第814話。ノヒト先生の授業。
【ウェーブ・スウィーパー】の第2艦橋。
私は、【パンゲア】各国元首達に……奴隷制よりも経済合理性に鑑みて優位な社会制度設計が存在する……という事を説明しようとしています。
ただし私は何も……奴隷制に経済合理性が全くない……などとは言いません。
あくまでも……奴隷制より優位な経済システムがある……というだけの話です。
事実として地球において過去(一部現代においても……)奴隷制を採用する国家や社会集団は歴然と存在していました。
奴隷制に経済合理性が全くなければ、歴史的に奴隷は存在しなかった筈です。
奴隷制擁護?
とんでもない。
私は奴隷制に断固反対の立場ですよ。
奴隷制には一応経済合理性はあります。
しかし、この前提には先程私が提起した……あなたは奴隷制が正しいと思いますか?……という素朴な質問から妥当な議論の帰結を得る事が可能でした。
つまり奴隷制に経済合理性があるとして、だから何?
あなた自身や、あなたの家族が強制的に奴隷にされる状況を受け入れるのですか?
このシンプルな質問に対して……自分自身や自分の家族が自由意思に反して強制的に奴隷にされる事を無条件に認める……と回答する人物以外は、論理演繹的に奴隷制を是認する立場に立脚する事が不可能になります。
なので……奴隷制に経済合理性がある……という論旨自体が無意味な前提である事が自明となりました。
私は、この前提について【パンゲア】各国元首達に、もう一度念を押しておきます。
しつこいようですが、私は議論に必要な前提確認は何度でも執拗にしておく性分なのですよ。
正確な根拠があって初めて正しい結論がある。
演繹の基本ですね。
「大原則は……奴隷を使役したり売買したり奴隷制を容認する者は、自分自身と家族が奴隷となる事も自動的に容認している……という事です。今からの議論の前提には常にその原則が適用されている事を覚えておいて下さい。つまり先程のウッコ王による反駁などは全く無意味である事がわかりますね?」
私は訊ねました。
居並ぶ【パンゲア】各国元首は頷きます。
「よろしい。つまり先程ウッコ王が自己弁護した……自国には奴隷を適切に扱うように定めた法律や決まり事があるから、奴隷制を採用する事は間違いではない……などという論旨は誤りで無意味だという事がわかります。それ即ち……なら、あなたは今から私の奴隷になりなさい。私は奴隷を適切に扱うという私が決めたルールを自分自身に科しますので、私があなたを奴隷にする事は合法で問題ありませんね?……という論法が成立しますので。例えどんなに奴隷の福利厚生や労働環境を整えたからと言って、奴隷自身が自らの扱いを自由意思に基づいて選択し決定出来ないのであれば、そんな奴隷使役者側が自己弁護をする為に決めた恣意的なルールなどが奴隷制を容認する根拠になる筈がありません。ならば奴隷自身に自らの扱い方を選択させろ……というだけの話です。そうすれば奴隷達のほとんどは……私は自らの自由意思に基づいて自分の生き方を決める……と宣言して速やかに奴隷を辞め、奴隷ではない労働者として自由意思に基づき報酬や賃金を得て働く道を選択するでしょう。ここまでの単純明快な論旨は理解しましたか?」
私は一同を見回しました。
居並ぶ【パンゲア】各国元首達は頷きます。
「では、まず奴隷の定義を明示しておきましょう。奴隷とは、端的に言えば人が別の人から所有物とされる事です。人が生まれながらにして持つ自然権としての自由を認められずに所有物として扱われる事を私は絶対に是認しません。これに違反する場合、私は、この【世界】を創った【創造主】から与えられた権限により取締り、程度が酷い場合には物理的に滅ぼします」
「質問をしてもよろしいでしょうか?」
【マギーア】のフレイヤ女王が怖ず怖ずという様子で発言しました。
フレイヤ女王は、私の【超神位……命令強要】によって操られ、自分の顔面を自ら強かに殴り付けた事を恐れているようです。
彼女は王族の生まれですから、暴力を受けた経験などないのでしょう。
まあ、フレイヤ女王の統治する【マギーア】で今現在も奴隷の境遇に苦しんでいる人達に比べれば、あんな痛みなど、ないにも等しい些末な問題ですけれどね。
「フレイヤ女王。何ですか?」
「あのう、ノヒト様は……【創造主】様という方が【パンゲア】をお創りになられた……と仰いましたが、もしも【パンゲア】に生きる者が【創造主】様という方の意思に従わなかったら、どうなるのですか?」
フレイヤ女王は訊ねます。
「【創造主】は惑星【ストーリア】はもちろん、【テスト・マップ】の【パンゲア】も、【パンゲア】に紐付いた惑星【七色星】も含めた全宇宙を創りました。あなた達も例外なく【創造主】が創った生命体の子孫です。あなた達には【創造主】に従う根源的義務があります。まあ、実際に従うも従わないも最終的には、あなた達の自由意思に基づく選択の問題です。しかし【創造主】の意思に従わない場合、私は【創造主】から与えられた執行者権限により、あなた達を物理的に滅ぼす事もあり得ます。その点に関しては覚悟しておいて下さい。因みに私は宇宙最強です。その気になれば私は全宇宙を一瞬で破壊出来ますので、私に抗する気なら、そのつもりでいて下さいね」
私はフレイヤ女王に向かって微笑みかけました。
「畏まりました。肝に命じます」
フレイヤ女王は半泣きになりながら答えます。
「うむ。【世界の理】と国際法、それから、それら上位規範に反しない国内法に従っておる限りにおいて、何人も奴隷にされ自由意思に基づかない待遇に甘んじて、強制労働に服する義務はないのじゃ。【ストーリア】には各国の国内法に無条件で優越する……国際法……というモノがあり、我が元首として君臨する【ドラゴニーア】を含めた全ての主権国は、その国際法の規定により奴隷制と人身売買を認められておらぬ。中には性懲りもなく奴隷制を敷く国家もあるが、それは国際法違反を侵している事になり経済制裁をされたり、場合によっては他国から軍事的に攻撃されても文句は言えぬのじゃ」
ソフィアが日本サーバー(【地上界】)において各国が批准している国際法を引き合いに出して言いました。
まあ、日本サーバー(【地上界】)においても一部【ザナドゥ】や【イスプリカ】や【ガレリア共和国】など、ゲームマスター本部からの再三の是正勧告や強制命令にも関わらず相変わらず奴隷制を敷く国家が存在します。
現在【ガレリア共和国】は【ドラゴニーア】を盟主とする【自由同盟】への加盟を目指して奴隷制の廃止に向けてスケジュールを着実に消化している最中なので、ゲームマスター本部は取締りを猶予していますが、他の2か国に関しては【魔界】平定戦が終了し次第、私が懲罰を与えに行きますよ。
その時は殲滅も辞さずの決意で厳格に取り締まってあげますので期待してもらいましょう。
「今ソフィアが言ったように【創造主】が定めた【世界の理】という不文律があります。【世界の理】とは端的に言うなら人種を始め全生命体が従うべき決まり事です。拒否権はありませんし、これに違反すれば酷い場合、私が攻撃を加え対象を滅ぼす根拠となります。シピオーネは、それをゲーム・ルールと言い変えればピンと来るでしょう」
「ああ、そうだな」
シピオーネ・アポカリプトは頷きます。
「その【世界の理】には【パンゲア】も従ってもらいます。拒否権はありません。【世界の理】は、あらゆる法規や規範に優越する、この宇宙最高の権威だと理解してもらって差し支えありません。【世界の理】は原則不文律なのですが、【パンゲア】の人達は内容を知らないでしょうから特別に明文化した書物という形で渡しておきましょう。前半部分に原典となる【世界の理】の本文があり、後半部分にその解釈や具体例が示してあります。これを熟読した上で、あなた達の統治する国民全員に周知して下さいね。周知期限は設けません。今この瞬間から適用します。反論は認めません」
私は【世界の理】を明文化した本を【パンゲア】各国元首達に配りました。
「少し目を通しても構わないだろうか?」
【スキエンティア】のウッコ王が書籍版【世界の理】をパラパラと捲りながら訊ねます。
「後にして下さい。私は忙しいのです」
「わかりました……」
ウッコ王は開いた【世界の理】を閉じました。
居並ぶ【パンゲア】各国元首達も、書籍版【世界の理】のページを捲っていましたが、私の言葉を聴いて直ぐに本を閉じます。
「奴隷と、戦争捕虜と、税法上の労役と、刑罰としての懲役と、【眷属化】と【調伏】、あるいはブラック企業の奴隷的労働搾取は、それぞれ定義上異なります。その区別についても今配布した書籍版【世界の理】の後半部分に記述がありますので、後で読み込んで各自しっかりと内容を理解をし、国に戻ったら臣民に周知徹底しておいて下さいね」
居並ぶ【パンゲア】各国元首達は頷きました。
本来の【世界の理】には、奴隷の定義や他との違いのような解釈や用例などは示されていません。
単に必要最小限の言葉で原理原則だけが規定されているだけ。
解釈や用例は、あくまでも私がサービスで加筆しておいたモノです。
「さて、奴隷制より優位な経済システムについて本題に入ります。奴隷制より優れた経済システムなど幾らでもありますが、その一例を今から示します。例えば、奴隷は労働力として優秀ですか?個別には様々な奴隷がいて一様に論ずるべきではありませんが、一般論では奴隷は労働力としては生産性という観点から見て、あまり優秀ではありませんよね?何故でしょうか?フレイヤ女王、答えられますか?」
「はい。奴隷は概して高度な教育を受けていませんので、生産性は自由民よりも低い傾向があります」
フレイヤ女王は答えました。
「そうです。他にも理由があります。ウッコ王、答えられますか?」
「そうですな……奴隷は強制的に働かされ、また賃金も支払われない場合がほとんどなので、勤労意欲が低く、それが生産性を下げる一因にはなるでしょうな」
ウッコ王は答えます。
「そうですね。他には?ヴェリタス法王は答えられますか?」
「そうですね……。ウッコ王陛下の言った事の捕捉になりますが、原則として奴隷には賃金が支払われないので労働の成果が問われません。つまり余剰の労働をしても対価が変わらないのであれば誰も必要最低限以上の労働はしないでしょう。労働の対価が変わらないのならば、誰も、より高品質な農作物や製品を作ろうとしたり、労働工程を効率化するなどの工夫を凝らす事もありません」
【ヌガ法国】のヴェリタス法王は答えました。
「大変結構。今皆さんが言った事が答えです。質が高い生産力があれば、国は勝手に発展します。質が高い生産力とは生産に携わる人員の教育水準と勤労意欲が高い状態です。教育には費用が掛かります。奴隷を使役する者達は、大概の場合において身銭を切ってまで奴隷に高い水準の教育を受けさせたりしません。奴隷の方も無理矢理働かされているだけなので勤労意欲は低いです。つまり奴隷は質が低い生産力ですよね?また奴隷を使役する者達は、奴隷に必要最低限の経費しか拠出しません。ほとんどの場合で賃金は支払われません。奴隷制でも賃金を支払う場合もあるかもしれませんが、奴隷達を自分達と同じくらいの金持ちにしようと考える奴隷使役者達はいません。もしも奴隷に高度な教育を受けさせたり、十分な賃金を支払って私有財産を保有させたりすると、もしかしたら奴隷が自らの権利を主張したり、私有財産を使って武装蜂起を試みるかもしれない。奴隷使役者達は、こう考えるのではありませんか?つまりは……奴隷は生かさず殺さず、なるべく経費をかけずに働かせた方が得……と」
居並ぶ【パンゲア】各国元首達は頷きます。
「さて、もしも奴隷を全員解放したら、社会はどう変わりますか?労働生産性という観点から見るとどうでしょう?ウィールド皇太子、答えられますか?」
「奴隷を全員解放したら、農場や工場は労働者がいなくなる」
【ノトリア】のウィールド皇太子は答えました。
「ウィールド皇太子。そうなったら農場主や工場経営者はどうしますか?」
「困る」
ウィールド皇太子は答えます。
「困った農場主や工場経営者はどうしますか?」
「農業や工場生産が出来ない。潰れる」
ウィールド皇太子は答えました。
要領を得ませんね。
「潰さないで事業を継続する手段はありませんか?」
「誰か働く小作人や工員を雇わなければならない」
ウィールド皇太子は答えます。
やっと私が求めていた解答を得られましたね。
「そうですね。小作人や工員になるような既存の自由民がいなかったら、以前は奴隷だった者達を賃金を支払って雇わざるを得ませんよね?」
「ああ、仕方がない」
ウィールド皇太子は答えました。
「農場や工場に雇われれば当然賃金が支払われます。優秀な技術を持っていたり勤勉に働く元奴隷は、もしかしたら取り合いになりますよね?もしも他の労働者より3倍の利益を生む元奴隷がいれば、その人物は他の労働者より沢山の給与を貰えるでしょう。働けば働いただけ給与が貰えて、他の労働者より優秀であれば他の労働者より沢山の給与が貰える。こうして解放奴隷達が社会で自由民と同じように賃金を貰って働くようになると全体として生産性は上がりますよね?こうした優秀な労働力というモノは、ある程度国が育てる事も可能です。どうやるか?それは教育です。一定の年代の子供達には、国が一律無償で教育を与え、子供の親達には教育を受けさせる事を義務付ける。これを義務教育制度と呼びます。私の生まれた地球では……教育は最も費用対効果が高い福祉であり投資である……という言葉があります。皆さんの国でも是非義務教育制度を施行する事を推奨します」
居並ぶ【パンゲア】各国元首達は頷きます。
ここに至って、元首達の中にメモを取り始める者が現れました。
良い傾向です。
「労働生産性が上がれば、当然ながら国民総生産も上がり、国家税収も上がります。そして解放奴隷が労働に見合った賃金を得るようになれば、彼らは生活必需品を自分が稼いだ賃金で買うようになります。さらに優秀だったり勤勉な解放奴隷は、労働市場の競争原理によって、より望ましい労働条件を選ぶ事が可能になるので高収入が得られ、生活必需品だけでなく贅沢品なども買うようになるかもしれない。あるいは自分の子供達に高い教育を受けさせる為に書物などを買い与えるかもしれない。そうなると生活必需品以外の副次的産業に携わる業態も商機が増えますね?これらの新しい需要からも当然国家税収が増えます。このように解放奴隷が消費者に変わる状況は二重三重に消費の連鎖を生み出します。その消費から国家税収も増える訳です。そして、この消費主導の経済モデルは、国家にとって比較的行政労力が掛かりません。最低限のルールを決めておけば、後は市場経済による自由競争と需要と供給のバランスによって、ほぼ自動的に経済が回って行きます。つまり、これが奴隷制より優れた経済システム。奴隷制を行うより奴隷廃止に舵をきった方が国が富む事の証明となります」
「あのう……」
【パノニア王国】のグゥイネス女王は言いました。
「グゥイネス女王。何ですか?」
「その理屈では、最初に奴隷を使役していた農場主や工場経営者達が、解放奴隷を雇用しなければならなくなった事により人件費が上がり、彼らの利益が減る事が加味されていません。農場主や工場経営者達が人件費増大によって被る損と解放奴隷が得る利は国家税収という局面では相殺されてしまうのではありませんか?」
グゥイネス女王は訊ねます。
「良い着眼点です。しかし、そうはなりません。まず先程説明したように奴隷と賃金労働者では生産性が違います。解放奴隷が賃金を得て働く場合には生産性が上がりますので、この段階で国の生産性も上がります。また、農場主や工場経営者……彼らは資本家と呼びますが、一般的には資本家を儲けさせるより、労働者を儲けさせる方が消費は増えます。何故なら生活必需品である食料や衣料や住居などは、一部の資本家が富を独占するより、大多数の労働者に薄く広く分配した方が消費を喚起する傾向があるからです」
「うむ。資本家は屋敷が一軒あれば余計に何十軒も何百軒も別宅は必要ないからの。精々、本宅の他に数軒別宅を建てる程度じゃろう。食料や衣類もそうじゃ。資本家が余剰資産で贅沢品を買うにしても限度があるのじゃ。一部の資本家が富を独占するより、大勢の国民に富の再配分をする方が国は手取り早く税収を上げられるのじゃ。これは【ドラゴニーア】や、その他【ストーリア】各国の経済指標が歴史的に皆そのようになっておるから帰納的に自明じゃ」
ソフィアが私の説明を補足しました。
「国家の役割は、国民の生命と財産と人権を守る事。政府が担う役割は、公平に税を集め、公共の福祉を行い、機会均等と契約の履行を担保して、物価を安定させ、雇用を創出する事です。これは、あなた達為政者に義務付けられた普遍的使命です」
居並ぶ【パンゲア】各国元首達はメモを取りながら頷きます。
「今日のノヒトは何だか学校の先生みたいじゃな?」
ソフィアは言いました。
「ええ。まさか曲がりなりにも国家の統治者をしている者達に、こんな子供相手みたいな授業をする事になるとは思いもしませんでしたよ」
お読み頂き、ありがとうございます。
ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークを、お願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集も、ご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外の、ご説明ご意見などは書き込まないよう、お願い致します。
ご意見などは、ご感想の方に、お寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。




