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第900話。閑話…学生バイトのユーリア…前編。

 私の名前はユーリア。

 家名はありません。


 私は名門【ラウレンティア魔法学院】の学生として籍を置きながら、今は【マリオネッタ工房】の販売店でアルバイトをしています。

 魔法学院は専修学校という位置付けにあり、制度上の年齢基準は高等部と同じですが、魔法分野に特化して高度な教育が行われているので、高等部や大学を卒業した後に魔法学院に入学したりするケースも少なくありません。

 就職などに際しては大学院で魔法学を学んだ修士(マスター)と同等の学歴として評価されますので、若い内に魔法学の道に目標を定めたなら、中等部を卒業したら迷わず魔法学院に進学するのが良いでしょう。


 ただし私の場合は、高尚な志を持って【ラウレンティア魔法学院】に進学した訳ではなく、下世話な理由からでした。

 つまりは経済的な問題。


 私にとって金銭的な支出が一番少なく済み、また将来の職業選択において最も有利だったのが【ラウレンティア魔法学院】への進学だったのです。

 将来の夢などを持てるのは、安定した収入がある家庭の子供だけに許された、とても贅沢な事だという感覚でしかありません。


「ユーリアさん。ちょっと宜しいですか?」

 イェセニア店長が私を呼びました。


「はい。何でしょうか?」


 私のアルバイト先の店長であるイェセニアさんは15歳の少女です。

 若い……いや、むしろ幼いと言った方が適切でしょう。

 でもイェセニア店長は優秀で気骨がありました。


 それもその筈、イェセニア店長は孤児院出身者なのです。

 イェセニア店長だけではありません。

 私のアルバイト先のお店や、そのお店を運営する会社の従業員は孤児院出身者ばかりでした。


 孤児院の子達は、ほぼ例外なく根性があります。

 なければ社会では生きて行かれません。


 親がいないから頼れるモノは自分だけ。

 なので必死に勉強したり職業訓練を受けました。


 子供ですから遊び盛りですが、孤児院の子達は遊びたくても疲れていても眠くても、石に(かじ)り付いて勉強し学習し訓練します。


 私も孤児院出身ですから良く知っていました。

 私自身も孤児院では、そうしていましたしね。


 身に付けた知識や技術が即ち孤児院を卒業した後のご飯になるとわかっているので、孤児院生は全員目の色を変えて勉強や訓練に励みます。


 孤児院出身者は謂れのない差別を受ける事もありました。

 私も色々な経験をしています。

 国立学校の初等部でも中等部でも【ラウレンティア魔法学院】でも……。


 それでもセントラル大陸の孤児は幸運だと思います。

 セントラル大陸の守護竜である【神竜(ソフィア)】様が子供達の保護と養育に対して並々ならぬ思い入れがあり、【ドラゴニーア】は他国に比べても親がいる世帯の子も孤児も関係なく子供の支援の手厚さでは世界一でした。

 一般的に先進国は出生率が下がる傾向があるのですが、【ドラゴニーア】は世界一の経済大国ながら生涯出生率の統計が毎年夫婦平均2人以上を記録しています。

 この事からも【ドラゴニーア】の子供政策が充実している証左となるでしょう。


「そろそろ年末商戦も見据えて、ウチのお店の販促企画を考えて本社に送らないといけないのですけれど、またアイデアを出してくれませんか?」

 イェセニア店長は言います。


「わかりました。企画書を店長のタブレットに送信します。締切はいつまでですか?」


「今月中ですけれど、早ければ早い程ありがたいですね」


「なら、明日の朝一に企画書を送信します」


「ありがとうございます。ユーリアさんは仕事が早くて助かります。以前ユーリアさんが考えてくれたウチの従業員で毎朝商店街の清掃をするというアイデアも素晴らしかったです。おかげで商店街の皆さんから感謝をされて、街の人達からウチのお店は好意的に受け入れられたように感じます」


「【ラウレンティア】は一族経営的な昔ながらの商業慣行が残るコミュニティです。【竜都】に比べて小売業種の路面店での新規参入が少ない傾向があり、既存の商店は皆昔から代々家業を継いで来たファミリー・ビジネスで、商店街の人達は皆子供の頃からの顔見知り同士。観光地なので旅行客に対しては大変親切ですが、根を下ろそうとする余所者や新参者に【ラウレンティア】は少し冷淡な地域なのです。ですから、清掃など地域に貢献する活動をして少しでも地元に受け入れられ易いようにと考えました」


「さすがですね。研修の時にハロルド社長からも訓示を受けましたが、やはり商売は地域コミュニティから受け入れられる努力が必要です。特にウチのお店や会社は孤児院出身者が大半なので、世間様から色眼鏡で見られがちですしね。ユーリアさんがいてくれて本当に助かっています」


「いいえ。数年【ラウレンティア】に住んでいたので、経験から知っていただけです」


「今後ともユーリアさんの知恵を借りたいのですが、年明けには本社に行かれてしまうのですよね?正社員になったらユーリアさんなら即幹部候補でしょう?」


「それは、わかりません。ノヒト・オーナーからは、しばらくハロルド社長に付いて学ぶようにと言われました。私は将来マネジメントに携わりたいのですが、適性がないと判断されるかもしれません」


 現在私は【ラウレンティア魔法学院】で卒業に必要な単位を取得して卒論も提出して受理されたので無事卒業出来る事になり、来年初頭からアルバイト先の【マリオネッタ工房】販売店【ラウレンティア】1号店の持株会社であるソフィア(アンド)ノヒト社の竜都【ドラゴニーア】本社に入社する事が内定していました。


「ユーリアさんは天下の【ラウレンティア魔法学院】出身のエリートなのですから、きっと大丈夫ですよ」


「【調停者】様でも在らせられるノヒト・オーナーにお会いして緊張のあまり舞い上がってしまって、つい勢いで……マネジメントに携わりたい……などと分を超えた事を言ってしまったのです。でも、私は学院でマネジメントを学んでいないので全くの素人です。オーナーやハロルド社長から……生意気で自惚れている……などと思われたかもしれません。ソフィア(アンド)ノヒト社は新興ながら既に世界的なコングロマリットですから、本来私のような未経験の素人が通用するとは思えません。何故あんな事を言ってしまったのか今は後悔しています」


「自惚れだなんて、ユーリアさんは本当に良くやってくれていますよ。ウチの店がグループ・トップの売り上げ実績があるのはユーリアさんのおかげですからね。この間も個人のお客様相手に100台単位でスマホを契約してしまうのですもの。法人向けの大口契約は別にして、個人のお客様対象の販売実績では今月もユーリアさんが全店的にトップ・セールスは確実でしょう。ユーリアさんはアルバイトさんですから社内制度上、業績連動ボーナスはあげられませんが【ラウレンティア】支部を統括するウィノナ支社長からの金一封の褒賞は期待して良いですよ」


「いいえ。あの、お客様は飛び込みでご来店された方でした。あんなに大量の注文を頂けたのも、私が接客担当となったのも全くの偶然です。私の実力ではありません」


「いいえ。運も実力の内。グループ内の全販売店でトップ・セールスを叩き出しているユーリアさんの能力と陰ながらの努力を神様達はきちんと見て下さっているから幸運に恵まれるのです。でも、経営学をやりたかったなら何故ユーリアさんは他の普通科高等学校を選ばずに、魔法専修学校の【ラウレンティア魔法学院】を選んだのですか?」


「選べなかったのです。奨学生として入学出来たのが【ラウレンティア魔法学院】でした。私は少しだけ魔法適性があったので、将来の成長を期待して【ラウレンティア魔法学院】は奨学金をくれたのだと思います。でも入学した後、すぐ私の魔法適性は頭打ちになりました。私には魔法の才能がなかったのです。私は【魔法使い(マジック・キャスター)】としては大成出来ないでしょうから、私に期待をして奨学金を出してくれた【ドラゴニーア】の政府は今ガッカリしているかもしれません」


「私から見るとユーリアさんに才能がないとは思えませんが、確かに今までは私達孤児院出身者に将来を選べるような余裕がなかったのは事実でしたよね……。ただし【神竜(ソフィア)】様と【調停者】ノヒト様がセントラル大陸の孤児院への支援を大きくして下さいましたから、私達の後輩達は、もしかしたら将来を夢見たりするようになるかもしれません」


「そうなれば素晴らしい事ですね」


 私が【ラウレンティア魔法学院】で専攻していたのは【魔法(マジック)接続学(・コネクション)】や【魔法(マジック)関係学(・リレーション)】と呼ばれるモノで、魔法を理解し広範な知識を以って、それを魔法と魔法以外の分野とを接続したり関係付けたりしながら、より効果的な魔法の運用をしようという学問分野です。

【ラウレンティア魔法学院】に入学して早々に、私には【魔法使い(マジック・キャスター)】として活躍する程の魔法適性がないと判明したので、この学科になりました。


 従って私が学んだのは、魔法の利用法の模索や提案や計画であって、私自身が【魔法使い(マジック・キャスター)】である必要はありません。

 もちろん魔法を使えた方が良い事は否定しませんが……。


【ドラゴニーア】の奨学金制度が、返済義務がないタイプの奨学金を受けた後で素質が期待外れだった事が判明した私のような者に対しても、きちんと約束通りに3年間の授業料を支出してくれる事には感謝しています。

 他国の場合、期待した程魔法の才能がない学生などは奨学金が途中で打ち切られたり、返済しなければならないタイプの奨学金に切り替えられてしまう事もあるそうですので。

【ドラゴニーア】が世界で最も繁栄している理由は、私のような孤児院出身者……つまり社会的弱者に対してでさえフェアな法律や制度設計が徹底されているからだと思います。


 ・・・


 久しぶりのアルバイトのお休み。


 朝早く私は【ラウレンティア魔法学院】の付属寮の自室を出て寮の食堂に向かい朝食を食べました。

 食事時のピーク時間になると食堂は混雑するので、いつも私は早めに食事を済ませます。

 食事の時間をピークからズラすのは……入学当初、孤児院出身の私は先輩達を含む学生達から多少嫌がらせのような行為を受けた時期もあり、あまり人がいない時間を選んでいた……という理由もありますが……。


 ただし現在の私は嫌がらせを受ける事は表面上はなくなりました。

 嫌がらせをしていた先輩達がいなくなり私が最上級生となった事や、私にも友人と呼べる人達が出来て彼女達がいつも私を庇ってくれたからです。


 親友と呼べるゼルダとブルネラ、そして男友達のバルトロメーオとチプリアーノとデルフィーノ。


 彼女達のグループに混ぜてもらえるようになって以来、私に面と向かって嫌がらせをする学生はいなくなりました。

 私が嫌がらせされるのは、私が標的として狙い易いからでしょう。


 私は孤児院出身者。

 これだけで、苛めっ子は舌舐めずりします。


 孤児院出身者は当然孤児なので、家族という自分を守ってくれる最も近しい単位の後盾すら持ちません。

 また【ドラゴニーア】では孤児は成人して孤児院を退所する年齢になった時、定職がないと在留資格が失われて国外退去になります。

 在留資格延長申請をして特段の汲み取るべき事情が認められた場合、国外退去が数年猶予されるケースもありますが……働かない者食うべからず……という考えが【ドラゴニーア】の在留資格制度の基本でした。

 なので将来の就職に失敗するといけないので、孤児院生や孤児院出身者は対人関係のトラブルを極端に恐れるようになります。


 極端にトラブルを忌避する孤児院生や孤児院出身者は虐められても反撃しませんし、誰か第三者に被害を訴え出るような事もあまりしません。

 なるべくトラブルにならないように……と。


 苛めっ子は、それがわかっているので孤児院生や孤児院出身者を狙うのです。

 本当に卑怯な連中ですよ。


【ラウレンティア魔法学院】でも当初私は虐めの標的になりました。

 それを最初に助けてくれたのが、ゼルダ・ファン・レイン。

 彼女は【リーシア大公国】の貴族ファン・レイン家の御令嬢。


【ラウレンティア魔法学院】の基準年齢は16歳から18歳まで。

 つまり【ラウレンティア魔法学院】で私は虐めていた連中は、もう立派な成人です。

 子供ならいざ知らず、成人してまで他人を虐めるような救いようがない連中は心根の腐った卑怯者なので、身分や権威には弱いモノ。


 ゼルダのおかげで、しばらく私の虐めはなくなりました。

 しかし、また虐めが再発したのです。

 その時私を虐めていたのは、【アトランティーデ海洋国】からの遊学生で、私を助けてくれるゼルダのファン・レイン家より格式が高い貴族家のボンボンでした。

 それでもゼルダは私を守ってくれましたが、ボンボンはゼルダまでも虐め始めたのです。


 それを助けてくれたのが、ブルネラ・ロンバルディア。

 彼女のお母上は、【ドラゴニーア】の首席国家魔導師様にして、【ドラゴニーア】の教育長官閣下にして、アルフォンシーナ大神官様の相談役である、【研聖】ロザリア・ロンバルディア様でした。


 ボンボンが頼りとする高い身分の家柄も、【研聖】ロザリア様の娘であるブルネラには全く通用しません。

【研聖】様は、他国の王に対してさえ影響力をお持ちの偉大な御方です。


 こうして私を虐める者はいなくなりました。


 ゼルダとブルネラは貴族や【研聖】様の御令嬢でありながら、孤児院出身の私を親友と呼んでくれる掛け替えのない人達です。

お読み頂き、ありがとうございます。

ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークを、お願い致します。

活動報告、登場人物紹介&設定集も、ご確認下さると幸いでございます。


・・・


【お願い】

誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。

心より感謝申し上げます。

誤字報告には、訂正箇所以外の、ご説明ご意見などは書き込まないよう、お願い致します。

ご意見などは、ご感想の方に、お寄せ下さいませ。

何卒よろしくお願い申し上げます。

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[気になる点] あ〜、前にグレモリーの接客をしてた子なのかな? [一言] 900話!おめでとうございます!やっと追いつきました笑 毎話毎話楽しく読ませていただいてます。 大きい話では、魔界奪還に魔界奪…
[一言] 唐突な閑話!? とおもったら900話記念でしたか。おめでとうございます!
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