第819話。閑話…モフ太郎の冒険…1。
第1回キャラ人気投票の結果、同立1位に輝いたモフ太郎の閑話です。
ご投票下さった読者様ありがとうございます。
(他の同立1位キャラの閑話も近々投稿予定です)
セントラル大陸中央国家【ドラゴニーア】南方都市【アルバロンガ】の【神竜神殿】。
有料ゲーム・プラットフォームとして世界最大の同時プレイ人口と収益、及び経済波及効果を誇るMMORPG……【ストーリア】。
その広大なオープン・ワールド【マップ】に、また新たな冒険者が降り立った。
今正にチュートリアルを終えたばかりのユーザーである。
「やっと、リセマラが終わった……」
チュートリアルが行われる礼拝堂から出て来た男性ユーザーは、溜息を吐いた。
彼のアバターは【ヴァンピール】である。
【ヴァンピール】は【ヴァンパイア】と他種族の混血の男性で、【ヴァンパイア】の混血の女性は【ヴァンピーラ】と呼ばれた。
ゲーム設定上【ヴァンパイア】と【ヴァンピール/ヴァンピーラ】は純血・混血に関わらず、【ヴァンパイア】に噛まれ感染した人種である【ダンピール/ダンピーラ】とは区別されている。
今までユーザー・アバターの種族選択には混血の概念は存在しなかったが、【ストーリア】の世界観には混血が存在する為、混血種族の実装が多くのユーザーから要望され、先頃行われたアップデートにより実装されたばかりであった。
強力な能力と致命的な弱点を併せ持つ【魔人】系のキャラ・メイクは長所・短所が極端な為に使用者を選ぶので、これらの長短を双方マイルドにして順応性を高めた【魔人】の混血の実装は特に要望が大きかったのである。
「もう、待ちくたびれたよ」
礼拝堂の外で男性を待っていた女性ユーザーが言った。
彼女のアバターは【エルフ】である。
女性は小一時間待たされていた。
とはいえ、この1時間で女性は【アルバロンガ神殿】内部や神殿近くの周囲を散策して、ゲームが誇る美しいグラフィックを鑑賞していた為に、それなりに楽しんでいたので時間潰しには困らなかったのではあるが……。
このゲームにおいてチュートリアル中の時間軸は、オーバー・ワールドの時間からは独立している……とされている。
ゲームに初めてログインした際に強制的に行われるチュートリアルは常に昼間であり時間経過は起こらないので、ゲームの仕様としてプログラムされている疲労や空腹や眠気なども起きない。
チュートリアルが終了してオーバー・ワールドに降り立つと時間が経過し始め、肉体の代謝が始まるのだ。
二度目以降チュートリアルに参加する場合、仕様上厳密にはオーバーワールドとチュートリアル内の時間は同期してしまっているのだが……チュートリアルは常に時間経過がオーバー・ワールドとは異なる……と公式設定には記述されている。
その辺りは、ゲームの世界観的なお約束だ。
また基本的にチュートリアルを繰り返すメリットは何もないので、チュートリアルに何度も挑むユーザーはほとんどいない。
なので、ゲーム・メタ的な設定の矛盾にクレームを入れるユーザーもいないのだろう。
そんな事を言い始めたらキリがない。
何故なら、この世界はゲームなのだから……。
「悪い。でも、完璧な初期ステータスを手に入れたぜ。これで勝つる!」
チュートリアルを終えたばかりの男性は宣言した。
男性のアバターは【ヴァンピール】。
無数に繰り返されたリセマラのおかげで、彼が必要とした数々の有用な【才能】と強力な潜在能力を手に入れ、尚且つ種族的に致命な弱点を完全に克服する【日照耐性】も獲得している。
相当に強力な初期ステータスと断言して良い。
「アストルフォ。早速【泉の妖精】に言われた通り、冒険者ギルドに登録をして、銀行ギルドでギルド・カードを作ってからトレーニング・センターに行ってみよう」
【エルフ】のアバターをした女性は言った。
「いや、イロハ。俺はトレ・センには行かずグレモリー・グリモワールが示した理論値の最高効率プレイ……つまりはリアル・タイム・アタックを参考にして高速レベル・カンストを目指すぜ。まずは、初期ログイン・ボーナスで貰った【チケット】で【ガチャ】を回そう。初回ガチャには【幸運】の最大補正が掛かるから必ず良いアイテムが出るんだ。今日の為に貯金して全財産課金もしてあるから【課金ガチャ】も回す。その後に冒険者登録とギルド・カードの手続きだな」
アストルフォと呼ばれた【ヴァンピール】の男性は言う。
「でも、【泉の妖精】は……初めての人はトレーニング・センターに行ってみるように……って言っていたよ」
イロハと呼ばれた【エルフ】の女性は異論を呈した。
「時間が勿体ない。俺は、グレモリー・グリモワールが保持する全【遺跡】の最短クリア記録を更新するんだ。ガチャを回してから、すぐ冒険者登録とギルド・カード登録をして、商業ギルド直営店で【課金ガチャ】で出たアイテム類から不要な物を売却して、その買取金で必要な装備とアイテムを買い揃える。残った買取金の差額で、冒険者ギルドで強力なパーティ・メンバーをスカウトして【遺跡】を目指す。しばらく【遺跡】町にベース・キャンプを張って【遺跡】周回を繰り返してレベル上げをして、1週間以内にレベル50までを目指さないと後のスケジュール的にキツいんだよ。俺の作成したスケジュールは完璧だ」
アストルフォは得意気に今後の計画という絵に描いた餅を話す。
「アストルフォ。私は、しばらく【アルバロンガ】を拠点に生活して、お買い物とかもしてみたい。ジェニファー・ジュエルちゃんが着ているみたいな可愛い着ぐるみ【スキン】とかが欲しいなぁ」
イロハは言った。
「ジェニファー・ジュエルなんか、スポンサーの支援で【ストーリア】流行りに便乗している単なる案件動画ブロガーじゃんか?純粋ゲーマーのグレモリー・グリモワールみたいなのが本物のカリスマなんだよ。さあ、ガチャを回しに行くぞ」
「ちょっ、待ってよ、亮太。お姉ちゃんは明日は学校があるし、そんなずっとは付き合ってあげられないよ」
「いろは姉ちゃん。ゲームでは、俺達は姉弟じゃないロール・プレイをするって約束だろ?それに、勝手に付いて来たのは姉ちゃん……じゃなかった、イロハだろ?俺は、単独プレイでも構わないぜ」
アストルフォは言う。
「もう……一緒に行くわよ」
イロハは言った。
どうやら2人の関係性は姉弟らしい。
2人は、弟アストルフォこと亮太の15歳の誕生日に合わせて今日、満を侍して同時ログインを果たしたのだ。
このゲーム【ストーリア】は、戦闘グラフィックがリアルに表現されていて、血飛沫が舞ったり四肢が切断されたり内臓が露わになったりする。
なので未成年ユーザー向けにフィルタリングで、それらのグロテスクなグラフィックを控えめに抑えマイルドにする設定もあるが、基本的に戦闘などでは暴力的なシーンがあるので、ゲーム・レイティングは15歳以上となっていた。
このゲーム・レイティングの15歳がゲーム内の人種NPCの成人年齢という設定になっている。
亮太は今日の誕生日デビューを、もう何年も前から心待ちにしていたのだ。
この日のデビューの為に、亮太はネットで情報を掻き集めてゲーム【ストーリア】の攻略法を研究して来たのである。
・・・
【アルバロンガ】中心街【イカれたお茶会】本拠地【白の女王の宮殿】。
パーティ・リーダーの執務室に佇む男は黒縁の眼鏡を指で押し上げた。
とはいえ男の眼鏡は書物を読む時のポーズとしての装着する装飾アイテムに過ぎず、実際の彼の視力は高性能で眼鏡は必要ない。
男の名前は……モフ太郎。
このゲーム【ストーリア】において、モフ太郎の名を知らぬ者はいない。
彼は【兎人】のアバターの男性で、【ストーリア】の世界武道大会で4連覇を成し遂げている1対1では無敵の【剣宗】であった。
モフ太郎は【神の遺物】のロング・ソード【デュランダル】を得物に数々の偉業を打ち立てた伝説的ユーザーである。
モフ太郎という独特なハンドル・ネームは、【獣人】の【兎人】をベースとしたアバターのキャラ・メイクをしていて毛並がモフモフしているからと想像される事が多いのだが、実際には野ウサギのラガモーフからの由来であった。
モフ太郎はゲーム【ストーリア】のスター・プレイヤーとしてゲーム・ショーなどにも数多く登場し、また彼を模したイラストやフィギュアなどもネット上でファン・アートとして存在するのでゲームの公式キャラと誤解される事もあるが、純然たるプライベート・ユーザーなのである。
公式キャラと間違われるくらいモフ太郎は有名なのだ。
このゲーム【ストーリア】には、グレモリー・グリモワールという有名ユーザーもいたが、彼女の場合は事績のほとんど全てが悪名として広まっており、一部マニアックな信者以外の一般ユーザーからは尊敬を集めている訳ではない。
グレモリー・グリモワールの業績には、本来なら正当な評価を受けられる類のモノも数多くあったが、それらは彼女自身によって秘匿されている事もあって、グレモリー・グリモワールは半ば都市伝説化したダーク・ヒロインであった。
その点、モフ太郎の知名度は勧善懲悪的正義のヒーローのそれである。
モフ太郎とグレモリー・グリモワールは、ゲーム・ユーザー達からは、いつも対比として語られていた。
モフ太郎の中の人は、日本の有名大学勤務の准教授としてプロフィールが公開されている点で、中の人のプロフィールが完全非公開で謎に包まれているグレモリー・グリモワールとは対照的。
モフ太郎は中の人としても、コンピューター・サイエンスの分野で将来を嘱望される新進気鋭の若手研究者である。
世界的な社会現象を引き起こしているゲーム【ストーリア】のスター・プレイヤーであるモフ太郎として知名度を得て、テレビやネット媒体などへの露出も多く、それらを利用して自身の本業である研究の広報活動を行ったり企業からの研究協賛を得たりする目的もあるので、彼のゲーム内での行動は常に品行方正でなければならない。
彼は、自身が持つ数学とコンピューターの専門知識を使い、【ストーリア】の戦闘アルゴリズムを解析して、このゲームのバトルの攻略法を編み出し有名になった。
モフ太郎は、そうして解析した攻略法で無双して高難易度クエストを次々とクリアし、また、それらの攻略法を秘匿せずに惜しげもなく全て無償で公開し、多くのユーザーから称賛と感謝を得ている。
更に彼のアドバイスを元にゲーム会社がゲーム・システムを改良し、【ストーリア】の遊戯性はより快適なモノになった。
そしてモフ太郎個人だけではなく、彼が率いるパーティ【イカれたお茶会】も正義のパーティとして広く名前が知られている。
モフ太郎の【イカれたお茶会】は、高難易度のクエストを攻略する傍ら、新人プレイヤーを助け支援する事を主な目的として活動しているのだ。
こうした姿勢が多くのユーザーから評価され、モフ太郎は善なる存在として有名になっている。
一方で、グレモリー・グリモワールはユーザーからの人気がない。
グレモリー・グリモワールはモフ太郎以上に強力な【遺跡】・ブレイカーでありクエスト・キラーでもあるのだが、しかし彼女は、その攻略法を原則秘匿して誰にもタダでは明かさない。
情報を秘匿するのみならず、その攻略法をゲーム内で書籍化してユーザー達に販売するという手法でゲーム内のリアル・マネー・トレードで莫大な収益を上げている事もユーザー達からの激しい反感を買い、グレモリー・グリモワールが悪評を被る原因でもある。
ゲーム内チャットやネット界隈では、毎日悪徳ユーザーと見做されているグレモリー・グリモワールをプレイヤー・キルしよう目論むユーザー達によるグレモリー・グリモワールの目撃情報や動勢を伝える書き込みやスレッドが溢れる程だ。
このゲーム【ストーリア】においては……。
モフ太郎=善。
グレモリー・グリモワール=悪。
……というユーザー達からの評価は確定したモノであった。
「モフさん。特訓とかしなくて良いの?もうすぐ世界武道大会の決勝大会でしょ?殿堂入りが確定する5連覇が懸ってるんだしさ」
【イカれたお茶会】の【点取屋】であるゴーゴー・ガールが声を掛けた。
【点取屋】とは、パーティの【攻撃職】として【敵性個体】に対してダメージを稼ぐ役割を指す。
「必要ないよ。私は魔法以外の戦闘ステータスがフル・カンストしているから、これ以上訓練しても熟練値も上がらないし」
モフ太郎は答えた。
「でも、【闘技場】に集まる連中と手合わせしたら戦闘傾向の流行りとかはわかるよ。最近は【マタドール】流行りで、猫も杓子も【マタドール】ばっかだけれどね」
「グレモリーさんの影響だね。確かに【近接魔法戦闘】……つまり【マタドール】戦法は戦闘アルゴリズム的に有効だけれど、あれはグレモリーさんクラスの常軌を逸したような魔法制御能力があればこそ攻防一体が可能となる戦闘技術なんだ。雑魚い連中が、いくら【マタドール】を気取っても、紙装甲の【魔法使い】が設定を無視して近接してくるだけだから、むしろ純粋近接の私には有利な土俵だ」
「ん?【マタドール】って、オリジナル6さんの得意戦法でしょう?」
「いや。【近接魔法戦闘】自体は、グレモリーさんが本家本元なんだよ。それを指導してもらって世間的に流行らせたのがオリジナル6さんだね」
「グレモリーさんは、【魔法殲滅攻撃職】だよね?近接も使えたんだ?」
「確かにグレモリーさん自身は【魔法殲滅攻撃職】だけど、あの人が使役する【不死者】軍団が近接戦闘をする。だから【 不死者】達を管制するグレモリーさんは、当然日常的に【近接魔法戦闘】もしているんだ。あの人の戦闘での引き出しの多さは異様だよ」
「へえ。グレモリーさんて多才だよね」
「まあ、あの人が【ストーリア】最強のゲーマーだろうね。武道大会みたいな縛りルールのプレイヤー・ヴァーサス・プレイヤーなら私が勝つかもしれないけど、エニシング・ゴーズの野戦で対決したら全く勝てる要素がないよ」
「モフさんでも?」
「勝てないね。あの人は、他の有名古参プレイヤー達と比べても、ちょっと別格だ。世界ランキング1位を5年間保持したのも伊達じゃない。いや、たぶんランキング・ポイントを稼ぎに行けば、今でもグレモリーさんが世界ランキング1位なんだろうな」
「グレモリーさんて、皇帝をやったり、大学教授をやったり、【権聖】の先生をしたり、色々忙しそうだもんね。でも、あの遊び方で楽しいのかね?」
「あれも、このゲームの自由度と奥深さなんだろうね。ユーザーがクエストのクリア条件に関係するNPCを助けるのは当然だけど、グレモリーさんみたいにクエストのクリア条件に関係ないNPCまで助けたりはしない。私らもゲーム内自治の一環で新人ユーザーを助ける程度が精一杯で、クエストに関係ないモブNPCまでは助けようとは思わない。グレモリーさんのプレイ・スタイルは異質だけれど、ああいう何でも出来るところが、このゲームの素晴らしいところだよ」
「そのグレモリーさんだけれど、どうも今【アルバロンガ】に来ているみたいだね。オープン・チャットで目撃情報が流れているよ。モフさんに会いに来たの?」
「いや。私は特に約束はしてないよ」
「そうなんだ。でもグレモリーさんも大変だね。ちょっと動くと、すぐにああして情報が流れて血の気が多い腕自慢のユーザー達が集まって来てプレイヤー・キルを狙われるんだからさ」
「ふっ。あれは自作自演だという噂もあるよ」
「え?自分で自分の目撃情報を流しているの?ただでさえグレモリーさんは、ダーク・サイドのロール・プレイを他のユーザーから誤解されているから、正義漢ぶった勘違いユーザー達とか、ネットの噂を真に受けたキッズ達がグレモリーさんのプレイヤー・キルを狙って来るのに」
「あくまでも噂だよ。原則としてユーザー同士のプレイヤー・ヴァーサス・プレイヤーは交戦可能領域でのルールに従った正当なモノでも仕掛けた側には僅かな【善行値】マイナスのペナルティが入る。ただしグレモリーさんのように攻撃されてからの返り討ちならばノー・ペナルティ。そしてワザワザ危険を冒してまで強力なグレモリーさんにプレイヤー・ヴァーサス・プレイヤーを挑もうと考えるようなプレイヤーの中にはチートMODなどの不正ツールを使っている連中もいる。チーターや荒らしからは装備品や所持品を奪ってもゲーム・ルール上は正当な権利と見做される。もしかしたらグレモリーさんは自ら情報を流してチーターを誘き寄せ、返り討ちにしてペナルティなしで装備品や所持品を奪おうと謀っているのかも。もちろん単なる憶測に過ぎないけれね。第一、不正ツールを使っているチーターを、バニラで返り討ちにしちゃうグレモリーさんが規格外だよ」
「ははは、あのグレモリーさんだからこそだね?」
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