高台の下でアンゴルモア皇帝は挨拶しました。
「ノヒト・ナカです。で、今後あなたと【ノトリア帝国】は私の庇護下に入り【世界の理】を守ってくれるモノと考えてよろしいのですか?」
「あなたの強大な魔法には抗いようもない。しかし、1つ付言致す。儂が預かる【ノトリア帝国】の民は、正道なき者には従わぬ。ノヒト・ナカ殿が【オーガ】を騙し搾取するようなら、儂も民達も力及ばずながら手向かいいたす。それを、お忘れなきように」
「私は【ノトリア帝国】の国民が【世界の理】を誠実に守るならば、私に出来る限り【ノトリア帝国】の国民を庇護すると約束します。同じ前提条件を満たすなら【ノトリア帝国】に対して経済的な支援も行います。騙したり搾取などはしません。それだけの事です。後は従うも従わないも【ノトリア帝国】の国民の自由。ただし【世界の理】が破られれば、私は取り締まります。その程度が悪質だと私が判断したなら、【ノトリア帝国】を滅ぼす可能性もあります。それが私の職責ですので」
「【世界の理】なるモノは倅から送られて来た内容を儂と大臣達とで取り急ぎ精査した。とりあえず【世界の理】に書かれている内容は妥当だと思われる。我が国には元来戦争捕虜や犯罪奴隷以外に奴隷はいない故、奴隷制全面廃止に関しても、すぐに受け入れられよう。だが、あなた自身の口から……【ノトリア帝国】の民を不当に虐げない……との誓詞をもらいたい」
「私は【ノトリア帝国】の民を不当に虐げません……【誓約】。これで良いですか?」
私は自力で【誓約】を破棄出来るので、これは完全で永続的な約束とはなりません。
ただし、たった今私が言った言葉に嘘がない事の証明とはなります。
「良かろう。儂は【ノトリア帝国】の皇帝として【世界の理】の遵守を約束し、また【ノトリア帝国】の民にも、その履行を命じよう……【誓約】」
アンゴルモア皇帝は宣言しました。
「あ、そう。ならば問題はありません。以後宜しくお願いします。今のアンゴルモア皇帝の【誓約】を以って、私はゲームマスターとしてアンゴルモア・ラクリモサ・ノトリアを正当な【ノトリア帝国】皇帝として【指名】します」
私はアンゴルモア皇帝に王権神授を行います。
「謹んで拝命致します。以後儂はノヒト・ナカ様の忠実なる剣として働きます。さあ、ノヒト様。玉座にお上がり下さい。あなたは儂ら【ノトリア帝国】の庇護者様とお成りになったのですから」
「その前に、一応上空で示威をして来たいのですが……」
「わっはっはっは。もはや、儂の目の黒い内は【ノトリア帝国】にノヒト様に背く者などおりませんよ。【オーガ】の忠誠とは生命より重いのです」
「はい。【オーガ】の高潔さは知っています。ですが、他の国ではやって、【ノトリア帝国】ではやらない訳にはいきません。こういうモノは存外に前例として後世に影響を及ぼすモノなのです。一律に行わないと要らぬ誤解を生むかもしれません」
「なるほど。それは道理でございますな。では、存分に威をお示し下さいませ」
「そうします」
私は【ノトリア】の帝城の上空に待機している【キー・ホール】を目標にして【転移】して【最後の審判】を放ちました。
ふ〜、これで良し。
私は【キー・ホール】を追加投入してから、帝城の謁見の間に戻ります。
「さて、アンゴルモア皇帝。とりあえず、あなたの病気を根治してしまいましょう」
「私の病気?既に【武神】様から治療を受け、このように歩けるまでに回復致しておりますが?」
アンゴルモア皇帝は意外そうに訊ねました。
「はい。シピオーネによって行われた治癒は、対処療法として完璧ですが、あなたの病気の根本的な原因は治療されていません。それを私が【神位魔法】で根治します」
アンゴルモア皇帝の病気は地球の病理で言うなら、パーキンソン病です。
この病気は進行性の疾患で一般医療では【ストーリア】でも地球でも根本的な治療法は確立されておらず症状が進むと最終的には死に至ります。
魔法で治療をする事は可能ですが、病理が神経の変性である為に中々根治までは難しい病気でした。
しかし、私なら問題なく治せます。
「そうですか。では、お願い致します」
アンゴルモア皇帝は言いました。
「【完全治癒】…… 治りました」
「……そうですか。ふむ、僅かに残っていた手の震えのような症状が消えましたな。ありがとうございます」
アンゴルモア皇帝は礼を言います。
「何程の事もありませんよ。既にシピオーネの治療で、喫緊の生命の危機からは救われていましたので、私がした事は予防措置のようなモノ。大した治療ではありません」
パーキンソン病が発病するメカニズムは私にも良くわからないので、再発の可能性はなきにしもあらずですが、まあ再発するような長い期間が経過した時点では、既にかなりの高齢であるアンゴルモア皇帝の寿命が先に尽きるでしょうから問題ないでしょう。
「ノヒト様。お帰りの際には、どうぞ倅のウィールドを人質にお連れ下さい。倅に随行する供回りの者達も、すぐに文官・武官の若い衆を見繕いますので、少しお待ち下さいませ」
アンゴルモア皇帝は言いました。
「わかりました。ですが、建前は一応遊学という事になっていますので」
「わっはっはっは。そうでしたな」
アンゴルモア皇帝は笑います。
アンゴルモア皇帝は、すぐにウィールド皇太子に随行して【ドラゴニーア】に向かうメンバーを選びました。
話が早くて助かります。
私はアンゴルモア皇帝に【コンシェルジュ】10体と複数の【スマホ】と【タブレット】を貸与しました。
そして、ウィールド皇太子と彼に随行して【ドラゴニーア】に遊学するメンバーを連れて【転移】します。
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