第902話。閑話…学生バイトのユーリア…後編。
私とブルネラは学院の敷地内の停留所でバスに乗り一旦【ラウレンティア】の中心街にあるハブ・ターミナルに向かってから、【ラウレンティア】公共交通の乗り合い飛空船に乗り換えて【ラウレンティア・スクエア】に向かいました。
この【ラウレンティア】市内と【ラウレンティア・スクエア】を結んで往復運行する飛空船は【ラウレンティア】の近距離路線として最大の発着数なのだそうです。
それだけ【スクエア】に集客力があり賑わっているという事でしょう。
都市城壁を越えて東に飛ぶと船窓に巨大建築物が見えてきました。
【ラウレンティア・スクエア】。
地上100m以上……いつ見ても圧倒される壮大な建物です。
遠景から周囲にある建物との対比で見ると縮尺がおかしくなったような錯覚がしますね。
単なる高層建築物としてだけなら同じような高さの建物は主要都市には神殿や政府庁舎や各ギルドの建物として結構ありふれていました。
しかし、主要都市内に建つそれらは【創造主】様がお創りになったモノか、英雄が建てたモノ。
現代技術で人種が建てたビルにも【スクエア】より高い数100m規模の高層建築というモノはありますが、【スクエア】の巨大さとは、大きさの定義が根本的に異なります。
端的に言うなら【スクエア】のような広大な床面積を持つ高層建築物は現代の建築技術では建てられません。
つまり【スクエア】は高さより、その幅を含めたスケールの大きさが異様なのです。
【スクエア】は大規模な農場や牧場にあるような立派な納屋や家畜の厩舎のスケールをそのまま等倍に巨大化にしたような形状。
高さも幅も巨大なズングリしたフォルムでした。
建築の専門家が見ても建築工学的に恐ろしく凄まじい建物らしいのです。
「すっげ〜っ!あれが【スクエア】……正しく神の御技……」
ブルネラが飛空船の窓から【スクエア】を見て感嘆しました。
「本当に大きいわよね?」
私は【ラウレンティア】市内にある路面店所属のアルバイトですが、【ラウレンティア・スクエア】内のソフィア&ノヒトのテナントでも応援などで駆り出されて働く事があり、何度も訪れた事がありましたが、ブルネラは初めて【ラウレンティア・スクエア】を見たそうです。
「周りに街が出来ているじゃん?」
「そう。【スクエア】の従業員の為の社宅や病院や、従業員の子供の為の保育園や学校なんかを建てたみたいね。とにかく【スクエア】は従業員が多いから毎日【ラウレンティア】の市街から通勤させるとなると渋滞とかが問題となったらしいわ。ノヒト様や守護竜様でなければ環境を変えて固定出来ないから、草原フィールドに建物を建てるにあたって、地上5mに床を渡した高床式の街になっているのよ」
「従業員向けだけじゃなくて、一般向けの住宅を分譲したりホテルなんかも建てたら良いのに。【スクエア】の近くに住みたがる人はいっぱいいるだろうから、不動産開発事業で儲かるよ」
「ノヒト様の御意向でウチの会社はそれはしない事になっているみたい。【ラウレンティア】の既存商店との共存の為にね。周辺地や他の都市から直接【スクエア】に乗り入れる公共交通機関は作らないようにして、【スクエア】には【ラウレンティア】市内から、この飛空船で往復してもらう導線にしてあるのよ。観光客も【ラウレンティア】の市内に宿泊してもらって、市内にお金を落としてもらう施策ね。今まで市内で買い物をしていた【ラウレンティア】の住民が【スクエア】で買い物をするようになったけれど、【スクエア】には周辺部に住む住民や観光客によって新しい集客もあるから【ラウレンティア】市内の既存商店の売り上げは、あまり下がっていないみたいだわ。【スクエア】の営業によって増えた消費と【スクエア】が孤児院出身者や元は貧困層だった人達を従業員として雇った事で【スクエア】の従業員達も安定した収入を得て購買力がある消費層となった。それで【ラウレンティア】の自治体収入も増えたから、その一部を市内の個人営業の既存商店に補助金として交付している。これで【ラウレンティア】の既存商店と【スクエア】は共存出来る。ノヒト様の御意向を基にウィノナ支社長が【ラウレンティア】の自治体と協議して決定・推進した施策よ」
「う〜ん。別に【スクエア】が市内の個人営業の商店のお客をそっくり奪ったって市場原理に基づく公正な競争なんだから構わないと思うんだけれど?消費者の利便性を高めたり購買力を喚起したのは【スクエア】の魅力や営業努力なのであって、何も悪い商売をしている訳じゃないんだしさ」
「うん。でも、それがソフィア&ノヒトの経営方針なのよ。ソフィア&ノヒトは主に孤児院出身者や片親世帯などの社会的弱者を従業員として雇用している。もしもソフィア&ノヒトが既存の個人商店を淘汰してしまうような経営をしてしまうと、廃業した商店主や従業員からソフィア&ノヒトで働く孤児院出身者や片親世帯に不満の矛先が向くかもしれないでしょう?ノヒト様は、そういう問題を可能な限り避けようとしている」
「なるほど。ノヒト様は畏怖すべき偉大な神であると同時に、私達ちっぽけな人種の社会問題にも理解と配慮をしてくれる優れた政治家でもあるんだね?」
「そうね。心から崇敬出来る御方だわ。ノヒト様ご本人は政治はお嫌いだと公言しているようだけれどね?」
「好む好まざるはともかくとして、人種の上に君臨なさる神々には政治力も必須【能力】なんだと思うよ」
・・・
私とブルネラは飛空船から降りてターミナルから【ラウレンティア・スクエア】の正面入口に向かいます。
入口付近ではいつものように屋台や出店があって、大道芸が行われていました。
ちょっとしたお祭の雰囲気ですね。
【スクエア】はオープン当初お客様が大挙して押し掛けた為、安全の為に入場制限が行われていた時期がありました。
【スクエア】は、【ラウレンティア】市内の高級ブティックなどとは違い全く買い物をしないで【スクエア】を見に来ただけのお客様も全員歓迎します。
なので無料で入れる行楽地や観光名所として、毎日信じられないくらいの来場者がやって来ました。
入場制限で【スクエア】の入口から行列を作ったお客様を飽きさせたり、長時間待たされたお客様が怒り出したりしないように【スクエア】の正面広場に屋台や出店や大道芸人などが誘致されていたのです。
これも優秀なウィノナ支社長のアイデアでした。
現在【スクエア】を見る為だけに来場するお客様は減り、入場制限が行われる頻度は下がりましたが、屋台や出店や大道芸は引き続き営業しています。
この【スクエア】の入口で営業する屋台や出店などは、評判が良ければ既存のフードコートのお店やテナントの契約更新時に入れ替わり、【スクエア】内のフードコートやテナントとなるチャンスもありました。
なので屋台や出店の店主達も一生懸命工夫を凝らして営業していて集客に一役買っています。
私とブルネラが【スクエア】に入場すると、エントランスで【スクエア】総支配人を兼ねるウィノナ支社長が私達を迎えに待っていました。
私達はウィノナ支社長に案内されて【スクエア】を見て回ります。
ブルネラは柱や梁が全くない【スクエア】の工法や、100m近くを一気に噴き上がる噴水のギミックや、地下食料品売り場の広大さに興味を引かれたようですが、ショッピング・モールとしてのお店の魅力には全く興味がないようですね。
「お店の案内とかは、どうでも良いんでバック・ヤードを見せて下さい」
ブルネラは、各店舗の説明をしようとするウィノナ支社長を制して催促しました。
「畏まりました。では、どうぞ……」
ウィノナ支社長は苦笑いしながら、私達をバック・ヤードに案内します。
【スクエア】はバック・ヤードも広大でした。
商品を載せた浮遊移動機が立体交差して何台もすれ違う通路は圧巻です。
ブルネラはウィノナ支社長を質問攻めにしていました。
「えっ?【スクエア】の魔導ギミックを管制する設備を置いた【メイン・コア・ルーム】がないんですか?」
ブルネラは驚きます。
「はい。【メイン・コア・ルーム】という設備はございません」
ウィノナ支社長は言いました。
「いやいや、これだけの先進的で大規模な施設なんだから、館内の魔導ギミックを管制する為に大量の【大規模魔導集積回路】や【魔導集積回路】をパッケージングして【メイン・コア】に接続した巨大な管制ユニットがあるでしょう?それを置いた【メイン・コア・ルーム】がなきゃおかしいじゃないですか?」
「当【ラウレンティア・スクエア】には【メイン・コア】というモノ自体がございません」
「はい?それで、どうやって【スクエア】は施設の大規模で複雑なギミックを運用しているの?【スクエア】の各種ギミックは明らかに高度な演算装置で情報処理されて統合管理されているよね?にも拘らず、【メイン・コア】がないの?なら、館内のギミックはどうやって制御・管理されているの?自動運転されているショッピング・カートや自動レジの制御は?空調は?照明は?データ通信は?各種超高性能なセンサー系は?そもそも、それらの動力は一体何処から来ているの?」
「当社の技術部門の責任者であるイアンが言うには……おそらく【スクエア】の建物それ自体と【スクエア】の内部空間に何らかの強力な魔導力場形成がされていて、それで館内のギミック制御を一元管理していると思われる……そうです。それから……エネルギーも力場から供給されているらしい……との事です」
「つまり空間それ自体が制御プログラムと【メイン・コア】の代わりになっているって事?全く意味がわからないんだけれど?」
「弊社イアンの推測は、あくまでも推測です。イアン自身も【スクエア】に使われている技術は全く意味がわからないと申しておりました。【スクエア】をお造りになったノヒト様の御技は【神位】の魔法や【能力】ですので、もはや人には理解不可能な領域なのだそうです。更にノヒト様には、本来極限である筈の【神位】を超え、守護竜様にも行使出来ない【超・神位級】という位階の神々の奇跡すらも超越した魔法や【能力】もあるらしく、【スクエア】のテクノロジーの中には、おそらく、その【超・神位級】の技術も使用されているのでしょう。いずれにしても人種には理解不可能な御技だと思われます」
「……だとするならメンテナンスは?人には扱えない技術だとするなら、もしも【スクエア】の制御系が壊れたり不具合を生じたら修理が不可能だって事じゃないの?」
「ノヒト様が仰るには……【神位魔法】によって構築されたギミックは神が壊さなければ壊れないし、万が一壊れても全て自動的に修復される……そうです。また【超・神位魔法】に至ってはノヒト様ご本人か【創造主】様でしか干渉不可能なのだとか。つまり【スクエア】の魔法的ギミックは全てメンテナンス・フリーで半永久的に機能するそうです」
「あ〜……何か頭が痛くなって来た。私ら自然科学を学んで来た者にとって、神の御技ってヤツが一番御し辛くて性質が悪いんだよね……」
「せっかく【研聖】ロザリア・ロンバルディア様の御息女ブルネラ様に来て頂いたのにも拘らず、ご期待に添えず申し訳ありません」
「いや、仕方ないです」
ブルネラはガッカリした様子で言います。
私達はバック・ヤードの見学ツアーを早々に切り上げる事にしました。
私とブルネラは、ウィノナ支社長にお礼を言って別れ、フードコートに向かいます。
・・・
「【メイン・コア】が存在しないで、その代わりが力場形成って意味がわからん。魔法学の場の量子論はペネロペ叔母さんの得意分野だけれど……叔母さんに聴いてみよう……」
ブルネラはスマホを取り出して言いました。
私にはブルネラが何を言っているのか高度過ぎて良くわかりません。
「あ、叔母さん?私、ブルネラ。あのさ、任意の空間に魔法で力場形成をして、空間そのものを【コア】のようにしてしまうなんて、そんな事って魔法理論的にあり得るの?」
ブルネラはスマホをオープン通話にして訊ねました。
どうやら私にも会話の内容を聴かせてくれる配慮のようです。
「う〜ん。あり得るか、あり得ないかで言えば、理屈としてはあり得るね。空間に力場形成をする魔法それ自体は超難解だけれど一応ある事はある。でも、力場形成魔法は絶対に実用化不可能なんだよ。何故なら理論的に魔法で人為的に構築した力場というのは、力場形成に初期消費する魔力より、その力場から得られる力学的作用や取り出せる魔力が必ず小さくなる。投じた魔力のほとんどが力場の維持に消費されてしまうからね。計算上の最高効率でも1兆分の1以下とかになる。この魔力コストは理論値だから、実用化の段階ではもっと少なくなるよ。だから空間に力場形成をして空間それ自体に何らかの魔法ギミックを付与するなんて事は、エネルギー効率的に全く無意味な事になるから実用化は不可能だという訳。例えば【調停者】のノヒト・ナカ様のように……構築した魔法ギミックに、魔力を無限に付与出来る……というような常識の枠外にいる御方は別だけれどね」
ペネロペさんは説明しました。
「……わかった。つまり、ノヒト様なら出来るんだね?教えてくれてありがとう」
ブルネラは通話を終えます。
「知りたい事はわかったの?」
私は訊ねました。
「わかったよ。ノヒト様って神様は、もはや人種の理解の外にいるって事がね……」
私は、そのような御方の創設したソフィア&ノヒト社に就職出来る事を光栄な事だと思います。
その後、私とブルネラは気分を切り替えて、【ラウレンティア・スクエア】で買い物や食事などを目一杯楽しんで夕方寮に帰りました。
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