第89話。グレモリー・グリモワールの日常…9…悲壮な任務。
本日10話目の投稿です。
本日8月8日、10話連続投稿致しました。
【イースタリア】領主屋敷。
昼食。
領主屋敷でのビジネスランチになってしまった。
スマホで、アリスに連絡して、帰りが夕方になりそうだ、と伝える。
キブリ隊が近付く魔物を撃退していて、【湖畔の村】は、平和らしい。
【高位】の魔物である【竜魚】が数十頭。
日に日に数が増えて、もうすぐ100頭に迫ろうかという一大勢力だ。
【湖竜】のような【古代竜】は、厳しいとしても、【竜】の5頭やそこいらなら撃退出来ると思う。
ただし、村の上空高高度から、垂直に急降下されたら、空を飛べないキブリ隊では、村を守りきれないだろう。
普通、【竜魚】は、群れない。
私の従魔となってパワーアップしたキブリというボスの存在があってこその群なのだ。
アリスによると、今日、キブリ隊は、大量の魚を獲ってくれた、との事。
私は、昨晩、水門を造っておいた。
水門を開けると堀から、キブリ達が村の中のプールにまで入って来られる。
キブリ達が捕まえた魚が、あまりにも大量なので、腐らせると勿体ないからと、村人さん達で手分けして、干物を作っているみたい。
私が肥料代わりに撒いた【湖竜】の血液のおかげなのか、畑の稲の世話は手がかからないので、村人さん達は暇みたいだ。
なんでも、スペンサー爺さんは、漁村の生まれで、漁師のウチの子だったらしい。
なので、スペンサー爺さんの指導で手が空いている村人全員で、干物を製造中。
スペンサー爺さんの出身は【ブリリア王国】の【ウエスタリア】。
【ウエスタリア】は海に面しているからね。
私がアリスと、スマホで楽しそうに話し込んでいたら、リーンハルトが羨ましそうに見ていた。
何だよ?
あんたも、私が渡したスマホを持ってるじゃんか?
え?
私以外のアドレスを知らされていない?
あ、そっか。
メンゴメンゴ。
私が、アリスに持たせているスマホのアドレスを教えてあげたら、リーンハルトは、喜んでいた。
ふん、不治の病だから、要らない子扱いして、私への人質に差し出した癖に。
「要らない子だなんて、とんでもない。私には、もうアリスしか子がおりません。その愛娘を、民を守る為に、泣く泣く送り出したのです」
リーンハルトは、言った。
あ、そう。
そいつは、悪かった。
言い過ぎたね。
「もう?アリスの兄弟がいたの?死んじゃったの?」
「はい。息子達は【湖竜】が、街に近付いた時に騎士団を率いて、街とは反対方向に引き付ける任務を行いまして……。アリスの3人の兄達は、全員亡くなりました」
「リーンハルト!あんた、自分の子供を囮に使うのか!」
私は、怒鳴る。
私は、リーンハルトが生贄を許している事を知って、孤児院の子供を生贄に出すなら、自分の子供を生贄にしろ、だなんて思った。
まさか、本当にやっていたとはね。
「言い訳は、致しません。私は、父親失格です」
リーンハルトは、瞑目する。
「侯爵は、領主。【イースタリア】を守る為に街を離れられません。ご子息を囮部隊の指揮官にしたのは、街を守る為に死地に赴く騎士達への、せめてもの責任の取り方かと」
ピオさんが説明した。
囮部隊は、肉を馬で引きずりながら、【湖竜】の注意を引いて、街から出来るだけ遠くまで、逃げられるだけ逃げるのが役目。
そして、この役目になると、絶対に助からないらしい。
1人や2人では、役目を果たせない。
【古代竜】は、音速で飛ぶ。
だから、50騎の騎士が距離を取って、疾走し、順番に食べられながら、遠くまで【湖竜】を連れて行く訳だ。
もちろん、騎士は、戦う。
でも、【古代竜】相手にNPCが1人で立ち向かっても勝てる訳がない。
他の騎士達は、助けに来たりしないのだ。
彼らの使命は、順番に【湖竜】の餌になりながら、【湖竜】を出来るだけ街から遠ざける事。
囮部隊……悲壮な任務だ。
「リーンハルト、ごめん。ちょっと言葉が過ぎたよ。心配しなさんな。これからは、私が、【湖竜】を、キッチリ討伐してあげるからさ」
「ありがとうございます」
・・・
私は、スマホでトリスタンに連絡した。
「体調どう?」
「嘘のように、良くなりました。もう、仕事を始めております。手始めに、村の周囲の危険性を下げる為に、冒険者に討伐クエストを発注致しました。【湖竜】の脅威さえ管理出来るなら、湖畔は、良い狩場になります。現在、商業集落に冒険者ギルドの出張所を出してもらえないか、交渉中です。冒険者ギルドも前向きですよ」
トリスタンは報告する。
仕事が早いね。
うん、私の人選に間違いはなかった。
「あ、そう。今、領主屋敷で、仕事の話をしているんだけれど、あなたも来なさい」
「わかりました。すぐ、参ります」
・・・
ほどなくして、トリスタンが領主屋敷にやって来た。
「トリスタンか?随分、痩せたようだ」
リーンハルトが驚いて言う。
「聖女様に、病気を治して頂きましたので……」
トリスタンは、席に着いた。
私は、トリスタンに、【湖畔の村】の法人口座カードを渡す。
法人口座カードは、全部で3つ作った。
1つは私が、1つはトリスタンが、1つはアリスが持つ。
アリスもトリスタンも、私への忠誠を【契約】しているから、資金を横領される心配はない。
リーンハルトは、商人、料理人、職人などは、近い内に間違いなく、募集して選抜して、【湖畔の村】に送り届けてくれる、と約束してくれた。
リーンハルトは、私に、雇用を生み出してくれ失業者対策になり、ありがたい、と礼を言う。
私は、現在でも、20世帯100人を食べさせている訳だし、これから、もっと増えるからね。
今日、私とリーンハルトの間で取り決めた事。
(トリスタンと、ピオさんの助言もあり)
明日の朝から、【イースタリア】と【湖畔の村】までの往復で、朝・昼・夕方の3回、回廊を駅馬車で往復運行してもらう事になった。
回廊は、広いから、馬車がすれ違う事も出来る。
私が資金を出し、リーンハルトが御者と馬車と護衛の為の兵士を出した。
私、とんでもない、金持ちになったから、これは返さなくても良い資金。
もちろん、私に敵対するなら……という訳だけれど。
この駅馬車で、私に治療を望む患者さんは通って来る。
その他にも、色々な、物資の輸送や、行商なんかにも使える。
【湖畔の村】にある馬車は、村の産物を【イースタリア】に売りに行く時の輸送に使う。
スペンサー爺さんは、村の重鎮だから、御者が出来る人材も、リーンハルトとトリスタンに言って探してもらう事にした。
病院を明後日15日から開業する事をリーンハルトに伝えた。
病院のスタッフが必要。
リーンハルトが言って、【イースタリア】の聖堂から病院に人を派遣してもらえるそうだ。
私が、治療しまくっているから、今【イースタリア】には、重病人はいない。
聖堂の医療班は、暇みたいだ。
私とトリスタンとピオさんは、領主屋敷を後にする。
・・・
私達は、聖堂に顔を出した。
聖堂には病人も怪我人もいない。
私が、すっかり治療してしまったので。
私が聖堂に現れたと聞き付け、ちらほらと患者さんがやって来たけれど、みんな軽い怪我や、軽い風邪。
まあ、この程度でも、今までは、化膿したり、悪化して死ぬ人がいたみたいだけれど。
私は、以前、聖堂の部屋の幾つかを、魔法で無菌化した。
その無菌部屋に、出産予定日が近い妊婦さんと産まれたばかりの新生児と、お母さん達がいる。
部屋を巡って、妊婦さんや、新生児の様子を看る。
異常なし。
まあ、特にやる事もないけれど、産後のお母さんの患部の傷を治したり、赤ちゃんのへその緒を綺麗にしたりした。
これで、お母さんの方は、産後の問題で病気になったりするリスクが下がるし、赤ちゃんも感染症などのリスクが下がる。
「お母さんの方は退院も可能だけれど、赤ちゃんの方が、もう、しばらく無菌部屋で過ごした方が良いから、お母さんも一緒にいたら良いよ」
聖堂の人達は、頷いた。
医療班のみんなは、私が教えたマスクをしている。
よし、ちゃんと私の言い付けを守って、疾病対策や衛生管理も、しているね。
聖堂の人達を褒めておく。
彼らは、嬉しそうだ。
例の野戦病院と化していた大部屋には、現在、生活困窮者が寝泊まりしているらしい。
私は、聖堂の中に元からあった、お風呂に、給水・給湯・排水浄化の【魔法装置】を設置してあげた。
これは、集落建築の為に大量に造ってある。
今までは、薪代がかかるので、お風呂は、週に2日だったらしい。
今日からは、毎日24時間、入浴可能だ。
後は、医療を行う施設用に給水給湯の【魔法装置】と、排水浄化の【魔法装置】を幾つか渡しておく。
衛生管理の一環だ。
この給水給湯浄水の【魔法装置】は、私とキブリ隊が倒した【中位】の魔物のコアと、湖畔で採れる【魔法粘土】が材料だから、材料は大量にあるし、ほとんどコストは、かからない。
湖畔の【魔法粘土】は、どれだけ採取しても、翌日には、穴ぼこが塞がって原状回復されている。
無限の資源だ。
私は魔法で成形してしまうけれど、陶器として、魔法が使えない人でも加工が可能。
魔力親和性が高い陶器が作れる。
私は、生産職じゃないから思いつかないけれど、たぶん工夫すれば、魔法とリンクした高付加価値の商品が作れると思う。
これも、村の収入源になる。
陶工も、村に誘致しよう。
聖堂の生活困窮者。
この人達の中から、若い夫婦の子持ち組が、私の村に移住した訳だ。
残りの人達にも、まだ、子供連れが結構いる。
どうやら、私が20世帯と、人数を指定した為に、選考にあぶれてしまったのだとか。
私は、その人達に次回の移住受け入れの際に、【湖畔の村】に来れるように許可した。
即席で私の許可証を与えておく。
20世帯はいるね。
これは、農業集落をもう一つ造る必要があるかも。
私の村は、結構デカい。
何しろ、1辺が1kmの城塞集落が2つ。
山手線の内側は、その30倍くらい。
ここから、【湖畔の村】の大きさが推定出来る。
【湖畔の村】は、デカいから、人を受け入れるだけなら、可能だ。
でも、食べ物が足りない。
だから、他の人も村への移住を希望したけれど、全員を救うのは無理だ。
村の主食である、お米が収穫出来ていない。
村人さんの予測だと、冬を前には、確実に収穫が出来るそう。
だから、現状、村人さんの食料は、全部、私の持ち出しだ。
魚や魔物の肉は、売るほどある。
でも、穀物や野菜や調味料なんかは、【イースタリア】で、私が買い出しした物を配給している。
トリスタンに頼んで、独自に交易を始める予定だけれど、しばらくは、私が食料を買って運ぶ必要がある。
私は、慈善家じゃない。
弱者救済ではなく、村の労働力が欲しかっただけ。
私の手に余るようなたくさんの人を受け入れたら、村の運営が破綻する。
それでは、本末転倒だ。
私は、いずれ、お家がある【シエーロ】に帰る。
私がいなくなっても、維持出来る村の運営でなければいけない。
だから、村の独立採算性を上回る人達を、受け入れる訳にはいかないのだ。
日本にも、戻れるなら戻りたい……。
ん?
いや、よく考えてみたら、私には、日本に戻る理由がないな。
私は、自分に関わる記憶が欠落している。
一般教養やゲーム内の知識は、残っているけれど、日本にいた自分が、どこの誰で、どんな生活をしていたのかが全くわからない。
つまり、別に帰らなくても、困らない。
それに、私には、フェリシアとレイニールがいる。
私は、2人の保護者だ。
今、日本に帰れるとしても、こっちに戻れる保証がなければ、帰るのは、遠慮したい。
私が、異世界転移した時みたいに、また、意味不明な事情で、日本に強制的に戻される可能性もある。
現状、それは困るな。
ま、考えても、自分の努力で、どうにもならない事は、考える意味はないからね。
なるようにしか、ならない。
考えるの、やーめた。
【イースタリア】の聖堂は、病人と怪我人に使う予定だった予算を、孤児院と、生活困窮者への支援を増やす方向に転用している。
私からも、聖堂には、寄付をしておいた。
だから、聖堂にいる生活困窮者の人達の支援も、今までよりは手厚く出来るはず。
それで、今は勘弁しておくれ。
【イースタリア】の聖堂とリーンハルトの主導で、生活困窮者の自立支援を目指す取り組みを色々考えているらしい。
例えば、石鹸の製造販売。
私が、最初に聖堂に来た時、医療班の、あまりにも低い衛生管理の知識に呆れて、説教をした。
その時に、石鹸の製造法を教えてあげたんだっけ。
現在、聖堂では、聖職者達が、石鹸を作り始めているけれど、これを生活困窮者達を大勢雇って事業として始める計画らしい。
私の教えた知識を事業化しても構わないか、と訊ねられたけれど、石鹸の製造法なんて、私の専売特許じゃない。
好きにすれば良い、と許可した。
でも石鹸の販売収益は……私腹を肥やす為じゃなく、弱者救済に使え……と釘を刺しておいた。
ふふっ、私は、自分の事を棚に上げている。
ただし、【アヴァロン】の中央聖堂には、絶対、私の寄付した資金や石鹸の製造法を渡すな、と言い含めておく。
あいつらは、私の敵だ。
妖精信仰……いつか、ぶっ飛ばしてやるかんな。
【イースタリア】の聖堂は、今後、【アヴァロン】の妖精信仰の総本山である中央聖堂と、私が決定的に敵対した場合、私の側に付くと言ってくれている。
【イースタリア】では、ちらほらと、私を崇める、聖女信仰なるモノが急速に広がりつつあるらしい……。
【イースタリア】の聖堂も、その一員なの?
は?
何それ?
私を信仰するとか、困るんですけれど……。
私達は、聖堂を後にした。
・・・
「聖女様、私は、これで失礼致します。今日は、商業ギルドにも行かなければいけませんので」
トリスタンが言う。
「わかったよ。諸々、頼むね」
「お任せ下さい」
トリスタンは去って行った。
さてと、買い出しをして、帰ろう。
明日からは、トリスタンにスマホで頼めば、トリスタンが必要な物資を買い、駅馬車で【湖畔の村】に送ってくれる事になった。
これから、私は、病院を建築しなくちゃだし、20世帯の新しい村人さんの受け入れをする為に農業集落も増やさなくちゃいけない。
忙しいぞ。
私は、商店街を回って、買い出しを済ませた。
あれ?
ピオさんが消えた。
ま、いっか。
あの人も銀行ギルドの重要人物だから、何かと忙しいんだろうしね。
私は、【イースタリア】の城門から出て、【収納】から【魔法のホウキ】を取り出した。
「グレモリー様、お待ち下さいませ」
私は、声をかけられ、振り向くと、ピオさんが箱に乗っかって向かって来た。
あの箱は、【収納】アイテムの【宝箱】だ。
【宝物庫】が実装されるまでは、あれが最大の【収納】アイテムだった。
でも、【宝箱】は、据置式で携帯して持ち歩けないから、不便だった。
それで、ダビンチ・メッカニカが【宝箱】を載せて運べる、浮遊式の移動装置を開発して発売したのだけれど……。
今、ピオさんが乗っているアレがそうだ。
「私も【湖畔の村】に参ります。明日から、銀行ギルド【湖畔の村】支店を開設致しますよ」
ああ、そんな話だったけれど、あれは書類上だけの話だと、思っていたよ。
「で、その【宝箱】は?」
「私の私物と、銀行ギルド開設に必要なあらゆる備品・消耗品の類、遠隔送金に必要な【神の遺物】の【送金機】でございます。グレモリー様、今後は、出金、預金、送金や、諸々の金融手続きは、私が【湖畔の村】で行いますので、わざわざ【イースタリア】まで、来る必要はありませんからね」
ピオさんは言った。
「本当?助かるよ」
私は、普段、魔物との不意の遭遇を警戒して、高度を上げて飛ぶんだけれど、今日は、ピオさんがいるので、回廊の中を飛んだ。
ピオさんの【宝箱】移動装置は、地上1mまでの低空しか飛べない。
そして、遅い。
私が引っ張ってあげないと、日が暮れちゃうからね。
・・・
私とピオさんは、夕方、【湖畔の村】に到着した。
「ここが、グレモリー様の村。なんと素晴らしい。銀行ギルドは、隣の商業集落にあるのですね?では、早速、開設準備を……」
「明日にしなよ。まだ、商業集落は、店舗や工房の部分の内装を仕上げてないから、明日、ピオさんの希望を聴いて仕上げるよ」
「そうですか。わかりました。では、明日に」
ピオさんは、言う。
「ピオさんの家は……悪いんだけれど、今日は集会所に泊まってもらえる?」
「結構ですよ。私は、冒険者上がりなので、野宿でも、大丈夫です」
「へえ、冒険者だったんだ。【賢者】だから、後衛?」
「おや、私の職種がわかるのですね?さすがは、グレモリー様。私は後衛ではありません。先行偵察です」
「先行偵察?【斥候】や【野伏】の役目じゃん」
「ははは、私は、高威力の魔法を使えません。その代わり、【潜入】などの細々としたスキルが色々と使えますので、専ら、先行偵察をしておりました」
ふーん。
ピオさんて、不思議な人だ。
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