第90話。グレモリー・グリモワールの日常…10…世界ランク裏1位。
名前…グレモリー・グリモアール
種族…【ハイ・ヒューマン】
性別…女性
年齢…なし
職種…【大死霊術師】、【大魔導師】
魔法…多数
特性…【才能…死霊術、完全管制、複合職】
レベル…99
9月14日。
早朝。
いつものように【エルフ】の弟レイニールを連れて、畑、城壁、城門、堀の見回りをする事から1日が始まる。
正直、今まで修復が必要になるような損傷があった事はない。
でも、日課にしている見回りを止めた途端に、どこかが壊れる、なんて話は良く聞く。
後は、美容院に行ったり、洗車してワックスをかけた日に限って、雨が降る、とか。
確か、これマーフィーの法則とかって云うんだよね。
だから、律儀に毎日繰り返している。
見回りの仕上げは、キブリ隊への餌やり。
レイニールは、これを自分の仕事だと認識しているみたい。
姉のフェリシアは、日中は、学校で一生懸命に勉強しているし、朝夕は、副村長のグレースさんを手伝って、食事の準備をしたり、家を掃除したりする事を率先してやっているので、レイニールも何か役割を果たしたいんだと思う。
こっちの世界の住人……NPCは、基本的に働き者だしね。
フェリシアとレイニールには、姉弟の家を与えていた。
でも、スペンサー爺さんと同様に食事をしに、アリスとグレースさんが住む家に通っている。
私もだ。
アリスとグレースさんの家を役場に登記したんだけれど……。
役場らしさは、どこにもない。
他の家より、少しだけ広い、ただの家だ。
アリスは貴族だしなあ。
うーむ、その内、役場、兼、自宅として、デカい建て物を造ってあげよう。
どうせなら、リーンハルトの領主屋敷より大きくしたいね。
【シエーロ】にある私の自宅や、【ラピュータ宮殿】みたいのは無理だ。
あれは、クレーンとか、そういう重機が必要。
私の自宅は、ちょっとした基地だからね。
湖畔で採取出来る【魔法粘土】は優れ物だ。
魔力親和性が高いから、強力な【バフ】がかけられるし、消費魔力も少なくて済む。
だから、【魔法粘土】製の村の建築物は、丈夫で、柱や梁がなくても、壁や床や天井が重量を支えて建っていた。
民家レベルなら木造や石積みやレンガの家より、はるかに頑丈。
でも、リーンハルトの領主屋敷より大きくするとなると、構造強度的に、少し不安がある。
出来れば骨組みに魔法で強化した鉄骨を使いたい。
私の【宝物庫】には、鉱物はなし。
よし、買い付けよう。
もうすぐ、商業集落に移住者がやって来る、その中には鍛治職人さんもいる。
鉱物は必要だ。
私は、トリスタンに連絡して、鋼鉄をはじめとする、金属鋼材を注文する。
鉄などの汎用金属は、トリスタンは、既に手配してくれていた。
仕事が早い。
ミスリルやオリハルコンやアダマンタイトはいるか、と訊かれた。
うーむ、どうするか?
たぶん、移住して来る鍛治職人は、ごくごく普通の鍛治職人で、ゲームの職種で言う所の【鍛治士】ではないと思う。
だからこそ、トリスタンも、それを私に確認した訳だ。
ゲームの職種でいうところの【鍛治士】は、レベルと熟練値が上がれば【錬金術師】みたいに、魔法も使うようになる。
【加工】、【修復】、【圧縮】、【攪拌】……。
つまり、金属をトンテンカーンと叩くだけの鍛治職人と、【鍛治士】は、同じ鉱物加工に携わる職業だけれど、別物と言えるくらいに違う。
【魔法使い】を王都【アヴァロン】に集める政策を取っている【ブリリア王国】なら、【イースタリア】には、そんな強力な人材は余っているはずがない。
ましてや、そんな能力があれば、聖堂に保護されるような生活困窮者には、ならないだろうし。
だから、私の村に来てくれる鍛治職人は、ミスリルやオリハルコンのような魔法鉱や、アダマンタイトのような超硬度金属を加工出来るレベルだとは、到底思えないんだよね。
つまり、それらを扱えるのは、【湖畔の村】では、私だけ、という事になる。
私は、【加工】や【修復】も、【高位】までは使えるけれど、私が造る物は、【魔法装置】が多い。
重工加工は、建築とか、大型ゴーレムとか、船造りとかの経験はある。
パーティメンバーと一緒に造ったんだ。
最近は……と言っても900年前の出来事だけれど、私は、そんな事ばっかりしていたからね。
そのせいで、5年間維持した世界ランキング1位も、ジリジリ下がって、最後は、公式順位表にも掲載されなくなっていた。
いわゆる圏外。
でもね、私は、現役の世界ランキング1位を、全員、やってやる事にしている。
そう、公式ランキングが更新される度に、新しい世界ランキング1位を、ぶっ飛ばしに出掛けて行く訳。
因みに、全勝だ。
つまり世界ランキング1位になると、必ず、私にやられて、レベル半減・所持金半減になる。
だから、世界ランキング1位は呪われているって、ユーザーには、言われている。
運営側の陰謀だ、なんて噂もあった。
運営側じゃなく、グレモリー・グリモワールの陰謀なんだけれどね。
とにかく、私は、ランキング圏外に落ちた後も、裏では実質最強を維持していた。
私は、武器、武具、農具の類は造った記憶はない。
まあ、形だけならなんとでも出来る。
【加工】は、生産系では、ほぼ万能魔法みたいな物だから。
性能も、硬度や切れ味などの品質は、ある程度、高い物が造れる。
でも、バランスや、使い勝手、みたいな部分は私にはハードルが高い。
これは、経験がものを言うからだ。
実際、自分のステータスを見ると、鍛治の熟練値は、他に比べれば、あまり高くはない。
私は、魔法以外の分野では、経験と言えるほどの経験がないような気がする。
気がする、とは、欠落している記憶の部分に、そういう物があるのかもしれないから、だけれど……。
ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトか……。
とりあえず、一通り買い付けてもらう事にした。
農業集落の共用の鍛治場の倉庫と、商業集落の鍛治工房の倉庫と、村の共用資材置場のサイズを伝え、そこに満杯になる量を買ってもらって、鉱物の種類と割合は、トリスタンに丸っと任せる。
ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトは、私が使う量として、とりあえず10tづつ買ってもらう事にした。
予算が……というので、後で資金を送金しておく事を伝える。
ピオさんがいれば、【イースタリア】まで行かなくても、幾らでも送金が出来るから便利だ。
スマホを切ると、スペンサー爺さんが馬の世話を終えて、こちらに歩いて来るのが見える。
スペンサー爺さんは、高齢と言って間違いない年齢だけれど、背筋がシャンとしていて、若々しく見える。
きっと剣術の稽古のたまものなのだろう。
何せ、【剣豪】だからね。
以前は、背中を丸めて、わざとヨボヨボしていたけれど、あれは、私を油断させる為の演技。
グレースさんと、スペンサーさんは、元はと言えば、私を暗殺する為にリーンハルトが送り込んだ刺客だったから。
「おはようございます。グレモリー様、レイニール坊ちゃん」
スペンサーさんが挨拶した。
村では、フェリシアとレイニールは、私の従者であり養子という位置付けになっている。
これは、リーンハルトに手続きをさせたから、法的にも、本物の子供だ。
だから、お嬢様とお坊ちゃん、と呼ばれていた。
「おはよう」
「おはようございます。スペンサーさん」
レイニールが元気良く挨拶する。
スペンサー爺さんは、馬の厩舎に隣接した家に1人暮らしだ。
とは言え、別に住宅地から遠くに追いやっている訳ではない。
馬の厩舎は、私が魔法で、匂い・音・虫や病原菌を、シャットアウトしているから、民家の近くにあっても、動物公害を発生させないからね。
家畜の匂いや鳴き声を、村人さん達は、気にしないのかもしれないけれど、私が無理だった。
なのでスペンサー爺さんは、目と鼻の先に住んでいる。
私は、スペンサー爺さんにアリスとグレースさんのいる家で食事をするように命じていた。
スペンサー爺さん本人は、自炊出来ると言っているるけれど、私が、それを却下。
だって、スペンサー爺さん……放置しておくと、毎食、焼いた魚とパンだけ、とか、焼いた魔物肉とパンだけ、とかいう食生活。
あんなの、どう考えても病気になるでしょ?
これは、監視カメラで見させてもらったよ。
監視カメラは、グレースさんとスペンサー爺さんの住居に仕掛けてある。
2人は元刺客だったから、だ。
スペンサー爺さんの食生活を咎めたら、本人は、いつも食事は、だいたいこんな感じだ、との事。
スペンサー爺さんは、奥さんに先立たれていた。
子供も兵隊に行って、戦死してしまったのだという。
「独り暮らしには、慣れていますから」
スペンサー爺さんは、言った。
ダメダメ。
食事の栄養バランスが悪いったらない。
病気になったら、私が治療出来るけれど、ベースの寿命を縮められたら、【治癒】で寿命を延ばしたりは出来ないんだから。
・・・
アリスとグレースさんの家で、朝食。
ん?
フェリシア、レイニール、アリス、グレースさん、スペンサー爺さんの他にも人がいるよ。
確か、村人さんの家の娘さん達だ。
どうやらアリスとグレースさんの家には、村人さんの家から、若い娘さん達が、交替で、お手伝いに来てくれる事になったらしい。
これは、アリスやグレースさんが命じた訳ではなく、村人さん達から、どうしても、と言われたそうだ。
村人さんからしたら……自分達の上役の家に使用人の1人もいないのは、おかしい……という事になるらしい。
アリスは村長であり、今は、仮の代官でもある。
グレースさんは、アリスのメイドという扱いながら、村の立場では、副村長であり学校の先生。
ましてや、村人さんは、無償で畑付きの家に住まわせてもらい、三食十分な食事が出来て、毎日お風呂にも入れて、お酒や、お菓子まで配給される……にも関わらず【湖畔の村】は、税金が冗談みたいに安い。
ま、強制した訳じゃなく、自主的な好意によるなら、構わない。
お給料も少ないけれど払っているらしい。
アリスの仮の代官としての報酬が、リーンハルトから払われる事になったから、そこから捻出するそうだ。
いや、足りないでしょ?
【ブリリア王国】が定める、代官の報酬って、クッソ安いからね。
地方に赴任する代官が現地で賄賂なんかをもらう理由がわかったよ。
代官なら、自分と家族を食べさせ、使用人や、護衛や、事務方を雇い、馬を飼ったりしなくちゃならない。
あの報酬金額では、必要経費も賄えないよ。
【ブリリア王国】は、財政がカツカツみたいだけれど、あれじゃ、役人の汚職を推奨しているみたいなもんだ。
可及的速やかに是正しなくちゃだね。
【ブリリア王国】は、900年前は、先進国で、強国の一角だった。
ところが、英雄大消失、魔物の脅威、度重なる戦乱、守護竜【リントヴルム】の引きこもり……などのせいで、ウエスト大陸が荒廃。
追い討ちをかけたのが、財政政策の失敗だ。
税収の不足を補う為に、大昔の王様が、当時流通していた単一通貨【ドラゴニーア通貨】から、自国独自通貨【ブリリア通貨】を発行して、ガンガンお金を市井に流しちゃった訳。
【ブリリア通貨】は、粗悪な代物だ。
金貨に使用されている金は、ごくごく微量。
あれは、金貨ではなく、金がちょっぴり混じった真鍮貨だ。
で、当然、貨幣価値が暴落……からのハイパーインフレの流れ。
当代の【ブリリア王国】の王様は、結構頑張って、財政政策を立て直したみたいだけれど、それでも貨幣価値は、簡単には戻らない。
財政緊縮策は、消費を冷え込ませる効果があるからね。
何かの本の受け売りだけれど……。
【ドラゴニーア金貨】は、【ブリリア金貨】の1000万倍。
元は、等価だったのに……。
つまり、【ブリリア王国】は貧乏だから、アリスの仮の代官としての報酬から、使用人に、まともな給料を払うのは厳しい。
「私が、給料を払うよ」
「いえ、ですが……」
アリスが言った。
「決定事項だから。この村は、私がルールブックだよ。それぞれの職責にある者からは、事前に意見を聞くけれど、私が決めたら、決定事項に異論を差し挟む事は、何人も、まかりならん。よろしい?」
「は、はい。畏まりました」
アリスは言う。
という訳で、アリスの家の使用人である、村の若い娘さん達の給料は、私が払う事にした。
給料は、【ブリリア王国】では、そこそこ、というくらいの金額に決めた。
【ブリリア通貨】ではなく【ドラゴニーア通貨】で、払う、と言ったらメッチャ喜ばれた。
【ブリリア王国】の民にとって、【ドラゴニーア通貨】が、お金だとしたら、【ブリリア通貨】は、物々交換の延長くらいの意味しかないらしい。
1000万倍の貨幣価値なら、そうなるよね。
実際、牛肉を1塊買うのに、リヤカーがいるなんて、訳がわからない。
リヤカーは、肉を運ぶんじゃなくて、お金を運ぶ為に必要なのだ。
給料が高いので、各家、当番制で不公平が出ないようにする。
たまたま、若い娘さんがいない家には、家族の誰かが替わりに来ても構わない、という事にした。
スペンサー爺さんは、村の幹部だから雑用をさせる事はない。
(本人が勝手にしてしまうけれども……)
だから、力仕事なんかで、男手が必要な場合もあるだろうから、別に使用人は、若い娘さんに拘る必要はない訳だ。
お読み頂き、ありがとうございます。
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