第82話。グレモリー・グリモワールの日常…2…【エルフ】の姉弟。
本日3話目の投稿です。
私は、【エルフ】の子供2人を、村の中に招き入れ、【避難小屋】へ連れて来た。
【宝物庫】から、【湖竜】の焼肉を皿に盛って、渡してあげる。
2人は、よほど空腹だったのか、凄い勢いで、食べ始めた。
私は、2人が、食事に夢中の間に【鑑定】を使うと……。
ん、毒物……いや、麻酔かな?
ごく微量の麻痺効果がある薬剤の成分が、2人の体内から検知された。
「【治癒】、【治癒】」
私は、2人を順番に、毒物、による麻痺効果を打ち消す。
「あ……喋れる……」
姉の方が、初めて口を開いた。
「お姉ちゃん……」
弟が姉の方を見て言う。
どうやら、2人とも、麻痺の効果で、言葉が出なかったらしい。
「お名前は?何処から来たの?」
私は、訊ねた。
「フェリシア、こっちは、弟のレイニール。【イースタリア】の聖堂に住んでいました」
聖堂?
ああ、神殿、の事ね。
「どうして、こんな所に?2人だけで来たの?」
「私達は、【湖竜】への生贄に選ばれたのです」
生贄?
何それ?
姉のフェリシアの説明によると。
【イースタリア】では、聖堂で養育されている身寄りのない孤児や捨て子から、生贄、を選んで、【湖竜】に捧げる、風習、があるのだ、とか。
生贄を捧げれば、【湖竜】は、【イースタリア】の街を襲わない、と信じられているらしい。
なんて、馬鹿な因習。
【湖竜】は、基本的に、住処の湖からは、離れないけれど、稀に人里に現れて、人を捕食する事もある。
街を襲うか、どうか、なんて運。
生贄を捧げれば、襲われない、なんて迷信だ。
今回の生贄に選ばれたのは、【エルフ】の弟のレイニール。
でも、1人で行かせるのは、あまりにも不憫だと思って、姉のフェリシアも一緒に生贄になる決心をした。
フェリシアは、死ぬ事を理解している、という。
【湖竜】が、スポーンする、新月の少し前、姉弟は、馬車に乗せられて、湖に面した、生贄の祭壇、に連れて来られた。
2人を、生贄の祭壇、に残して、馬車は、街に戻ったのだ、とか。
そして、新月の晩、姉弟は2人で、持たされていた麻酔を飲み、眠った。
この麻酔を飲めば、【湖竜】に食べられても、何も感じないから、と事前に教えられていたらしい。
酷い話だ。
で、2人は、目を覚ました。
6日間も眠っていた事になる。
強力な麻酔効果で、死んだように眠っていたのだ。
実際、あの薬には、人を仮死状態にするような類の作用があったのだろう。
だから、6日間も飲まず食わずで眠らされていても、生存していた訳だ。
フェリシアとレイニールは、【湖竜】に食べられたはずなのに、まだ生きているのを不審がっていたら……遠くに、連れて来られた時には、なかったはずの、大きな砦が見えたので、2人で歩いて来た、と。
「フェリシア、レイニール。2人とも、私の家の子になりなさい。ここにいれば安全だし、食べ物もあるから」
「でも、【湖竜】の生贄にならなくちゃ。私達が、役目を果たさないと、【湖竜】が暴れて、みんなが困るから……」
フェリシアは、言う。
「それなら、大丈夫。【湖竜】なら、私が退治したから。この、お肉が、その【湖竜】だよ」
【エルフ】の姉弟は、えっ、という表情をする。
「でも……きっと、叱られる」
フェリシアは、言った。
「誰に?」
「街の人」
「大丈夫だよ。私が、ここに住んでいれば、【湖竜】が出て来ても、また退治しちゃうから。街の人は、もう、【湖竜】を怖がらなくても良い」
「お姉さんの、お名前は?」
「私は、グレモリー・グリモワール。【大魔導師】だよ」
私は、第2職種の方で名乗った。
第1職種の方は、何かと、アレなので……普段から、だいたい、こちらを名乗る事にしている。
因みに、複合職は、結構、レアな【才能】。
何しろ、私は、魔法の天才、だからね。
「凄い、お姉さん、【大魔導師】なの?」
弟のレイニールが言った。
「そうだよ」
「魔法習いたい」
「良いよ、教えてあげる。私、魔法を教えるの得意だからね」
「やったー……」
レイニールは、屈託無く喜んだ。
「あのう、【大魔導師】様。一度、聖堂に戻って事情を説明しても良いですか?【大魔導師】様の従者になるにしても、街の人には、断ってからの方が良いと思います」
フェリシアが言う。
従者って……。
いや、まあ、そういう体裁にしておいた方が、この子達の、身の安全、という意味では、良いのかも。
【大魔導師】の従者に、ちょっかいを出す人は、あんまりいないと思うし、NPCにとっては、【大魔導師】は、畏怖の対象だ。
うーん、どうしよう。
この姉弟を、生贄、にしちゃうような、悪い連中だ。
街に戻ったら、2人が酷い目にあうかもしれない。
「私も一緒に行って、説明してあげる。それなら、構わないよ」
「はい。わかりました」
よし、魔力は、ほぼ満タン。
もしも、街でトラブっても、街の兵達と一戦交えるくらいなら、全く問題ない。
戦闘禁止の街中で暴れたら、GMが来て、怒られるかもしれないけれど、全然、GMコールに反応がないんだから、平気だと思う。
もし、来たら、それこそ、渡りに船。
私が、ゲームの世界から出られなくなっている事を説明して、何とか救出する方法を考えてくれるかもしれないし……。
私達は、【魔法のホウキ】で、飛んで、【イースタリア】の街に向かった。
姉弟を乗せているから、安全の為に低空飛行。
3人乗りは、ちょっと窮屈だけれど、重量的には、問題ない。
・・・
【イースタリア】の門で、一悶着あった。
そりゃそうだよね。
生贄の子供が、【漆黒のローブ】に【漆黒のトンガリ帽子】なんていう、一見しただけで、魔女、ってわかる風体に身を包んだ、怪しい女、と帰って来てしまったんだから。
街の門番に囲まれて、凄く剣呑な雰囲気。
で、私が、事情を説明したんだけれど、誰も信じない。
【古代竜】である【湖竜】を、退治なんか出来る訳がないだろう、って、凄まれた。
まあ、信じられないのも無理はないか……。
NPCって、メッチャ弱い。
NPCの村人や街人は、【スライム】にも負ける。
NPCの最強レベルでも、武道大会の都市予選で1回戦負けが当たり前の雑魚キャラだ。
例え、レベル99カンストのNPCでも、私が戦えば、【超位魔法】1発で瞬殺。
ユーザーとNPCでは、ベースの戦闘力に、天地の開きがあるからね。
ラチが明かないので、私は、【宝物庫】から、【湖竜】の生首を取り出した。
ドサッ。
「こ、これは……【湖竜】の頭部……と、いう事は……」
「そゆこと、これで、わかった?」
門番達は、顔を見合わせて、頷き合っていた。
私の包囲を緩めて、ジリジリ、背後に退がって行く。
「おい、お前達、すぐ、ここに領主を連れて来いや。15分待ってやる。私は、今、猛烈にムカついている。あんまり、怒らすと、街を焼くぞ、コンニャロめがっ!」
私は、上空に向けて、【轟火】を、ぶっ放した。
この街の領主は、子供を生贄にするなんて、頭が狂っている。
もし、生贄に出すとするなら、領主の身内から、出せば良い。
可哀想な、孤児を生贄にするなんて、性根が腐ってやがる。
私が、お仕置きしてやんなくちゃね。
門番が、街の中にダッシュして行った。
・・・
15分経ったのに、領主は現れない。
こんなろー……私は、怒っているんだぞ!
「おーい、どうなっている。領主は、まだかぁーっ?そっちが、その気なら、こっちにも考えがあるぞっ!【霹靂】……」
私は、【霹靂】を詠唱して、発動を保留したままにした。
【イースタリア】の上空には、厚い黒雲が垂れ込めている。
「すぐに、出て来ないなら、街を、魔法で、ぶっ壊す。いーのか?この、馬鹿領主が!」
すると、門の中から、1人の、オッチャンが出て来た。
そのオッチャンを、2人の男が羽交い締めにしている。
「いけません。侯爵様、お戻り下さいっ!」
「えーい、離せ。私が行かなければ、街の民が、皆殺しにされてしまう……。私、1人の生命を差し出し、慈悲を乞うのだ……」
オッチャンが喚いている。
どうやら、あれが、領主らしい。
「はよ、出てこんか、ボケが!」
私は、言った。
「魔女様……どうか、街の民には、お慈悲を賜りたい」
領主らしき、オッチャンは、私の前で、土下座する。
すると、遠巻きに、私を囲んでいた、門番達も、土下座した。
「私の質問に答えろ。【湖竜】に生贄を差し出す命令をしたのは、お前か?」
「いいえ。いや、直接に命令を下してはおりませんが、街の民が行なっている因習は、存じておりました。見て見ぬ振りをしていたのです。ですから、最終的には、全て、私に責任が、ございます」
「あ、そう。なら、金輪際、生贄を出す事は、まかりならん。今後は、街の孤児や捨て子……それから、貧しい人々もだ、そういう者を、領主の家族と同様に大切に扱え。さすれば、この先、【湖竜】は、この私、【大魔導師】の、グレモリー・グリモワールが全て退治してやる。わかったか?」
「はい、仰せのままに致します」
「この生贄とされた、フェリシアとレイニールは、今後、私の従者とする。この子達に手出しするなら、【イースタリア】を敵と見なす。良いな?」
「はい、異論ございません」
「それから、領主の代理人を、私の住処に寄越せ。今後は、その者を通じて、私の要求を伝える」
「代理人……で、ございますか?」
「そうだ、私の住処に連れて行く。人選は任せる」
「はい、仰せのままに……」
領主は、彼を羽交い締めにしていた男の1人に、何事か言い含めると、羽交い締めにしていた男は、街の中にダッシュして行った。
今後、【湖竜】の定期的な討伐にまつわる諸々や、せっかく作った私の村に移住者を募る必要もある。
色々と領主と相談する必要もあるだろうから、代理人を私の村に駐在してもらう事にした。
いわば、外交官。
こういう事は、行き違い、という事が、きっかけで、大問題になる事が多い。
きっちりと、意思疎通を図るためには、報連相、を出来る状況を整えておいた方が良いだろう。
領主も、門番達も土下座したまま、30分が過ぎる。
すると、門から、一台の馬車が出て来た。
4頭引きの立派な箱馬車。
「私の娘、アリスでございます。どうぞ、アリスを、お連れ下さい」
娘?
誰か、下っ端の役人を、と考えたのだけれど……。
まあ、娘さんが、日常的に、領主の手伝いとかをしているのかもしれない。
「良かろう。私は、湖畔に帰る。【湖竜】の頭は、土産代わりだ。領主の部屋にでも、飾っておけ」
「ははーーっ!」
私は、湖に戻る事にした。
フェリシアとレイニールの身分が、しっかり、私の従者として、領主に認められたのだから、もう用はない。
私は、発動保留のままにしていた【霹靂】を【魔法中断】で消す。
とりあえず、【魔法のホウキ】は、しまって、フェリシアとレイニールと一緒に馬車の中に入った。
馬車の中には、領主の娘、と、メイドが1人。
領主の娘……まだ子供じゃないか……。
馬車が動き出してしまった。
うーむ、何で?
この子供に外交官なんか務まらんでしょ?
「あのう、どゆこと?」
私は、事情がわかりそうな、メイドさんに訊ねた。
「私は、グレースと申します。私がアリス様の身の回りの世話を致します」
メイドさんのグレースさんが言う。
そうでなくて……。
「アリス、あなたが代理人なの?」
「はい、病気で、いつ死んでもおかしくない、私が人質に選ばれました」
はい?
人質?
何で、そんな話になっているの?
「私、人質なんか要求していないけれど?」
アリスと、グレースさんは、えっ、という顔をする。
「侯爵様が、魔女様との約束を違えないように、人質を出させた、のでは?」
グレースさんは言った。
「いいえ。約束を守らないなら、【超位魔法】で、街を、ぶっ壊すだけだし。人質なんかいらないよ」
「「え?」」
アリスとグレースさんは、驚く。
「え?」
私も、驚いた。
きちんと話を聞くと、アリスは、本当に人質らしい。
ま、いっか。
15日ごとに、子供を生贄に出していたような領主。
自分の娘を人質に出しても何とも思わないような、酷い人間なんだろう。
病気で、いつ死んでも……とか、如何にも、鬼畜な言い草だ。
気に入らない。
ところで、病気って、何?
感染する病気とかだと、ヤダな。
私は、アリスの体内を【鑑定】でサーチした。
ふむふむ、たぶん白血病の類だね。
体力も相当弱っている。
「【治癒】、【回復】」
「何を?」
「あ、病気、治しといたから」
「え?」
「とりあえず、私の村に来たら、少し運動とかをして、鍛えた方が良いね。体力は回復したけれど、ずっとベッドで横になっていたでしょう?筋力が弱りきっている。【回復】は、体力は回復するけれど、筋力は回復しないからね」
「治ったのですか?不治の病が?」
白血病、不治の病なんだ。
【イースタリア】には、ロクな【治癒魔法士】がいないんだね。
「そだよ。骨髄の中の癌細胞……つまり、病気の元を、全部、正常な状態に戻して、身体の中も隅々まで綺麗にしといたから、病気は完治したよ。あとは、たくさん食べて、身体を鍛えれば、すぐ元気になるよ」
2人から、とても感謝された。
私の村に着いたのは、夜。
馬車は、遅い。
とりあえず、【湖竜】の焼肉で、食事をしてもらう。
ごめんなさい、食べ物は、これしかないんだよね。
馬車を操縦していた御者のスペンサーさんていう、お爺ちゃんも、アリスに付いて来た人質扱いの1人だったみたい。
街には帰らずに、私のところに残るらしい。
・・・
7日目。
衝撃の事実を聞かされた。
私のような、ユーザーを、NPCは、英雄、と呼ぶらしいんだけれど、その英雄は、900年前に全員、この世界から、消えてしまったらしい。
それを、こっちの歴史では、英雄大消失、っていうのだ、とか。
つまり、900年前から、ユーザーは、もう、この世界に1人もいない。
私のパーティ・メンバーも、誰も……。
どうやら、私は、異世界転移と同時にタイムリープもしちゃったみたいだ。
え?
て、事は、私、独りぼっち?
何だか、わからないけれど、涙が溢れて来て、止まらなくなった。
しばらくして、精神耐性最大、の、おかげで、復活した、私は、畑の世話をしたり、村の土木・建築の工事をしたり、キブリ達に餌をあげたり、日常の作業に没頭した。
こうしていれば、嫌な事は、考えなくて済む。
フェリシアとレイニール、それから、御者のスペンサー爺さん、も、作業を手伝ってくれた。
アリスは、まだ、無理が利かないので、家の一つで、休んでいる。
グレースさんは、その世話をしていた。
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