第817話。【パンゲア】の貨幣制度。
【ウェーブ・スウィーパー】の第2艦橋。
「【調停者】たるノヒト・ナカ様に謹んで申し上げます。私フレイヤ・パッサカリア・マギーアは、【世界の理】を遵守し、【マギーア】女王としての職責を忠実に遂行し、全力を尽して【マギーア】国民の生命と財産を守ることを厳粛にお誓い致します……【誓約】」
【パンゲア】東方国家【マギーア】のフレイヤ女王は跪いて宣誓しました。
「よろしい。チーフ・ゲームマスター、ノヒト・ナカの名においてフレイヤ・パッサカリア・マギーアを正当な【マギーア】女王と認めます……【指名】」
私は【神剣】の腹で、頭を垂れるフレイヤ女王の両肩に軽く触れます。
私の【指名】によって、フレイヤ女王のステータスが上昇したのがわかりました。
私は、何故か【パンゲア】各国の元首達から請われて王権神授の儀式を執り行う羽目になっています。
本来ゲームマスターは完全に中立な立場でなければならず……一党一派一国に与しない……というゲームマスターの遵守条項もありました。
なのでゲームマスターたる私は、いかなる国体の後盾にもなるべきではありません。
人種の国体を守護するのは守護竜達の役割です。
しかし【パンゲア】には設定上人種を庇護するべき守護竜はいません。
なので止むを得ず、今回もミネルヴァと相談して超法規措置として特別にゲームマスターによる王権神授を行いました。
中立なゲームマスターの私は、人種を含む全知的生命体に対して中立を保つ必要があるので、人種の王を承認するなどという政治介入をするべきではありません。
また政治は面倒臭いので関与したくもありませんしね。
しかし今回は【パンゲア】の庇護者であったシピオーネ・アポカリプトを、私が【ストーリア】側に退去させるというミッションがあるので手段を選んでいる余裕がなく致し方ありませんでした。
私が……人種の政治には介入しない……などと手をこまねいていれば、シピオーネ・アポカリプトを【パンゲア】から退去される目的の【排除・プログラム】である【特異点】の【事象の地平面】の拡大によって、いずれ【パンゲア】が【マップ】ごと消滅してしまいます。
それを傍観して放置する事は……ゲームの世界観を守る……というゲームマスターの【存在意義】に反しますからね。
なのでシピオーネ・アポカリプトという【パンゲア】の庇護者を【ストーリア】に連れ去る代わりに、期限付きで例外的にゲームマスターの私が【パンゲア】の庇護者を務めて、【パンゲア】に誰か適任の庇護者が現れるか、あるいは庇護者などいなくても【パンゲア】の文明が平和的に秩序立って繁栄する端緒が開けるまで、私が穴埋めをする訳です。
つまり今回は……ゲームマスターは一党一派一国に与しない……というゲームマスターの遵守条項より……ゲームマスターはゲームの世界観を守る……という【存在意義】の方が優先順位が高かったので柔軟且つ臨機応変な対応をしたまでです。
このように個別の状況に応じて必要ならばルールを破れるように、ゲームマスターは人工知能ではなく生身の人間によって運用されている訳ですからね。
【パンゲア】各国元首達は、今後それぞれが統治する各国において臣民に【世界の理】を周知し遵守させなければならなくなった為に、その後盾として私からの王権承認を望んだのです。
これで彼らは【世界の理】を自ら守る事はもちろん、自国の全ての臣民にも守らせる権威付けを得ました。
もしも【世界の理】を守らない反対勢力が現れても……私は【神格者】たる【調停者】様より王権神授を受けた正当なる〇〇王であるぞ……と言い張れる訳です。
また……抗い難い圧倒的な暴力装置であるゲームマスターに命令されたから仕方ないんだよ。お前達の立場は理解出来るが、相手は話が全く通じない恐ろしいゲームマスターなんだから堪えてくれ……と、私を言わば外圧に利用して【世界の理】を守らせる口実にも使えますしね。
なので私は先程から順番に【パンゲア】の各国元首達を改めて現職として承認し直していました。
因みに口上は【ムームー】女王のチェレステさんが、サウス大陸の守護竜たる【ファヴニール】から王権神授された即位戴冠式の台詞の丸パクりです。
【パンゲア】北方国家【ノトリア帝国】の皇帝だけは大病から回復したばかりで本国で静養中の為、この首脳会談の場には代理でウィールド皇太子が出席していますので、また後日改めて【指名】の儀式を行う約束になりました。
【ノトリア帝国】皇帝は老齢の為に近い内の退位を考えているらしく、もしかしたら王権神授は、ウィールド皇太子の皇帝即位式として挙行されるかもしれません。
こうして【パンゲア】各国の元首達は【世界の理】を遵守する事と【世界の理】を基に行われるゲームマスターである私とゲームマスター本部による監査・執行権限を受け入れたようです。
どうやら【パンゲア】各国元首達は、私が【世界の理】の概略をザックリと説明し彼らからの質問に答えた結果、【世界の理】というモノが本質的に全知的生命体の繁栄と世界の安定的持続を志向する概念であり、管理者側である私やゲームマスター本部が恣意的に運用している訳ではないという共通理解が得られたようです。
あるいは単に【パンゲア】各国元首達が、宇宙最強の暴力の具現者である私を恐れて抵抗は無意味だと諦観しただけの可能性もありますけれどね。
どちらにしろ【パンゲア】が奴隷制禁止などの【世界の理】を守る方向に変革するのであれば、私には動機などは何でも良いのですよ。
何しろ永年【パンゲア】各国の自由民と呼ばれる支配階級は、民政の単純作業の大半を奴隷に依存していて、日常生活ですら自力では満足に出来なくなっているらしいのです。
今後【パンゲア】各国元首達が自国民に【世界の理】を守らせて行くのは簡単ではないのだとか。
【パンゲア】各国の奴隷制は、現代日本人が奴隷と聞いて一般的にイメージするような足を鎖に繋がれて広大なプランテーション農場で肉体労働をするようなモノだけではなく、主人である自由民の自宅で働く使用人として家事全般を行ったり、主人達の代わり買い物や所用を済ませたり、主人である自由民が外出する時には目的地まで人力車を引いたり護衛したり、と多岐に渡ります。
こうした奴隷に依存しきった社会構造になっているので、私のような恐ろしい【神格者】の影響力に頼らなければ、奴隷制廃止というパラダイム・シフトを促すのは大変なのだとか。
そもそも【パンゲア】各国が延々と戦争を繰り返して来たのは、他国から新しい奴隷を略取して来る事が大きな目的の1つにもなっていました。
私としては……外出くらい自分の足で歩け。歩きたくないなら報酬を支払って使用人を雇え。私の知った事か……と突き放したくもなりますが、ゲームマスターとして奴隷制を禁止する事は職務の内でもあるので、私の名前が奴隷制廃止に役立つなら使わせてやろうという考えです。
また【パンゲア】各国では、戦争によって敵国の自由民や奴隷を略奪するだけでなく、他国の犯罪者や謀反人や政治犯や反政府組織の人員などを奴隷として買ったりもしていたのだとか。
現在の【パンゲア】では奴隷が主要交易品なのだそうです。
まったく……頭に来ますよ。
とにかく【パンゲア】にとって奴隷制は根深い問題のようです。
ミネルヴァの調査によると【ストーリア】の【ザナドゥ】も同じような状況にありました。
一部の正規国民が大多数の奴隷を支配して、奴隷に依存しきった社会が確立してしまっている為に、奴隷を解放したら国自体が立ち行かなくなるので、仮に最強のゲームマスターから命令されて奴隷解放をする必要があると理解しても、そうすれば社会が崩壊して支配階級が物理的に生活して行かれなくなり死ぬので不可能なようです。
どうやら【ザナドゥ】では……手足を使うような馬鹿にでも出来る単純作業は奴隷にやらせるべき卑しい仕事で、まともな者は天下国家について清談を議論したり頭脳労働をするモノだ……という愚にも付かない下らない狂信的思想が国教として存在している為に、現代【ザナドゥ】に暮らす所謂自由民とやらは、大半が農作業や職人技能はもちろん、家事すら満足に出来ないのだとか。
私からしたら……馬鹿はお前らだ……と思いますけれどね。
そもそも奴隷制自体が間違っているので、私が奴隷制を前提とした個別の国の事情に忖度してやる必要などはありません。
そんな狂った思想の国は滅ぼしてしまい、解放された元奴隷達が社会を営む正常で健全な国に変えてしまえば、それで経済は回ります。
清談とやらがしたければ道端で物乞いでもしながら好きなだけやっていれば良いのですよ。
私達ゲームマスター本部も【ザナドゥ】以外の人種文明もそれで全く困りませんからね。
閑話休題。
【パンゲア】各国元首達がゲームマスターによる世界の管理体制を受け入れたので、話し合いの主旨は……【パンゲア】各国元首達は、今後【パンゲア】をどうして行くのか?……という命題に移っていました。
私やミネルヴァやソフィア、それから近い内に【パンゲア】の庇護者の役割を離任する事が決まっているシピオーネ・アポカリプトもアドバイスをします。
「シピオーネ。現行【パンゲア】の経済システムはどのようになっていますか?具体的には貨幣制度はどういうモノなのでしょうか?」
私は質問しました。
「【パノニア王国】は金、銀、銅の3貨制度だな。【ヌガ法国】の通貨は紙幣だった。他は知らん」
シピオーネ・アポカリプトは端的に答えます。
シピオーネ・アポカリプトの説明はザックリし過ぎていて、私の質問の答えとしては用をなしません。
「つまり【パノニア王国】は本位制なのですか?【ヌガ法国】の紙幣は兌換紙幣ですか?それとも信用紙幣?」
「良くわからないな。財布関係の諸々は丸っとヘックスやグゥイネス達に任せている」
シピオーネ・アポカリプトは言います。
脳筋め……。
「私が師に代わりお答え致しましょう。【パノニア王国】は金属貨幣を使用しておりますが、本位制ではございません。現在は政府が貨幣価値を担保する信用貨幣となっております。しかし以前は【パノニア王国】政府が兌換貨幣として金属貨幣を流通させているだけで、その価値を担保する正貨は旧宗主国であった【マギーア】が保有する【魔法石】でした。【マギーア】と【スキエンティア】では国家が保有する【魔法石】を正貨として兌換紙幣を発行しております。【ノトリア帝国】も兌換紙幣を使用しておりますが、価値を担保する正貨の役割を果たすのは土地や穀物や家畜や魔物の肉や毛皮などの現物です。【ヌガ法国】は完全な信用貨幣を使用しておりますが、貨幣の信用を担保するのは政府ではなく、宗教権威としての法王と教団です。そして【パンゲア】各国が外国と交易をする場合、いずれの国でも共通して価値が担保され相場が安定している【魔法石】を対外決済通貨とする事によって取引をしております」
シピオーネ・アポカリプトの一番弟子であるヘックス・スカイ・クラッドが答えました。
私が欲しい回答が得られましたね。
どうやら経済の知識に関してはヘックス・スカイ・クラッドの方が師匠のシピオーネ・アポカリプトより優位なようです。
貨幣の機能は歴史的に以下の4点が挙げられます。
決済。
価値の定量化。
備蓄。
交換。
上記の機能から1つ以上の目的を果たせば、原則として貨幣と判断しても差し支えありません。
決済とは……商取引の支払いや納税あるいは賠償などの時に貨幣を譲り渡す事で、権利の行使と義務の履行の完了を物質的に担保します。
価値の定量化とは……物品あるいはサービスなどの価値を、便宜的に貨幣の数や量や種類などに仮託する事で、本来なら目に見えない概念としての価値を数えたり測ったり出来るようになります。
備蓄とは……食料の劣化や腐敗、家畜の傷病や死亡、盗難あるいは保管するスペースの問題などを心配しなくても、それらをいつでも獲得出来る貨幣を備蓄しておけば実質的に食料や家畜を保管・飼育しておくのと同義となる事を指します。
交換とは……平たく言えば売買の事で、商品やサービスの代物・対価として貨幣で数や量や種類を規定しておけば便利だという事です。
原始的な貨幣制度に物品貨幣や実物貨幣と呼ばれるモノがありました。
これらは玉石や鉱物や貝殻などを用いる自然貨幣と、家畜や穀物または繊維・織布などの商品貨幣とがあります。
【ノトリア帝国】が穀物や魔物の肉や毛皮など現物商品を正貨として兌換紙幣を発行しているのだとすると、【ノトリア帝国】は物品貨幣兌換紙幣制度と見做す事が可能でしょう。
兌換紙幣制度とは本来は無価値な紙切れに過ぎない名目貨幣である紙幣を国家などの信用の元に流通させる事です。
紙幣は軽くて嵩張らないので持ち運び易く、また薄くて腐らないので保管や備蓄にも優れていました。
紙幣発行を行う側も、原料費や製造コストが安くメリットが大きいのです。
なので現代地球では、ほぼ全ての国で紙幣が貨幣として利用されていました。
しかし発行が容易だという事は、無軌道に紙幣を乱発すればインフレーションが起き易くもなります。
通貨量を無闇に増やせば市場を混乱させる深刻なインフレを誘発する事は自明なのですが、人は欲望には勝てない生き物なので……予算が足りないなら、紙幣を刷れば良いじゃない……とばかりに、無制限の貨幣発行権限を持つ者は、どうしても目先の欲に目が眩んで安易な方向に傾斜してしまうモノなのですよ。
紙幣乱発によるインフレーションを抑制出来る制度が本位制でした。
本位制とは価値がある事が万民に認められているモノと紙幣との交換を国家などの貨幣発行権限者が保証する事で、本来は無価値な単なる紙切れである紙幣の価値を物理的に担保する制度です。
例えば金本位制ならば、国家が保有する金の量に応じて紙幣を発行し、紙幣を国営銀行などに持って行けば、いつでも規定量の金と交換してもらえました。
本位制のメリットは流通する貨幣の量が正貨たる金や銀などの保有量と均衡するので、過激なインフレーションやデフレーションは起きにくくなり物価が安定します。
また金や銀の価値は基本的に万国共通なので、金や銀との交換を保証してあれば、どんな小国が発行する国内貨幣であっても兌換元の金や銀によって国際的価値が認められ貿易が行い易くなりました。
しかし、これは金・銀の総量に劇的な変化が生じず相場が長期的に比較的安定している地球に限った話で、こちらの世界では金本位制や銀本位制は採用出来ません。
何故なら、この世界には【錬金術】があります。
【錬金術】によって金や銀は錬成可能な為、魔力コストさえ賄えれば無限に金・銀を増やせてしまいますからね。
もしも金本位制や銀本位制を採用していたら、すぐにハイパー・インフレーションが起きたり、【錬金術士】達ばかりが経済的に優位になり社会構造が歪になって不具合が大きくなり過ぎるでしょう。
なので【マギーア】や【スキエンティア】が錬成不可能で比較的入手が難しく、またそれ自体に普遍的で汎用な利用価値がある【魔法石】を正貨にして兌換紙幣を発行している事には一定の合理性がある訳です。
つまりは……【魔法石】本位制……という事ですね。
因みに【魔法石】を実質的な貨幣の代物として売買取引に利用する事は、【ストーリア】でも可能でした。
ただし【ストーリア】の【魔法石】が貨幣の代物となるのは【魔法石】の買取相場に準じた現物取引なので、【パンゲア】の本位制とは多少状況は異なりますけれどね。
もちろん国家が軍隊を用いて数の力を頼みに大量の魔物を討伐すれば、大量の【魔法石】を入手する事は可能です。
大量の【魔法石】は、つまり大量の貨幣と同義。
大量の【魔法石】が流通すれば、インフレーションの引き金になりそうな気もしますね。
しかし、大量の魔物を討伐する事が可能な軍事力を保有するという事は、即ち貨幣価値を担保する国家の信用を裏付ける証左ともなるので、今まで【パンゲア】では多少の相場の変動は起きても、貨幣価値の暴落を起こすような大きな問題とはならなかったのでしょう。
しかしシピオーネ・アポカリプトという強大な武力を持つフリーランスが出現した事で、【パンゲア】の国際基軸通貨である【魔法石】の相場に激震が走りました。
貨幣価値を担保する国家には帰属しないシピオーネ・アポカリプトがフリーランスとして魔物を狩まくり、大量の【魔法石】……つまり貨幣を個人として保有する事となった訳です。
実質的にシピオーネ・アポカリプトは【パンゲア】経済を支配するような格好になったのでしょう。
だからこそ、シピオーネ・アポカリプトは僅か50日あまりという短期間で【パンゲア】を征服する事が可能だったのかもしれません。
自国の経済を敵によって完全にコントロールされていては、どんなに強力な軍隊を保有していても戦争には勝てませんからね。
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