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第87話。グレモリー・グリモワールの日常…7…金貸しトリスタン。

本日8話目の投稿です。


残り2話は、本日の夕方頃投稿予定です。

 私は、銀行ギルドの支店長に見送られ、通りに出た。


 えーっと、リーンハルトに聞いた話だと、大通りに面した店らしいんだけれど……。


 あ、あれか?


 私は、目的の店らしき場所に向かった。


 あった。


 トリスタン金融。


 あの態度の悪い、デブった金貸しの、おっさんの店舗、兼、自宅だ。

 窓には頑丈そうな格子がハマっていて、日本の質屋と、西部劇に出て来る銀行を足して2で割ったような店構えに見える。

 うん、自分でも、何を言っているのかわからない。


「ごめん下さい」


「いらっしゃいませ」

 声をかけて来たのは、若い男性の店員さんだった。


「トリスタンさんは、いますか?」


「おりますが、あいにく、父は、病で伏せっておりまして……」


 店員の若い男性は、トリスタンの息子さんだった。


 似てないね……。


 トリスタンの息子さんは、あのデブった金貸しとは似ても似つかない、爽やか好青年風だった。

 母親似か?

 ま、どうでも良いけれど。


「トリスタンさんに、【湖畔の村】のグレモリー・グリモワールが来たと伝えてくれますか?」


 私は、トリスタンの治療に来たのだ。

 私が治療を渋ったせいで、トリスタンが死んだら、寝覚めが悪い。

 それに、聖堂で、トリスタンを【鑑定(アプライザル)】した時から、そろそろ時期的にヤバいと思っていた。


 何が?


 もちろん、トリスタンの生命が、だ。


 それで、私が吹っかけた高額治療費を払うかな、と思ったけれど、トリスタンは、やって来ない。

 で、こう、思った訳。


 トリスタンは、自分の生命より、商売の方を選択したって。

 あいつが、本物のクズなら、稼業より生命を優先したはずだ。

 でも、トリスタンは、家族に財産を遺して、死ぬ道を選んだ訳。


 賛否は、あるだろうけれど、私は、そういう奴が、案外、嫌いじゃない。

 で、スカウトに来た。

 リーンハルトに聴いたら、トリスタンは、業突(ごうつ)()りの守銭奴だ、という噂だけれど、違法な手段に訴える事は、ないらしい。

 また、貸した金は、尻の毛まで引っこ抜いて返済させるけれど、暴力に訴えたり、借り手を騙したり、は、絶対にしないのだ、とか。

 で、決めた。

 今後、私の【イースタリア】での商業活動は、トリスタンに仕切らせる。


「父は、昨日から意識がありません」


 こりゃ、大変。


「急がないと、死ぬよ。上がるね」

 私は、ズカズカと店の奥の自宅スペースに上がって行った。


「あの、ちょっと……」


 ・・・


 間に合った。


 トリスタンの病巣は、全て消えている。

 内臓脂肪を分解したら、お腹が半分に、へっ込んだ。

 心臓や脳は、血栓で詰まっていたし、肝臓なんか壊死していたよ。


 いや、普通に危なかった……。

 たぶん、今夜が山だったね。


 トリスタンは、意識を取り戻し、私が生命を救った事を聴いて、驚いていた。

 当然、お礼は言われたけれど……頼んだ訳ではない。あなたが勝手に治療しただけだ。だから、治療費は、こちらの言い値で払わせてもらう……だって……。

 ふん、食えない豚だ。


 それだけ言い放って、今は、眠っている。

 まだ、憎まれ口を利けるような体調じゃないんだよ。


 私は、トリスタンの家族から、涙ながらに感謝されていた。

 私は、自分の手駒にするつもりで救命しただけで、別に、奥さんや、息子さんの為にした訳じゃない。


 ついでに家族の健康診断をしたら、奥さんは、子宮筋腫の兆候があったので、治療しておく。


 息子さんは、健康……あ、虫歯があるね。

 はい、治療。


 ん?


 この息子さん、両親2人と血が繋がっていない。

 養子か?


 奥さんの子宮に病気があったし、そもそも、トリスタンがあの様子じゃ、生殖機能が正常に働かなかった可能性が高い。

 つまり、後継を他所(よそ)から、もらって来たんだろう。


「聖女様……あのう、聖女様……聖女様」


「あ、は、はいはい、聖女って、私の事か。何でしょう?」

 トリスタンの息子さんに話しかけられていたのに、気付かなかった。


 だって、聖女様、だよ。

 この私……【ゾンビ】やら【スケルトン】やらを操る、【(グランド)死霊術(・ネクロマンシー・)(ミストレス)】を捕まえて、聖女様は、ないわー。


「実は、僕は、聖堂の孤児でした。この度は、聖堂の孤児を生贄にするという汚れた因習を断ち切って下さって、ありがとうございます。私の、幼馴染もたくさん犠牲になったのです」


 へえ。

 トリスタンは、聖堂の孤児を引き取ったんだ。

 後継を迎える為とはいえ、意外な一面だね。


「別に、私がムカついたからやっただけだよ」


「それでも、やはり、お礼を言わせて下さい」


 話を聴くと、トリスタンの息子さんは、トリスタンから大切に育てられたらしい。

 もちろん、仕事の事は、厳しく指導されたそうだけれど、ぶたれたり、罵られたり、された事は、一度もないのだ、とか。

 他所(よそ)様からは、嫌われ憎まれ軽蔑されていた、トリスタンも、息子さんにとっては、紛れもなく父親そのものだったみたい。


 ふーん、て感じだけれど。


 奥さんも、トリスタンは、優しくて、善い人間だと言う。


 私は、嘘だあ……と思ったけれど、口には出さなかった。


「父が、憎まれ口を叩いたり、横柄(おうへい)に振舞っていたのは、騙さない為なのです。世の中一般の金貸しは、貸し付ける時は甘い言葉で誘い。返済を迫る時は、鬼になります。父は、貸し付ける時は鬼のように振舞いますが、返済は借金をした人が路頭に迷うような取り立て方はしません。これを、ご覧下さいませ」

 トリスタンの息子さんは、1冊の書き付けを差し出す。


 トリスタンが書いた、仕事用のメモだ。

 トリスタンは、いつも、これを肌身離さず持っていたらしい。


 その書き付けには、大勢の借金をした人達の返済計画についての内容がビッシリと書き込まれていた。


「私は、その辺の常識に(うと)いんだけれど、返済計画って、金貸しの側が造る物なの?」


「いいえ、世の中一般の金貸しは、あまりやらないと思います。返済期日が来たら集金に行き、払えなければ担保を差し押さえるだけです。でも、父は、違います。父は、この20年、借金をした人達の担保を差し押さえた事は、一件もありません。借金をした人達と一緒になって、返済計画を考え、必ず、返済が行えるように取り計らうのです。違法スレスレの悪い高利貸しから借金をしてしまった人達の債権を高利貸しから買い取って、適正な金利で、借り替えさせる事さえありました。父は、そういう高潔な金貸しなのです」


 言っておくけれど、高潔だとか卑劣だとか、職業に貴賎はないよ。

 ま、何でも良いけれど、私は、もう、トリスタンを雇うつもりだから、そんな話を聴かされても、逆に煩わしいんだけれどね。

 何か、苛々して来るな。


「あのさ、それを私に聴かせても仕方がないよ。信念を持ってやっている事なら、誰に何を言われても、堂々としていたら良いんだし、後ろめたい事がないなら、本当は善い人だ、なんて他人に聴かせるだけ無意味じゃん?」


「え?そんな……」

 トリスタンの息子さんは、唖然とした顔をした。


 抗議したいのだろうけれど、父親を死の淵から生還させたのが私なので、何も言えないのだろう。


「ヴァレンティン……聖女様の言うとおりだ。自己弁護や、言い訳ほど虚しい物はない」

 トリスタンが再び目を覚ました。


「父さん!」


「あなた!」


「家族の感動の一瞬に水を指すようだけれど、私も、村を無防備な状態にしているのが心配だから、用件だけ伝えるよ。トリスタン、あなた、私に雇われなさい。私の資金を管理して、私の代理人として【イースタリア】で、活動してもらいたい。あなたは、今晩、死ぬ運命だったんだから、この先の人生を私の為に使ってもらっても良いんじゃないかな?もちろん、報酬は払うよ。月10【ドラゴニーア】金貨(月収100万円相当)。あなたの使命は、【湖畔の村】の発展。断るなら、仕方がない。でも、これは意義のある仕事で、私は、トリスタンが適任だと判断した」


「わかりました。ヴァレンティン、店の事は任せた。もう、お前には全てを教えてある。私は、今後、聖女様の従僕として働かせて頂くことにする」


「父さん、でも……」


「聖女様、報酬は、ご提示の10分の1で結構。治療費の代わりとお考え下さい。ただし、条件を一つつけさせて頂きたいのですが、よろしいですか?」


「何?言ってみな」


「【湖畔の村】を素晴らしい村に導いて下さいませ」

 トリスタンは、憑き物が落ちたような表情で言う。


 生意気な……。

 でも、その挑発には乗らん。


「私の家は、【シエーロ】にある。だから、いずれ【シエーロ】に帰るよ。それから、村人で、私が最優先で庇護するのは、フェリシアとレイニール……(くだん)の生贄にされた、2人の子供達。あの子供達を連れて、私は、いずれ、【湖畔の村】を離れる」


 あと、【竜魚(ドレイク・フィッシュ)】のキブリも身内だから、連れて行くつもりだけれどね。

 ま、魔物の事を言うと、ややこしくなりそうだから、言わない。


「ご自身で、お作りになった村を、お見捨てになるので?今、聖女様が離れてしまわれては、早晩、村が立ち行かなくなる事は、目に見えております」


「今は、まだ、あの村には【湖竜(レイク・ドラゴン)】に抗するだけの力がないから見捨てては行かないよ。いずれ、あの村が【湖竜(レイク・ドラゴン)】を倒せるようになるまでは、いるつもり」


「人種が【古代(エンシェント)(・ドラゴン)】に、抗する事が出来るようになるとは思えません。英雄たる聖女様は、不老不死。つまり、それは、実質、聖女様が【湖畔の村】を永遠に守る、という、お答えに等しいと思いますが……」


 ほう、トリスタン。

 徹底して、煽ってくるじゃないの?

 面白いね。


「【湖竜(レイク・ドラゴン)】は、倒せるよ。簡単ではないけれどね。私は、5年あれば、と予測しているよ」


「本気なのですか?」


「あー、私は、この件で【誓約(プレッジ)】とかを、するつもりないからね。挑発しても無駄」


「ははは、抜け目のない、お方です。わかりました。5年はいて頂けるのですね?とりあえずは、その言質(げんち)を取っただけでも良し、としますか?では、私は、明日から具体的には何をしたらよろしいのでしょうか?」


「なら、まずね……」


 私は、トリスタンに銀行ギルドで出金した【ドラゴニーア銀貨】の半分を渡した。

 そのまま、袋でドサッ、と置いて行こうとしたら、息子さんが、銀行ギルドに走って、トリスタンの口座に振り込んで来てくれる。

 もちろん【契約(コントラクト)】で、お金を持ち逃げされたりしないようにした。

 まだ、全幅の信頼を寄せるには早い。


 それからトリスタンにもスマホを1台渡しておく。


 私は、少し、街で必要な物を買い込んで、【湖畔の村】に帰った。


 ・・・


 9月13日。


 レイニールと一緒に朝の見回りをした。

 キブリ隊に餌付けをして、それから、朝ごはん。


 朝ご飯がおわって、今日もまた、冒険者ギルドに向かう。

 買取査定の結果を確認しなければならない。


 買取査定金額は、【ドラゴニーア通貨】で、9750金貨(9億7500万円相当)。


 ま、妥当なところだと思う。


「じゃあ、それで」


 私がギルドカードを出すと、冒険者ギルドの職員も、ギョッとした。

 ギルマスまで出て来る。

 応接室にどうぞ……と、言われるところまでが、昨日の銀行ギルドと同じ流れ。


 ま、私が本当に世界で唯一のユーザーなのだとしたら、珍しがられるのも仕方がないんだろうけれど……。


 この反応でわかった事が一つ。

 銀行ギルドは、私がユーザーだという情報を昨日の時点で知っていたにも関わらず、それを他のギルドと、情報共有していないという事。

 守秘義務厳守と感心するべきか?

 あるいは、不自然と(いぶか)しむべきか?


 ま、わかんない事は、考えるだけ時間の無駄、無駄。


 買取手続きをしてもらい、入金を確認。


 とりあえず、銀行ギルドで、この買取金額は、丸っと、トリスタンの口座に送金しておこう。


 ・・・


 銀行ギルド。


「げっ、贈与扱いになるの?」


 トリスタンの口座に送金しようとしたら、贈与税がかかると言われてしまった。

 確認したら、昨日のも、税金が差っ引かれていた。


 ダメダメ。

 そんなの勿体ない。


 これは、私がトリスタンにあげた訳ではない。

 あくまでも、私が、自分の村の為に使うお金を、代理人のトリスタンの口座に移すだけなのだから。


 どうしようかな?

 困ったぞ。


「何か、お困りですか?」


 声をかけられた。

 振り向くと、華奢な身体つきの若い男性の銀行ギルド職員がニッコリ微笑んでいる。


 おっ!

【ハイ・ヒューマン】の【賢者(ワイズマン)】。

 NPCの【ハイ・ヒューマン】とは珍しい。

 しかも、【賢者(ワイズマン)】。


 ん?

 確か、【ブリリア王国】では、【魔法使い(マジック・キャスター)】は、王都【アヴァロン】に集められるんじゃなかったっけ?

 ギルドは、独立組織だから、そのルールから外れるのかな?

 ま、いっか。


 私は、自分の村の為に使う資金を代理人の口座に送金しようとしたら、贈与税がかかった、これは納得いかない、という内容を端的に言った。

 つまり、税金泥棒、と。


「はっはっは、同感です。申し遅れました。私は、世界銀行ギルド、()()()()()()()()のピオと申します。お客様の場合ですと、法人口座をお作りになればよろしいと思われます」


「村の法人格は、つまり、自治体という扱いなのでは?私の村は、開拓村で、まだ国家から、自治体として認証されていませんが?」


「そうしましたら、村を、ひとまず事業組合として法人登記するのがよろしいですね」


「事業組合では、後々、法人税が請求されますよね?」


「はい。ですが、公益性が高いと認められれば、事業組合から、公益法人へと変わると思います」


 うーむ、それって、国の胸先三寸だと思うんだけれど……。

 国は、少しでも、税収を余計に稼ぎたいから、こういう案件の審査は、無闇に時間をかけてやるに違いない。

 1年……いや2年かかるかも。

 その間に支払わされた税金は、おそらく還付されないだろう。


「良い考えだとは思えないんだけれど」


「ならば、こうしませんか?銀行ギルドが、お客様の開拓村に支店を開設するのです。銀行ギルドは、原則、自治体認証を持たない場所には支店を出しません。銀行ギルドが支店を出すのだから、【湖畔の村】は、自治体だ、と逆説的に、既成事実化してしまいましょう。もしも、【ブリリア王国】が審査を長引かせるようなら、銀行ギルドから圧力をかける事も(やぶさ)かではありませんよ」


 何、この人、怖っ!

 国を脅迫する気だ。


 でも、そのやり方なら、国の審査はスムーズだろう。

 お役人は、あんな小さな開拓村一つの利権のせいで、銀行ギルドとトラブルになるような事はしない。


「何故、そのような便宜を図ってくれるのですか?」


「グレモリー・グリモワール様は、この世界で、ただ、お一方の英雄でいらっしゃいます。銀行ギルドとしては、是非、お近付きになりたいのです」

 ピオさんは、整った顔を少し薄気味悪く引きつらせて微笑んだ。

お読み頂き、ありがとうございます。


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