第901話。閑話…学生バイトのユーリア…中編。
【ラウレンティア魔法学院】付属寮のラウンジ。
朝食後、私はラウンジに移動してアルバイト先の【マリオネッタ工房】販売店の年末商戦用企画をレポート作成します。
昨日イェセニア店長との約束で今日の朝一に企画書をデータ送信する事になっていたので、一応既に幾つかの企画案は送信済でしたが、私的にあまり納得の行く企画案ではなかったので、企画を練り直して再提出しようと考えていました。
店長が企画を決定して本社に提出するまでは、まだ日数的に猶予があるので出来る限り良い企画を考えたいと思います。
周りを見ると、私の他にも数人の学生達がいて脇目も振らず勉強をしていました。
私は既に卒業決定者なのでアルバイト先の仕事をしていられますが、少し前までは私もあのようにして必死に勉強していたのです。
【ラウレンティア魔法学院】のカリキュラムは相当に厳しいのでウカウカしていると、簡単に不可の評価が付いてしまいますからね。
不可評価が続くと成績不良退学処分となるので、皆必死に勉強しなければいけません。
普通科高等学校ではなく専修学校である【ラウレンティア魔法学院】は、魔法学の専門知識を学び卒業すると社会に役立つ即戦力として期待され公官庁やギルドや企業に入る人材を育成する学院なので、それが当然です。
また【ラウレンティア魔法学院】を優秀な成績で卒業すると、奨学生として天下の最高学府【ドラゴニーア大学】などに進学するチャンスもあるので、学内での競争もし烈。
私は幸運にして大企業からの就職内定が決まりましたので、もう進路が定まりましたが、以前は大学の奨学生となる道も選択肢の1つとして考慮していたので勉強の虫でした。
勉強が大変な【ラウレンティア魔法学院】ですが、その代わり私学の普通科高等学校などに比べて入学金や授業料が安く、また学生が経済的な負担なく生活できる全寮制なので経済的に恵まれていない家庭の子でも成績さえ良好ならば金銭的な不安なく好きなだけ勉強が出来る学舎でした。
私のように授業料が免除され多少の生活費も支給されるような特別奨学生も沢山います。
このように【ドラゴニーア】では貧困層の生まれでも私のような孤児院出身者でも能力さえあれば将来栄達したり高収入を得られるチャンスがありました。
俗に【ドラゴニーア】・ドリームなどと呼ばれます。
普段の休校日なら朝から夜まで、このラウンジや学院校舎内の図書室や自習室は勉強する学生で溢れていますが、毎年今の時期と夏休みは人数が少なくなりました。
【ラウレンティア魔法学院】は全寮制なので、夏休みは大半の学生が、今の時期は卒業が決まった最上級生が実家に帰省するので寮にいる学生が少なくなるからです。
私には帰るべき実家はありませんので、当然寮に残りますが……。
「ユーリアちゃん。おはよう……」
親友ブルネラ・ロンバルディアが眠そうな顔でラウンジに現れました。
ブルネラはパジャマ姿で、ソフィア様を模った縫ぐるみの尻尾を握って歩いて来ます。
「ブルネラ。パジャマで公共の場に出て来るのは、はしたないわよ。それに寝癖が凄い……ブラシを掛けたら?ほら、ソフィア様のお姿をした縫ぐるみをそんなふうにぞんざいに掴んではいけないわ」
「毎日毎日、見繕いって面倒臭いんだよね……。もう、いっその事、丸坊主にしちゃおうかな……」
ブルネラは言います。
「丸坊主はさすがに……。おいで、髪を梳かしてあげるから」
「ありがとう、ユーリアちゃん」
ブルネラは私の隣にチョコンと座り背中を向けました。
ブルネラは不思議な子です。
彼女は12歳で【ラウレンティア魔法学院】に飛び級入学し、2年で3年分の全単位を取得して今年14歳にして18歳の私達と一緒に卒業。
そして成績は常にトップ。
所謂天才少女なのです。
お母上が【ドラゴニーア】の国家的頭脳である【研聖】ロザリア・ロンバルディア様なので、その遺伝なのでしょう。
ただし天才にありがちな事かもしれませんが、ブルネラは枠にはまらない破天荒な子で、マナーや身嗜みなどを億劫がる傾向がありました。
子供だから致し方ない面もあるのでしょうが、彼女のような特別な子は周りからの注目も高いので、最低限の身嗜みには気を付けるべきだと思います。
【研聖】ロザリア様の娘であるブルネラなら身の回りのお世話をする側仕えを何人も連れていてもおかしくはありませんが、お母上のロザリア様の教育方針で……特別扱いはしない……という家訓があるのだとか。
何でもロザリア様は……幼い頃から先代【研聖】様のスワニルダ・ヴォッツァッキ様の門弟として過保護にされた為に学術以外では世間知らずになり苦労した為、娘のブルネラにはなるべく社会の常識というモノを学ばせたい……という御意向があるそうです。
なのでロザリア様は娘のブルネラを全寮制の【ラウレンティア魔法学院】に入学させ、身の回りの事もブルネラ自身にやらせているのだとか。
もちろんブルネラは【ドラゴニーア】の国家的要人であるロザリア様の娘なので、敵対勢力からの誘拐などの危険もあります。
なので【ラウレンティア魔法学院】には内密に【研聖】様や【神竜神殿】の関係者が、教職員や学生や近所に住む住民として紛れ込んでいて万が一にもブルネラの身に危険がないように常に厳重な警備体制が敷かれているのだとか。
余程優秀なエージェントらしく、私の目には誰がブルネラの警備役なのか全くわかりません。
ブルネラは混血でした。
ブルネラのお母上である【研聖】ロザリア様の種族は【蛇人】で、お父上は【人】です。
一般的に種族を超えての繁殖は、同種族同士より難しくなるので子供を授かり難くなり混血は相対的に少ないのですが、片親が【人】の場合は多少繁殖率が高まりました。
その性質が他の種族に比べて特筆すべき長所がない【人】が全人種の中で最も人口が多い理由でもあります。
「ブルネラは御実家に帰らなかったの?」
ブルネラは【研聖】様の御令嬢なので、本来は……ブルネラ様……とお呼びするべきなのでしょうが、ブルネラは私に尊称や敬称を用いない呼び方を望みました。
親友のゼルダは【リーシア大公国】に帰省しましたし、バルトロメーオとチプリアーノとデルフィーノも無事卒論が受理されて3人で【パダーナ】の【ナープレ】に卒業旅行に出掛けていますが夏休みなどは帰省しています。
ブルネラも例年夏休みには【竜都】の実家に帰っていました。
因みにブルネラとゼルダは【ドラゴニーア大学】に進学し、男友達の3人は私が就職するソフィア&ノヒト社傘下の製薬・化学メーカーであるアブラメイリン・アルケミー社の【竜都】本社に研究員として就職する事が内定していますので、卒業後みんなとお別れにはならず今後も【竜都】で頻繁に会えるでしょう。
「うん。母さんが帰って来るなって」
「ロザリア様が?どういう事?」
もしかしたら親子喧嘩?
「なんか、グレモリー・グリモワール様っていう偉い英雄様が提唱した……国際文明学会……とかいう国家を跨いだ世界機構が発足する事が決まって、母さんは【神竜】様から、その創立に関する幹事役に任命されたから準備で忙しくて、しばらく私を構っている暇がないんだってさ」
「お父上は?」
「父さんも仕事で【ミレニア】に出張。ペネロペ叔母さんの家に行くって選択肢もあったけれど、ペネロペ叔母さん達も冒険者活動で留守がちだから、ならユーリアがいる寮に残った方が良いかなって」
ブルネラの父方の叔母さんはペネロペさんという方で、先頃【神竜】様のご復活を記念して行われた世界武道大会に優勝した【竜鋼級】の冒険者でした。
また、ペネロペさんは天才魔法学者としても数々の論文を発表し世界的に有名な方でもあります。
ブルネラの血筋は父方、母方ともに超一流なのですよね。
彼女のような特別な子が私を親友と呼んで大切にしてくれる事は本当に有り難いです。
「それは寂しいわね」
「年始からは実家暮らしだから両親とは毎日会えるし問題ないよ。で、卒論も受理されたのにユーリアは何を勉強しているの?」
ブルネラが訊ねました。
「アルバイト先の年末商戦企画を考えているのよ」
「ふ〜ん、年末商戦ね〜。どんな企画をするの?」
「それが、これってモノがないのよね……。ウチは安売りセールとかを絶対にしないという会社の方針があるから、普段より集客を上げる企画となると中々難題なのよ。とりあえず、お祭りのように盛り上げる企画を考えて、お茶を濁す事になりそうね」
「クリスマスってのはどう?」
「クリスマスって、確か古の英雄達が持ち込んだ神界の宗教的お祝いよね?それと年末商戦と何か関係があるの?異教のお祝いをするのは、おかしくない?」
「クリスマスってのは、クライスト教っていう神界の宗教の創立者であるクライストが生まれたとされている12月25日の誕生日を祝う祭事だけれど、神界ではクライスト教徒でなくても一般的なお祭りとして祝う場合もあるらしいよ。なんか、飛行能力を持ったトナカイが牽く魔導ソリに乗って真っ赤なローブを身に纏ったサンタクロースという【神格者】だか【聖格者】だかが現れて、クライスト教徒に限らず世界中の家々にプレゼントを配って回るんだって」
「へえ。さすがブルネラは博識ね」
「母さんが英雄の文化や習俗についても研究しているからね。そのサンタクロースがプレゼントを配るっていう部分にフューチャーして……クリスマスには家族や恋人やお世話になった人にプレゼントを渡しましょう……みたいな宗教色を排したお祭り騒ぎのイベントにしてしまうのはどうかな?サンタクロース以外にも、12月25日には七面鳥を食べたりケーキを食べたりするらしい。あとはモミの木の鉢植えを部屋の中に置いてオーナメントで飾り付けたりするんだってさ」
「七面鳥にモミの木にケーキ?それに、どんな意味があるのかしら?」
「知らない。何らかの宗教的な隠喩なんだと思うよ。真冬にも青々とした葉を茂らせるモミの木を繁栄の象徴とする……とか?」
「サンタクロースという人物が真っ赤なローブを身に纏う理由は?」
「たぶん、サンタクロースってクライスト教の教団所属の魔導師部隊の呼称なんじゃないかな?そしてサンタクロース部隊のプレゼント配りを妨害する敵対勢力がいる。その敵対勢力と戦ってサンタクロースのローブは流した血や返り血で赤く染まる。そういう大変な苦労をして慈善事業としてプレゼントを配るサンタクロース部隊を大衆は崇拝して、結果クライスト教の布教に繋がるんだよ」
「なるほど」
「【神の遺物】にも【サンタクロースのソリ】というソリ状の牽引荷台もあるしね。積載量が膨大なあのソリを大量に導入すれば世界中にプレゼントを配って回れると思うよ。問題は、神界のように飛行能力を持つトナカイが世界にはいない事だけれど……それは騎竜として飼い慣らした【翼竜】とかを代用して……」
「いや、別に実際サンタクロース部隊を組織してプレゼントを配る必要はないわよ。そういう逸話を元にして、実際にはお客様にプレゼントを買ってもらえば良いわ。それを年中行事として流行らせれば……イケる。ありがとう、その企画でやれそうだわ」
私はブルネラに教えてもらいながら、年末商戦企画を完成させてアルバイト先から特別に貸し与えられているタブレット端末を使って、イェセニア店長のタブレットにデータを送信します。
これで良し。
「ブルネラのおかげで、仕事が早く片付いたわ。ありがとう」
「役に立ったなら良かったよ。なら、ユーリアは暇になった?」
「そうね。良い企画案を考える為に今夜は徹夜も覚悟していたんだけれど、ブルネラのおかげで最高の企画が提出出来たから暇になったわね」
「なら、出掛けよう。私、オープンしたばかりの【スクエア】って所に行ってみたいんだよね」
「ブルネラが、そういうショッピングとかに興味を示すのは珍しいわね?」
「いや、私は買い物とかには興味ない。それより凄まじい魔導ギミックが構築されている【スクエア】の施設自体に興味があるんだ。ユーリアは【スクエア】の運営母体のソフィア&ノヒト社の就職内定者でしょう?だからバック・ヤードとかの見学が出来ないか口利きしてよ」
「う〜ん。【ラウレンティア・スクエア】の総支配人を兼ねるウィノナ支社長は知り合いだから、私がバック・ヤードに入る許可は貰えると思うけれど……。ブルネラを連れてとなると難しいかもしれないわよ。あまり関係者以外をバック・ヤードに入れるのは宜しくないから」
「お願い。頼んでみて」
「なら、ブルネラのお母上が【研聖】様だっていう事情をウィノナ支社長にお伝えしても構わない?【研聖】様の御息女であるブルネラからの見学依頼なら断られる事はないと思う」
「あんまり実家のコネをひけらかすのは好まないんだけれど、好奇心の為なら致し方ない。良いよ、母さんの名前を出して頼んでみて」
「わかったわ。お願いしてみる」
私は、タブレットからウィノナ支社長にメールを送りました。
すると、すぐにウィノナ支社長からのメールの返信が届き、私とブルネラの見学を許可してくれたのです。
さすがは、【研聖】ロザリア・ロンバルディア様のネームバリューは絶大ですね。
ブルネラは急いで着替え、私と一緒に【ラウレンティア・スクエア】に向かいました。
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