第813話。暴力の使い方。
【ウェーブ・スウィーパー】の第2艦橋。
【パンゲア】各国元首達の会談は、にわかに雲行が怪しくなって来ました。
どうやら各国を武力で平定したシピオーネ・アポカリプトが【ストーリア】に退去する事になり、彼の暴力装置としての効果がなくなるであろう事が明らかとなった為、各国はシピオーネ・アポカリプトの意向には今後従う必要がなくなると気が付いたからのようです。
暴力のみによって従わされている者達は、暴力装置がなくなれば従わなくなるのは当たり前ですね。
基本的に此処に集まる各国元首達は、シピオーネ・アポカリプトが、それぞれの国の旧体制を破壊した後に彼のシンパサイザーを傀儡に据えた存在。
つまり原則として、全員がシピオーネ・アポカリプトの息のかかった者達です。
しかし、シピオーネ・アポカリプトという枷が外れれば、仮に各国元首がシピオーネ・アポカリプトのシンパであっても自らの政治的立場を変える事は予想に難しくありません。
何故なら現在【パンゲア】の各国は、シピオーネ・アポカリプトという暴力装置を恐れて従っているだけなのですから。
もしもシピオーネ・アポカリプトがいなくなる事が周知となれば、【パンゲア】各国の反シピオーネ・アポカリプト派は息を吹き返し、シピオーネ・アポカリプトの傀儡に過ぎない現国家元首達の排除に動くでしょう。
そうなる事が明らかなのですから、シピオーネ・アポカリプトのシンパである現国家元首達は、生き残る為にはシピオーネ・アポカリプトが【ストーリア】に退去した後に彼を裏切るしかありません。
予想が簡単過ぎますね。
こういう事態が想定されるので、グレモリー・グリモワールは基本的には暴力装置として振る舞ってみせてもキチンと内政を整え反対派も含めて慰撫を行うのです。
グレモリー・グリモワールという枷がなくなっても……グレモリー・グリモワールが暴力を背景にして断行した改革自体は正しいし国民を豊かにしてくれそうだから従う……というグレモリー・グリモワールにとって望ましい選択に民意を誘導し、予め国家運営や市場経済がグレモリー・グリモワールの介入がなくなっても勝手に回るようにシステムを構築しておく訳ですね。
またグレモリー・グリモワールは反対派の既得権を徹底的に破壊しておき、反対派には生き延びる術がないように退路を絶っておく事も忘れません。
同時にグレモリー・グリモワールに従う意思がある反対派は寛容に許し公正な機会を与え、敵を味方に変えるか最低でも敵を中立化する施策を行います。
これらをしておかないと征服王権というモノは、カリスマ創始者が消えれば簡単に覆されます。
なので、後【イスタール帝国】グリモワール朝は、グレモリー・グリモワールが僅か半年で退位した後もグレモリー・グリモワール路線を継続し、ユーザー消失後900年グレモリー・グリモワールが作り上げた国体と政治システムを維持し続けて来たのです。
シピオーネ・アポカリプトの世紀末覇者的な手法による武力平定では、シピオーネ・アポカリプトがいなくなれば元の木阿弥。
【パンゲア】は乱世に逆戻りするだけです。
「各国の奴隷は捕虜と同様に即時解放し無条件且つ速やかに祖国へと返されるべきだ。無論ながら解放された奴隷達が現地に残りたいと希望すれば、その限りではない。しかし、その場合も解放された元奴隷達には、現地国民と完全に同じ権利や機会や賃金水準が恒久的に認められなければならない」
シピオーネ・アポカリプトは言いました。
「しかし奴隷を解放したら各国の経済は立ち行かなくなります」
【マギーア】のフレイヤ女王は反駁します。
【パノニア王国】のグウィネス女王以外の各国元首もフレイヤ女王の意見に同調するような姿勢を見せました。
シピオーネ・アポカリプトが庇護する【パノニア王国】は既に奴隷制を廃止しています。
しかし他の4大国は現在も奴隷制を採用していました。
奴隷制を廃止すると国家経済が立ち行かなくなる……という言葉は、ある意味では真実なのでしょう。
まあ……奴隷制が間違いである……という、そもそものところで論理に瑕疵があるので、奴隷制を廃止して国家経済が破綻したからといって……あ、そう。だから何?……としか思いませんけれどね。
現在【パノニア王国】以外の【パンゲア】各国では全ての国で当たり前のように奴隷が使役されています。
シピオーネ・アポカリプトは【パノニア王国】の庇護者となった直後【パノニア王国】の奴隷制を全面撤廃して奴隷達を全員即時・無条件で解放しました。
シピオーネ・アポカリプトは予算的にはカツカツのところを、【パノニア王国】の国庫から解放奴隷達に当座の生活費を支払い、祖国まで帰る為の交通手段も用意したそうです。
まあ、妥当な措置ですね。
しかしシピオーネ・アポカリプトは……奴隷を解放した方が経済原理的に国家が発展して、一部の既得権者は別にして国民の大部分は豊かになる……というシステムを構築または目に見える形で提示しておかなかった為に、【パノニア王国】でも相変わらず奴隷制に依存していた旧来の社会制度が残り、【パノニア王国】民の中には潜在的に奴隷制廃止に対して抵抗感や反対意見を持っている者達もいるようです。
システム構築をしなければ、どんな素晴らしい理念も絵に描いた餅。
逆にシステムさえ完璧なら、そこに至る経緯がどんなに醜悪で血生臭く暴虐的でも民衆は喜んで従うのです。
洗脳でもしない限り人間は、自分自身や愛する者達の利益の為にしか動かない惰弱で卑怯な生き物なのですよ。
もちろん私も含めてね。
「フレイヤ。お前は奴隷制反対の立場の人権派だろう?何故今更奴隷制を擁護する?私がお前を【マギーア】の女王に推戴したのは間違いだったか?」
シピオーネ・アポカリプトは厳しい視線でフレイヤ女王を詰問しました。
「それは……」
フレイヤ女王は俯きます。
フレイヤ女王は今回の首脳会談に先立ってシピオーネ・アポカリプトに奴隷制廃止を約束していたみたいですね。
しかし、暴力装置たるシピオーネ・アポカリプトがいなくなるならば話は別という事なのでしょう。
状況が変われば最善手も変わるのは当然です。
今回の場合はシピオーネ・アポカリプトにとって悪い方向に状況が変わってしまいました。
どうやら、この辺がシピオーネ・アポカリプトの限界みたいですね。
「シピオーネ。単に奴隷制を廃止しても、それに代わる……いいえ、奴隷制より優れた代替案を提示しなければ、あなたが【ストーリア】に退去した後すぐに【パンゲア】では奴隷制が復活してしまいますよ。そして、フレイヤ女王が、あくまでも奴隷制の廃止を維持しようとするなら、民意によってフレイヤ女王は、奴隷制推進派や擁護派から王位を追われるか殺されてしまうでしょう。人権という観点から見れば奴隷制が悪辣な行為である事は明らかですが、しかし奴隷を使役する者達にとって奴隷が利益を生むなら奴隷を使役する愚かな者達が奴隷制の方が良いと考えても不思議ではありません。あなたがやるべきだったのは奴隷制より優れた経済システムを構築して、奴隷制を廃止した方が社会にとって利益になるという認識に民意を誘導する事でした。そうしておけば、あなたが【ストーリア】に移動した後、放っておいても奴隷制は廃れます。まあ、あなたは間もなく【ストーリア】に退去しなくてはならないので、全ては遅きに失した感は否めないですけれどね。良いでしょう。シピオーネがいなくなった後の【パンゲア】は私達ゲームマスター本部が面倒を看ます。奴隷制廃止は、あなたに代わって私が行いますよ」
「後学の為に訊くが、ノヒト殿なら一体どうする?」
シピオーネ・アポカリプトは私の言葉に対して別に腹を立てた様子もなく率直に訊ねて来ました。
シピオーネ・アポカリプトは脳筋なので、本当にわからないようです。
まあ、彼は脳筋馬鹿ではありますが、まだ自分が庇護する【パノニア王国】に奴隷制を廃止させている分だけ、他国の元首達よりは圧倒的にマシですけれどね。
「まず奴隷制より優れた経済システムを説明する前に、何故奴隷制が間違いなのか?を明らかにしておきましょう」
「なるほど。それは筋の通った順序だな」
「奴隷制が間違いだと明らかにする方法は幾つか考えられますが、今回は最も簡単で子供でも理解可能な方法を選びましょう。結論から言えば奴隷を使役したり奴隷制を擁護する者達に、私はこう訊ねます。あなたは奴隷制が正しいと考えますか?と。もしも……正しい……と答えたら即座に私のゲームマスター権限によって奴隷にしてしまいます。奴隷制が正しい行為なら、私がゲームマスターの力を使って【パンゲア】の住民全員を強制的に奴隷にしてしまっても、その相手から文句を言われる事は絶対にあり得ません。むしろ、とても感謝されるでしょう。何しろ私は正しい行いをしたのですから。もしも……奴隷制は正しくない……と答えたなら、さらに質問を重ねます。では何故あなたは奴隷を使役しているのですか?あるいは奴隷制を容認しているのですか?と。これで私が言いたい事は理解しましたね?つまり奴隷制は本質的に間違いです」
この設問は、相手に奴隷制が誤りである事を直感的に理解させる最も端的で素朴な方法です。
しかし奴隷制が誤りである事を厳密に証明する為には、難解な哲学理論を用いなければいけません。
しかし哲学理論を用いて奴隷制が誤りである事を自明とするには、相手側にも、その論理を理解する最低限の知性と教養が必要となる為に、親が子供に奴隷制が何故間違いであるかを説明したり基本的人権を教える際などには、この素朴な設問を投げかければ大概は事足ります。
自分がして欲しい事を相手にもなせ……つまり黄金律ですね。
居並ぶ【パンゲア】各国元首達は、多少嘲笑的な態度を見せていました。
私が言った事は正論だけれど、所詮は子供じみた綺麗事に過ぎず、政治とはそんなに単純なモノではない……とでも言いた気な様子ですね。
「なので、【パンゲア】の奴隷制を必死になって廃止しようとしないあなた達は今から私の奴隷になってもらいます」
私は通告しました。
居並ぶ【パンゲア】各国元首達は苦笑いします。
「冗談で言っている訳ではありませんよ。あなた達は、もう私の奴隷です。因みに奴隷制を廃止している【パノニア王国】の方達は奴隷などにはしませんので安心して下さい」
私は言いました。
居並ぶ【パンゲア】各国元首達は、私の言葉の意味がわからないらしく……ポカーン……という表情をしています。
「さてと、奴隷達に命令します。利き手の拳を力一杯握りしめなさい。そして、その拳で自分の顔面を死なない程度に思い切り殴り付けなさい」
私は言葉に【超神位魔法……命令強要】を込めて命じました。
ボクッ、バキッ、ガンッ、ドゴッ。
「痛いっ!」
「ぐあっ……」
「うっ……」
「く……」
居並ぶ【パノニア王国】以外の【パンゲア】各国元首達は、自分の顔面を思い切り殴り付けます。
彼らは唇が切れたり、歯が折れたり、鼻骨が折れたり、眼窩底骨折をしたり、と怪我をしたようですね。
「どうですか?理不尽ですよね?しかし、これが、あなた達が奴隷達に対して日常的に行っている現実です」
「我が国では奴隷であっても無闇な暴力によって虐げるような事は禁止しておる」
【スキエンティア】のウッコ王が折れて出血した鼻を押さえながら言いました。
「ウッコ王。私が言っているのは、そんな愚にも付かない屁理屈や言い訳ではありませんよ。私は奴隷にされている人達は、自由意思によって自らの行動を選べない……という本質的で理不尽な状況を説明しているのです。理解しましたか?」
私は【神威】を発動して言います。
「あ、ああ……」
ウッコ王は青冷めた顔で頷きました。
「ウッコ王のような馬鹿が下らない屁理屈を捏ねたので、私の貴重な時間が浪費されました。不愉快です。さてと話を戻しましょう。私は今後【パンゲア】において、奴隷を使役する個人も、奴隷制を採用する国家も、今と同じように私の奴隷として扱います。奴隷制が正しいなら誰からも文句も抗議もない筈です。どうしますか?あなた達は奴隷制を即座に廃止すると約束しますか?」
私は訊ねます。
居並ぶ【パンゲア】各国元首達は……訳がわからない……という様子ですね。
私の質問に答える者はいません。
「なるほど。ならば、もう一度、自分の顔面を殴らせてあげましょうね」
「止め……止めて下さい。何故このような酷い事を……」
【マギーア】のフレイヤ女王が言いました。
「それは、あなた達が私の奴隷だからです。それ以上でも、それ以下でもありません。あなた達は理不尽にも奴隷にされてしまっている人達に、現在進行形で酷い扱いをしています。私も、あなた達と同じ事をしているだけです。さあ、自分の顔面を死なない程度に思い切り……」
「わかりました。【マギーア】は奴隷制を即時無条件に廃止します。従わない者は、今のノヒト様と同じロジックを用いて私自らが兵を率いて武力を以って必ず従わせます」
フレイヤ女王は言います。
「よろしい。フレイヤ女王を私の奴隷の立場から解放します。傷を治しましょう……【治癒】。で、他の方達はどうしますか?」
私はフレイヤ女王の傷を治療した後、他の元首達に訊ねました。
グウィネス女王とフレイヤ女王以外の【パンゲア】各国元首達は固まっています。
彼らは男性なので、もしかしたら下らない自尊心が邪魔をして、私の強制【能力】に屈するような体裁での奴隷制廃止決定は受け入れ難いのかもしれません。
「では、奴隷に命じます。あなた達は今から本国に戻り、愛する者を全員殺戮し、大切なモノを全て破壊して来なさい」
私は【超神位魔法……命令強要】で命じました。
3人の元首達は席を立ち歩き出します。
もちろん彼らは、これから自分が愛する者達を殺して、大切なモノを破壊しに行く訳ですね。
「ま、待てっ、いや、待って下さい。奴隷制を即時無条件に廃止すると約束します」
「儂もじゃ。奴隷制は即時無条件に廃止する」
「俺もだ」
3人の元首達は理解してくれたようです。
やはり何事も誠意を尽くしてお願いすれば気持ちは通じますね。
私は3人にも【治癒】を行使しました。
「よろしい。さてシピオーネ、わかりましたか?暴力や脅迫は、このようにして効果的に使います。あなたの使い方は、やや中途半端だったのです」
「あ、ああ……。ノヒト殿が本当に怖い方だという事は良くわかった」
「うむ。ノヒトは普段優しいのじゃが、怒ると一番おっかないのじゃ」
ソフィアは言います。
「で、次は奴隷制より優れた経済システムについて説明します。これは奴隷制が国益に資する制度ではない事を明らかにするモノです」
私は言いました。
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