第818話。経済モンスター。
【ウェーブ・スウィーパー】の第2艦橋。
突然ですが、お金とは信用です。
私は【パンゲア】各国の元首達を【指名】して超法規的に期間限定で彼らの庇護者となりました。
それを踏まえて、今後の【パンゲア】における経済システム……より端的に言うなら貨幣制度をどうするかを考えなければいけません。
現在【パンゲア】の各国はシピオーネ・アポカリプトが率いる【パノニア王国】が仕掛けた……ヘリコプター・マネー戦略……によって、爆発的なハイパー・インフレーションが発生し何処も国内市場が崩壊してしまっていました。
本来、経済用語で云うところの……ヘリコプター・マネー……とは中央銀行や政府が国債を直接買い取り市井に大量の貨幣を投下する事で、流通する貨幣量を増やす政策を指します。
あたかもヘリコプターからお金をばら撒くように、中央銀行や政府が国民に対して返済義務のないお金を配る経済政策でした。
その目的はデフレーション局面で消費や景気が冷え込んでいる場合、通貨量を増やし貨幣価値を押し下げる事で相対的に物価上昇を促しインフレに誘導する事と同時に、国が国民に返済義務のないお金を直接的に給付する事で消費を喚起し景気を刺激する事です。
ノーベル経済学賞を受賞した経済学者のミルトン・フリードマンが定義し、アメリカ連邦準備制度理事会議長ベンジャミン・シャローム・バーナンキが長くデフレーションに苦しむ日本国政府にデフレ終息の具体策の1つとして、このヘリコプター・マネーを提案しました。
過去実際に日本政府が行った給付金や、商品券や、ベーシック・インカムなどが、このヘリコプター・マネーに該当し、広義では量的緩和政策なども間接的なヘリコプター・マネーの類と見做せます。
ヘリコプター・マネーは単純に市井通貨量が増えるのでインフレ圧力となりデフレの解消に一定の効果がある事は経済学的に事実ですし、また返済の必要がない為に言わば泡銭を貰ったかのような印象を国民に抱かせる(実際は違う)ので、ある程度消費を喚起する事も可能でした。
しかし収支を無視して中央銀行や政府が単純に債務を増やす政策であるので当然相対的に貨幣価値が下がりますし、調節を誤れば想定以上にインフレーション方向に振れ市場のコントロールを失えば経済に混乱を招く場合もあり得ます。
また政治家にとっては有権者である国民にお金を直接配れる政策なので、ヘリコプター・マネー政策が本来の目的から逸脱した単なる……政治家の人気取り……として歯止めが効かなくなる可能性もあり禁断の政策とも呼ばれました。
シピオーネ・アポカリプトが率いる【パノニア王国】……実際にはシピオーネ・アポカリプトの部下で経済部門を担当するツァーラストルなる人物が行ったというヘリコプター・マネー戦略は、経済学的にはヘリコプター・マネー政策とは異なります。
ツァーラストルが行ったヘリコプター・マネー戦略は通貨量という爆弾を敵国の経済市場に投下して無差別飽和爆撃を行い結果的に敵国経済システムを破壊して、【パノニア王国】が【パンゲア】各国に経済戦争で勝とうという思惑の強力な攻撃手段でした。
【パンゲア】では各国がそれぞれの貨幣制度を採用していますが貿易では国際基軸通貨の役割を持つ【魔法石】によって決済されていたのです。
つまり【魔法石】を支払えば外国の品物を買う事が出来ました。
シピオーネ・アポカリプトは【パンゲア】の既存の人種戦力から見れば圧倒的に優位な武力を用いて、歴史上かつてない程に大量の魔物を狩まくり、莫大な数の【魔法石】を入手したのです。
その【魔法石】の内、自らの陣営で素材として利用する分を確保したシピオーネ・アポカリプトは、余剰分の【魔法石】で各国から穀物や鉱物などの物資を買い漁りました。
など……の部分には多数の奴隷も含まれます。
シピオーネ・アポカリプトは他国から買った奴隷を、すぐに解放しました。
シピオーネ・アポカリプトは初めから解放する目的で、他国から奴隷を買っていたのです。
シピオーネ・アポカリプトが貿易で穀物や鉱物や奴隷を買う為に支払った【魔法石】の数は、それまで【パンゲア】各国が保有していた【魔法石】の総量を大きく超えていました。
【マギーア】や【スキエンティア】は国が保有している【魔法石】との交換を保証して兌換紙幣を政府が発行する……【魔法石】本位制……という貨幣制度を採用していたのです。
また【魔法石】本位制を採らない国も貿易においては、【魔法石】を決済通貨に使用していました。
つまり国際基軸通貨であった【魔法石】を、シピオーネ・アポカリプトが一気に、また大量に国際市場に流した為に、【魔法石】の価値は値崩れしたのです。
これによって【魔法石】本位制を敷く各国の紙幣は紙屑に変わり、物価は高騰、下がり続ける貨幣価値を嫌って市民は買占めに走り更なる物価高騰が起きるという悪循環が起きました。
また秒速で貨幣価値が下がり続けて行くので、金融機関はバタバタと倒産して行き、現金資産を大量に保有していた大金持ちが僅か数週間の内に貧乏人に変わるという有様なのだとか。
もはや市民は政府も貨幣も信用しなくなり、商店や市場などでは物々交換で商取引を始めるレベルの大混乱が起きているようです。
その余波は【魔法石】本位制を敷いてはいない国にも波及しました。
【魔法石】は貿易の決済に利用されていた為、【魔法石】本位制ではない国も、【魔法石】の価値暴落の影響は免れなかったのです。
このヘリコプター・マネー戦略を直接指揮したのは、シピオーネ・アポカリプト陣営の経済戦略担当であるツァーラストルという人物なのだとか。
彼が賢い……いいえ空恐ろしいところは、この【パンゲア】経済システム崩壊シナリオのメインを、単に本位制の正貨であったり貿易の決済に使われる国際基軸通貨である【魔法石】を市井に大量に供給して相場の値崩れを直接的に誘導した事よりも、むしろ、それと同時に行った謀略の方にあります。
ツァーラストルなる経済モンスターは【魔法石】の大量流通によって貨幣価値が大幅に下落した【パンゲア】各国に自らの配下であるスパイ・エージェント達を送り込み様々な工作活動を行わせました。
ツァーラストルは【パンゲア】各国で……もっと【魔法石】の相場は下がるぞ……あるいは……もっと穀物や鉱物の相場が値上がりするぞ……との風評を流布したり、実際に大量の【魔法石】を支払って大量の穀物や鉱物などを買い占めたりするタイミングを絶妙にコントロールする事で、【パンゲア】各国の民衆心理を巧みに操り、実際にばら撒いた【魔法石】の量以上に物価変動を起こして、各国の民衆に動揺や疑心暗鬼を誘い【魔法石】暴落と物価暴騰の流れに拍車を掛けたのです。
【魔法石】の価値は、明日もっと下がるかもしれない。
そうなると【魔法石】を兌換する紙幣の価値も下がる。
なら今日の内に保有する紙幣を穀物や鉱物や、その他の商品に変えておいた方が良いのではないか?
どうやら王都の商店では、穀物がすっかり消えたらしいぞ。
私達もすぐに手持ち紙幣を食料品などに変えなければ。
少々割高でも今食料品を買っておかないと、益々食料品が値上がりして買えなくなるんじゃないか?
この冬は大勢の餓死者が出るかもしれないぞ。
早く食料品と念の為に薪なんかも買っておこう。
大変だ、店に急げ。
(待てよ……なら今の内に食料品などの生活必需品を買い占めておいて、後で値上がりした時に売れば一儲け出来るかもしれないな……)
(どうせ将来は、もっと貨幣価値が下がるなら今借金をしておいて食料品などを買い占めても、返済時には貨幣価値は下がっているんだから返済は簡単だ……こりゃ、ボロ儲けだ)
……という具合に。
お金とは信用なのです。
信用を失ったお金は、もはや用を為しません。
また情報工作の中には、こういうモノもありました。
政府は穀物を備蓄している。
政府は国民が飢えるかもしれないというのに、穀物を供出しようとしない。
これは政府の陰謀なのでは?
政府は値上がりした穀物を高額で国民に売りつけて不当に儲ける気なんだ。
けしからん、政府の穀物備蓄倉庫を襲って穀物を奪え!
おおーーっ!
というような。
こうなると、もはや収拾が付かなくなります。
【パンゲア】各国では暴動が頻発し、暴徒が政府機関を襲い始め内乱状態になりました。
そんな時にシピオーネ・アポカリプト率いる【パノニア王国】軍が攻めて来れば?
まあ、戦争どころではないでしょうね。
このヘリコプター・マネー戦略を指揮したシピオーネ・アポカリプト陣営のツァーラストルという人物は、物凄く悪辣ですが相当に頭がキレますね。
味方なら頼もしいですが敵に回したくはありません。
シピオーネ・アポカリプトが脳筋なだけに、このツァーラストルという経済モンスターの異才ぶりが余計に際立ちます。
「それでノヒト様。私達は今後、貨幣制度をどのようにして行けば良いのでしょうか?」
【マギーア】のフレイヤ女王が訊ねました。
【パンゲア】はシピオーネ・アポカリプトによって武力統一を成し遂げた現在も、ツァーラストルによって引き起こされたヘリコプター・マネー戦略による経済的混乱が終息していません。
私は、行き掛かり上止むを得ず【パンゲア】の庇護者などになってしまった為に、この経済破綻状況をどうにかしなければならないのです。
「もはや【魔法石】の兌換正貨としての信用は失墜しました。なので【魔法石】本位制は廃止する他はないでしょう。その上でデノミを行い、ありとあらゆる物価安定策を打ち出します。基本的には本位制を止めて完全信用貨幣制度に切り変えて流通する通貨量を絞ってしまえば短期的には混乱が起きるにしても、いずれハイパー・インフレは止まります。本位制を止め【魔法石】の価値と貨幣の価値の相関関係を切り離せば、需要と供給のバランスで自然に物価も安定するでしょう。しかし安定するまでには時間が掛かります。何故なら現在の【パンゲア】の経済的パニックは、実体経済ではなく民衆の不安心理や疑心暗鬼を反映して経済市場の混乱をより大きくしている側面があるからです。なので【パンゲア】の住人の不安を払拭する為に、【ストーリア】から食料品を始めとする大量の物資を持って来て……買い占めなんかしなくても物資は十分にある……と、過剰なくらいの物量を、言わば見せ金的にアピールすれば民衆のパニックに起因する買い占め行動も収まります。その上で納税を減免したり、公共の福祉や社会保障を強化したり、失業者対策に公共事業を行うなど、矢継ぎ早に対策を打ち出す事が肝要です。パニックを収める鉄則は対策の精度より、スピードと責任ある立場にある為政者達の覚悟を民衆にアピールする事です。とにかく王や政府がハッタリでも構わないので……必ず国民の窮乏を救う……という不退転の覚悟を示して、民衆に……王や政府は、自分達を絶対に見捨てない……と例えハッタリでも構わないので信じ込ませる事が大切なんですよ」
私は説明しました。
「なるほど。兵の士気を上げるコツと似ているのだな」
シピオーネ・アポカリプトは頷きます。
「シピオーネ。なるほど……ではありません。この【パンゲア】の経済市場崩壊は、あなたの陣営が引き起こした経済戦争でしょう?解毒法がない状況で猛毒を世界にばら撒けば自分達も毒にやられるのです。少なくとも、あなたが解毒法を知らなくてどうするのですか?」
私は他人事のように話すシピオーネ・アポカリプトに苦言を呈しました。
戦争において勝利の為には手段を選ばないのは当たり前の事です。
しかし既に戦争は終わりました。
一度は【パンゲア】全土の庇護者を引き受けたシピオーネ・アポカリプトには、【パンゲア】全土の戦後復興を行う責任があります。
その責任は、シピオーネ・アポカリプトに代わって【パンゲア】の臨時庇護者となった私が果たさなければならなくなりました。
ただし私が庇護者になったとはいえ、【パンゲア】の経済システムを崩壊させたのは、シピオーネ・アポカリプトの陣営です。
他ならぬシピオーネ・アポカリプトには、【パンゲア】の経済システムの崩壊を他人事だなどと思ってもらっては困りますよ。
「いや、まあ、そうだな……。しかし、ヘリコプター・マネー戦略のスキームを考え出して実際に人頭指揮したのは、ツァーラストルだ。私は経済には疎くて、ツァーラストルに任せていたんだ」
シピオーネ・アポカリプトは言います。
「ならばツァーラストルなる人物を呼んで下さい。ツァーラストルは何処にいますか?【パンゲア】の経済復興は、見事に経済を崩壊させたツァーラストルにやらせた方が早いでしょう」
こんな見事な経済戦争スキームを考え出して、実際に指揮して成功させたツァーラストルという人物は、おそらく現代地球の経済学の知識を知っている私より経済についてはエキスパートの筈です。
私がアドバイスするにしても、実際に経済システムの復興はツァーラストルに丸投げにしてやらせれば良いでしょう。
「ツァーラストルは、王都【パノニア王国】にいる。今夜現地で会えるように段取りをしておこう」
シピオーネ・アポカリプトは言いました。
あ、そう。
「では、一度私とソフィアは【ストーリア】に戻ります。また今夜、私は諸々の必要な措置を講ずる為に【パンゲア】に戻って来ますが……。その時にはシピオーネとグゥイネス女王の【器】にゲームマスター権限で干渉して【パノニア王国】の住人達全員に【ストーリア】の【魔界】へと移住を促す内容で2人の思念波を飛ばさなければいけません。思念波は私を基点に半径で指定した範囲内を障害物を無視して放射状に飛びます。つまり球形の範囲になります。従って【パノニア王国】全てをカバーする為には中央にある王都【パノニア王国】で思念波を飛ばすのが合理的です。指定範囲は無限大まで広げられますので、別に現在地から思念波を飛ばしても構わないのですが、そうすると【パノニア王国】の国民以外の無関係な人達にも思念波を飛ばしてしまう事になりますからね。なので今夜私が戻って来た時には、王都【パノニア王国】に向かいたいのです。移動が困難ならば、私が【転移】でシピオーネとグウィネス女王を運ぶ事は問題なく出来ますけれど、どうしますか?」
【パノニア王国】王都【パノニア王国】まで【転移】する手段は既に準備してあります。
私は【スパイ・ドローン】の【キー・ホール】を遠隔操作して、【パンゲア】中央国家【パノニア王国】王都【パノニア王国】上空に移動させていました。
また【パノニア王国】以外の各国の首都でも、私はゲームマスターの戦闘力を示威する為に【神の怒り】を上空でブッ放しに行く予定なので、【転移目標】とする為に、それぞれ【キー・ホール】を遠隔操作で向かわせています。
今夜私が【パンゲア】に戻って来る時には現在地から最も遠い【パンゲア】北方国家【ノトリア帝国】帝都【ノトリア】にも【キー・ホール】が到着しているでしょう。
この複数の【キー・ホール】は私が【特異点】を通って【パンゲア】に到着した直後に偵察と情報収集の為、四方八方に飛ばしたモノでした。
【キー・ホール】の何機かは虚無海に潜って惑星【七色星】側に向かったのです。
そこで【キー・ホール】がミネルヴァのサーベイランスに引っ掛かった事により、【パンゲア】が【七色星】に紐付いた【隠しマップ】である事が判明しました。
【キー・ホール】は製造に大したコストも時間も掛からないのにも関わらず、とても役に立つ優れたメカなのです。
「わかった。では今夜ノヒト殿に運んでもらおう。よろしく頼む」
「何卒お願い致します」
シピオーネ・アポカリプトと、【パノニア王国】のグウィネス女王は頭を下げました。
ならば良し。
こうして私とソフィア、そしてチーム・ソフィアのメンバーは、一旦【ストーリア】に戻る事にしたのです。
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