第808話。国民総移民。
【ヌガ法国】法都【ヌガ】の郊外。
「準備期間は数日か……。キャスやヘックスなど側近は【ストーリア】に全員連れて行くとして、グウィネスはどうする?」
シピオーネ・アポカリプトは、【パノニア王国】のグウィネス女王に訊ねました。
【パノニア王国】はシピオーネ・アポカリプトが庇護する国家なので、グウィネス女王は実質的にシピオーネ・アポカリプトの部下と考えて差し支えないでしょう。
「わたくしは国民の為に【パンゲア】に残ります」
グウィネス女王は悲壮な様子で答えました。
「そうか……。私が退去した後は【パノニア王国】を庇護してやる事は出来なくなるが?」
シピオーネ・アポカリプトは訊ねます。
「致し方ありません」
グウィネス女王は哀しげに頷きました。
どうやらグウィネス女王は、シピオーネ・アポカリプトとの永久の別離を悲しんでいるようですね。
「私なら、フル稼働で【贖罪の山羊】を行使し続ければ、100万やそこいらなら国民ごと【ストーリア】に送れますよ。もちろん希望者に限った話で、嫌がる者を無理矢理【ストーリア】に移動させたりはしませんけれどね」
私は提案します。
それは想像するだけで大変そうなミッションですが、私が頑張れば不可能ではありません。
この上なく面倒臭そうですけれどね。
「100万も送れるのか?あ、いや、運営ならば出来るのだろうな?しかし送れるとしても、そんなに送って【ストーリア】側の受け入れ態勢は大丈夫なのか?【ストーリア】にとってみれば、【パンゲア】からの移住者は難民になる。食糧問題は起きないのか?私は、みすみす飢えさせる事がわかっているのに【パンゲア】の民を連れて行く事は出来ない」
シピオーネ・アポカリプトは言いました。
まあ、当たり前の反応ですね。
「それなら、ご心配なく。時間に余裕が有れば、100万人と言わず、1億人でも【パンゲア】から移住者を募りたいくらいなのですよ。丁度良い具合に土地なら【パンゲア】と同等の面積を持つ大陸が3つ程余っていて、それらの大陸は現在未開地で、入植させようにも【ストーリア】側だけでは人手不足なのです。100万人難民を受け入れるくらい全く問題はありません。ただし余っている土地は未開拓地なので、入植者には一生懸命に働いてもらう必要はありますけれどね。勤勉に働いてくれるならば、とりあえず10年間誰も飢え死なない、病気にも罹り難く治り易く、怪我も治り易くする、という程度の暮らし向きは保証します。ただし【ストーリア】も魔物など人種の【敵性個体】のスポーン率は【パンゲア】とほぼ変わりません。なので食糧問題や健康促進以外の点では生きるのが大変なのは【ストーリア】と【パンゲア】は同じ事です。更に入植してもらう予定の土地は、【パンゲア】のように農業が簡単ではありません。地球と同じ程度の農業の難易度だと言えば、シピオーネは理解出来るでしょう。10年後から先は入植者達自身の努力次第です。正直な話纏まった数の移住者が来てくれるなら私は大歓迎なので、もしも本当に【ストーリア】に来てもらえるならばキチンと定住して持続可能な生活を営めるように10年間は出来る限りの支援はするつもりです。以上の事を約束します……【誓約】」
私は誓約しました。
もう間もなく【ストーリア】では【魔界】平定戦が行われます。
ルシフェルと彼の幕僚団が策定した計画により、当面の食糧に関しては【シエーロ】の備蓄を吐き出して、穀物増産を図れば相当量の食糧確保が可能だと試算されていました。
また【ドラゴニーア】を盟主とした自由同盟諸国からも、【魔界】平定戦に協力する目的で毎年一定量の備蓄食糧を供給してくれる申し合わせになっています。
こちらは食糧基金的な扱いで、後で使った分を返却するか対価を支払う必要がありますけれどね。
それから開拓村を建設する用途で開発された【セトロイド】。
【セトロイド】を【魔界】に大量投入すれば、今年は間に合わないとしても来年以降は、更に食糧供給量は増えるでしょう。
そして【魔界】平定戦でレジョーネが討伐する魔物の肉も膨大な量になるでしょうから、最大1億人くらいまでなら数年の食糧需要を賄える計算になっています。
【魔界】平定戦でレジョーネが前線で暴れれば、【魔界】のスタンピードによって魔物に支配されてしまっている【ノーマンズ・ランド】を奪還する事は比較的簡単でしょう。
しかし、その後に、それらの領域を人種の生存圏として継続的に維持・統治して行く為には、領域支配を行う人口が圧倒的に不足しているのです。
このタイミングで【パンゲア】から【魔界】への入植者を期待出来る状況というのは、むしろ渡りに船ですよ。
因みに【パンゲア】の農業は【ストーリア】の日本サーバー(【地上界】)側と同様に、無造作に穀物の種を土地にバラ蒔いておけば、過不足ない水を供給して害虫・害獣対策などをしておけば、勝手に作物が実るという……農業イージー・モード……でした。
しかし、【魔界】の農業は、地球並に大変なのです。
「病気や怪我になり難くて、治り易い?そんな事が可能なのか?」
シピオーネ・アポカリプトは訊ねました。
「私なら可能です。入植してもらう領域に【完全治癒】と【完全回復】を10年間永続発動させておけば事足りますので楽勝です。本来は、こんなサービスはゲームマスターの責任ではありませんが、今回は特段の事情を鑑みて超法規措置の大盤振る舞いですよ」
「なるほど。率直に言って【パンゲア】は何処の国でも貧困層では毎年かなりの餓死者が出ているし、何年かに一度の頻度で大飢饉が起きていて貧困でない者すら大勢が死ぬそうだ。まあ、餓死や飢饉は此処に雁首揃えた馬鹿な為政者連中が愚にも付かない理由で下らない戦争を延々と続けて来た所為だがな。そういう状況だから10年期限とはいえ、飢えずに健康まで保証をしてくれるなら、喜んで移民を希望する者達がいるだろう。地球並に農業が大変だとしても、地球の農家は皆それをやっている訳だから、【パノニア王国】の国民も、やってやれない事はないだろう。根性論は好まないが、時と場合によっては気合いの入れ所ってモノが確かにあるからな。問題なのは、ノヒト殿が設定したデッド・ラインの数日で、その輸送作戦が完了するのか?という事だが……。怪我人や病人や高齢者などを移動させるのは想像する以上に大変だぞ?私は戦時下の避難誘導で、それを思い知らされたからな」
シピオーネ・アポカリプトは、私に懸念を伝えました。
「それも【パノニア王国】全域に【完全治癒】と【完全回復】を掛けましょう。それで怪我人や病人は丸っと治療が完了しますし、高齢者も多少体力が蘇るでしょう。後はコミュニティで助け合ってもらうしかありません。それに多少デッド・ラインを後にズラしても構いませんよ。その分【特異点】の【事象の地平面】が成長して【パンゲア】の復興労力が増大するのと、私のスケジュールが狂うというだけの事ですからね」
「国家全域の【完全治癒】と【完全回復】か?もはやチート過ぎて何も言えないな。ともかく傷病者や高齢者の誘導の目処が立つなら問題はないな。その上で申し訳ないが少し猶予を貰いたい」
「猶予は、どの程度でしょうか?」
「2週間……いや今日を入れて1週間あれば何とかする」
「わかりました。1週間猶予を見ましょう」
「ありがとう、ノヒト殿」
「乗り掛かった船です。それに私はゲームマスターですから、トラブル・シュートが本職。多少の面倒事は職務の内です」
「運営チートを持った代償という訳だな?」
「いいえ。むしろ逆です。こういう事をする為にチート能力を持たされているのです」
「とにかく感謝する。さて、グウィネスはどうする?ノヒト殿が100万の【パノニア王国】の民を運んでくれると言うが、お前も私達と来るか?私としては、一旦庇護すると約束した民を一緒に連れて行けるのは素朴に有難い状況なのだが?」
シピオーネ・アポカリプトはグウィネス女王に訊ねます。
「100万人ですか……。我が国の総人口は約1千万人です。やはり、わたくしは女王としての責任を果たして参りたいと存じます。それが【武神】(シピオーネ)様とのお約束ですので……」
グウィネス女王は答えました。
総人口1千万人?
随分と少ない気がします。
まして【パノニア王国】は【パンゲア】の中央国家。
【ストーリア】の【地上界】側ならば、中央国家は国情が周辺国より、相対的に有利になる筈です。
あ……【パンゲア】には守護竜がいません。
【ストーリア】の【地上界】において大陸中央国家に守護竜が張る【神位結界】による恩恵もない訳です。
シピオーネ・アポカリプトからの説明で、【パンゲア】の5大国家は一部国名が変わっていたりはしますが、基本的に私が知る昔ながらの領土のままで、ほぼ均等に5分割されていました。
【パンゲア】中央国家【パノニア王国】も周辺国と同等の領土面積を有しています。
しかし【ストーリア】の【地上界】側のように守護竜が国家元首として君臨するという最大のアドバンテージがない場合、周辺国に囲まれている中央という状況は地政学的にネガティブな事でしかありません。
おそらく【パノニア王国】は周辺国から絶えず攻め込まれる戦場になって、最も戦禍に苦しんだ国なのでしょう。
なので、国土の広さに対して人口が極端に少ないのかもしれません。
もしかしたら、シピオーネ・アポカリプトが【パンゲア】の戦争に介入する以前は、【パノニア王国】は周辺国から圧迫され、もっと狭い地域に押し込められていて、シピオーネ・アポカリプトの活躍で勢力を盛り返し、私が知っている伝統的な領土を回復した可能性もあり得ますね。
「それは私が【パノニア王国】を庇護する見返りとしての約束だ。私が【パンゲア】を退去すれば【パノニア王国】を庇護する事は出来なくなる。つまり、かつて私とお前の間で取り交わされた約束はチャラになるのだが?」
シピオーネ・アポカリプトはグウィネス女王に言いました。
「それでも、やはり国民を残して女王たる私が何処なりとも他所へと移る訳には参りません」
「そうか……。では、私が【パンゲア】を離れる時にグウィネスとは今生の別れになるな?」
「わたくしが女王などという地位でなければ、ご一緒致したいのは言うまでもありません。しかし、わたくしは【パノニア王国】の女王として国民に対する責任がございます。残念ですが致し方ない事かと……」
「1千万人ですね。わかりました。全員【ストーリア】に移民させましょう」
私は再び提案します。
もう、こうなったら……毒を食らわば皿まで……ですよ。
人口10億人などと言われたら、さすがに断りましたが、1千万人くらいなら無理をすれば辛うじて何とかなるでしょう。
私が面倒を被れば問題が解決するなら、デス・マーチをやるだけです。
それに【魔界】平定戦後の復興の為には、1千万人の労働力というモノは降って湧いた僥倖。
人口はパワー……これは天の恵ですよ。
「良いのか?」
シピオーネ・アポカリプトは訊ねました。
「はい。【特異点】は一次元の一点に収束していますので、密度が無限大です。そのような異様なモノなのですから、【転移門】としての輸送能力も無限大なのでしょう。つまり【パンゲア】から【ストーリア】に移動させる人数に制限はありません。後は私が多少無理をすれば1千万人だとしても……やり遂せますよ。もちろん【パノニア王国】の国民が、それを希望すれば、という大前提はありますけれどね」
「しかし、1千万人もの民を【特異点】がある、この地まで運んで来る輸送手段がない。私の艦隊の艦船は外見こそ、それなりに大きいが、その内実は戦闘に特化した仕様で過剰な程に大量のミサイル・キャリアーだからミサイル・発射筒と武器格納庫が艦内スペースを占有していて、外見から想像する程には余剰のスペースがない」
シピオーネ・アポカリプトは頭を掻きます。
「私ならば【転移】で人数や距離の制限なく一気に人員を運べますよ。一箇所に集積しておいてくれるなら必要最小限の家財道具類も纏めて輸送します。後は【パノニア王国】の国民全員に、あなたや女王が事情を説明して、効率化の為にある程度の纏まった集団に固まって指定された場所に移動して待機していてもらうだけです」
「国全土のような広域に短期間で勅令を知らしめ指示を行き渡らせる手段がございません。早馬や飛空船で伝令を送っても、一体何日掛かるか……。とても1週間の期日には間に合わないかと」
グウィネス女王は首を振りました。
「【パノニア王国】全土に同時に、シピオーネや女王の声を伝える手段があります。私が、シピオーネや女王の脳にアクセスして、2人の【器】へと一時的に無限魔力を流して、それを利用して【パノニア王国】内全ての生命体に向けて無差別・無選別に思念波を飛ばせば良いのです。個別に選別しないで無作為に思念波を飛ばすだけなら、その方法で目的に適います。また、耳が不自由だったりしても思念波であれば脳の認知領域に直接伝わるので問題ありませんしね」
私は言いました。
「そのような方法があるのですか?」
「はい。私ならば可能です。ただ1つだけ懸念があるのは、【パノニア王国】の国民が思念波を送って寄越した者を庇護者であるシピオーネや女王だと信じない可能性がある事ですが……」
「それは大丈夫だと思う。【パノニア王国】の民は、そんな途轍もない方法で勅令を送って来る相手は、止ん事ない相手……つまり女王からだと信じるだろう。そして、このグウィネスは【パノニア王国】の民からの人気が高く、支持され敬愛されている女王だ。グウィネスが勅令を出せば、【パノニア王国】の民は誘導指示に従うだろう。それに従わない者は、即ち、そもそも【ストーリア】なる異国に移住を望まず故郷を離れたくない者だという事だ。過去に命懸けで国民を守った女王と共に新天地に移る事が嫌だと言うなら、そこまでの面倒は看きれない」
シピオーネ・アポカリプトは断言します。
「そうですね。私に統治される事を望まない国民はいるでしょう。そういう者を置いて行く事は、不本意ですが止むを得ません」
グウィネス女王は言いました。
あ、そう。
ならば【パノニア王国】の国民を丸っと【ストーリア】に連れて行って【魔界】に入植してもらう算段は、これで良いでしょう。
1週間の猶予の間、私達は一旦【ストーリア】側に戻ってスケジュールを消化するのも一案かもしれません。
もしかしたらソフィアは……【パンゲア】を探検したい……などと言い出すかもしれませんが、万が一の時に私がソフィアを守れない状況はあり得ないので、ソフィア達を【パンゲア】に置いて、私だけ【ストーリア】に戻る事は出来ませんけれどね。
「【パノニア王国】が国ごと異界に移民するのですか?そうなると【パノニア王国】の領土はどうするのですか?まさか……空白地として永久に放置しろ……などとは言いませんよね?」
【マギーア】のフレイヤ女王が訊ねました。
「そうだ。儂は【パノニア王国】が無人の無政府地帯となるなら領有権を主張するぞっ!」
【スキエンティア】のウッコ王は言います。
「ならば【パノニア王国】以外の4か国で、中央線で均等に領土分割すれば良いのでは?」
私は提案しました。
「【パノニア王国】内の東西南北の主要都市は、それで4か国で分けられるとしても、真ん中にある王都【パノニア王国】は分割出来ませんわ」
フレイヤ女王が言います。
「王都【パノニア王国】は何処の国にも帰属しない永世中立の自由都市とすれば良いのです。【パノニア王国】は周辺4か国からの交易に際して非関税特区にでもしてしまえば、中央にあるという立地は交易拠点として栄え、【パノニア王国】単独の都市だとしても経済的に独立した自治を行う事も可能でしょう」
「なるほど、永世中立の自由交易都市か……」
ウッコ王は頷きました。
「ともかく、【パノニア王国】が国ごと移民した後、どうやって【パンゲア】の平和を維持するのかは、あなた方の知恵と努力次第です。あなた方が馬鹿でなければ、幾らでも平和維持の施策は考えられる筈です。あとは、やるか、やらないか?の二者択一。この世界を創った【創造主】の意に沿わない争いばかりを繰り返すようなら、あなた方の未来は暗いですよ。【特異点】は、やり過ごしても、他の何かで結局【パンゲア】は滅ぶと思いますね」
私は居並ぶ国家元首達を脅し付けます。
甘えないで貰いたいですね。
紛争解決や戦争回避や和平構築などという分野は、そもそもゲームマスターの職務領域ではないのですから。
国家元首達は、決まり悪そうに、お互いの顔を見合わせていました。
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